第2使徒を倒し、ネルフでの訓練生活にも慣れてきたシンジは良からぬことに手を出すようになった。
「シンジ、行くぜ。男として避けては通れぬ道だ」
夕食を終えてのひと時、甲児はシンジを呼び出した。
「さすがにやばいよ、甲児君。見つかったら、ミサトさんのげんこつじゃ済まないよ」
「アホ、それでも男か? げんこつが怖くて減給が怖くて男が務まるかってんだよ」
「その通りだわさ。そんな逃げ腰じゃ、戦場で戦えやしねえぞ」
ボスもそのように力説した。
「まるで関係ないような気がするけど……」
「じゃああれか、シンジ。お前は女の裸に何の興味もねえってのか? 神に誓えるか?」
「そ、そう言われると……」
ボスの問いかけにシンジは言葉を濁した。
「素直になれ、シンジ。男ならわかるはずだ。男の本能に導かれるのだ」
「う、うん」
シンジは開き直ってうなずいた。
「よし、なら任務開始だ」
3人はとある任務に挑んだ。
とある任務とは……女子風呂ののぞき。
くだらないことと言えばくだらないことだが、厳罰に処される犯罪と言えばそのとおりだった。
「心配すんな。未成年なら、ばれたってミサトさんの大車輪ボロットパンチが一発炸裂するぐらいだって」
「すごく痛そうだけど……」
シンジは想像しただけで頭が痛くなった。
3人は女子風呂を覗くために女子風呂の前にやってきた。
「第一任務。まずはセキュリティを突破せねばならんが、安心しろ。こっちだ」
甲児がある方向に二人を案内した。
「ネルフのセキュリティなんてザルよ。こっちの窓から降り立てばセキュリティを突破できるぜ」
甲児はこの任務のために、日夜ネルフのセキュリティの研究をしていたようであった。その熱意がもしかしたら、甲児の操縦テクニックの高さにつながっているのかもしれない。
「おし、シンジ。第一号切り込み隊長はお前だ。初号機のパイロットなら初陣はシンジしかいねえ。このロープにつかまれば大丈夫だ」
「危ない予感がぷんぷんする……」
シンジは甲児が用意したロープを伝って、下の階に降りた。ばれたらゲンコツ。しかし、男の気に駆り立てられて、シンジは危ない橋を渡った。
シンジは窓から更衣室へと降り立った。一応、予定時刻によると、入浴が始まって9分経過。今頃女子グループは入浴中であり、更衣室には誰もいないことになっている。
だが、しかし。
シンジが降り立った先には女子が一人タオル一枚の姿でいた。
その女子は降りて来たシンジにまっすぐと視線を向けて来た。
しかし、悲鳴がとどろくことはなかった。
その女子は無言でただジッとシンジのほうを見ていた。
シンジもしばらく動けなくなって両者の視線がまっすぐとぶつかった。
悲鳴が返ってこないのもそのはず、目の前の女子は綾波レイだった。
レイは慌てることもなく、恥じらうこともなく、侵入者のシンジを見つめていた。
ある意味、恐ろしいまでの胆力だった。
先にシンジが動いた。
シンジは背中を向けて、「ごめん、すぐに帰ります!」と言うと、慌ててロープをよじ登った。日々のトレーニングもあって、シンジはあっという間に上の階に逃れた。
「どうしたシンジ、そんなに慌てて。見つかっちまったのか?」
「セキュリティは完ぺきだったよ」
シンジはそう言いながら、レイの姿を頭に浮かべていた。
レイのいかがわしい姿ではなく、恥じらいも何もない冷たい視線がシンジには強く印象に残っていた。
普通の女子なら、悲鳴をあげるか何かしら感情的なリアクションをする。
しかし、レイはそういったものは決して表に出さなかった。
レイは本当に人間なのだろうか?
シンジはそのように思った。
◇◇◇
覗きに失敗した翌朝、シンジはミサトから呼び出された。
ネルフから授かっているタブレットにミサトからショートメールが送られてきていた。
「シンジ君へ。今すぐ来て、ただちに!」
そのメールを見たシンジはベッドの上で冷や汗をかいた。昨日の覗きがミサトにばれたのだろうと思った。
「ど、どうしよ……へ、ヘルメットをかぶって行きたい……」
シンジはそう言いながらもネルフの訓練室にやってきた。
ミサトが訓練室の前でリツコ、レイと共に待っていた。
覗きのことがばれたのだとすると、レイがこっそりミサトに密告したということになる。
シンジはミサトのもとに向かうのが億劫だった。
しかし、ミサトはシンジの姿に気づいて手を振ってきた。
「シンジ君、こっちよ、こっち」
ミサトから怒気は感じられなかったが、とりあえず向かったら開口一番謝ろうと思った。
シンジはやってくるなり、頭を下げた。
「ミサトさん、申し訳ありませんでした」
シンジはそう言うと、体に力を入れた。ゲンコツの1つは覚悟していた。
しかし、ミサトは何のことかわからないと言った様子だった。
「なにどうしたの、シンジ君。なにかやらかしたの?」
「え? あれ?」
「さては甲児君たちにそそのかされて何か悪いことやったんでしょう? 何をしたの、言ってごらんなさい」
「いや、あのその……」
ミサトは問い詰めるようにシンジに顔を近づけた。
どうやら、自分の早とちりだったようであった。ミサトは昨日の覗きのことを知っていない様子だった。
シンジはミサトの後ろでぼんやりと立ち尽くしているレイのほうに目を向けた。
どうやら、レイは昨日のことを誰にも言っていない様子だった。レイは何事もなかったかのように、いつも通り無表情で立っていた。
「あんまり変なことしちゃダメよ。私の責任問題になるんだから」
「はい、ごめんなさい」
シンジは頭を下げた。昨日のことはどうやら隠し通せそうだった。
しかし、その当事者であるレイが目の前にいるのでどうしても意識してしまった。
「早朝から呼び出したのはね、今日から零号機が使えるようになったから、ダブルエヴァの特別訓練を組み込むことにしたの」
「零号機……そういえば近々実戦配備されるって話でしたね」
シンジはちらりとレイのほうに目を向けた。零号機のパイロットはレイである。
零号機は長く調整中だったが、今日から実戦に投入される。
ネルフはこれで2機のエヴァンゲリオンを使うことができることになる。
エヴァが2機となればかなりの戦力増強である。
しかし、そのパイロットがしっかりと連携できなければ、エヴァが2機いても力を引き出せない。
そこで、初号機と零号機が連携できるように、今日からシンジとレイはコンビで訓練をすることになった。
これまでは甲児とボスとコンビを組んでの訓練だった。今では、彼らと綿密に連携を取って戦うことができる。
連携プレイは何よりパイロット間のコミュニケーションが大切だ。甲児もボスも親しみやすかったから、シンジはすぐに彼らとの信頼関係を築けた。
今回は、誰とも信頼関係を築くことができそうもないレイがその相手となる。しかも、昨日の覗き問題があるから、シンジのほうから積極的にレイに声をかけて行き辛かった。
「それじゃあ、さっそくスタンバイして」
◇◇◇
シンジは初号機のデータが入ったVRのコックピットに座った。
「なんか緊張するな」
毎日何時間も座っている場所だったが、レイと連携でエヴァを操縦するとなると、いつもと違う感覚だった。
「シンジ君、とりあえずね、ザク3機を零号機と連携して倒すシミュレーションね。注意しなくちゃいけないことは、アンビリカルケーブルがからまるとけっこう厄介だからそこに気を付けること。それからお互いのATフィールドが間近で干渉すると、色々不具合が出るからそこを注意してね」
「はい」
「シンジ君、レイとはタッグ組んだことあったっけ?」
「これが初めてです」
シンジは色んな人とチームを組んで操縦しているが、レイとは一度も連携したことがなかった。しかも二人っきりのチームなんてのはそれ自体経験がなかった。
「それじゃあ、合図とかは二人で決めてって。こっちで決めるよりそっちのほうがいいでしょ」
「個人的にはミサトさんが決めてくれたほうが嬉しいんだけど」
「そう? でも、そういうのは二人で相談して決めたほうが信頼関係が深まるでしょ。今後、シンジ君も色んなパイロットとチームを組むんだから、練習だと思ってコミュニケーション取ってみて。マスターキーは落とすから、あとは二人で仲良くね」
ミサトはそう言うと、マスターキーを切った。
「あら、ミサトが指示を出すんじゃないの?」
隣でデータを取っていたリツコが尋ねた。
「二人の邪魔しちゃ悪いでしょ」
ミサトはそう言って笑った。
さて、ミサトとの通信が断たれたいま、シンジが通信可能な相手はレイだけである。
そんな状況でシミュレーションが始まった。基地近辺にザク3機が出現したという想定の訓練だった。
ザクは互いに連携して、こちらに近づいてきていた。
何とかレイとコミュニケーションを取ってザクを迎撃する必要がある。
いつもなら、甲児やボスが指揮を取ってやってくれるので、シンジも楽だった。しかし、レイは甲児らとは違い、自分から指示を出してくることがなかった。
レイは完全に無言だった。
もともとレイがそういう性格というのもあるが、もしかしたら昨日の件もあって、いつも以上に警戒されているというのもあるかもしれなかった。
シンジは何とかレイとコミュニケーションを取るため、レイに通信を入れた。
「こちら初号機。零号機、応答せよ」
シンジはとりあえず定型的な通信を入れた。
「こちら零号機、通信を確認」
定型文には定型文で返ってきた。
「どうしよう、綾波さんが小隊長をやる?」
「どちらでも構わない」
返答しにくい通信が入ってきた。
「じゃあ、綾波さんが小隊長をやって。作戦を任せるよ」
「了解」
レイはまったく感情のこもっていない声でそう言った。
「パレットライフル装着。P13からR1を迎撃。初号機はP15から援護」
レイはそのように伝えた。
「了解。P15まで移動します」
シンジは少しやりづらさを感じながら、レイの言う通りにP15に向かった。
しかし、その道中で敵の行動パターンが変化した。
シンジは経験則からP15ではなく、P13で合流して、R1を左右から挟むように追い込んでいったほうが良いと考えた。
いつもなら、気づいたことを甲児に伝えてうまくやっていたが、今回の相手はレイ。シンジはとりあえず気づいたことをレイに伝えた。
「小隊長は私」
レイはそう言い返してきた。感情はこもっていなかったが、最初の取り決めと違う、意見するなということを言ってきた。
「それはそうなんだけど。R1、右に旋回してるから、P15だとR2に連携を断たれるかもしれないんだ。だからP13で合流したほうがいいと思う」
「……了解」
わかってくれたのかどうかはわからないが、一応了承してくれた。
しかし、その途中で、R3がかなり予想外な動きを取ってきた。戦闘というのは1秒ごとに状況は変化するものだ。だから、臨機応変に対応しなければならない。
レイは敵の動きに対して最善の行動を取ろうとした。それ自体はいいのだが、どういう行動を取るかシンジに伝えなかった。
「えっと、綾波さん? P16に移動するの? 狙いはわかるけど、せめて一言言ってくれないと」
「……P16に移動する」
「もう遅いよ」
シンジはいまいちかみ合わないレイに振り回されていた。
それを見ていたミサトは首を傾げた。
「うーん、なんだかぎこちないわね。うまく意思疎通できてないのかしら」
「今日が初めてならしょうがないわよ」
リツコはそう言ったが、ミサトはそれ以前の問題のように考えていた。
甲児やボスとチームを組んでいるときのシンジとはまるで違っていた。
ザク撃墜には至ったものの、高いレベルから見ると、この連携ではまるでダメだった。第三使徒がいつどんな形でやってくるかわからないが、この連携では不安しかなかった。
「うーん、シンジ君には女心ってやつをわからせないといけないかしらね。でも、男はバカだから絶対にわかろうとしないのよね、男ってやつはほんとに」
ミサトはそう言いながら、過去のことを思い出していた。