ジャスティスはそのままグレイスを抱えてアークエンジェルに着艦した。
ドックに着くなり、アスランは自機を飛び出してグレイスに向かう。
無理やりグレイスのコックピットを開けると、中でナナはぐったりとしていた。
「ナナ……!」
アスランはナナのシートベルトをはずし、ヘルメットを脱がせた。
「ごめ……まだ……息が……」
機体が受けた圧のせいで、ナナは苦しそうだった。
アスランはそのままナナを引っ張り出し、パイロットスーツのチャックを下げて楽に息が出来るように抱える。
「ほら、水!」
マードックもタラップを引いて駆けつけた。
「あ……ありがと……」
ナナは顔を歪めながらも笑ってみせ、水を一口飲んだ。
「どこか怪我は!?」
あれだけの力で機体を飛ばされれば、身体に受ける衝撃は普通ではないはずだった。
「大丈夫大丈夫、最後はちょっとバテちゃった」
が、ナナは笑ってまた水を飲んだ。
その額には汗がじわりと浮いている。
「一度、医務室で休んだ方がいい」
触れた肩は細く揺れ、肌に血の気はない。
だが、
「大丈夫だってば。宇宙級のフリーホールに乗っちゃったみたいなもんだから」
ナナは軽く受け流し、
「それより、ディアッカとムウさんがコロニーに入ったって聞こえたけど……」
すぐに話題を変える。
「あ、ああ……。『ザフトがいる』と言い残して行ったらしい」
「ザフトが……?」
ナナは眉をよせた。
自分の体調のことなど、もう頭にないのがわかった。
仕方なくアスランは説明する。
おそらく、ナナの意識が朦朧としていたであろう時間にあったことを。
「ラミアス艦長はそれが『クルーゼ隊』だと予測している」
「クルーゼ隊って……」
「キラが単機で援護に向かった」
アスランとディアッカがその『クルーゼ隊』の一員であったことを、当然、ナナは知っているはずだった。
が、ナナは何も言わなかった。
アスランに対しても、そこへ向かったディアッカに対しても。
「アスランは予定通り、今のうちにジャスティスをエターナルに移して」
そしてそう言いながら立ち上がる。
無重力空間でも、フラついていることが見て取れた。
「オレも内部に行く。本当にクルーゼ隊長なら危険だ……!」
その腕をとって、アスランは言った。
が、
「だめだよ」
ナナは小さく笑いながら、その手を抑える。
「地球軍がまたいつ攻めて来るかもわからないし……今のうちに陣営を整えておかなきゃ」
「しかし……」
逆に、ナナがアスランの腕を掴んだ。
「私たちは、ここで撃たれるわけにはいかないでしょう?」
厳しい声で、
「たとえキラたちが戻らなくても、私たちはここで戦わなくちゃ」
泣きそうな顔で、そう言った。
その目に、今までのナナの生き方が、ふとわかった気がした。
「……わかった」
だから、せめてその痛みを広げないために、アスランはそれ以上何も言わずに頷いた。
「お前、本当に身体は大丈夫なんだな?」
最後にそれだけを念押しして。
「うん」
陰りを押し殺した笑みを確認し、アスランはジャスティスへ戻った。
「こちらジャスティス、エターナルへ移動する」
ブリッジに連絡を入れ、モニターにグレイスを移すと、ナナはすでにマードックらと整備に取り掛かっていた。
その青白い横顔を少しだけ拡大してから、アスランはアークエンジェルを出た。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから30分以上が経過した。
キラたちはまだ戻らない。
そればかりが、港の反対側へ偵察に出ていたアサギが悪いニュースを持って来る。
向こう側には、ザストのナスカ級が三隻、停泊している……と。
「ナナ、少しいいか?」
グレイスの修理を整備班に任せ、港で艦の動力システム修復を手伝っていたナナに、アスランは声をかけた。
「少し、話がある」
ナナは手を止めて振り向いた。
ヘルメット越しでも、その顔色がまだすぐれないことがわかった。
「やっぱり、少し休んでいたほうがいいんじゃないのか?」
「もう大丈夫だってば」
「だが顔色が……」
「色白なのは生まれつきなの」
「しかし……」
「それより、キラたちを探しに行くのは却下だからね。ラクスにもそう言われたでしょう?」
アスランはため息をついた。
ナナという人間は、無理やり引っ張って行ってベッドに縛り付けておかない限り、休むということができないらしい。
というより、自分の身体への心配は受け付けない性質のようだ。
「その話じゃない」
そのことを指摘しても、今はただ時間を無題にするだけだ。
それほど、ナナの砦は固い。
アスランは当面のところは観念して、次の話題を持ちかけることにした。
「今、アークエンジェルが送ってくれた、さっきの戦闘データを分析していたんだが……」
「あの三機のパイロットのこと?」
ナナはそれを先回りしていた。
アスランがうなずくと、ナナは作業を他の者に任せ、アスランを港の隅まで引っ張った。
コンテナの影で、アスランは話の内容を明かす。
「あの三機の戦い方は、とても正規軍とは思えない。新型機の性能を考慮しても、あの動きは……」
「ナチュラルとは思えないんでしょう?」
ナナは再び彼の言葉を遮った。
視線が鋭くなったのがわかった。
「ああ……キラもそう言っていた」
ナナは辺りを見回した、そして誰も居ないことを確認すると、フッと笑った。
「私もそう思う」
それは明らかに“自嘲”だった。
「あの三機のパイロットは、普通のナチュラルじゃない……」
ナナはそのままわずかに目を伏せた。
「私は……長くMSに乗ってきたし、開発も目の当たりにしてきた。それに、何万パターンもの“敵MS”との戦闘もシミュレートしてきた」
そして、あっさりと己の本質を晒した。
「だから、わかる」
戸惑いと、覚悟を混ぜたようなナナの瞳を、アスランは受け止める。
「あの動きは
その戸惑いを打ち砕く術は見出せなかった。
が、とにかくこの話をしたことで、ナナ独りにそれを抱え込ませるようなことにはならなかった。
それに安堵し、再びアスランはため息をついた。
「“何”にせよ、また向かってくれば撃たなければならない」
だから、先に『覚悟』を口にできた。
「うん」
ナナは少し笑った。
そのままナナの肩の荷が軽くなるよう、もう一つの懸念事項を口にする。
「それに、あの艦……ドミニオンの狙いは、フリーダムとジャスティスの鹵獲かもしれない……」
はっきりとした分析はできていなかったが、たった一隻で攻めてきたことや、フリーダムへの攻撃の仕方を考えると自身の予感が正しい気がした。
「うん、そうだね……」
ナナも深くうなずく。
そして。
「私は“まだ”あの三機に敵わない……」
少しうつむいて、
「でも、アスランとキラを失うわけにはいかないから、彼らを倒すために最大限の努力をする」
ナナはそう決意を示した。
「あの人たちが“何”であっても……」
アスランはナナの瞳の奥にある強い光を見た。
未だ戻らない、キラたちを案じているはずだった。
誰よりも、真っ先にそこへ向かいたいはずだった。
それでも、今、“ここ”でこうして、自分のやるべきことを口にするナナは強い光だった。
オーブで、ウズミが言ったことの本当の意味が、その瞳に浮かんでいる気がした。
アスランは不意に、ナナの肩に手をかけた。
言うべき言葉は思いつかなかった。
が、それでも勝手に何かがこぼれ出ようとしたとき、再び港にアラートが鳴り響いた。