シンジは新潟へ、甲児とボスはグアムに武者修行に出かけている間、ミサトも武者修行のために、防衛相から1か月の遠征を通達された。
リツコら科学班は光子力研究所に向かうことが決まっていたが、ミサトが向かうことになったのは、東ジャブローだった。
一年戦争の拠点にもなったジャブローは今でもDC残党との間で小さな軍事衝突が続いていた。
優秀な現場指揮官を派遣してほしいという要請は以前からあり、ミサトはそのポジションで派遣されることになった。
「ジャブローに行くんですって。また大変なところに飛ばされたわね」
リツコはそう言って笑った。
「まあ、ドイツに飛ばされるよりはマシ」
ミサトは派遣要綱に目を通しながら、その目を細めた。
「ジャブローはまだ派手にやってんのね。戦争は終わったってのに。ミケーネだって撤退してんのにDCは好戦的なことで」
「スポンサーのロボット屋が儲けるために戦わされてるのよ」
「ちゃちゃっとアリの巣を殲滅して、終わりにしてあげなきゃね」
ミサトはそう言いながら大きく伸びをした。
「恐ろしいおばさんね」
「おばさんは余計でしょ」
ミサトはジャブローに行くことになった。
ミサトが向かうことになった東ジャブローは、国連が持つ中立防衛軍がDC残党の軍事活動を止めるために頑張っている。
大型母艦シロガネを筆頭に、約30機のモビルスーツ、約25機のゲシュペンスト、約15機のモビルアーマーが派遣されている。
やる気があるのかないのか微妙な戦力だった。
ミサトはDC殲滅の作戦指揮を執るために向かうことになった。それには、来たる使徒戦のために指揮官として経験値を積んでほしいというネルフ側の意向もあった。
ミサトはシロガネ搭乗員に、大学時代の知り合いが何人かいることを知った。
ミサトはドイツの士官学校卒業だが、士官学校は国際的につながりが広く、卒業するころには世界中の指揮官と知り合うことになる。
ミサトは士官学校時代の旧友の一人に電話を入れた。
その旧友はいまシロガネのオペレーターとして働いていた。
「ミサト、久しぶりね。まさか一緒に働ける日が来るなんてびっくり」
「3週間だけだけどね。そっちはどんな感じ?」
「うーん、なんていうか……」
旧友は悩みを相談した。
「憧れのシロガネで仕事ができるようになったのはうれしいんだけど、艦長があんまりいい人じゃなくて。なんていうか、すごく偉そうでさ」
「シロガネの艦長って、たしかリンジュンってやつよね。めっちゃエリートの」
「うん、でも学歴だけって感じで。全然ダメ。あの艦長のせいで何度危険な目に遭ったかわからないわ」
旧友は艦長のリー・リンジュンに振り回される日々を愚痴を混ぜながらミサトにぶつけた。
リー・リンジュンはミサトの1つ後輩に当たる。交流はなかったが、リーは士官学校卒業後もエリートが進む士官アカデミーに進んでおり、キャリアだけを見るとかなり優秀。
だが、学歴で実戦が決まるわけではない。ペーパー士官時代が多いリーは、士官学校を出てそのまま実戦で仕事をしてきたミサトほど経験値がなかった。
ミサトは飛行機の旅の多くを旧友の愚痴を聞きながら過ごすことになった。
現場についたミサトはすぐに挨拶のために東ジャブローの、国連軍の管轄基地にあいさつに顔を出した。
お偉いさんたちにあいさつを済ませたあと、すぐに待機中のシロガネに向かった。
「すんごいうるさいわね。やっぱり母艦搭乗員なんてやるもんじゃないわ」
ミサトはシロガネに近づくと防音イヤホンをつけた。
シロガネは宇宙戦艦であり、もともとは地上よりも宇宙での任務を想定して設計されている。
そのため、異常なほどの高出力を持っており、狭いジャブローで戦うには小回りが利きにくかった。
ミサトはシロガネに入ると、さっそくリーと面会した。ミサトのほうが年上だが、階級は相手のほうが上だ。
ミサトは一応上官に接するように敬礼をして接したが、少しフレンドリーな語調を意識した。
「葛城ミサトです。本日からシロガネ乗務補佐として職務をまっとうさせていただきます」
ミサトがそう言うと、リーは見下すように言った。
「葛城ミサト。あー、ドイツ空軍学校出のやつだな。アカデミーも出ていないノンキャリアか」
リーは遠まわしに学歴差別を込めてそのように言った。
ミサトはちょっとムッとしたが、こびへつらう態度に勤めた。
「艦体搭乗任務はこれが初めてです。色々と教授させていただければ幸いです」
「やれやれ、ここはドブネズミの飼育場じゃないぞ」
リーは大きな態度でそう言うと、さっそくミサトにいくつかの雑用任務を言い渡した。
格納庫のチェック、動力部のチェックなどなど、本来は艦長がやるべき任務をすべてミサトに任せて、本人はそそくさとホテルに戻ってしまった。
「うわ、絵に描いたような尊敬できない上官」
ミサトは旧友の言っていた不満のいくつかを初日に経験することになった。
ミサトはてきぱきと雑用をこなした。
まずは格納庫のチェック。どの機体がどのように格納されているかを見て回った。
「ゲルググ7機、ドライセン5機、ガンダム2機はここに収納されています」
「全部整備済みですか?」
「はい」
「こっちのゲルググは旧式ですよね? 携番は?」
「G1175です」
「ナギナタの射程はレベル3でしたっけ」
「ナギナタは新型のものです。レベル4のものですね。ただし、こちらのものだけはイギリス製なんです」
「こっちはイギリス製ね。イギリス製はちょっとくせがあって扱いにくいのよね」
「そうですね」
ミサトは整備士に1つ1つ尋ねて、細かくチェックを入れた。
「それにしても、仕事熱心なのですね、葛城三佐は」
整備士は感心するように言った。
「そうですか? 普通だと思ってますが」
「リー艦長はそもそも確認にすら来ませんよ」
「え? でも、毎日チェックするのが規則ですよね」
「そんなのやったことにしておけばいいんだとね。それでいて、整備士には厳しくて、作戦がうまくいかないと、全部整備士のせいにするんです。僕の有人はそれでうつ病になっていま闘病中です」
ミサトは目を細めた。リーは噂にたがわないひどい艦長のようだった。
ミサトはすべての雑用を終えた後は、過去の作戦の回想録をすべて読むことにした。
用意されたホテルに到着すると、すぐに分厚い回想録を広げた。
疲れていたのですぐに食事にも行きたかったが、指揮官として作戦のことを知ることは絶対にしなければならないことだった。
過去にどのような戦いがあり、どのような作戦を取って、どういう戦果をあげたか、それらはすべて艦長が記入して、国連に発表しなければならない。
ミサトはその回想録を読んで感心した。
「あら、ずいぶんと優秀じゃないの」
回想録を見る限り、リーの手掛けた作戦はどれも抜群の成果を上げていた。
無能と言われていた割には完ぺきな作戦が繰り広げられていた。
回想録を読んでいる最中にミサトの部屋に旧友が尋ねて来た。
「ミサト、こっちもようやく仕事が終わったの。一緒に食事に行きましょう」
「オッケー、いいわよ」
ミサトは回想録に目を通しながら、旧友と食事に向かった。
「ミサト、何を読んでるの?」
「8日前の実戦の記録。対空砲を駆使してガーリオン7機を全機殲滅ってたいしたものじゃないの。DCのガーリオンは相当速いのに」
「え? 全滅? まさか」
旧友はいぶかって、回想録を覗き込んだ。
「全滅なんてしてないよ。取り囲まれて集中砲火を受けたんだから。あわやシロガネ大破の大惨事だったのよ。本来は、補給基地を攻撃する任務だったのに応急措置のために基地に戻ってきてるってわけよ」
「え、マジ?」
ミサトは出来過ぎた回想録がすべてリーの創作だということをすぐに悟った。
「これ国連に報告してるんでしょ? こんなことしてたらいずればれちゃうわよ」
「私もこんな嘘が報告されてたなんて知らなかった。うわ、ひどっ、これもこれも全部嘘」
旧友はすべての戦いが創作であることを指摘した。
たしかにおかしな話ではあった。これだけ作戦がうまくいっていたら、東ジャブローの戦いは終わっているはずだ。
ここまでだらだらともつれ込むはずがない。
すべては苦戦を隠蔽す続けることで状態を悪化させていた。上層部の出世のためにひどいと思ったが、こんなことをリークしようものなら間違いなく殺されるだろう。
「なんか予想してた以上にやばいところに飛ばされちゃったみたい」
ミサトは頭を抱えた。まさか死ぬことはないだろうとは思っていたが、そうなりかねない状況だった。
「私も何度も死にかけたよ。実際、艦長はちょっとでも危険になると味方を放って一目散に退却するのよ。それで、これまでに20人以上の搭乗員が見殺しにされてるし」
現場を見て来た旧友は現実をよくわかっていた。
そんなこんなで不安が募る中で、翌日には新たな作戦が発表された。
シロガネは一般的にジャブローの先住民を支援する立場として作戦に当たっている。
先住民から要請を受け、リーが支援内容を決定するという流れである。
ミサトはリーの補佐官としてシロガネに乗ることになっているので、リーの主催する会議に旧友と共に参加した。
「いま、東ジャブローは厳しい状態にある。DC残党は広範囲で制空権を持っており、先住民を威嚇している。DC残党はギガノス帝国と連携して、4つの補給スポットを持ち、現在開発中の補給地も2つあると情報が入っている。先住民はその開発を阻止するために戦おうとしている」
リーは手前エリートっぽく振舞って、ジャブローの地図をあちこち指さした。
「我々の任務は先住民の補給地攻撃を支援するべく、先住民を護衛する。敵戦力はおそらくガーリオン。モビルアーマーを送り込んで、適宜撃墜する」
リーはそのように概要を説明した。
「一応、諸君らの意見も聞くことになっている。本作戦について意見することはあるかな?」
リーがそう聞いても、誰も意見しなかった。それが暗黙の了解になっているところがあった。
しかし、新入りのミサトは空気を読まず手を上げた。
「では葛城三佐」
リーは不快感を表に出しながらミサトを使命した。
「作戦の概要はわかりました。この作戦だと、ずいぶんと目的地まで距離があります。先住民はA地点の攻防にあくせくしていると聞いています。このような状況で敵地の中核を攻撃するのは無謀かと思います」
「……」
リーは黙っていた。
「まずはA地点を侵攻する防衛線を拡大することに勤めたほうがいいと思います。そのためには、もう少し戦力を確保する必要があります。国連に兵力増強を訴えていかなければなりません」
「それは無理だ。こちらも厳しい予算でやりくりしているのだ」
「ですが、このままではかえって余計な費用がかかります。防衛線を拡大できれば敵軍をけん制しやすくなります。それにDCのバックボーンがギガノス帝国ならば、支援を中断してくれるかもしれません。ギガノス帝国もジャブローの尻拭いにお金を使いたくないでしょうから」
「ふう、葛城三佐、君は大統領にでもなったつもりかね? そんなことは君に決定権はないのだよ」
「……」
「ともかく、この作戦で行く。各自、明日の任務に備えて今日は早く眠るように。以上」
リーは一方的に会議を打ち切った。
ミサトにはリーの意図が手に取るようにわかった。
国連に兵力増強を訴えられないのは、自分の優秀さをアピールするため。兵力増強を訴えると、任務がうまくいっていないことを知らせることになってしまうからできないのだ。
また、先住民の無茶な作戦を無理やり支援するのも、そのほうが出世に向けてアピールになるからだ。
防衛線拡大では評価にならない。敵の基地を破壊することが最大の出世ポイントになる。リーは出世するためなら、何がどうなろうと良かった。
仮にボロが出ても、「ギガノス帝国があーだこーだ」と言えば、いくらでも言い訳できる。リーは逃げ口もしたたかに準備をして、それでいて自分の出世のためだけに戦おうとしていた。
戦争を出来る限り早く集結させること、任務に参加した者から出来る限り犠牲者を出さないことを大切にしてきたミサトとは戦う理由が根底から違っていた。