カガリに別れを告げ、キラとアスランは自機に乗り込んだ。
カガリはまだ少し曇った顔で、ブリーフィングルームから二機を見つめていた。
キラは機体の調整をしながら、モニターで彼女の姿を伺う。
あの写真を見せられて、記された名前を見て、キラ自身も少なからず動揺した。
だが正直、動揺はしても困惑はしなかった。
(カガリ……)
もしカガリと何か繋がりがあるのだとしても、両親に何か秘密があるのだとしても、それはまだマイナスの情報ではないように思えた。
ナナが明るく笑い飛ばすようにしてくれたのも大きい。
だから今は、目の前のやるべきことに集中できるはずだ。
キラは自身の想いを確認し、操縦かんを握り直した。
その時。
≪キラ……!≫
フリーダムのタラップにナナが現れた。
「ナナ?」
キラは急いでコックピットのハッチを開く。
「アークエンジェルまで乗せてって」
「え? シャトルは?」
手を伸ばすと、ナナは捕まってそのままコックピットに入り込んだ。
「乗って来たシャトルは艦長と少佐がラブラブしながら帰っちゃったし、クサナギのシャトルを借りても戻しに来るのとか面倒だもん。この人手不足のさ中に送ってもらうのもなんだしさ」
すでに、ナナはシートの後ろに陣取っている。
キラも再びシートに座り、ハッチを下ろした。
モニターを再起動すると、カガリがさっきと同じ体制で立ち尽くしているのが映った。
「ねぇ、ナナ……やっぱり」
≪ついててやった方がよくないか?≫
キラが言いかけた時、アスランからの通信が入った。
≪キラかナナ……どちらか一人でも……≫
カガリを案じての言葉だった。
キラはちらりとナナを伺いつつ、答える。
「いや……」
胸は痛むが、仕方ない。
「一緒にいると、かえって考え込んじゃいそうだし……」
≪そうか……≫
アスランも、彼らの心境を思ってうつむいたのがわかった。
すると。
「今は……辛くても進まないと……!」
「ナナ……?」
皆を鼓舞するように、ナナは明るく言う。
「この艦だけじゃなく、オーブの未来を、あのコが握ってるの。今、それを自覚しないとね!」
「ナナ……」
それが『冷たい』だけじゃないと、キラにはもうわかっていた。
誰よりも相手の心を考え、先を見据え、道を指し示すのがナナだった。
そのことに、やっと気づいたから。
そして、
「大丈夫だよ、あのコはウズミ様に似て、頑固で無鉄砲でちゃんと強いから……!」
そう言うナナ自身が、自分を傷つけていることも。
「うん……そうだね」
≪ナナ……≫
だからキラはナナに同調した。
たしかに、ナナの言うとおりここでカガリがクサナギを牽引せねば、クルーたちが不安になる。
そればかりか、オーブの未来は不安定になる。
『強い火』であるためには、カガリの『強さ』が必要だった。
「ナナ、発進するから、しっかりつかまってて」
「うん」
キラはモニターのカガリに視線を送った後、フリーダムを発進させた。
その衝撃に備えて、ナナはシートにしがみ付く。
その時、ナナが何かをしっかりと握っていることに、キラは気がついた。
「ナナ、それ、万年筆?」
「これ?」
宇宙空間に出ると、キラはそれを尋ねた。
ナナの手にあるのは、万年筆のケースのようだった。
「ケースだけね。中身は違うの」
「何?」
何気なく尋ねたつもりだった。ナナもあっさり答えた。
だが、そうするにはあまりに重大な答えだった。
「私の
「え……?」
その意味を問いかけた時、再びアスランから通信が入った。
そしてそれも、重大な内容だった。
≪キラ、ナナ……アークエンジェルに戻ったら、シャトルを一機、借りられるか?≫
「え……?」
「シャトル?」
キラとナナは顔を見合せる。
と、アスランが言った。
≪オレは一度、プラントに戻る……≫
キラの肩で、ナナの指先がピクリと動いた。
≪父と、一度ちゃんと話がしたい……≫
彼の父。それが普通の人間ならばまだ良かった。
だが、彼の父はザフトの最高権力者である。
「アスラン、でもっ!」
≪わかってる……!≫
が、アスランは言葉を遮って、絞り出すように言う。
≪でも……オレの父なんだ……!!≫
キラは判断をナナに委ねた。
アスランを危険な目にあわせたくない。彼に傷ついてほしくない。
そう思っていた。
ナナは目を伏せていたが、すぐに顔を上げた。
「わかった」
「ナナ……」
モニターの中のアスランの顔をまっすぐ見て、そう言う。
「シャトルが借りられるように話しておく」
アスランは思いつめた顔で呟いた。
≪すまない……≫
通信が切れて、キラはナナに短く問う。
「大丈夫……だよね?」
ナナは少し間を置いて、軽い口調で言った。
「わかんない」
「え……?」
キラがナナを向くと、ナナはサバサバとした風に言った。
「でも、“すごいな”……と思って」
「“すごい”……?」
「アスランが……自分にとって一番苦しくて面倒な道を選んだから」
が、その目もとはわずかに引き攣っていた。
「ちゃんと、前に進んでる……」
「うん……」
ナナの指先にまた力がこもったのを気付かないことにして、キラはアークエンジェルのデッキへと、フリーダムを進めた。