四日後、ミサトは朝の支度をしながら、手帳で予定を確認した。
「碇シンジ君のお迎えとネルフ施設の案内、仲間の紹介ETC。よし、頑張るか」
ミサトは車に乗り込むとひとまずシンジに電話を入れた。
「シンジ君、今から迎えに行くけど大丈夫?」
「はい、最寄り駅で待ってます」
「オッケー。じゃあ、10時に迎えに行くから、先についてたら、駅前の喫茶店にでも入って待ってて」
「いえ、時計塔の下で待ってます」
「じゃあ、あとでね」
ミサトは車を走らせた。
電話で話したとおり、シンジは時計塔の下でぼさっと突っ立っていた。
碇ゲンドウというビッグネームとは裏腹に存在感が希薄である。
ミサトにしてみると、扱いやすければそれでいいと考えていた。
おそらく、シンジはパイロットになることはないだろう。訓練生で5年ほど経験を積んだ後は、どこかの要人ポストについて自分の管理下から外れることになると予想していた。
「こんにちは、シンジ君。待った?」
「あ、いえ」
「あちこち混んでてね。戦争時代はがらんとしてたんだけど、平和になったって感じね」
「……」
なんとか会話を続けようと思ったのだが、シンジはまったく話に乗ってこなかった。
不良みたく問題行動起こされるよりはマシだが、こう根暗なのもやりづらかった。
ひとまず、シンジを助手席に乗せて車を走らせた。
この後の予定は、ネルフの案内などなど。すべてシンジに関わる仕事ばかりだ。それだけに、せめてもう少しは打ち解けておきたかった。
「シンジ君って、なんか好きなモビルスーツとかあるの?」
とりあえず、男の子が好きそうで、自分も詳しいジャンルで話を振ってみた。
「いえ、特には」
「じゃあ、知ってるモビルスーツとかある?」
「いえ、特には」
「ガンダムは知ってるわよね?」
「いえ、特には」
話聞いてないじゃん。
ミサトは心の中でそうつっこんだ。
シンジはうつむいたままジッと動かなかった。人と関わることを徹底的に避けようとしているようだった。
それならばもうビジネスライクに徹するのがいいのかもしれない。
ミサトは無理に話を振るのをやめた。
ネルフ本部に着くと、ミサトはビジネスライクに話をした。
「まずこれね。ネルフのIDカードよ。これがないとネルフに入れないから絶対無くさないように。万が一なくしたらできるだけ早く電話で知らせて」
「わかりました」
シンジはIDカードを受け取った。
「じゃあ、ネルフに入ってみましょう」
ミサトは自分のカードを使って、IDカードの使い方をシンジに披露した。
「こうやってかざすと指紋認証と顔認証とあとね、神経伝達認証っていうのが行われるの。わずか8秒で認証。これで通れるわ。シンジ君もやってみて」
シンジはまるでロボットのように言われるがままに認証を通過した。
「オッケー。じゃあ、どうしよっか。寮の場所から案内するわね。こっちよ」
ネルフの中は広い。パイロットが利用する施設と軍事開発施設、格納庫からなる。
ネルフ本部には約40機の軍事用ロボットが収納されている。その中にはマジンガーZも含まれている。
パイロットが利用する施設は主に寮、食堂、訓練施設からなる。
ミサトはまず寮の中を案内した。
「とまあ、とりあえず覚えておくべき施設はこれぐらいね。あとは工場。そこはシンジ君にはあんまり関係ないから」
「どうも」
「さて、寮は紹介したので、次は……訓練施設ね。なら、あの二人を呼ぶか。ちょっと電話かけるから待ってて」
ミサトは自分の配下に20人以上のパイロットを抱えている。その中に、シンジと年代が同じ少年少女がたくさんいる。
ネルフは徴兵された若手を積極的に面倒を見ているから、最も若いパイロットが集まっている。
ミサトの配下の中でも再注目はマジンガーZのパイロットでもある甲児だろう。
15歳でマジンガーZのメインパイロットに選ばれた実力者であり、一年戦争でも縦横無尽の活躍により、勝利に最も貢献したパイロットでもあった。
ミサトは甲児に電話を入れた。
「もしもし、ミサトさんですか?」
甲児が電話に出た。何やら騒がしい声が背景から聞こえてくる。
「いまどこにいるの?」
「カラオケっす」
「アホンダラ! 勤務中に何やってんの?」
ミサトは怒鳴りつけるように言った。
「いや、リツコさんにちゃんと許可取りましたよ。もう今日は休んでていいと」
「ったく、リツコは。ともかく来て。紹介したい子がいるから」
「今からですか? あとちょっと待ってください。まだ30分時間が残ってるんですよ」
「さっさと来なさいつってんの」
「わかりましたわかりました、今から行きます」
「ボス君も一緒よね? 一緒に来てね、大至急」
「あいあいさー」
「ったく、平和ボケするのが早いんだから」
ミサトは苛立ち気味に電話を切った。
「ごめんね、シンジ君。まったくなってない連中ばかりで困るわ。まあでもそういう緩い人たちしかいないから、シンジ君も気楽にやったらいいわ」
「はい」
「じゃあ、先に訓練施設に案内するわね」
ミサトはシンジを訓練施設に案内した。
訓練施設には、1台20億円もするバーチャルシミュレーションコクピットが20台以上も配備されている。
このバーチャルシミュレーションコクピットはVGと呼ばれ、実際の操縦感覚をそのままシミュレーションで体験することができる。
かつてのパイロットの訓練は実際に機体を起動して行われていた。
ところが、それはコストが甚大であり、初心者は離発着の時点で事故死することも少なくない。
そこでVGが活躍する。
VGは米国最大の軍事研究所であるテスラ・ライヒが開発したもので、バーチャル映像を人間の脳とリンクさせることで、リアルの世界と同じ感覚で操縦をすることができる。
地上にいても、宇宙モードを選択することで宇宙での訓練を行うことができる。
ただし、あくまでもバーチャルであり、一流のパイロットになるためには、実戦は欠かすことができない。
しかし、パイロットのイロハを覚えるうえでは、このVGは大きな貢献を果たした。
一年戦争でも、このVGをメインにパイロットを鍛えて、実戦に送り出した。今では、実戦よりVGでの操縦の時間のほうが長いというパイロットも少なくない。
ミサトはシンジにVGを紹介した。
現在は施設に人はおらず、シンジの貸し切り状態になっている。
「シンジ君は主にここで訓練することになるわ。場所は覚えておいてね」
「はあ……」
「あいつら、まだ来ないし、試しに操縦してみる?」
「いえ、いいです」
「いや、遠慮しなくていいのよ。候補生は自由に使っていいんだから」
「いいです」
「いいからやりなさいって。ほらほら」
ミサトは遠慮が過ぎるシンジをVGのコクピットに座らせた。
「パイロットを目指すからには、まず操縦の面白さを覚えないと。大丈夫、シンジ君も覚えたら絶対面白いって思うようになるから」
ミサトはシンジのバーチャル映像を脳とリンクするための機器を取り付けた。
視覚、聴覚を支配することになるが、触覚、味覚、嗅覚には干渉しない。
あくまでも視覚と聴覚だけをバーチャル映像にリンクさせることになる。
だから、目の前にガンダムがあっても、ガンダムを触ることはできない。
シンジがコクピットに座ると、ミサトはモードを設定した。
「それじゃあ、手始めにガンダムMK-Ⅱを操縦してみましょう」
「いきなりガンダムなんて無理です」
「大丈夫。バーチャルだし、MK-Ⅱは割と初心者向けだし。じゃあ、設定するわよ」
ミサトはMK-Ⅱのモードに設定した。
すると、シンジの目の前が突然、ガンダムMK-Ⅱのコクピットに変化し、目の前には市街地が見えた。
「ネルフ第3基地の映像よ。ちゃんと見えてる?」
「はい、見えてます」
「オッケー、じゃあまず簡単な説明から。目の前に色々とボタンが引っ付いてると思うけど、基本的には無視してオッケー。右手に操縦かんがあると思うの。それを握ってみて」
「わかりました」
シンジは言われたように操縦かんを握りしめた。
「親指で右側面のボタンを押せるように、人差し指、中指、薬指をしっかりとひっかけたらそれで基本はオッケー」
「はい」
「まずは歩いてみましょう。親指で右側面のボタンを押してみて」
「はい」
ボタンを押すと、操縦盤の液晶画面に何かが表示された。
「いま、画面に何か映ったと思うんだけど、確認できた?」
「はい、できました」
「スタンダード1から4までついてると思うけど、スタンダード1を左手でタッチして」
「はい」
「そしたら、「現在命令をオートパイロットに指定」と「現在命令を選択」が出てくると思うんだけど、現在命令を選択を押して」
「はい」
シンジはぎこちなく1つ1つの作業をこなした。
「そしたら、色々数字が出てくると思うけど、02を選択」
「はい」
「リターンで戻って現在命令をオートパイロットに指定を選択」
「はい」
「これで、操縦かんの命令がオートパイロットに認識されるようになったわ。そしたら、操縦かんを引っ張ってみて」
「はい……わ、重い」
「頑張って」
シンジが操縦かんを引っ張るとガンダムが一定の速度で前に進み始めた。
「う、動いた」
「そうそう。これが歩行の基本。操縦かんを引っ張ってる間はずっとそうやって歩き続けるわ。操縦かんを戻したら止まる」
シンジは操縦かんを戻すと、ガンダムもまた止まった。
「簡単でしょ。これが歩くってこと。じゃあ、次は……ブースターを使った移動をやってみましょう。次は左手を使うわよ。中央左にボタンが4つあるでしょ。右上を押して」
「はい」
「パーツ選択ってのが出てくると思うけど、一番上にブースターってのがあると思うの。タッチしてみて」
「はい」
「オッケー。さっきと同じように操縦かん側面のボタンからスタンダード2をタッチして」
「えーっと、これか」
「そしたら、「現在選択中のパーツをオートパイロットに指定」ってのを選択」
「これか」
「はい、オッケー。これでブースター移動モードになったわ。操縦かんを引っ張ってみて」
「はい」
シンジが操縦かんを引っ張るとブースターが噴射し、ガンダムMK-Ⅱは勢いよく前方に飛び出した。
「わわわわ、ぶつかる!」
直後、MK-Ⅱは建物に激突した。
「ぶつかっちゃった」
「うーん、まあそれが初心者にありがちなオーバーアクセルってやつ。距離感をうまくコントロールして扱わないと、市街地じゃぶつかってしまうってわけ」
「はー、難しいんですね」
「1か月もすれば慣れるわよ。主に基本はそれだけ。あとは車の運転と同じ。慣れよ、慣れ。まずは市街地を壊さずに移動する練習からね」
「もう一度やってみます」
しかし、その後もシンジは何度も建物にぶつかってしまい、ガンダムをうまくコントロールすることができなかった。
ミサトはその様子を見て、少なくともシンジがニュータイプではないことを確信した。
アムロレイは初めて操縦かんを握ったその瞬間から敵機を何機も撃墜したと言われているが、シンジは戦うどころではなく、移動も安定しなかった。
しかし、それが普通のことであり、それゆえにニュータイプではない者は何年も訓練する必要がある。