ナナは銃の先で小突かれながら、この事態を鼻で笑った。地球連合軍の折り合い……それを調べ上げていなかったわけではない。まだ周囲に明かせぬ立場上、そういう知識は学んでいた。だから今さらこの仕打ちに驚くようなことはなかった。当の軍人たちよりも客観的かつ冷静でいられた。
ただ、懸念はあった。アルテミスの目的ともくろみ……。ナナの予測どおりなら、取り返しのつかないことになりかねなかった。
ブリッジ要員や整備班、そしてキラたちは、アルテミス側の威圧により艦の食堂に集められた。
そう広くはない食堂内を、銃を持った軍人が取り巻き常に威嚇している。
ラミアス艦長、バジルール副長、そしてフラガ大尉の司官3名は、先ほどアルテミス本部へと召喚されていた。
不満と不安を持ちつつも、おとなしくしているしかなかった。
息苦しい雰囲気が続く中、やがて要塞司令官のガルシア自らが食堂を訪れた。そして意地の悪そうな目で彼らを見回す。
ナナは涼しい顔で、思い切り目を逸らして座っていた。
ガルシアはおもむろに、“G”のパイロットは誰かと尋ねた。
ナナの指先がピクリと動いたが、彼女は目だけでマードックと目配せし合った。案の定、キラは正直に名乗り出ようと立ち上がりかけた。が、マードックが後ろから彼の両肩を抑え、さりげなくそれを止めた。同時にナナは立ち上がり、つかつかと司令官の前に出た。
「1機に乗っていたのはフラガ大尉ですよ。もう1機には私が」
なんとか……なんとかして誤魔化さねばならない。自分のことも、キラのことも。
「有線式ガンバレル<ゼロ式>を扱えるのはフラガ大尉しかいないだろう。それくらい私も知っているさ。フラが大尉はゼロに乗っていたはずだ」
が、メビウス・ゼロ式のパイロットとして武名を馳せていたムウラ・フラガの名がその誤魔化しを阻む。
「モビルスーツのパイロットは他にいるんだろう?」
ニヤリと笑った様は癪に障ったが、ナナは目をそらさず立っていた。
「それに、君みたいな娘があれほどのモビルスーツを操れるとは思えんな」
ナナは一貫して平静を装った。元来、こういう苛立ちを抑えることは苦手だった。が、ここは抑えなければ“キラの身”に危険が及ぶと知っていた。
「さっさと白状したまえ……お嬢さん」
が、ガルシアが嫌らしい笑みを浮かべてナナの襟首を掴んだとき、キラの我慢が先に限界を迎えてしまった。
「やめてください!!」
マードックが慌ててまた肩を押さえつけるものの、キラはそれを払いのけた。
「アレのパイロットは僕です!!」
ナナは首を回してキラを見る。「さがれ」と念を送ってみても、彼は怒りに燃えた瞳でガルシアをまっすぐ睨みつけていた。
「まったくこの艦の連中ときたら困ったものだ……」
司令官ガルシアはため息をつく。
「やけに子どもが多いと思えば、その子どもがこぞって大人をからかうとは……」
そして、ナナの襟首を突き放した。思いのほか強く飛ばされたナナの体が、サイに当たる。
「きゃぁ! サイ!」
フレイが悲鳴を上げた。
「そろそろ本当のことを言ってもらわないと、軍として対処せざるを得なくなるぞ……!!」
そう“勧告”したとき。
「本当よっ!!」
サイに駆け寄ったフレイが叫んだ。
「そのコたちがパイロットよ!!」
サイが止める間もなく、フレイはアルテミスの人間たちを納得させる言葉を吐いた。
「だってそのコたち、コーディネイターとあのモビルスーツのテストパイロットだもの!!」
空気が複雑に揺れた。
「ほう……ならば子どもでも新型MSを扱えるというわけか……」
意味ありげに納得する言葉を残し、ガルシアはようやくその場を去った。
ただし、キラとナナを連行して。
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「それで、僕たちにどうしろと?!」
銃を突きつけられたままドックへ連れてこられたキラは、いつになく苛立ちを露にして言う。並んだストライクとグレイスの周辺には、アルテミスの整備士や技術者が群がっていた。
「とりあえずは、機体のロックを解除してもらいたいのだが……」
要塞司令官ガルシアはニヤリと笑った。
「君たちは……他にも色々なことができるんだろう?」
キラはガルシアが言わんとすることを予感して息を呑む。ナナは冷たくガルシアを睨みつけたまま黙っていた。
「例えば……これに対抗し得るような機体を作り出すことも……」
「いい加減にしてください!!」
キラはガルシアの言葉を遮り、拳を握った。
「僕たちは軍人じゃない! そんなことをする義務はありませんよ!!」
ナナはキラに視線を移した。怒りと戸惑いに支配され、痛みをその瞳に浮かべている。
だが、
「だが……君はコーディネイターだろう? 裏切り者の」
ガルシアの言葉はさらなる凶器となってキラに襲い掛かった。
「キミの存在は、地球軍にたいそう優遇されるはずだよ」
そのセリフに、キラは言葉を失くした。
「いい加減にしてよっ!!」
そして、ナナ自身も我慢の限界を超えていた。
「戦いたくて戦っているヤツがどれだけいると思ってるの?!」
ガルシアの襟をつかみ上げ、怒りをぶつけた。
「殺したくて殺してるヤツがどれだけいるの?!」
慌てた副官らがナナを引き剥がす。
「あんたたちみたいなヤツらがいるから、戦争は終わらないんだっ!!」
吐き捨てた瞬間、ガルシアの拳がナナの頬を打った。
「ナナっ?!!」
床に転がったナナに、キラが慌てて駆け寄る。すでに怒りは彼よりナナの方が勝っていた。
「と、とにかく機体のロックを解除します。それでいいでしょう?!」
なおもガルシアにくってかかろうとするナナを押しとどめ、キラは言った。
ガルシアは襟元を直し、憎々しげな一瞥を残して立ち去った。
「ナナ、大丈夫……?」
相変わらず軍人たちに銃を向けられる中、キラはナナを支え起こした。ぶたれたところは痛くない。別の場所がひどく痛む。抑えきれずに弾けた怒りが、まだ体を燃やしていた。
「ごめん……」
が、ナナはそれを噛みしめて言った。情けない声。キラの顔もまともに見られない。
「……え……?」
謝罪の意図がわからぬ様子で、キラは戸惑っている。
「ナナ……?」
ナナは立ち上がって背筋を伸ばした。
「キラを……傷つけるはずじゃなかった……」
「……え……?」
目いっぱい奥歯を噛みしめた。
「ごめんね」
そしてもう一度だけそう言ってキラに背を向け、軍人に囲まれたままグレイスのコックピットへと向かった。
2023/7/12 改訂