「ナナ、アスランが怪我を……」
ひととおりの挨拶が済むと、ラクスがナナに言った。
「そう聞いたんだけど……大丈夫なの?」
敢えてあまり深刻な顔をせずにナナが聞くと、
「腕を撃たれたみたい……ていうか、それよりお父さんのことで……」
キラが心配そうな顔で答えた。
「ザラ議長はアスランを『反逆者』と見なし、拘束しようとしていました……」
ラクスは目を伏せながら、アスランを撃ったのはザラ議長……彼の父親だと告げた。
「それで……ラクスが?」
ナナはほんのわずかに眉をひそめたが、まだ平然としていた。
「はい。バルトフェルト隊長以下、みなさんの協力もあって、アスランの救出に成功しました」
「そっか……でアスランは?」
この場にアスランの姿が無いことは、初めからわかっていた。
が。
「どこ行っちゃったんだろう……アスラン……」
キラとラクスが心配そうに顔を見合わせる。
少し意外に思った。
二人はてっきり、アスランがどう過ごしているか承知していると思っていたのだ。
だからこそ敢えて心配している様子は控えていたのに。
だが二人は優しい顔をナナに向けて言った。
「ナナ……アスランのこと、お願いできますか?」
「また独りで悩んじゃってるんだよ、きっと」
ナナは驚いた。
「え……?」
今度は素直にそれを表す。
が、まともな反応であるという自覚はあった。
ナナにアスランのことを託した二人は、彼の『元婚約者』と『親友』である。
客観的に見れば、少なくともナナよりは適役のはずだった。
しかし。
「話……聞いてあげて」
アスランを心配しているのは確かだろうが、何故だかこちらにも優しさを向けられているような気がしたから……。
「わかった」
ナナはそれ以上何も言わずにうなずいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アスランはひとり、港を見下ろせるラウンジにたたずんでいた。
眼下では、ラクスのエターナルとオーブのクサナギ、そしてアークエンジェルが補給や修理を進めている。
慌ただしい風景を見下ろしながらも、彼の思考はプラントでのことが占めていた。
『覚悟』はあった。
キラやナナに会って、強さを得たつもりでいた。
父に会っても、何も変わらないという事実に対する『覚悟』。
父への絶望に対する『覚悟』。
それと相乗効果を成すであろう、自己嫌悪への『覚悟』。
もう、ここへは戻れないかもしれないという『覚悟』。
それらを持てたつもりでいた。
が、胸はひたすら絶望感で埋め尽くされている。
仮初めの強さを剥ぎ取られ、もう、顔を上げることさえできないような気になっている。
と、うつむいた彼の視界に、蒼い煌きが入り込んだ。
左手でそれをそっと握る。
その小さな石に、まるですがるかのように……。
その時、
「こんなところに居たんだ」
それをくれた本人の声がした。
「もうすぐ作戦会議が始まるよ」
ふわりと現れたのは、ナナだった。
「ライトもつけないで」
そう苦笑しつつも、ナナはスイッチに目もくれず彼の目の前に着地した。
「ナナ……」
ナナはフッと息をついた。
そして、
「また、会えたね」
ただ、そう言った。
ただそれだけだったから、今更のように、ナナに心配をかけていたことを思い出す。
プラントへ戻る決意を告げても、何も言わなかったナナ。
カガリのように心配するのでも、キラのように『まだ死ねない』と言うのでもなく……ただ、全てを飲み込んだような顔で見送ってくれたナナ……。
アスランは左手の石に視線を落とす。
「お前の石が守ってくれたよ」
「そっか、良かった」
相変わらず、答えはそっけなかった。
きっと、これまでもずっと……そうやって、自分の想いを他人に押し付けないように生きてきたのだろう……。
そう思う。
だから、アスランは素直に呟いた。
「オレは……父には失望した」
ナナはガラスに手をついて、港を見渡した。
「自分が、あの人のあんなモノのために戦ってきたのかと思うと……」
ふわりと、ナナの髪だけが揺れていた。
「……情けない……」
それすらも視界に入れるのがおこがましい気がして、またうつむいた。
ナナからの言葉は、しばらくしてから返って来た。
「私もさ……」
それは意外な言葉だった。
「父を好きだった記憶はひとつもない……」
ただの『報告』のように出された声に、アスランは思わずナナの横顔を見る。
「父がMSの開発をしていたのは、自分の野心のためってわかってから……私はソレが大嫌いだった」
ナナはわずかに目を伏せた。
「でも……実際、それを父に言ったことは無くて……」
少しの戸惑いと、結果を知ったものの顔だった。
「後悔はしてないけど……もし今生きてたら……」
その瞳が、再びアスランを映す。
「父に言おうと思って」
揺らいではいるが、美しいヒカリ。
「ちゃんと、私の意志を……言おうと思って……」
魅せられた。
「正直、わかってもらえたとは思えないけど」
惹きつけられた。
「喧嘩別れで終わっちゃうかもしれないけど……」
こんなにも強く。
「どんなに失望しても、父が生きてたら、私もアスランと同じことをしたと思う」
瞬間、アスランそれに誘われるがまま、手を伸ばした。
「え……?」
ナナの細い腰を捕まえて、抱き寄せる。
「ア、アスラン……?」
ナナの身体が硬直した。
「ナナ……」
耳元でささやいた。
気の利いた言葉など思いもつかない。
まして、この行動をどう説明すれば良いかもわからない。
が、何故だか今までの絶望感は薄れていた。
「ア、アスラン……」
戸惑いを隠しきれないナナを初めて見たから、少し笑えた。
「な、なに……? どうしたの……?」
くすぐったそうに少し身をよじったナナを、もっと強く抱きしめた。
「ありがとう」
挙句、出たのがそんな一言。
それでもナナは、ゆっくりと力を抜いた。
「アスラン……」
そして、ナナがようやく息をついたとき、
「ありがとう、ナナ……」
もう一度そう言うと、ナナの手はぎこちなく抱き返してくれた。