ミサトはリーの補佐官としてシロガネに乗り、派遣後最初の任務に向かうことになった。
今回の任務は、先住民らによるD残党の基地攻撃を支援すること。
国連はジャブローの先住民を支持しており、ギガノス帝国が後ろ盾となっているDC残党らの軍事攻撃を承認していた。
DC残党は一年戦争の落ち武者であるが、かなりの軍事会社がスポンサーとして支援しているため、十分に手ごわかった。加えて、ジオン軍の優秀なパイロットがいくつか参加している。
DC残党に参加している人物に、アナベル・ガトーがいる。
ガトーはもともとはアメリカの軍事会社の雇われ傭兵であったが、金儲けのために、売国行為も辞さない大義なき会社の方針に嫌気がさし、仕事をやめた。
そのとき、ガトーは身内から何度も暗殺されそうになった。何とかギガノス帝国に亡命したガトーは大義を掲げ、アメリカに対立。
アメリカを「宇宙を闇に包むソロモンの悪魔」と批判し、戦うようになった。
ガトーがジャブローに残ったDCをサポートしているところがあった。
ガトーは極めて優秀で、傭兵時代から、モビルスーツの操縦に長けていた。そんなガトー率いる部隊に、シロガネは苦戦していた。
それでも、リーは出世のために、「ガトー機を撃墜した」などと報告書に書いていた。
実際、ガトーは死んでおらず、今でもジャブローの支配下で猛威を振るっていた。
シロガネは先住民を支援するために、基地を飛び立っていった。
ミサトはリーの補佐官として、通信室から様子を見ていた。
「しかし、無謀な作戦だわ。だいたいジャブローの同盟軍もどうしてこんな無茶な作戦を組むのかしら」
「これもリー艦長がけしかけたって話よ。戦いが続くほうが出世できるし、ジャブローの軍を支援するという名目なら失敗しても、言い訳になるし」
「キャリア組はほんとに出世に目がくらんでて困ったもんね」
ミサトは最大の敵は味方にいることを理解した。
リーはエリートっぽく胸を張って、レーダーに目を向けていた。
「まもなく先住民らと合流する。その既成事実さえ作れれば後は何とでもなる」
リーは独り言のようにそうつぶやいた。
先住民はすでに基地を目指して地上を進んでおり、その群れがレーダーに映った。
「友軍部隊を確認しました」
オペレーターが伝えた。
「よし、小隊長に通信を入れてくれ」
「了解」
リーはマイクを通信機を受け取って、小隊長と話をした。
「こちら、リー・リンジュン。エマ中尉、ただいまからシロガネで援護する」
「リー・リンジュン艦長。援軍感謝いたします。敵基地空襲のため、後衛のモビルアーマー部隊を守り抜く必要があります」
「わかった。空はこちらに任せてくれ」
リーは一見頼もしそうにそのように応えた。
しかし、実際は消極的な支援にとどまった。
「リー艦長、偵察機を送り込みますか?」
オペレーターがそう尋ねると、リーは首を横に振った。
「燃料がもったいない。ここは様子見だ」
リーはそう言ってから誰にも聞こえない声で、「中東政治家らに賄賂を贈る資金は潤沢なほうがいいからな」とつぶやいた。
そのやり取りのすぐあと、ミサトはリーに提案した。
「どうして偵察機を出さないのですか? ガーリオンはステルス性能があります。高高度を飛ばれたらかなり近くに接近されるまで発見できません。少なくとも北北西に2機以上の偵察機を出すべきです」
ミサトがそう言うと、リーは不機嫌に舌打ちした。
「なんだね、君は。私に命令するとは。艦長はこの私だ」
「ですが、奇襲を受ける可能性が。今日は雲も多いですし」
「ええい、黙れ。この私に命令するんじゃない」
リーは強い口調でミサトを抑え込んだ。
身分差があるので、ミサトもこれ以上は何も言えなかった。
しかし、リーのこの判断は裏目に出た。
シロガネが敵基地の上空に近づいたとき、雲の間から、ステルス迷彩装甲のガーリオンが急降下した。
ガーリオンはDCの主力兵器であり、空中格闘戦にめっぽう強い。
対空砲への耐性も備えていて、戦艦にしてみると、最も厄介な敵と言ってよかった。
ガーリオンはもともと戦艦への格闘戦を見て設計された。リオン系統はすべて対空戦を意識して設計されている。一年戦争は広大な大地を巡る白兵戦が主戦場だったが、国連軍は巨大戦艦を次々と繰り出し、大陸のアドバンテージを存分に活用した。
戦艦に制空権を取らせないために、ガーリオンは何度も改良される中で、今日まで現役で活躍していた。
ガーリオンはフィールドを展開すると、高速でシロガネに近づいた。
「敵機接近!」
オペレーターが伝えたころには、3機のガーリオンがシロガネの頭上に接近していた。
「何だと? レーダーには反応がなかったはずだぞ」
「迷彩機と思われます。特殊なジャミングを感知しています。新しいステルス機かもしれません」
「聞いていないぞ!」
リーはうろたえた。
しかし、敵機は容赦なくシロガネを攻撃した。
ビームライフルがシロガネの装甲版を撃ち貫いた。
巨大戦艦ゆえ、そうそう簡単に落ちないとはいえ、敵は的確に戦艦の急所を攻撃してきた。
「抑揚羽にダメージ」
「対空砲準備、急げ! 8番と15番だ」
「15番の砲台は破壊されています。8番は充填オッケーです」
「何をしている。さっさと撃て。撃たんか!」
リーは狼狽したまま声を張り上げた。
リーの合図で、シロガネの対空砲台が開放された。
シロガネにはあらゆる方向に対応した砲台がいくつも備え付けられている。
強力な拡散メガ粒子砲をあらゆる方向に撃ちだすことができる。
シロガネがメガ粒子砲を吹いた。
しかし、ガーリオンはフィールドを展開して半ば強引にメガ粒子砲の中に飛び込んできた。
粒子砲をかいくぐると、ビームソードで深々とシロガネの装甲をえぐった。
「9番損傷。動力部に支障をきたす恐れが」
「ええい、急げ。ガーリオンを撃ち落とすんだ」
格納庫では慌ただしく護衛機の発進準備が進んでいた。
偵察機を出していれば、もっと早くガーリオンの
シロガネには、ドラグナー3型というかなり優秀な偵察機がある。パイロットのライトは偵察部隊のベテランであった。しかし、偵察機を出撃するにも、なんやかんやで金がかかる。リーは金を出し惜しみするために、それを怠った。
その代償は高かった。金を節約するつもりが、その皮算用は破綻。修理に金のかかるシロガネ本体が次々と傷つけられていった。
「フロントドライバ損傷。これ以上のダメージは危険です」
「ええい、高額なドライバを良くも。撃て、撃ち落とすんだ」
リーはいら立ちを隠せない面持ちで叫んだ。
しかし、シロガネの粒子砲はことごとくガーリオンには当たらなかった。
「くそ、まるで当たらんではないか。砲撃手ども、やる気があるのか?」
「申し訳ありません」
リーは部下に八つ当たりした。
「シロガネが堕ちたら貴様らのせいだ。その責任どう取るつもりだ?」
「そ、それは」
今はそんな責任の押し付け合いをしている場合ではないが、リーの頭の中は自分の責任逃れをどうするかでいっぱいいっぱいだった。
さすがのミサトも我慢の限界に達した。
「おい、葛城三佐。早く援軍機を出撃させろ!」
リーがミサトに詰め寄ったタイミングを見計らって、ミサトはリーの足元をひっかけた。
すると、リーは無様に転倒した。
「き、貴様、何を!」
「本艦を右60度に転換。高度を1720フィートまで下げて」
ミサトはリーに代わってオペレーターに指示を出した。
「えーっと……」
オペレーターは最初とまどった。リーの命令ではなくミサトの命令だから、それに従っていいのかわからなかった。
ずっとリーの独裁環境が染みついていたので、オペレーターもすぐには動けなかった。
ミサトは怒鳴った。
「早く!」
「わかりました。右に転換してください。高度1720フィート」
「ガーリオンの位置は正確につかめる?」
「現在、4機の動きを掴んでいます」
「ジャミングのパターンは?」
「よくわかりません。SG86系統に酷似しているようですが」
「SG86か……なら、逆にかく乱できるかもしれないわ。信管のパターンを可能な限り下げてくれる?」
「やってみます」
ミサトが勝手に色々やり始めたのを見て、リーは憤りを覚えた。
「おい、貴様。何を勝手なことを」
「悪いけど、あんたに従ってたら命がいくらあっても足りないんで」
「なにー?」
「いいから、ド素人はそこで黙ってなさい」
「ぐ……」
リーはプライドを傷つけられたが、すぐに立ち直った。
このまま最悪の結果になれば、ミサトにすべての責任を押し付ければいいと考えた。
「く、良かろう。艦内は録音してある。何があっても貴様の責任だからな」
リーは逃げ口上を作ると、おとなしく後ろに控えた。
ミサトは状況を打開するために、即座にいくつかの指示を出した。
「敵機のフィールドのパターンが解析できれば、振りほどけるわ。ドラグナー3は出撃できる?」
「あと2分ほどかかります」
「2分ね。わかったわ」
ミサトはガーリオンの動きを確認しながら、細かく指示を出した。
「後方に回ったガーリオンは放置していいわ。腹にくっついてるのをまずは落とさないとね。対空バルカン発射」
「発射します」
シロガネに致命的なダメージを与えかねない腹部にビームソードを突き刺しているガーリオンだけに的を絞った。
これは的確な攻めだった。
「おっと」
腹を的確に攻撃していたのは、アナベル・ガトーだった。
ガトーはバルカンのシャワーを予期して、シロガネから距離を取った。
「対空ミサイル。あの機体に全力放射」
ミサトはガトー機だけに狙いをつけていた。先ほどの短い戦闘で、ガトー機だけ突出して動きの精度が高いことを突き止めていた。そこで、その一機だけに集中した。
リーは近づく敵機をがむしゃらに攻撃するだけだったが、ミサトは骨を切らせて、敵の最も強いところだけを狙った。
ミサイルがガトー機を襲った。
「こちらだけに集中攻撃してきた? それに敵機のレーダー位置情報がわずかにずれている。ジャミングの波長を極端に下げたのか。的確で早い判断だ。先ほどまでとは別人が指揮しているかのようだ」
ガトーもすぐに敵戦艦が手ごわくなったことを悟った。
対空砲は容赦なくガトー機を狙った。
「これでは近づけんな。どうする?」
ガトーは不意打ちで一気にケリをつけたかったが、長期戦になる可能性があった。そうすると、シロガネから援軍が出てくる。すると、分の悪い戦いになる。
「1号機、2号機、聞こえるか?」
ガトーは味方機に通信を入れた。しかし、その通信からは応答がなかった。
代わりに応答したのはミサトだった。
ミサトは次のようにていねいな英語でガトーに通信を入れた。
「こんにちは、ご機嫌いかが?」
「この声……女か?」
「一か八か、勘を頼りに電波を拾ってみたんだけど、偶然あなたとつながっちゃったみたいね。これも運命の出会いかしら」
「……」
ガトーは真剣な顔になった。ふざけているように見えるが、かなり手練れの指揮官だと理解できた。
「そんなあなたに素敵なプレゼントをあげるわ。どうぞ、1つ残らず受け取ってね 」
ミサトのその言葉の後に、全力のメガ粒子砲が飛んできた。殺意に満ちた攻撃だった。
ガトーはシロガネから大きく離れる形で回避した。
「どうやら今日は運が悪いらしい。こんな質の悪い女に出会う日もそうそうない」
ガトーはそう言って頭を押さえた。
「友軍機から大きく引き離されてしまった。これ以上の作戦続行は無理か。仕方ない、撤退だ」
ガトーは早々と撤退を決めた。これは賢明な選択だった。
もともと、シロガネのほうが戦力が大きい。その戦力差を奇襲で補おうとしたが、ミサトにその作戦を突破されてしまったからには出直すしかなかった。
ガーリオン機はシロガネ撃破をあきらめて逃げて行った。
「敵機が去っていきます」
「警戒を怠らないように、援軍機を全機出して」
ミサトは敵が消えた後も慎重に立ち回った。
「一時はどうなるかと思いましたが、葛城三佐の指示のおかげで潜り抜けられました。ありがとうございました」
オペレーターの一人が感心するようにそう言った。リーの指示環境でずっと仕事をしてきた者にとって、ミサトの立ち回りは神がかり的に映ったようであった。
ミサトからすると、普通のことをしただけだった。それだけ、リーの立ち回りに問題が大きいと言えた。
事が終わった後、リーはミサトに言った。
「艦長命令に反しただけでなく、私に対する無礼なふるまい。タダで済むと思うなよ」
「了解。クビを覚悟しておきます。まあ、死ぬよりはマシですからね」
「貴様……」
リーのプライドはおおいに傷つけられてしまったようであった。