コードギアス LOSTCOLORS〜我儘な願い〜 作:喜怒哀楽
最近子供の夜泣きが終わり、次はイヤイヤ期が控えているのですが、妻もやっと余裕が出てきたので小説を再開しようと思います。
遅筆ですが絶対に書き上げますので、長い目で見ていただけると幸いです。
「ここがお前の部屋だ。生活に必要な物は一通り揃えてある」
アッシュフォード学園のクラブハウス。ライは同じクラブハウスに住むルルーシュに連れられて、自室となる部屋に案内されていた。
「仮入学という形で、明日から俺達と同じクラスになるらしい。ここでは自宅と思って自由にしてくれて構わないが、困った事があれば言ってくれ。出来る限りバックアップしよう」
「……何から何まですまない。感謝する」
頭を下げるライにルルーシュは人が良さそうな笑みを浮かべた。
「なに、会長が決定した事だ。俺は従っているに過ぎない。礼を言うなら会長に言ってくれ」
実際にルルーシュは案内しただけで、全てミレイが用意したものだ。お礼を言われる筋合いはないと考えていた。
それよりも、とルルーシュはライに向き合う。道中ルルーシュはライを観察した。注意深く見ていたが、ぼんやりとしていて特に怪しい動きはなかった。部屋の中をキョロキョロと見回しているが、初めての場所に来たならよくある行動だろう。
今の所はまだ信用できる。が、彼が不穏分子である事に変わりはない。ルルーシュはライに、自分のなかの最重要事項を知らせる為に口を開いた。
「最後に、ちょっといいかな。一つ伝えておきたいことがあるんだが……」
「ああ……」
「会長から聞いてはいるだろうが、俺には妹がいる。何よりも大事な妹だ」
妹、という単語にライはピクリと反応したが、ルルーシュは気付かない。
「名前はナナリー。俺と一緒にこのクラブハウスで暮らしているんだが、その……あまり驚かさないように振舞ってくれ」
「…………?」
「目と足が不自由でね……音とかに敏感なんだ」
ルルーシュの顔に暗い影が落ちる。
過去の怒り。悲しみ。悔しさ。今でも鮮明に思い出せる。あの出来事があってから、妹は――
ライはそんなルルーシュの表情から、何かがあったのだろうと察して、頷いた。
「……わかった。気をつけよう」
「頼む……ああ、普段はメイドの咲世子さんと一緒にいる。車椅子に乗っているからすぐにわかるだろう」
「わかった」
「うん、じゃあ」
ルルーシュはライが了承したのを確認して、部屋を出て行った。パタンと部屋のドアが閉められ、残されたライは部屋をぐるりと見渡す。
心を落ち着かせるようなライトパープルの壁。ワックスがかけられたピカピカのフローリング。清潔なベッド。シンプルだがセンスのいい調度品。
綺麗な部屋だ。軽く見ただけだが、監視カメラ等も見当たらない。
得体の知れない自分を受け入れてくれたのは有難いが、もし危険人物だったらどうしているのだろう。あの金髪の女性――生徒会長に危機感はないのだろうか。
なんにしろ、自分のことを匿ってくれたのはとてもありがたい。
ライは備え付けのベッドに座り、自分の両の手の平を見る。
「僕は一体何者なんだろう?」
もう、逃げていた時の恐怖心は無くなっていた。
だが今は、別の感情が体を渦巻いている。
周囲に対しての圧倒的な違和感。異物感。
記憶を取り戻せば、この感情の正体もわかるのだろうか――?
(それに、さっきのは……)
ルルーシュの『妹』という単語に体が反応した。
一瞬の事だったが、確かに感じた。懐かしいような、切ないような、言葉に出来ない感情。
自分にも妹がいたのだろうか?
考えてみてもわからない。何も思い出せない。
「思い出したいな……」
眺めていた手を握り締める。呟いた言葉は、誰に拾われるでもなく部屋に吸い込まれていった。
『第3話 妹と月明かり』
「ここがスーパーね。大抵のものはここで揃えられるかしら」
「ああ……」
放課後。ライは与えられた制服を着て、自室まで迎えに来てくれたカレンと学園の外に出ていた。どうやらお世話係主任としての初仕事は、租界の案内のようだった。
建ち並ぶ高層ビル群、その間を二人、並んで歩いていく。
「そこを曲がると病院があって、あっちには郵便局があるわ。あとは……」
綺麗に整備された道を一緒に歩きながら、カレンは次々と街の案内をしていく。
しかしカレンの表情は、あまり芳しいものではない。
(あー、イラつく)
そんな事を思っていた。しかし、それはライに対してではなく、授業が終わってすぐの男子生徒からの呼び出しであった。
(病弱でお淑やか、なんて設定にしなければよかった……)
なんてことはない、それは『好きだ』という告白だった。
もちろんお嬢様らしく丁寧にお断りをしたが、本当はもっともっと口汚くフッてやりたかった。
カレンにとって告白される事は日常茶飯事で、面倒だがここまで苛立つ事ではない。しかし今回はそうもいかない理由があった。
なぜならその男子は、以前スザクに嫌がらせをしていた生徒の一人だったからだ。
日本人の事を『イレヴン』と呼び、見下し、隷属するブリタニアの生徒。
そいつが、自分の事を『好き』だと言う。
(ハッ、おめでたいわよね)
本当の自分の事を何も知りはしないくせに。
あの男子生徒の下卑た笑みを覚えている。イレヴンはいなくなれと言った言葉も覚えている。
本当に不愉快で、殴ってやりたかった。
もちろん、そんなブリタニア人ばかりではないのは知っている。生徒会メンバーがそうだ。一部を除いてはスザクを受け入れているし、普通に接してくれている。
あの人達の差別をしない思考は素直に尊敬している。
しかしそんな人達は、残念ながらごく稀だ。
(だから……私は……)
「……大丈夫か?」
沈んでいた意識が、ハッと戻された。
ライが少し屈んで、こちらを覗き込んでいた。
紫がかった蒼い瞳が、心配そうに自分を映す。
「あっ、ご、ごめんなさい。街の案内をしているのに、私ったらボーッとしちゃって……」
「問題ない。歩き疲れたのか?」
どうやら彼は自分がボーッとしていたのは疲れから来るものだと判断したらしい。確かにあちこち案内して、もう大分歩き回っていた。まだ青く澄んで明るかった景色は、すっかりオレンジ色に様変わりしている。
病弱設定を信じているライは心配して、そう聞いてくれたようだった。
「そ、そうね、ちょっとだけ……」
「そうか、すまない。気付かなくて」
誤魔化すように咄嗟にそう言うと、ライは疑いもせず素直に聞き入れた。そして辺りをキョロキョロと見渡し、ハタッと目が止まると、そこを指差した。
「あそこの公園に行こう」
――――
「ここのベンチに座って休むといい」
「う、うん。ありがとう」
本音を言えばさして疲れていないのだが、設定通りにするならここは素直に座る方がいいだろう。
カレンはベンチに腰掛けると、軽く周辺を見渡した。
大きな広場、大きな噴水。両端には木々が生い茂っていて、道端にある露天から美味しそうな匂いが漂っていた。この公園はアッシュフォード学園からも近い場所だ。今日はほとんど人はいないが、カレンもたまに歩いては、ここで遊ぶ子供達をよく眺めていた。
どうやら案内をしているうちに、いつのまにかアッシュフォード学園の近くまで帰ってきていたようだった。
「近くに公園があってよかった。少しは楽かい?」
「ええ」
立ったままのライにカレンはそう返事を返す。彼の顔は相変わらず無表情だ。だけど今の声は、少し柔らかいものだった。
(彼の過去に関係するのかしら?)
それとも性格なのか。案内していた時もそうだったが、彼は自分の記憶がなくて不安であるはずなのに、こちらを気遣ってばかりいた。過保護なぐらいに。しきりにカレンの体の心配をしては、大丈夫と言う。これの繰り返しだった。
最初に感じた通り、優しい人だと思う。
しかし……
(それは、私の見た目がブリタニア人だから……?)
自分は、忌々しいことに父親に似ている。
この紅い髪も、青い瞳も。
そんなことが頭をよぎってしまう。
「……やっぱり、僕のお世話係なんて君には荷が重いんじゃないか?」
「え?」
頭上からのその声に、またハッとなった。また意識が沈んでしまっていた。反射的に彼の顔を見れば、少し申し訳なさそうな雰囲気を出していた。
「ベンチに座っても君の表情は晴れないままだ。やはり体が辛いんだろう?得体の知れないこんな男の世話も、君には迷惑でしかないはずだ」
「そ、そんなこと「おい!!」っ!?」
反論しようとすると、突然、屋台の方から男の怒号が聞こえた。
視線を向けると数人のブリタニア軍人らしき男達が、名誉ブリタニア人としてこの公園で商売をしていた露天商の男を囲んでいたのだ。
「貴様の小汚いショウユソースが私のブーツにかかったのだぞ!」
「も、申し訳ございません……すぐにお拭きいたしますので……」
「ええいっ!触るな!!」
露天商は跪いて軍人のブーツを拭こうとしたが、軍人は容赦なく露天商の顔を蹴り飛ばした。
「貴様なんぞに触られると余計に汚れるわ!この薄汚いイレヴンめっ!」
無様に転がり鼻から血を流す露天商を指差し、ゲラゲラと笑うブリタニア軍人達。
腹を抱えて楽しそうに笑う男達を見て、カレンは心の底から不愉快になった。
「……っ!(これだからブリタニアはッ!)」
しかし、今のカレンにはどうする事も出来ない。
今のカレンは病弱なブリタニアのお嬢様なのだから。
それに租界で暮らしていれば、よく見かける光景だった。怒号と嘲笑を飛ばすブリタニア人と、頭を地面に擦り付けて哀願するイレヴン。これが現実だ。
敗戦国の人間に人権はないとでも言わんばかりに、我が物顔で、尊厳を踏み躙る。
(今はっ……耐えるしか……!)
カレンは目を背けて歯を食いしばった。
そして思う。ブリタニアとイレヴン……いや、日本人で一体何が違うというのだろう。同じ人間であるというのは変わらないのに、ただ戦争で負けたというだけで、ブリタニア人ではないというだけで、ここまでされないといけないのだろうか?
煮えたぎる憤怒。しかしそれは、今は表に出せない。
「あれは……」
そう呟いたライは、それをジッと見ていた。
その吸い込まれそうな蒼の瞳で、罵倒して、嗤って、暴力を振るうブリタニア人達と、泣いて、縋って、許しをこう日本人を。
「…………っ」
「えっ!?だ、大丈夫!?」
「っああ、大丈夫……だ」
ライの頭の中で一瞬火花が散った。目眩のような感覚に体がよろけ、頭痛がする。カレンが心配そうな声を出すが、ライはカレンに向き合う事なく、露天商達のやり取りから目を離さない。
「…………」
何かが湧きあがる感覚。左目が疼き、熱をもつ。
「…………やめ」
言葉を放とうとした、その時。
「どぉりゃあッッ!!!」
「おわあああッッ!!??」
「「っ!?」」
ズシャアッ!という音を立てて、露天商を蹴り飛ばした軍人が、別のイレヴンの男に蹴り飛ばされていた。
背中から飛び蹴りを受けて、軍人は顔から地面に突っ込んだ。先程まで下品な笑みが張り付いていた顔は、今は砂まみれ、擦り傷まみれになっていた。
「き、貴様ぁ!イレヴン風情が!栄誉あるブリタニア軍人を蹴り飛ばすなど、万死に値するぞッ!!」
「バーカ!ブリキの兵隊が空いばりしてんじゃねーよ!」
「あっ!?ま、まてっ!!」
飛び蹴りをした男は舌を出しながら笑うと、くるりと背を向けて公園から走り去ってしまった。それを慌ててブリタニア軍人達も追いかける。
嵐のような出来事に取り残された露天商は呆気にとられていたが、正気に戻ると男が走り去った方向に拝むようなポーズをとった。そして軽く血を拭って店仕舞いを始めだす。
「(ナイス!)な、なんだかすごかったわね……ねぇ、本当に大丈夫?」
「…………」
「あっ!ライ!?」
事の顛末を静観していたライは、カレンの声に反応しない。ジッと見つめたまま、よろけた体を立て直すと、カレンの名前を呼ぶ声も無視して露天商めがけて足を運んだ。
「…………」
「……?ヒ、ヒィッ!?ブ、ブリタニアの学生さん!?な、なんのご用でひょっ、しょうか!?」
無言のまま、無表情で近付いてくるライに、露天商は先ほどのこともあって口がうまく回らないでいた。
また痛めつけられる。イレヴンが調子にのるな、と。
長年の仕打ちに、身に染みてしまった恐怖。先ほど蹴られた鼻からまただらりと血が垂れた。イレヴンがイレヴンを助け、天下のブリタニア軍人に反抗するなどブリタニアの学生には面白くなかったに違いない。
目をギュッと瞑る。出来ることなら、家に歩いて帰れるぐらいの怪我ですんでほしい。そう願った。
しかし、露天商のその願いは裏切られる。
『大丈夫か?』
「「!?」」
驚いた。彼はなんの淀みもなく『日本語』を喋ったのだから。その事実にカレンも、露天商も目を大きく見開く。
『あっ、だ、大丈夫です』
『酷い目にあったな。血がまた垂れてる。これを使ってくれ』
咄嗟に日本語で返すと、ライはポケットからハンカチを取り出して露天商に差し出した。
『えっ!?そ、そんな!恐れ多い……!』
『いいから』
少し強引にハンカチを渡すと、ついでライは露天商の顔を覗き込んだ。
『骨……は、折れてなさそうだな。よかった、僕も咄嗟に助けに入れなくてすまない』
『い、いえいえ!そんな……』
『人を待たせているから簡単な事しか出来なくてすまない。血がずっと出ているようなら病院に行ってくれ。じゃあ』
『あ、ありがとうございました!』
ライはそれだけ言うと、カレンの元へと踵を返した。露天商はライからもらったハンカチを大事そうに抱えると、深々と頭を下げる。
そうして戻ってきたライに、カレンは呆然と声をかけた。
「あなた……日本語、喋れるの……?」
「ああ、そうみたいだな」
「みたいって……」
サラッと答えるライにカレンは呆気にとられた。
とても流暢な日本語だった。まるで日常的に使っていたみたいに……。
軍人に蹴りを入れた
「君は嫌だったか?」
「え?」
「イレヴンの言葉を使って、イレヴンと接するのは」
「そんな事ない!!……あ」
イレヴン、という言葉にカレンは自然と力が入る。病弱設定の事も忘れて、つい大声で叫んでしまった。
しかし、ライは気にもしないで安堵したように息を吐いた。
「そうか……よかった」
「っ!?」
柔らかい物言いに、少し緩んだ目元。
微笑んだのだ。今まで人形のように表情が変わらなかったのに。
「……知識としては知っているんだ。日本がブリタニアに負けた事も、植民地にされたことも、名前を奪われた事も」
しかし、次の瞬間にはライの顔はまた無表情に戻った。続けて喋り続ける彼の言葉は、先ほどの優しいものはなく、ただ淡々と……いや、少し怒気を孕んだ声で現状を述べていく。
「頭ではわかってる。弱かったから、強い者から虐げられる。あの姿はある意味正しい。でも……」
そこまで話してライは口を結ぶ。一呼吸置いてから、彼はまた自分の思いを語った。
「自分が何者かもわからないのに変な話だが、これだけはわかる。ああいうのは、あまり好きじゃない」
頭に散った火花。痛みで目の前が白くなる感覚の中で、あの露天商と軍人の姿が何かに重なったような気がした。
そしてその時に湧き上がった感情は、とても『良い』とは言えない感情だった。
「……何か思い出したの?」
「……思い出せそうで思い出せない。でも、あの露天商と軍人のやりとりで頭の中がざわついたんだ。多分、僕の過去にも同じような事があったのかもしれない」
「記憶の手掛かりがあった……って事なのね」
「ああ……」
そう頷くライの
どこからどう見ても日本人ではない『色』を持つ彼が、日本語を流暢に話し、日本人を気にかけ、今まで能面のように無表情だったのにこんなにも感情を露わにしている。
……彼の事を見た目で判断していたのは自分ではないか?
ライの髪が、瞳が、肌の色が、日本人のそれでなかったから、初めから疑惑の目で見ていた。でも、
(もしかして……)
そんな事を考える。
淡い期待。込み上げる高揚感。もしそれが本当だったら……どれほど嬉しいだろう。
「この事は生徒会長や他の皆にも報告しようと思う。この情報で僕が何者なのか、手掛かりになるかもしれない」
そんなカレンの心情を知らないライは、また淡々と話していく。カレンは頭を切り替えて、ライのこの提案を考えた。
「……そうね。早く記憶を思い出さないといけないし、生徒会メンバーには言った方がいいかも。あ、でも、他のブリタニア人の生徒の前では話さない方がいいと思うわ」
「ああ、そうだな」
ブリタニア語が世界共通の言語で、それを誇らしいと考えている普通のブリタニア人には、わざわざナンバーズの言葉である日本語を話すなど異端にしか見えないだろう。しかし、カレンは生徒会メンバーなら大丈夫でしょう、と結論付けた。
なんせ日本人のスザクを快く受け入れ、素性の知れない彼の保護もしているのだ。今さら日本語が話せるぐらいでは彼らは嫌悪などしないだろう。
「……君は優しいな」
「え!?な、何よ急に……」
唐突な賛辞に、カレンは頬を赤く染めて驚いた。
褒められて悪い気はしないが、自分が彼に対して何かしただろうか?と、優しいと呼ばれる要素が思いつかなかったのだ。
「体が弱いのにこんな訳のわからない僕に街案内をしてくれるし、日本人の事をイレヴンと呼ばない。日本語の事もわかった。あの生徒会の……日本人の彼のために勉強でもしたんだろう?」
ライのこの言葉に、ピシッ!と音でも聞こえそうなほど体が固まってしまった。カレンは背中に大量の汗をかいているのを自覚しながら、頭を高速で回転させる。
「………………そっ、そうそう!そうなのよ!ほら生徒会の仲間だし、日本語を勉強したら仲も深まるかなって……」
熟考の末、導き出した答えは、彼の発言に全力で乗っかる事だった。
お淑やかなお嬢様だと言うのも忘れ、早口で捲し立てる。
「で、でもそう言う貴方だって、日本の事をナンバーで呼ばないのね」
「ああ、なんだか『日本』と言う方がしっくりくるんだ……なんでだろうな」
「過去に、日本に住んでたのかも」
「そう、かな……」
話題を自分の事から彼に変更する事が出来て、カレンはほっとすると同時に、ライの言葉にまた嬉しくなった。
他のブリタニア人のように、ナンバーで呼ばず、日本とちゃんと呼んでくれる人が
「また街を見て回ったら、何かわかるかもしれないわね」
「ああ……でも、これからは僕一人で街を散策する事にしようと思う」
「え!?」
そんなライの突然の宣言に、上機嫌だったカレンは面食らった。なぜそんな話になるのか。彼は記憶の手掛かりを見つけたというのに、なぜそれで自分と一緒に探さないと言うことになるのだろう。
「な、なんで……?」
「なんでと言われても……案内中、君はずっと暗い顔をしていたじゃないか。僕の案内なんて嫌だっただろうし、歩き回ったのも辛かったんだろう?いくら君が優しいからといって、これ以上無理はさせたくない」
カレンの体を気遣うその発言に、そうだった……と自分の設定とその話を思い出した。露天商と軍人のやり取りですっかり忘れていたが、最初ライはその話をしていたではないか。
おまけに、今日は嫌な奴からの告白を受けてずっと考え込んでいたのを、ライは勘違いしてそう判断したらしい。
カレンは慌ててその勘違いを正そうと訂正した。
「そ、それは違うのよ!ちょっと嫌な事があって気分が沈んじゃってただけなの!別に貴方の案内が嫌とか、疲れたからとかじゃないから……!」
「しかし……」
「さっきよろけてた人が何を言ってるのよ。これからも私が案内をします。だって私は……貴方のお世話係主任ですもの」
自分でも驚くほど柔らかい声が出た。
あれほど嫌だったこの肩書きも、今では彼の側にいる為のいい口実だと思えた。
ライは少し考えると、おずおず……と言うように言葉を放つ。
「……じゃあ、お願いしよう」
「ええ、任せて。あ、あと」
「……?」
「名前……ちゃんと呼んでくれる?貴方、ずっと君、君って、名前を呼びたくないみたいでちょっと失礼だったわよ?」
「…………すまない、無意識だった」
カレンはこの案内で、一度もライに名前を呼んでもらえていない事に気が付いた。
自分だけではなく、ミレイさんのことは生徒会長、スザクの事も日本人の彼と言った。
人の体調や気持ちを気遣う優しさは感じられたが、どこか一線を引くような彼の接し方に、いつかフラッといなくなってしまいそうな危うさを感じたのだ。
「それじゃあ、カレン。これからもよろしく頼む」
「うん!」
名前を呼んでもらって、カレンは満足そうに微笑んだ。
一歩。一歩だけ、ライとの距離が縮まったような気がした。
「……すっかり遅くなってしまったな。もう夜だ」
ライは空を見上げる。いつの間にか夕焼けから夜空に変わっていた。月が顔を出し、優しい光が二人を照らしている。
「今日はここまでにしよう。あまり遅いと君の家族も心配する」
家族、と聞いて、カレンの顔に一瞬だけ影がさす。
しかし、ライはカレンの家の事情など知らない。すぐに立て直して、カレンはライに向き合った。
「……ええ、そうね。心配してくれてありがとう。じゃあ今日はこれで解散にしましょうか」
「近くまで送ろうか?夜道は危ないだろう」
「ううん、迎えにきてもらうから大丈夫よ。貴方は……あそこの出口から真っ直ぐ歩けば学園に着くから」
「わかった。じゃあ、また明日」
「ええ、また明日ね。ライ」
軽く手をあげて、カレンは踵を返して去っていくライを見送った。
「また明日……ね」
ライが見えなくなった所で、カレンは先程と同じ言葉を繰り返した。挙げていた手は下ろされて、今は自身の胸にあてている。
最初は彼に興味がなかった。お世話係主任なんて面倒くさいもの、やめられるならとっととやめたいとすら思っていた。でも、今は。
(もっと知りたい……彼の事)
ぎゅっと胸に当てていた手を握る。もしかしたら、もしかしたらだが、
その可能性に胸が少しだけ高鳴った。
「ふふっ」
自然と、笑みが溢れる。
こんなに明日、学園に行くのが待ち遠しいと感じるのは初めてだ。
カレンも空を見上げる。美しい月が見えた。優しいその光はまるで彼の髪の様に輝いていた。