翌日、シンクロテストに続いて、エヴァ初号機の起動実験が行われることになった。
エヴァンゲリオンが初めて地上に出ることになる。
エヴァの起動実験を報道するために、マスコミ各社がネルフに集結した。
エヴァを「日本の防衛力の要」として評価する者もあれば、「日本を再び軍事大国に仕立て上げようとする悪魔」と厳しい意見を報道する者もいた。
日本はどちらかというと、左翼思想が支配しており、エヴァに対してはネガティブな情報が新聞の一面を飾っている。
とはいえ、パイロットのシンジにしてみると、そんな意見は関係ない。ただただネルフの決定に従う身であり、好き好んでエヴァのパイロットになったわけではない。
「特に意識せずリラックスしてればいいわよ」
ミサトはそのようにアドバイスして、シンジをエヴァ初号機のパイロットプラグに送り込んだ。
シンジは昨日に続いてエヴァンゲリオン初号機のコクピットに座った。
「やっぱり懐かしい感じがする。どうしてだろ」
ここに座るのは二度目と言うことで、シンジも落ち着いていた。それだけに昨日よりもずっと強く既視感を覚えた。
しばらくすると、ミサトから通信が入った。
「シンジ君、聞こえる?」
「はい」
「今後、通信を通して指示を送ることになるから、よろしくね」
ミサトにとっても、エヴァ初号機とやり取りをするのはこれが初めてとなる。
ミサトは段取りを確認しながら、シンジに指示を送った。
「昨日と同じようにLCLを注入するけど、気を付ける点は覚えてるかな?」
「えっと、たしか深呼吸をしてゆっくり呼吸する感じでしたっけ」
「偉い偉い、そのイメージでね。それじゃあ、LCL注入に入るから、大きく深呼吸して」
シンジは大きく息を吸ってゆっくりと息を吐きだした。
昨日のシンクロテストの時と同様に、LCLがプラグの中に入ってきた。二度目なので、シンジも落ち着いて迎え入れることができた。
LCLに満たされると、シンジはゆっくりと息を吸い込んだ。
「シンジ君、呼吸は大丈夫?」
「はい」
「息苦しいとかあれば濃度の調整するけど」
「大丈夫です」
続いて、エヴァ初号機とシンジの神経を接続する工程に入った。
神経接続は何度やっても緊張の一瞬であり、科学者たちにとっても緊張する場面だった。
ミスがあれば、パイロットが絶命する可能性もある。
実際に、ネルフが善組織ゲヒルンだった時代、エヴァの起動実験中にパイロットが亡くなるという事故が起こっている。
しかし、シンジとエヴァ初号機の相性は良いらしく、昨日に続いて今日もスムーズに神経接続に成功した。
「シンクロ率99%。昨日のデータは偶然ではなさそうです」
リツコの部下のマヤがシンクロ率を報告した。
このような高いシンクロ率が出ることは、ネルフがエヴァンゲリオンの実験を初めてから一度もないことだった。
神経接続が終わったということで、いよいよエヴァンゲリオン初号機の初舞台となる。
予定では午前10時30分の起動だったが、予定よりも30分以上早く準備ができた。
いつでも起動できるのだが、今回の起動実験には、テレビ局もやってきており、番組の都合上しばらく待機させられることになった。
「ったく、こっちはテレビ番組のためにやってるんじゃないってのに」
ミサトは毒づいた。
「仕方ないわね。マスコミはお偉いさんたちの天下り先筆頭だから、邪険には扱えないのよ」
リツコが言った。
事実、マスコミ傘下に天下りしている防衛省幹部は少なくない。また、彼らのドラ息子らもそのコネで良いポストについている。
こうした利権がある以上、現場はマスコミの都合に合わせなければならなかった。
「シンジ君、ごめんね。もうしばらく待機と言われてるから、そのまま待ってて」
「はい」
シンジからすると、何もせず座っているだけのほうが気が楽だった。
「しばらく時間あるから、いくつかエヴァの操縦方法について説明するわね」
ミサトは分厚いマニュアルをめくりながらしゃべった。ミサトにとっても、エヴァは初めてでありまだ勉強中だった。
指揮官は機体の特性について熟知している必要がある。当然、機体ごとにその特性は異なる。
ザクからマジンガーに至るまで種類ごとに分厚いマニュアルが存在しており、ミサトはほぼすべてのマニュアルを丸暗記するほどに読み込んでいた。
今回用意されたエヴァ初号機のマニュアルも250ページに及ぶ。ミサトはそれらすべてを頭に叩き込む必要があった。
それにプラスして、実践で得た経験もマニュアルに書き込まれることになるから、ミサトが扱う情報量は膨大なものだった。
しかし、ミサトはそれらを完ぺきにこなしていた。
「基本的にエヴァンゲリオンはデジタル上の処理は何もないわ。感覚に身を任せればオッケーよ」
エヴァの特徴はパイロットの感覚で動かすことができる点にある。
シンジがシミュレーションでガンダムmk-Ⅱを操縦したときみたいに、モードを選択したり、操縦桿で速度を調整したりしなくても、自分の体のように歩いたり止まったりできる。
それでもいくつか心得なければならないことがある。
「まず、エヴァンゲリオンはシンジ君の感覚よりも少し遅れて動くわ。遅れてと言っても0コンマ何秒だけど、そのわずかなズレを意識してね」
「はい」
「あとはエヴァが聞く音の約600分の1がシンジ君の耳にも届くんだけど、Hzの高い音になるとだいぶ脳に響くと思うの。煩わしいときはこっちでその調整ができるから言ってね」
「はい」
「それから……武装の説明はまだいいかしらね。戦争に出るわけじゃないんだし」
ミサトはエヴァが装備している武器の欄を飛ばした。そのページ数だけで100ページほどあった。
「後は暴走した場合の対処。これが一番大切だと思うから良く聞いてね」
「暴走ですか?」
「うん、神経でやり取りするんだけど、エヴァが過剰なアドレナリンを察知すると、シンジ君の意図に反した動きをすることがあるの。シンジ君も人前に出て緊張した経験とかあるでしょ。そしたら、自分の意思に反して手が震えたりするじゃない。エヴァでもそういうことが起こる場合があるってわけ」
「なるほど」
「その場合は神経接続のパーセンテージをこっち側でカットして調整するから、自分の意思に反してエヴァが動いちゃうときはその都度こっちに伝えてほしいの」
「わかりました」
「過去の研究の事例だと、いきなり自分の首を絞め始めたとかそういうのもあるらしいわ」
「ほ、ほんとですか?」
「まあ、神経障害や精神障害を持っているパイロットに対する実験だからシンジ君の場合は大丈夫よ」
エヴァに乗り込む前、シンジは健康診断を受けており、神経障害や精神障害の兆候はないと判断されていた。
「起動実験オッケー出ました。初めてください」
伝令が準備オッケーを伝えた。
「シンジ君、いよいよよ。リラックスしてね」
「はい」
「それでは起動カウントダウンに入ります。5、4、3、2、1……」
マヤがカウントを読み上げた。
ミサトはちょうどいいタイミングでリフトを管理するエンジニアにリフトアップを伝えた。
「オッケー、エヴァ初号機リフトアップ」
「リフトアップします」
エヴァンゲリオンを乗せたリフトは勢いよく上昇した。
シンジはエレベーターが上昇するときの感覚を覚えた。やがて目の前が真っ暗になり、すぐに地上の景色が現れた。
エヴァンゲリオン初号機はネルフの地下施設から地上に姿を現した。
マスコミたちは声をあげて、一斉にカメラのシャッターを押した。
「あれがエヴァ初号機か」
「あとでパイロットにインタビューしたいんだけどできます?」
「パイロットへの接近はご遠慮ください」
マスコミたちを管理しているスタッフはそのように伝えた。
シンジがメインパイロットであることは伏せられている。当然、インタビューは許されていない。
とはいえ、ゴキブリのようにしぶといのがマスコミであり、すでに碇シンジがパイロットであることをかぎつけているテレビ局もあった。
「パイロットな、碇ゲンドウの息子だよ。あとで独占インタビューを決めてやる」
マスコミたちも出世のために必死だった。
地上に出てきたエヴァ初号機はしばらく突っ立っていた。
シンジは基本的に指示があるまでは動かない。ミサトからの指示を待ち続けていた。
そのころ、ミサトはマスコミの要求が書かれた書類に目を通していた。
「歩く姿の撮影、走るところ、跳ぶところ、東京タワーをバックに撮影したいって。あのね、うちはモデル事務所じゃないのよ」
ミサトは思わず書類をくしゃくしゃに丸めそうになった。
「いいんじゃないの、平和な要求で。マスコミの本音は初号機が暴走してネルフ本部が壊滅するシーンを撮影したいってはずだから」
リツコはそう言って笑った。そうなれば、視聴率が3倍に跳ね上がることだろう。
「他人の不幸が蜜の味って商売か。ほんとに嫌な連中だわ」
ミサトもマスコミを嫌っていた。一年戦争時代から、マスコミは現場の苦労も知らないでいい加減なことを書いていた。
「シンジ君、聞こえる? とりあえずこれから歩いてほしいんだけど。目の前にクレーンが見えるでしょ。その右手をゆっくりと歩いてみて」
「クレーン……あれか」
ネルフ本部は広い。いまエヴァ初号機が立っている場所は鋼鉄の地面の上である。
ここは滑走路になっているほか、地上ロボットの移動経路にもなっている。
「歩きます」
シンジは歩くところをイメージした。
すると、エヴァの右足が上がり、前に一歩繰り出した。
要領を掴むのは難しくなかった。エヴァ初号機は安定して前に進んだ。
そのころ、甲児はボスを連れて、エヴァの近くにやってきていた。
「おっ、動いたぜ」
「ほお、なかなか厳めしい姿をしてるじゃないのさ。ボロットも負けてらんねえな。ところでエヴァは空は飛ばねえのか?」
「地上任務用ロボットという名目だからな。空は飛ばねえだろ」
「それならば、ゆくゆくはボロットの子分として後ろを連れて歩きてえな。がっはっは」
ボスは腕を組んで声をあげて笑った。
しばらく歩いたところで、初号機は停止した。
「上出来よ、シンジ君。もう歩く感覚はマスターした感じ?」
「たぶんいけると思います」
「そしたら次。アンビリカルケーブルについても説明しとくか」
ミサトはエヴァンゲリオンのシステムの中でも重要な部分のマニュアルを開いた。
「シンジ君、エヴァがケーブルにつながれてるのが見えると思うんだけど、そのケーブルを通してエヴァにエネルギーを供給してるの。ざっと長さが5キロ範囲。レーダー下にケーブルからどれぐらい離れてるか示されていると思うけど、数値が4200を超えたら赤くなるようにできてるから注意してね」
「わかりました」
エヴァンゲリオンは地上において、緻密な任務をこなすために造られたものであり、モビルアーマーのように敵地に飛んで行って空襲を仕掛けるような状況は想定されていない。
それゆえ、エネルギーは完全にネルフ本部に依存している。
「初号機には一応エネルギーを溜めて置けるバッテリータンクが積まれてるけど、もしケーブルが切れたら、せいぜい5分で底を尽きるわ。万が一切れてしまったら徹底して省エネ。で、再接続できる距離まで戻ってくる必要があるの」
「わかりました」
「それじゃあ、次行くわね」
その後、初号機はマスコミの注文通り飛んだり跳ねたりして、その光景が生中継のテレビに流れた。
その中継をゲンドウと冬月はモニターで見ていた。
二人が注目しているのは、初号機が無事動いているかどうか。それだけだった。それさえ達成していれば問題なかった。
「碇、無事起動に成功したようだな」
「ああ。これで我々はいくばくかの未来を手に入れることができた」
「いくばくか、か……」
冬月は神妙な顔をした。
死海文書に刻まれた終焉は人類の滅亡。
それを阻止することができるかは誰にもわからなかった。
「いよいよ明日か。明日の試練を越えることができなければ、我々の歴史は終わりを告げてしまう。我々が本当に未来を得ることができるかは明日にかかっている」
「人類の歴史など取るに足らないものだよ」
ゲンドウはいつもの調子で静かにそう言った。