カガリを見送って……。
「聞いた?……フレイのこと……」
ずっと沈黙を守っていてくれたアスランに、ようやく向き合う。
だが、なんとなく目を見られなかった。
「ああ、カガリに聞いたよ。ヘリオポリスからの仲間で、キラと、その……一緒にいたって……」
アスランは言葉を濁した。
おそらくカガリも、顔を赤くしながら彼に伝えたのだろう。
そんな二人がおかしくて、わずかに苦笑した。
「そ、そういう関係だったのか?」
「私ね、よくわかんないんだ」
「え?」
キラの親友であるアスランには、正直に伝えようと思った。
そしてキラが落ち着いたら、ラクスにも話さねばならない。
「フレイはコーディネーターが嫌いだったみたいで、お父さんが乗った艦をあなたたちに落とされて……それで、キラを責めた。『コーディネターだから、本気で戦ってないんでしょう』って」
「俺たちが……?」
「そう。アークエンジェルを迎えに来た、地球軍第八艦隊の先遣隊。あれに、フレイのお父さん……アルスター事務次官が乗っていた」
「ああ……そうか……」
アスランはうなだれた。
が、今は過去に流した血を拭う時ではなかった。
ナナは続けた。
「フレイはそうやってキラをひどく傷つけた。それなのに、艦隊と合流しても艦を降りないで、キラの側に留まった。元々は、サイの婚約者だったのに……」
「サイって、アークエンジェルのCICか?」
「うん、そう」
「婚約者……だったのか……。それなのになぜ、キラと……」
小さく首を横に振った。
「わかんない……。キラも、フレイのお陰で元気になったし……」
二人の間にある違和感を、ここで言葉に表現することはできなかった。
「ただ、キラがフレイのことを『自分が傷つけた』と思ってたってことは……やっぱり複雑な関係だったのかなって……」
先ほどフリーダムから聞こえた、キラの絞り出すような声。
嗚咽に近いその声は、アスランの耳にも届いていたはずだった。
「そうか……」
アスランはうなずいた。
完全には理解しきれていないだろうが、今の話だけで、もしかしたらナナよりは二人の関係を察したのかもしれなかった。
が、それを説明して欲しいとは思わなかった。
もどかしさがあるのは事実だが、きっと、二人のことは自分にはわかり得ないのだと、そんな気がしていた。
「そういうわけだから、キラ、あんなにショックを受けて……」
「……ああ……なんとなくわかったよ……」
だが、アスランは『なんとなく』だが納得してくれた。
(よかった……)
これで、アスランはキラを支えられる。
そう思った。
「それじゃあ、とりあえず私もアークエンジェルに戻るね」
そう言って、もう一度キラの部屋の扉を見た。
(ラクス……、キラをお願い……)
だが、その視界が遮られる。
「お前は……?」
アスランが回り込み、肩をつかんだ。
「え……?」
「お前の話を聞いていない」
「なに……が……?」
引っ張られる形で、浮かせた足が床についた。
「キラやアークエンジェルの仲間だけじゃないだろう、ショックを受けているのは」
「え?」
深い緑色の瞳が、こちらを見ている。
「お前は大丈夫なのか?」
思わず、目を逸らした。
「ナナ」
アスランの指先に力がこもる。
「私……」
促されるようにして、声が漏れた。
「私は、フレイを責めたんだ……」
心の中のドロリとした醜いモノが、喉の奥にこみ上げる。
「『コーディネーターなんて、みんな死んじゃえばいい』なんて言うから……だから……」
フレイの手に握られた拳銃。
ディアッカに向けられた銃口。
乾いた銃声。
ミリアリアの涙。
割れた電灯。
鮮明に思い出せるのに、口にするのは難しかった。
「だから……『そんなことを言ってるから戦争が終わらないんだ』って、私はフレイを責めたんだ……」
もっとうまく、感情を、状況を、説明できればよかった。
だが、今は……。
「私は……フレイの中に……」
自分自身の言葉が恐ろしかった。
「……本当の“敵”を見てしまった……」
それが、あの怯えた少女の喉元に、残酷に突き立てた凶器のようで……。
自分が怖かった。
「ナナ……」
いつの間にか、アスランの手は肩から離れていた。
「でも、とりあえずは地球軍に保護されたみたいだから……、一応は安心かな……」
一歩、後ろに下がった。
反動で身体が浮き上がり、また彼から離れる。
「また逢えたらいいけど……逢えたら『ごめんね』って言いたいけど……今はどうしようもないもんね」
これ以上、自分に対する怯えを悟られる前に、彼の前から去りたかった。
「考えててもしょうがないから、グレイスの整備に戻るね。アスランも、肩の怪我が治ってないんだから、無理しないでね」
しかし、反転しようとした身体は、再びアスランに遮られる。
「ナナ……!」
「ど、どうしたの?」
アスランは声を潜めつつも、強い口調で言った。
「抱えすぎだ……!」
「え……?」
掴まれた腕が痛かった。
「少佐の怪我を心配して、それを心配する艦長を気遣って、お前のことだからディアッカのことも心配してるんだろう?」
「アスラン……」
「こっちではキラとラクスのことを心配して、カガリにも気を使って、クサナギのことまで気をまわして……その上彼女のことまで気遣うなんて、いくらなんでも抱え込みすぎだ」
彼が何を言っているのかわからなかった。
何故、怒ったように言うのかも。
腕を掴む手に、どうしてこんなにも力を込めるのかも。
「そのうえ、オレの怪我のことまで」
「だって、それは……」
アスランはため息をついた。
出かかった中途半端な言葉がかき消される。
「みんなそれぞれ戦っているんだ。みんなの分まで全部、お前一人で抱えることはない」
「アスラン……?」
「まぁ……、お前に心配をかけるオレたちの方に責任はあるが、お前もお前自身のことに少しは気を配れ」
アスランが、自分を心配してくれているのだと、その言葉でようやく理解した。
「……と言っても、無駄だろうがな……」
彼がしかめっ面をしたので思わず笑った。
胸の奥がくすぐったかった。
「と、とにかく、お前も体調が万全じゃないんだから、できるだけ休んだ方がいい……!」
今度はアスランが目を逸らした。
その頬が、少し赤い。
だから不思議と、こみ上げてきた涙を抑えることができた。
「アスラン……」
「な、なんだ?」
自然と“願い”が口をついた。
「じゃあちょっとだけ……、この間みたいにして」
「この間?」
今まで誰かに何かを願ったことはなかった。
それでも……、
「ほら、『ありがとう』って時のやつ……」
ごく自然に声になる。
「あ、ああ……」
アスランは戸惑いがちに、腕を引いた。
そしてぎこちなく、ナナを抱きしめた。
「ありがと」
今回は、ナナが先にそう言った。
「ああ……」
アスランは照れたように返事をし、そっと腕の力を強めた。