ナナはドッグでグレイスの整備に取り掛かっていた。隣のストライクではキラが同じく整備を始めている。
耳に鳴り響く先ほどのキラの言葉。いや、叫び。チカラを望まぬ彼に、無理矢理血のついた凶器を持たせた。その代償に、胸に冷たい氷を抱え込んだ。
『僕は君みたいに、戦いに慣れてもいないし、戦うことが好きなわけじゃないっ!』
無理やりそれを追い払うように、ひたすらにキーボードを叩いた。今はそれに対し、否定の言葉を吐いている時ではないから……。
≪敵影補足! 総員、第一戦闘配備!≫
突然、ドックにアラートが鳴り響く。
≪キラ・ヤマト、ナナ・イズミはブリッジへ!≫
続いて自分とキラを呼び出すアナウンス。ナナはコックピットを出て、キラとともにブリッジへ向かった。
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ブリッジで作戦を言い渡され、再びドックへ戻った。今度は二人もパイロットスーツに身を包んでいる。
「いいか、二人とも。艦と自分を守ることだけを考えろよ」
そう言ってゼロ式に乗り込むフラガに、ナナは無表情でうなずいた。
「ナナ……」
先に口を開いたのはキラだった。
「き、気をつけてね……」
怯えている様子だが無理もない。ズキリと心が痛む。
「キラもね」
かろうじてあっさりとした答えを返し、グレイスへ向かった。
だが、途中で身を翻し、ストライクに乗り込もうとしていたキラの元へ行く。
「ナナ……?」
ナナはヘルメットを抱えた腕に、力を込めた。頭の隅で警報が鳴り響いている。「今はやめろ」……と、マトモな自分が叫んでいる。
が、それでもキラに言葉をぶつけた。
「撃たれる前に、撃ちなよ」
凶器……。再び切り付けられたキラは息を呑む。その双眸に、さっきのように嫌悪の陰が浮かぶのを知りながら、ナナはもう一度言った。
「今は……戦わなきゃ進めない……」
剣を持てと……優しいキラにそう吐き捨て、ナナは彼に背を向けた。
背後で立ち尽くしていたキラが、ストライクに乗り込んだのがわかった。同じくグレイスのコックピットを閉じて、大きく息を吐き操縦桿を握る。じんわりと汗がにじんだ。
『僕は君みたいに、戦いに慣れてもいないし、戦うことが好きなわけじゃないっ!!』
そのとおりなら今はむしろ好都合だが……そう自嘲し、ヘルメットをかぶる。
(ごちゃごちゃ考えてる場合じゃない……。今は戦わなきゃ進めない)
キラに言った言葉を己に言い聞かせ、新たに管制官の任に就いたミリアリアには余裕の笑みを見せた。
「ナナ・イズミ。グレイス、発進します!」
再び漂う暗い宇宙空間。
キラは前方ナスカ級から発進して来るモビルスーツに向かって行った。ナナは後方のローラシア級からの敵を迎え撃つ。その間、フラガのゼロは隠密潜航し、ナスカ級に奇襲をかける……という作戦だった。
ナナはもう一度、操縦桿を握りなおす。今度こそ、ちゃんとアークエンジェルを守らねばならなかった。
やがて、熱量接近のアラートが鳴る。
「3機……しかも奪取された“G”……?!」
グレイスのメインモニターには、奪取された『バスター』『デュエル』『ブリッツ』の3機が映し出された。
≪……ナナ……!! 敵は奪われた3機を実戦に投入してきたわ……!≫
ミリアリアが同時にそれを告げた。
「大丈夫。“G”の戦闘システムデータは頭に入ってるから」
ナナは動揺を飲み込み、単調に答える。
「アークエンジェルはバスターのライフルに気をつけて。ストライク以上の火力を持っている」
そしてそう言い放つと同時に、ブリッツが放ったバルカンを撃ち落とした。
(大丈夫……やれる……!!)
わざと大きくうなずきながらストライクの位置を確認する。
イージスと交戦中……。浮かんできた『アスラン』の名前を急いで頭から追いやった。今、余計なことを考えている余裕は無い。どうかキラも……。
「キラ……! デュエルがそっちに行った! 気をつけて!!」
≪りょ、了解……!!≫
さらにバスターが放った火をよけながら、ブリッツのアークンジェル侵攻を阻止する。何度も乗ったシミュレーターより格段に速いスピードで周りは動いていた。
早くも息が切れている。
戦闘を展開中の6機のMS《モビルスーツ》の中で、明らかにスキルが劣っているのは自分だった。それをどうにかカバーしなければならない。一瞬でも気を抜くと、死が鼻先にちらついた。
一瞬のようでもあり、長くも感じられたブリッツ、バスターとの交戦。やがてアークエンジェルからテキストデータが入電する。
《フラガ機 作戦成功 ナスカ級ヲ撃墜スル 主砲軸線上カラ離脱セヨ》
バスターを振り切ったすきに、ナナはグレイスのスラスターを逆噴射させる。それほど間もおかず、アークエンジェルは艦前方へ向けて主砲ローエングリンを発射した。
「キラ……!!」
≪だ、大丈夫……!!≫
2機が互いの無事を確認すると同時に、アークエンジェルから帰艦信号が出された。ナスカ級はアークエンジェルの主砲をくらい、離脱したのだ。アークエンジェルは一気にナスカ級を排除して得たアルテミスへの航路を全速前進する。
作戦は成功だった。パワー残量が底をついていたグレイスはすみやかに帰艦する。ブリッツ、バスターも撤退命令を受けたようで、深追いを止めた。
だが……。
「ストライクは……?!」
コックピットから出てすぐに、ナナはマードックに向かって叫ぶ。同時に帰艦するはずだったストライクがまだ帰って来ない。
「どうやら4機に囲まれちまったようだ……!!」
背筋に冷たいものが走った。ストライクもパワー残量に余裕などないはず。それは相手も同じことだったが、正規の訓練を受けて操縦に長けている彼らと、無駄撃ちの多いキラや自分とはその消費効率が違うことは明らかだった。
「ゼロはっ?!」
「まだ戻れないらしい!!」
ナナに迷う暇はなかった。
「マードックさん、急いでグレイスのパワーパーックを充電して!」
叫ぶと同時に再びコックピットに戻り、ブリッジに連絡をとる。
「こちらグレイス。1分後にストライク援護のため再発進します。許可を!!」
≪ダメだ! すでに艦とストライクとの距離は開いている……間に合わない!!≫
CICのナタルが言うがナナは引かなかった。
「今キラを失ったら意味がないでしょう?! グレイスは高速エンジンが搭載されている……まだ間に合います!!」
いざとなれば軍人の命令など聞く気はない。何のために力を使うのか……何のためにグレイスに乗るのか、自分の意志で決める覚悟だった。そう、初めから。
≪わかりました、許可します。ただし、限界が来たらすみやかに帰到するように!≫
マリューの言葉と同時に、ナナはメインエンジンを始動する。パワー30%まで回復していた。
「マードックさん、もう出ます! 離れて!」
新たにエネルギーライフルを装備し、グレイスは再びアークエンジェルから発進した。向かうは艦後方ストライク。その時すでにストライクのフェイズシフトはダウンし、デュエルの攻撃をくらおうとしていた。
(……間に合わないっ……!!!)
スロットルを振り切っても、それを阻止できる場所までは到達できなかった。撃破されるストライク……嫌な光景が一瞬脳裏をかすめる。
「キラ……!!」
が、デュエルの攻撃はストライクを撃ち落としはしなかった。気づけばストライクは、MA《モビルアーマー》へと形態変化したイージスに捕獲されていた。
血の気が失せた。
「キラ!!」
呼びかけに返信はない。
ナナは初めて、己の行動を躊躇した。イージスのパイロットが本当にキラの知る者なら……その“目的”が分かってしまうから。イージスを撃つべきか……。キラを取り返そうとするのがいいのか……。このままキラを行かせたとしたら……。
ナナは再び『アスラン』の名を振り切った。そしてライフルでイージスの背面を狙う。
その時、イージスが別方向からの攻撃を受けた。
「フラガ大尉?!」
ゼロが戻って来たのだ。
≪アークエンジェルにストライクのランチャーを射出させる! ストライクが装備できる時間をなんとか稼ぐぞ!!≫
「りょ、了解!!」
フラガの指示で、ナナは最大速で回りこむ。イージスは耐え切れずにストライクを離した。
ナナは4機をストライクから遠ざける。
「キラ……! 大丈夫?!」
≪う、うん……≫
曖昧に答えて緩慢な動きをしながら、ストライクはフラガの指示でアークエンジェルからの射出軸線上に向かう。
ゼロとグレイス、懸命の援護だった。
バスター、ブリッツ、そしてデュエル……。パワー残量も少ないはずだが、彼らは執拗に迫る。必死でそれを交わしながら、ナナはイージスの動きをちらりと見た。3機……特にデュエルの執拗さと対をなすほどに、どことなく傍観している間合いだった。
やがてデュエルの攻撃を受ける寸前でかわし、射出されたランチャーを見事装備したストライクが完全にザフトを遠ざけた。
ナナは必死でエネルギー砲を撃ちまくるストライクと、撤退するイージスとを交互に見ることしかできなかった。
2023/7/12 改訂