ジャスティスが、ミーティアを切り離した。
≪行くぞ、ナナ!≫
「うん」
彼に対して短く答え、別の回線に告げる。
「ジャスティスとグレイスでヤキン・ドゥーエに侵入してコントロールを破壊する。エターナル、クサナギは援護をお願い!」
すぐに、ラクスとキサカの動揺が伝わった。
が、
「大丈夫、あとは私たちに任せて」
彼らに向けて余裕しゃくしゃくの表情を返す。
自信があるわけではなかった。
だが、恐怖もない。
アスランと一緒だから……。
防衛隊を蹴散らし、ヤキン内部への侵入に成功した。
すでにゲート付近は攻撃を受けて破壊され、力を失って宙を漂うしかない者や、怪我を負った者たちが居た。
それらを横目に、MSで行けるところまで進む。
ジェネシスの二射目からすでに、80分近くが経過しようとしていた。
時間がない……。
一刻も早く、コントロールを制圧してジェネシスを止めねばならなかった。
進路が詰まり、施設への通路を発見したところで、ジャスティスは停止した。
隣にグレイスを着地させる。
後ろから数機、M1部隊が援護に来ていた。
≪ナナ、銃を持てよ≫
「わかってる」
シートの裏から拳銃を取り出し、コックピットを出る。
「コントロールブースの場所はわかるの?」
「ああ、ヤキンに来たことはないが、おそらく他の要塞と同じ造りになっているはずだ……」
アスランは照明が落ちて暗い通路を、慎重に進み始めた。
「銃は使えるのか?」
「あたりまえでしょう? MSのパイロットは、射撃の訓練も必要なんだから」
「だがお前、初めて会った時は簡単に銃を撃ち落とされていたが」
「あの時は本調子じゃなかったの! アスランだって知ってるくせに」
緊張感が高ぶる中、二人は思い出話に少し笑った。
ナナは彼の背を見つめながら、深呼吸した。
肩の力が抜けて行く。
もちろん、人を撃つのは初めてだ。
が、阻む者が現れれば、迷わず撃たねばならない。
グレイスの操縦桿とこの拳銃は同じ事……トリガーを引くことに変わりはない。
だから、大丈夫……。
そう無理やり自分を納得させる。
「このフロアのはずだ」
アスランは立ち止まり、通路の角から入口の様子をうかがう。
そして二発、銃声を鳴らした。
「行くぞ……!」
黙って彼を追った。
扉の前に、二人の兵士が肩を抑えて浮いていた。
アスランはそのうちの一人から、IDカードを奪い取り、扉の装置にセットした。
「開くぞ」
扉の両側に、アスランとナナが構える。
「銃を向けられたら先に撃てよ」
「わかってる」
大きくうなずくと、彼は扉を開いた。
肩越しに、中の様子をうかがう。
「え……?」
その目に飛び込んできたのは、四肢の力を失って宙に浮かぶ二人の男の姿だった。
周りをいくつもの赤い粒が取り囲んでいる。
そのうち一人の顔は知っていた。
アスランの父……ザフトの最高評議会議長、パトリック・ザラその人である。
アスランは父の姿を凝視したまま、コントロールルームへ足を踏み入れた。
ナナもそれに続く。
同時に、扉を開いた時には妙に静まり返っていた室内が、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「え? 議長が?!」
「ぎ、議長が……!」
「おい、何でだよ……!」
「た、退避だ! 脱出を!!」
もう、“侵入者”にかまう者など誰もいなかった。
彼らは皆、彼らのトップに立つ者の変わり果てた姿に驚愕し、その場を放棄して脱出を始めたのだ。
二人もそんな彼らの様子は目に入らなかった。
天井部まで浮いたザラ議長の身体を、二人で静かに下ろす。
パトリック・ザラは、最後の力を振り絞るように、アスランの肩に手をかけた。
そして、
「撃て……ジェネシス……を……」
その願いを口にした。
「我らの……世界……を、奪った……報い……を……」
報いを……。
そう言い終えた彼は、大きく血を吐いて息絶えた。
「父上!!」
アスランが呼びかけても、彼は二度と目を開かなかった。
「くっ……」
アスランは歯を食いしばった。
悲しみというより、怒りが……いや、憤りが滲んで見えた。
「父上……!」
彼の涙が、父親の血玉に混ざるように飛び散った。
その別れすら引き裂くように、コントロールルーム内に基地の自爆を宣言するアラートが鳴り響いた。
全てのデスクのモニターが、紅く光る。
≪総員速やかに施設内より退去してください≫
無機質な機械音……。
アスランは勢いよく立ちあがり、モニターと向き合った。
そして、言った。
「ヤキンの自爆シークエンスに、ジェネシスの発射が連動している!」
アスランはものすごい速度でキーボードを打ち始めた。
が……、ナナはパトリック・ザラの顔を見つめたまま、動くことができなかった。
「そんな……」
信じられなかった。
ザフトの最高評議会議長が、ジェネシスという兵器を振りかざした男が、ナチュラルを全て滅ぼそうとした男が、ナチュラルの“敵”が、そしてアスランの父が……こんなところで、こんなふうに命を落とすことになるなどと……。
こんなふうに、息絶えた姿に逢うことになるなどと……。
耳の奥で、彼が残した最後の呻きが繰り返されていた。
彼は、大切なものを奪った“敵”を滅ぼそうと戦った。
報いを受けさせんとして。
何故……。
失った者が、あまりに大切だったから。
彼の妻、アスランの母……?
失くした痛みが大きすぎて、怒りしかその胸に宿らなかった……?
冷たくなっていく彼を目の前にして、その想いを痛感した。
彼に対し怒りは感じなかった。
ただ、悲しみ……憐れみ……無念さがこみ上げるばかりだった。
ナナは黙って、彼の瞼を下ろした。
そして、ゆっくりと、手を組み合わせる。
涙が一粒零れた。
その時、
「くそっ!!」
アスランがデスクを目いっぱい殴りつけた。
「駄目だ、完全にロックされている!」
ナナはのろのろと立ち上がった。
涙が頬を伝い、粒になり、目の前に浮いた。
「こんなことをしても、何も戻っては来ないのに!!」
絶望の表情を浮かべたアスランの隣りに立つ。
そして、放置されたインカムを装着し、デスクのスイッチを操作した。
「ナナ?!」
息を吸う。
涙が止まらないせいで、少し肺が痙攣した。
が、言うべきことは決まっていた。
「ヤキン・ドゥーエ内部、および、ヤキン・ドゥーエ、ジェネシス周辺宙域で戦闘中の全軍に通告します」
全周派チャンネルで、全ての者に伝えねばならなかった。
「すでにヤキン・ドゥーエは放棄され、自爆システムが作動しています」
「ナナ……!?」
アスランが腕を掴む。
が、まっすぐ前を見つめて続けた。
「そして、ヤキン・ドゥーエの自爆システムには……ジェネシスの発射が連動しています」
たとえ誰にも届かなかったとしても。
「照準は、地球……」
愚かな足掻きかもしれないけれど。
「このままでは、本当に世界が終る……。果てない戦いの中に身を置いたあなたがたなら、もうそれをわかっているはず……」
胸が苦しかった。
「だからどうか……」
言葉が途切れそうだった。
「速やかにこの宙域から退避してください」
それでも、
「我々は最後まで、ジェネシスの破壊を試みます」
意志と、願いを……。
「どうか……」
どうか……。
「どうか、生きてください……」
命を繋げて、未来へと……。
「一人でも、多く……生きて……」
この絶望の中で絞り出す願いは、あまりに儚なかった。
無力さが胸を締め付けた。
目の前に広がる『世界の終わり』が怖かった。
「ナナ……」
アスランが肩を抱いた。
嗚咽を我慢することが、もうできなくなっていた。
「アスランっ……」
インカムを捨てた。
モニターに表示された自爆までの時間は、1765秒。
「行こう、アスラン……!」
声は震え、涙の粒が飛び散った。
が、アスランは力強くうなずいて、ナナの手を引いた。