コードギアス LOSTCOLORS〜我儘な願い〜 作:喜怒哀楽
長い年月を経ても色褪せない最高のゲーム主人公をもっと知って欲しい⋯⋯という思いから始まったこの小説。続けれるように頑張ります。
大切な人がいた。
自分を必要としてくれた人。
自分の存在を認めてくれた人。
その人の隣はあたたかくて。
とても心地がよかった。
共に過ごす日々を愛していた。
その人がいなくなるまでは。
信じられなかった。
認めたくなかった。
上手くいっていたと思ったのに。
すべておかしくなった。
こんな筈じゃなかった。
絶望して。絶望して。絶望して。
こんな世界は嫌だと嘆いた。
だから……――。
『第1話 いるはずのない人』
「ハァッ……ハァッ……」
死に物狂いで走っていた。
夕暮れの街を、人目を避けながら、それでも何かから逃れる様に、あてもなく足を動かしていた。
何に追われているのかわからない。
覚えていない。
しかし、心の奥底で叫ぶ何かと、言いしれない恐怖が体を支配していた。
頭が割れそうな程痛い。心臓も。靴も何も履いていない足は擦り切れて血が滲んでいた。口内は鉄の味が占領して、喉は空気が刺さって肺が軋んだ。息をするのが苦しい。
激しい疲労感、倦怠感が体を襲う。極度の栄養不足に足がもつれて何度も転びそうになる。
自分の体は限界に近付いているのが明白だった。
(どこかで休まないとダメだ)
建物の間、影となる場所から当たりを見回し、休める場所を探す。そこで、ふ……と目に入った。
大きな壁。大きな門。広い敷地。
そこから覗く、白く大きな城のような建物。
あそこなら、どこか隠れて休める場所があるかもしれない。
そう思って、彼は近付いた。
誰もいないことを確認して、近くにある木をよじ登り壁に飛び移る。転がり込むようにして敷地に入り、辺りを見回した。
「……………」
中はとても広大だった。
整然と刈り揃えられた芝生。道は綺麗に舗装されて建物に向けて扇形に伸び、メインストリートにはアーチ状の白い建造物が均等に並べられていた。
遠くには大きな噴水がその存在を主張して、その奥にある城のような建物を、より一層美しく映えさせている。
景観に力を入れているのか、緑も多い。所狭しと植えられた木々が幸いして、隠れるにはうってつけだった。
(ここなら⋯⋯)
より安全な場所を探すために、身を潜めながら進んでいく。少しばかり奥に行くと、広い庭園を見つけた。
水が撒かれたばかりなのか、水滴が夕日に照らされて、色とりどりに咲く花をより鮮やかに照らしている。
それに目を奪われ、思わず、足を止めてしまった。
美しく咲く花はとても綺麗で。
なぜか……なぜだか……。
ほんの少しだけ……胸が締め付けられた。
「―――」
「―――」
「ッ!」
花を眺めていると遠くで人の話し声が聴こえて、咄嗟に近くの木陰に身を隠した。
息を殺して、遠くからこちらに歩いて来る男女を注意深く観察する。
「ごめんね〜、急な仕事入れちゃって。でも前サボってるんだから、これでチャラね」
「だから、あれは不可抗力だと言ってるでしょう。何度も⋯⋯」
一人は黒い服を着た男。
艶やかな黒髪に秀麗な顔立ち。アメジストの様な瞳からは深い知性の輝きが見えた。
もう一人はクリーム色の服を着た女性。
軽くウェーブした金髪に、碧の瞳。こちらも美しい容姿をしていて、今は悪戯っぽい笑みを浮かべている。
会話の内容はわからないが、まだ年端もいかない少年少女のようだ。
服装から、おそらく学生だろう。こちらに気付いた様子もなく、談笑している。
気付かれていない事に少しだけ安堵するが、すぐに自分の失態に歯を噛み締めた。
(……迂闊だった)
痛みと疲れからか、頭が回っていない。
ありえないミスをしてしまった。
自分は逃げている最中なのに、何故花なんかに魅入っていたのだろうか。
話し声に気付けたから良かったものの、あのまま見続けていたら、確実に遭遇していた。
それがたとえ武装や訓練を受けていない一般人だったとしても、見つかってしまえば、不審者として通報されるだろう。
そうなれば、今の体では捕まってしまう。
連れ戻されてしまう。
どこに?わからない。
だが、それだけは絶対に嫌だった。
(見つからないようにしないと⋯⋯)
そう考えて、尚も息を潜めて観察する。
このままいけば何事もなく通り過ぎるだろう。
ホッとした。瞬間、突然耐え難い痛みが脳を揺らした。
先程からなりを潜めていた頭痛が、タイミング悪く自身を襲ったのだ。
今までとは比べ物にならない、頭の奥を太い針で貫かれたかの様な鋭い痛みに、声が漏れる。
「ぐッ……ぅ……ッ!」
「ッ!!誰だッ!!」
僅かに呻いた。それでも気付かれた様だった。
何度目かの失態に苛立つが、今はそれどころでは無かった。
痛みに霞む視界で前を見る。
黒髪の男は先程の柔和な微笑みをやめて、鋭い眼差しでこちらを睨みつけていた。
アメジストの様な瞳が、自分を射抜く。
「ぁ……」
足が地面に縫い付けられた様な錯覚に陥った。
もうダメだ。見つかった。見つかってしまった。もう誤魔化せない。逃げなければ、逃げなければまた、また……――。
頭の中が、そんな思考で埋め尽くされる。
だが必死で逃げる様に促すその意思に反して、頭の痛みは激しさを増した。
今の体には耐えきれない痛みだった。
視界は揺れて、意識が遠くなる。顔がだんだん地面に近づいていく。
そのまま世界は暗転し、体は動かなくなってしまった。
ーーーーー
「気を……失ったのか?」
「……みたいね」
黒髪の男――ルルーシュ・ランペルージは倒れてしまった少年に近付き、しゃがんでその顔を覗き込んだ。
その後ろでは、金髪の女性――ミレイ・アッシュフォードが恐る恐るという風に様子を伺っていた。
少し汚れているが美しい
どうやら、本当に気絶しているらしい。
「なんなんだ、こいつは……。会長、危険な人物かもしれません。すぐ警察に連絡を……」
「待ってルルーシュ!」
後ろから眺めていたミレイは、何かに気付いたのかルルーシュに向かって静止の声をかけた。
「この子、足を怪我をしているわ。それに顔色もすごく悪い。一旦、保健室に連れていきましょう」
「はぁ!?本気ですか?明らかに不審者ですよ?何かあったらどうするんですか!?」
ルルーシュの苦言に、ミレイはニッと人懐こそうな笑みを浮かべると、胸を張って自信たっぷりに答えた。
「大丈夫よ。多分この子、悪い子じゃないから。女の勘だけど」
最後の言葉に、ルルーシュは頭が痛くなった。
この人はいつもそうだ。毎度毎度思いつきで人を振り回して、楽しんで。
今回も、自信満々に女の勘と何の根拠もない事を言っているが、もしかしたらふざけているのかもしれない。
そこまで考えて、ルルーシュはキッとミレイを見据える。
注意をしなくてはいけないのだ。
最愛の妹の身の安全の為にも。
「ふざけるのも大概にしてください!」
「こんな状況でふざけるわけないでしょ」
ミレイの纏う雰囲気が変わる。
その表情は、先程までのおちゃらけたモノではなく、アッシュフォード学園生徒会長として、元貴族としての、威厳と責任を持った顔だった。
真摯な眼差しでルルーシュを見据えるミレイに、ルルーシュはたじろぐ。
その瞳が、少しだけ苦手だったからだ。
「ルルーシュも見たでしょう?この子の気を失う直前の顔」
「…………」
視線が、ルルーシュから気を失った少年に移される。つられて、ルルーシュも少年に目を向けた。
気を失う前、確かに見た。
眉根を寄せて、苦悶の表情を浮かべる彼を。
――まるで全ての哀しみを一身に受けたかの様な……そんな顔を。
「すごく苦しそうで、今にも泣いちゃいそうな顔してたじゃない?どんな経緯があったのかは知らないけど……あんな顔、よほど辛い経験をしてないと出来ないと思うの」
真面目なその声に、ルルーシュは今度は視線をミレイに移した。
碧色の、美しいその瞳は逸らされる事なく、今も少年に向けられている。
彼女はお人好しではあるが、決して馬鹿ではない。
多角的に物事を見て、それに伴うリスクも考えて尚、こんな事を言っているのだろう。
それに彼女の勘は、悔しいがよく当たる。
だが、ルルーシュの表情はまだ不安そうにしていたのだろう。
ミレイはルルーシュに向き直ると、いつもの明るい雰囲気に戻り、安心させるように微笑んだ。
「安心しなさいな。ちゃーんと素性も調べるから。何かあったら困るし……ね。どう?これで文句はないでしょ?」
そう言ってミレイはお茶目にウインクをする。
その彼女の態度に、ルルーシュは諦めたようにため息をついた。
ここまで頑固だと、もう自分が何を言っても無駄だと思ったからだ。長い付き合いから、彼女の性格はよく知っている。
「はぁー、わかりましたよ。ただし、目が覚めて話が出来る状態になったら、色々と尋問しますからね」
「尋問って⋯⋯あんたねぇ……。はぁ、ま、いいわ!んじゃ、保健室に連れていくわよ。ほらほら男子、ガーッツ!」
「はいはい。人使いが荒いんだから」
まったく、彼女には敵わない。
そう思いながらも、ルルーシュの顔は少しだけ綻んでいた。彼女のこういう性格のお陰で、自分や妹が助かっているのも事実なのだ。
それに――
(何でだろうな……)
いつもなら、例えミレイが幾ら駄々をこねようと、危険だと思えばもっとバッサリと切り捨てている。
自分は特殊な身の上なのだ。もしかしたら暗殺者やスパイという可能性もある。
この様な不審者は真っ先に排除の対象だった。
なのに、それ程強く否定しなかった。
(不思議なやつだ……)
こうして、自分も情けをかけようとしている。
この少年の悲しげな顔に、知らず知らずの内に当てられたのだろうか?
ルルーシュはそこまで思って、ふっと自傷気味な笑みを漏らした。
何を甘い事を。自分はもう修羅の道を行くと決めたのに。
(まぁそれも、意識が戻るまでだ……)
今はいい。眠っているし、ミレイも素性を調べると言っている。
だが意識が戻り、もしも危険な人物だと分かれば、その時は――。
そんな事を考えながら、ルルーシュは少年の体を起こすと、肩に腕を回して持ち上げた。
自分と変わらないと思うぐらい細身のくせに、意外と重くて驚いたが、プライドが邪魔をして、息も絶え絶えになりながらも半ば意地になって保健室まで運んだ。
後日、全身筋肉痛で動けなくなったルルーシュは、やはり見捨てておけば良かったと後悔したとかしてないとか……。
だが、ルルーシュは知らない。
これが、これからの未来を変える運命の出会いである事を。
世界にとって、ほんの小さな歯車が今嵌り、そして回り出した。
何処にも存在しなかった物語。
新たな歴史の始まりだった。