アークエンジェルに帰還し、すぐにメディカルルームへ向かった。
ベッドには傷ついたムウが横たわっていた。
大した怪我じゃない、と、彼はいつものように陽気に笑う。
つきそうマリューも同調した。
が、彼女の瞳の奥に在る影を、ナナには容易に読みとれた。
胃がキリキリと痛んだ。
前回の戦闘で受けたダメージが悪化しているようだった。
情けない……と、密かに自嘲する。
ムウが怪我をし、マリューも精神的ダメージを負っている。
キラもエターナルに帰還後、倒れたというし、さすがのラクスも心を痛めているはずだ。
だから、今は何が何でも平気な顔をしていなければならない。
今までずっとそうしてきたように、たとえ非情な態度と思われてでも、生き延びるための最適の手段を選ばねばならない。
だから……。
大きく息を吸い込んだ。
余計に胃が痛むのは承知の上で。顔を歪めずに息を吐き切った。
(大丈夫……)
そう言い聞かせ、整備班が忙しく働くドックに入る。
ナナはグレイスではなく、バスターへと向かった。
「ディアッカ」
「え? ナナ?」
すでに整備を開始していた彼は、まずムウの容体を尋ねた。
ムウが言ったとおりに答え、ナナはディアッカの目を覗き込む。
「それで、あなたは大丈夫なの?」
コロニー内部で遭遇したのは、やはり『クルーゼ隊』だったと、ミリアリアを通して連絡が入っていた。
だから、『元クルーゼ隊』の彼が平気なのかどうか、確かめたかった。
「何がだよ」
ディアッカは意外にも、ニヤリと笑って見せた。
「何がって、『仲間』に会ったんじゃないの?」
ナナはその様子に安心しながら、口を尖らせて聞く。
「会ったさ。上官と仲間にな」
「それで大丈夫なのかって聞いてるの!」
喧嘩ごしな態度をとっても、ディアッカはサバサバとした返事を返した。
「仲間と……イザークと話をした。銃を向けられたけどな」
「え……?」
ナナは一気に心が冷えるのを感じた。
ぶつかり合うキラとアスランの姿がトラウマのようにフィードバックしていた。
が、
「けど、結局イザークは俺を撃たなかった」
ディアッカはそんなナナを察しているように言った。
「俺もちゃんと伝えられたと思うし」
そして、まっすぐにナナを見つめた。
「伝わったかどうはかわかんないけど」
ナナが聞き返す間もなく、
「お前みたいに言えたと思うぜ?」
ディアッカはそう言って笑った。
「そっか」
つられて笑えた。
彼の強さが嬉しかった。
「オレのことは心配すんな、てか、そんな余裕ねーだろ」
「失礼な。私はちゃんとディアッカのことも心配してあげられる余裕があります」
「なんでそんな上から目線なんだよ!」
冗談のやり取りをして、笑い合う。
胃の痛みがかすかに和らいだ。
「それじゃあ私、キラの様子見て来る」
「あ、ああ……アイツ、倒れたんだって?」
ディアッカはそれ以上何も聞かなかった。
彼も、フレイの声を耳にしているはずなのに。
「すぐ帰って来るから。戻ったらフレイのこと、あなたにもちゃんと話すね」
自分の理解している範囲で……。
そう心の中で付け足して、ナナは連絡用シャトルへ向かった。
が、すぐ立ち止まり振り返る。
まだディアッカがこちらを見ていた。
心配そうな目が隠しきれていない。
「ディアッカ」
そんな彼の目を見て言った。
「帰って来てくれてありがとう」
その目が見開き、頬が赤らんだのを見て、ナナはシャトルの方へ駆け出した。
キラの部屋の前には、心配そうに中をうかがうアスランとカガリがいた。
「ナナ……!」
ナナの姿をみつけたカガリは、不安げな目でナナと部屋の中を交互に見た。
ナナは何も言わずに、キラの様子を外からうかがった。
キラは……泣いていた。
ラクスの腕にすがって、泣いていた。
結局、キラとフレイがどんな関係だったのか、ナナは知らない。
もともと人との関わりに慣れていないと自覚していたから、ああいう二人の関係性は理解できなかった。
キラをコーディネーターだからと遠ざけ、傷つけたくせに、キラを癒したフレイの想いも……傷つけらながらもフレイの“優しさ”にすがったキラの想いも……。
未だにわからなかった。
「行こう」
ナナはそのままカガリを引っ張って、ドアから離れた。
アスランも、何も言わない。
自動ドアは静かに閉まった。
「ナナ……」
カガリは不安で押しつぶされそうな顔をしていた。
この子は情緒が豊かだから……。
カガリの最大の長所に、フッと笑みがこぼれた。
「ナナ……?」
「大丈夫だよ、キラのことはラクスに任せよう」
ラクスなら、キラを支えられる……。
それだけは、今、はっきりとわかっていた。
二人の間にある絆が、何故だかこの目には見えている気がした。
「でも……」
カガリは手にしたあの写真を見下ろす。
赤ん坊のキラとカガリの写真を。
「今考えてもしょうがないよ、カガリ」
この間よりずっとやさしく、カガリの肩に手をかける。
「キラは弱いくせに強いもん。きっとまた元気になるから、それから話しをしてもいいでしょう?」
「あ、ああ……」
「今はラクスに任せて、私たちはキラが元気になるのを見守っていよう」
「ああ……そうだよな……」
カガリはひとつ、吐息をついた。
不安と混乱を押し殺し、懸命に心を落ち着けようと努力しているようだった。
「クサナギに戻って、M1のパイロットたちを見てあげて。精神的にも疲弊してるはずだから。私も行ってあげたいけど、さっきまたグレイスを傷つけちゃったから、整備に戻らないとマードックさんに怒られちゃう」
「ああ、うん」
「それと、戻ったらキサカに伝えて欲しいんだけど……」
ナナはあれこれとクサナギでの作業をカガリに指示した。
ようやく目の前のやるべき課題に焦点を合わせたのか、カガリはわずかに目つきを変えて戻って行った。
とりあえずは安堵した。
キサカが指揮を執っているとはいえ、立場上、クサナギの指揮官はカガリである。
動揺は早急に収め、その任に戻るべきであった。
カガリ本人もそれを感じたのか、今回はうまく自身の衝動を抑え込むことができたようだった。
彼女もまた、変わり始めている……。
(父様……)
自然と心の中で、ウズミにそれを報告した。