アスランと、彼の護衛のためにキラが出発すると、アークエンジェルとクサナギはL4と呼ばれる宙域へと進路を向けた。
カガリは不安な顔のままクサナギに戻り、ナナは淡々とした表情でL4のデータを調べる。
タブレットを操作する手に、よどみはなかった。
だが、
「おい、ナナ!」
「え……? 何? ディアッカ」
彼が呼んでから3回目で、ナナはようやく彼に気付いた。
ため息をつきながら、彼は告げる。
「もうすぐL4宙域だから、ブリッジに上がれってさ。さっきから連絡入ってるぜ?」
「あ、そう。わかった」
ナナはニコリと笑い、タブレット彼に手渡した。
「じゃあ、行ってくる」
「ああ」
画面を見て、彼はまたため息をつく。
画面上には、『エラー』のダイヤログがいくつも重なって出ていた。
「ったく……無理しやがって……」
ブリッジへと去るナナの背を見て、彼は深いため息をついた。
ブリッジの正面にはすでにコロニー群が見えていた。
メインモニターでは、クサナギのキサカと回線が繋がっている。
ナナが現れるなり、作戦会議が始まった。
≪一応、偵察隊を出した方が良いな……何も無いとは思うが、念のため警戒をしておいてくれ≫
彼が言うと、マリューが答える前にナナが言った。
「グレイスとバスターで出る。M1も3機出してくれる?」
≪了解した≫
通信が切れると、マリューは艦に第2戦闘配備を言い渡す。
ナナはすぐさまブリッジの扉へ向かった。
その背に、
「おいおい、お前はちょっと休んでおいたらどうだ? 偵察くらいオレが……」
フラガが案じて声をかける。
が、
「大丈夫ですよ。私、少佐と違って若いんだから」
ナナは軽口を叩きながら出て行った。
言い返す暇もなかったフラガは、ため息をつく。
「やれやれ……」
マリューも戸口を見やって息をついた。
「ナナらしい台詞……ではあるけれど……」
「ああ。何かしてなきゃ落ち着かないんだろうさ……」
ミリアリアとサイもまた、去り際のナナの横顔を思い返し、いたたまれない心境に耐ええかね、互いに顔を見合わせた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
スペースコロニー『メンデル』。
ナナはバスターとM1隊を率いて、その港口に入った。
数年前に打ち捨てられただけあって荒廃は進んでいたが、ある程度の設備は今も稼動していた。
もちろん“敵”らしき姿も無かった。
ナナの『異常無し』という報告を受け、アークエンジェルとクサナギは港に入る。
その後休む間もなく、ナナはキサカ、マリューらと補給作業のプランを話し合った。
フリーダムから『連絡』が入ったのは、プランが決まり、各艦のクルーたちが動き出そうとしていた時だった。
「え……? キラから?」
「ええ、ザフトの戦艦『エターナル』がアスラン君を保護して、こちらへ向かっているそうよ」
「アスラン……を……?」
ナナはマリューの顔を食い入るように見つめた。
「無事らしいわ」
「そうですか……」
彼の無事を聞くと同時に、どっと疲れが押し寄せた。
張り詰めていたものが途切れそうになるのを感じ、ナナは無理矢理話題を変える。
「それで、その『エターナル』って? ザフトの艦なんでしょう?」
「艦にはラクスさんが乗っているそうよ」
「え、ラクス……?!」
それは成功だった。
マリューの口から出たその名に、変な疲れは吹き飛び、一気に目が覚めたようになる。
「まだ事情は詳しくわからないけど……とりあえず、我々と敵対するわけではなさそうね」
「ラクスが……」
平和の歌を歌う少女……ラクスはナナの憬れた姿だった。
彼女はキラを救い、キラにフリーダムという力を与え、キラを変えた。
そのラクスが、今またアスランを救ってここに来る。
ナナは宙に漂う自分のヘルメットも忘れて、ブリッジを飛び出した。
それからすぐ、アークエンジェルとクサナギが停泊する港に、『エターナル』が現れた。
フリーダムも一緒だった。
ナナはマリューらと共に、エターナルに迎えられる。
艦の床や壁には傷ひとつなく、真新しい匂いがしていた。
そのドックで、ナナはラクスとの再会を果たす。
「ナナ……!」
「ラクス……!」
ラクスは、勢いよくナナに向かって飛びついた。
以前と少しも変わらぬその姿に、ナナは思い切り笑む。
「良かった、ラクス……無事だったんだ。追われてたって聞いたけど……」
「はい、無事です! ナナとまたお会いできて、本当に嬉しいですわ」
二人に、多くの言葉はいらなかった。
互いの無事を喜び合い、同じ場所に辿り着いたことの意味を分かち合う……瞳を合わせるだけでそれが出来た気がした。
そんな二人の少女の横に、この艦の艦長が現れる。
「はじめまして……というのは少し変かな?」
男はマリューに対して名乗った。
「アンドリュー・バルトフェルドだ」
「え……?」
ナナはその名に聞き覚えがあった。
無論、マリューもである。
「マリュー・ラミアスです。……しかし、驚きましたわ……」
驚くのも無理は無かった。
彼はアークエンジェルが『明けの砂漠』と共に撃破した、ザフトの隊長だった男だ。
キラが撃ったはずの『砂漠の虎』と呼ばれた男だった。
「お互い様さ」
が、彼は何の恨み言も無く、ラクスの隣に佇むキラを向いて言う。
「なぁ、少年」
キラはうめくように低い声で言った。
「あなたには……僕を撃つ理由がある……」
「キラ……」
ナナは、バルトフェルドを撃ったストライクが、砂漠の砂に沈みながらいつまでも立ち上がろうとしなかった光景を思い出した。
「今は戦争中だ。誰かを撃つ理由なんて、誰にでもあって、誰にだって無い」
そして、そう返したバルトフェルドの言葉に、カガリから聞いた彼の言葉も甦る……。
『じゃあどうやって戦争を終わらせる? “敵”である全てを滅ぼして……か?』
あの時、彼は街中で偶然にもカガリ、キラと出会い、二人が『連合』と『明けの砂漠』の一員と知ってなお手を出さなかったという。
そればかりか、どうやらカガリがずいぶんと親切にされたらしい。
今それを思い出し、案外“答え”には近づいていたのかも知れないと思った。
その時、
「やあ、こちらがラクス様がおっしゃっていた方ですか?」
バルトフェルドが急にナナの方を見た。
「え?」
「そうですバルトフェルド隊長。この方が、私たちの“光”ですわ」
「は?」
ナナがラクスの横顔を見ると、バルトフェルドは右手を差し出した。
「できれば、“砂漠の地”でお会いしたかったなぁ」
「…………」
ナナは彼の手を見て、それから顔を見上げた。
隻腕、隻眼……おそらく片足は義足だろう。
そんな姿になってまで、キラを怨まぬとは……。
そして、ラクスを立ててザフトに敵対するとは……。
「私もです」
ナナは彼の手を握り、心から言った。
「もっと早くにお会いできればよかったと思います」
以前は“敵同士”、命を削り合った。
だが、それは戦争だったから。
だから彼にとって、今ここにいるキラや自分は“敵”じゃない。
ナナにとっても、初めから彼が“敵”なわけじゃない。
握った手を通して、二人は心を通じ合った。
隣でラクスが笑っていた。
キラも、ぎこちなくだが笑みを浮かべた。