いつ、また襲撃されてもおかしくない状態。今のアークエンジェルには、緊迫感というより絶望感というほうがピッタリだった。
「艦長」
いかにも軍人家系の出らしい毅然とした態度で、ナタル・バジルールが言う。
「私はアルテミスへの入港を具申いたします」
アルテミスは『地球軍ユーラシア連邦』の基地であった。辺境にあってそう重要な拠点でなかったことと、何より通称『アルテミスの傘』と呼ばれる特殊防御帯に護られていることで、難攻不落と謳われていた。
対してアークエンジェルと“G”は『大西洋連邦』の最重要機密。認識コードすら持たぬこの戦艦が、すんなり先方に受け入れられる保証はなかった。
が、この不測の事態にアークエンジェルの艦長となったマリュー・ラミアスは、気は進まぬもののナタルの案を受け入れることにした。
道は今、それしかない……。ただ、周囲をうろついているザフト軍の艦隊をどうにか振り切らねばならなかったが……。
ナナはキラや彼の友人たちと供に、避難民居住区にいた。
部屋の壁に寄りかって、ナナは彼らを外側から観察していた。もともとトモダチが多いほうではない。輪に加わるのは面倒だし、必要だとも思わなかった。
ただ黙って、キラの様子を見ていた。
心の奥底に『アスラン』のことを押し沈めようとしながら、友人と会話するキラ。彼はこれからどんな道を選ぶのか……。そんなことを考えながら。
「ねぇ、ナナ」
ふと、彼らの視線が自分に向いたことに気づいた。呼んだのは、ミリアリアという少女。
「なに?」
彼女はナナの柔らかいとは言いがたい声色に少し萎縮しながら、こう問いかけてきた。
「ザフトからは……逃げ切れたのよね?」
皆が息を潜めて答えを待つ。
ナナ自身、何故同じ民間人の自分にそんなことを聞くのかわかりかねたが、できるだけわかりやすく予測を述べる。
「艦の戦闘配備が解除されてるから、ヘリオポリスの崩壊に紛れてザフトを振り切れたと思うけど……向こうが諦めたとは思えない」
彼らはいっせいに不安げな顔をする。そして、今しがた合流したばかりのフレイが叫ぶ。
「やだ……、じゃあこのフネに乗ってるほうが危険ってこと?!」
キラがうつむいた。
身勝手……ナナはそう思い、一瞬だけ眉間にシワをよせた。
「壊れたボートで宇宙を漂流するよりマシでしょう?」
キラの気持ちを察したミリアリアがフレイに言う。
「それはイヤだけど……」
フレイは不機嫌そうに口を尖らせてサイの腕にしがみ付いた。
「で、でもこの艦はいったいどこに向かってるんだろうな」
サイは場を取り繕うように再び疑問を投げた。皆の視線が再びナナに向く。
「さっき、進路を変えたよな……?」
トールも尋ねた。
だから何故、自分に聞くのか……と思いつつ、ナナはまた予測を口にした。
「月の地球軍本部に向かいたいんだとは思うけど……この補給も中途半端な艦の状態じゃ、遠すぎてたどり着けない……」
あくまで予測でしかないのに、フレイまでもが真剣にナナの言葉を待っている。
「どこかで補給を受けるとすると……友軍基地のアルテミスか……」
「アルテミスって……ユーラシア連邦の?」
「『傘』のアルテミスってやつか……」
サイとトールもアルテミスの名は知っていたようで、納得の表情を浮かべる。ただ……すんなりとこの艦を受け入れる保障はない……という予測は伏せておいた。
「お、いたいた」
その時、彼らの元をフラガが訪れた。キラとナナに、「自分の機体の整備」をするように……と。
「冗談じゃない! 僕はもうあれには乗りません!」
キラは再び拒んだ。
無理もない……。ナナは先ほどとは違う気持ちで黙っていた。
サイらは不安げにキラを見つめる。ただひとり、フレイだけが状況をのみこめずにキョロキョロとしていた。
「じゃあ、またザフトが責めてきたら……ここでおとなしく死んでいくか?」
フラガの声はまるでちゃかすようだったが、空気は張りつめた。
「で、君はどうする? お譲ちゃん」
フラガがこちらを見た。
ムウ・ラ・フラガ大尉。誰かが彼のことをこっそり『エンディミオンの鷹』と呼んでいるのを聞いた。軍人らしからぬ軽い口調。おどけた表情すら見せる。正直彼が『エンディミオンの鷹』という異名をとるとは信じがたかった。
が、こちらを見る瞳の奥は鋭く、死線をくぐった者のそれに思えた。
そして……彼の言わんとしていることは正しい。ナナもそう思うから。いくら戦いを拒んでも、巻き込まれることを嫌っても、戦わねばならない。でないと……ここにいる者たちが死んでいく。
護らねば。護るためには、強くならねば……。
「当然、ザフトが来たら戦いますよ」
少しも揺るがぬ、決意の言葉が口から出た。皆の視線を再び感じた。今度は脅威の目だったが。
「できるだけのチカラがあるんだったら……できるだけのことをしろよ」
フラガはキラにそう言い残し、ナナの肩をポンと叩いて去って行った。
「ナナ!!」
それからすぐ、キラはナナの正面に立って見据えた。
「君は……君は戦争に巻き込まれて平気なの?!」
キラの気持ちはわかった。
死にたくない……。殺したくない……。戦いたくない……『アスラン』と……。
「“護るため”には……戦うよ、私は……」
キラとてそれをわかっているはず。ここにいる友人たちを護りたいと思っているはず。そしてフラガに言われたとおり、そのチカラが自分自身にあることも知っている。
が、すぐにそんな気持ちになれるはずもなかった。
「僕は……戦いなんて嫌だ……! 誰も殺したくないんだっ……」
押し殺すように言ってうつむく彼の脳裏には、きっと『アスラン』の懐かしい顔と先ほどの顔がダブっている……。
ナナは表情を変えずに、そっと奥歯をかみ締めた。「キラはここにいろ」……と、そう言えれば楽だった。「戦わなくていい」と、言ってあげられればよかった。
だが、それを彼が選ぶべき道とは思えなかった。自分ひとりで艦を護りきれる確信がないとかじゃなく……。そんなのは彼にとって一時の“気休め”だと思うから。この戦争から目を背けてはいけないと思うから。チカラは……確かに誰かを傷つける。が、それが無ければ進めない時もある。わからないものがある。
そうやって生きてきた。それを信じているからこそ、ここに居る。
「でも、戦わないと殺される……ここにいるみんなも」
「だ、だからって、殺すことを望むわけじゃないっ……!」
ナナは心を押し殺し、刺すような視線でキラに向き合う。
「望まなくても望んでも、人が殺し合うのが戦争でしょ? それが今、目の前で起きてるのにまだ理想にしがみつくの?」
キラが目を見開いた。見守る連中も息を止めた。冷たい沈黙が流れた。彼らと自分との間に、みるみる溝が生まれるような時間だった。
「僕は……」
やがて、苦しくて、悔しくて、震えた声がキラから漏れ……そしてついに、心の楔を吐き出した。
「僕は君みたいに、戦いに慣れてもいないし、戦うことが好きなわけじゃないっ!!」
今度はナナの瞳が揺れた。だがそれはほんの一瞬で押しとどめた。今はただ、キラに突きつけた刃の切っ先を少も引いてはならなかった。
「私にこの艦を護れるチカラがあるのなら……それを使いたいだけ……」
キラを睨みつけた。チカラを選ぶのは自分の意志。己に言い聞かせながら。
「私は戦うよ……キラ」
ナナはそう言い捨て、その場を去った。
2023/7/12 改訂