第三使徒はネルフ本部を目指して侵攻を続けていた。
無人機による迎撃が試みられたが、例によって、使徒は強力なATフィールドを保有していて、あらゆる攻撃は通じなかった。
そして、高火力の粒子砲は精密に対象を蒸発させた。
誰も第三使徒を止めることができず、その侵攻を許すほかなかった。
ミサトは第三使徒を倒す作戦を練るために、一人パソコンと向き合っていた。先ほどの迎撃作戦の結果が送られてきたので、それにも目を通した。
敵のATフィールドの強度はこれまでで最高。保有する兵器の破壊力も最高。
思わず頭を抱えてしまう厄介な相手だった。
「これはもう一か八かしかねえか」
ミサトはもう一度頭を抱えた。
できるだけ安全で確実な作戦を取るのがミサトの仕事だが、良い作戦はどうしても思いつかなかった。
ミサトは作戦を1時間ほどでまとめると、リツコに提出して簡易的にシミュレーションしてもらった。
「なるほど、総電力をつぎ込んだポジトロンライフルによる一点突破ね」
リツコは感心すると同時に、非常に成功率の低い作戦であることも感じていた。
「で、ちょっとシミュレーションしてほしいの。磁場の影響を相当受けると思うんだけど、コアを直接狙えるプログラムを今から組めそう? 12時間以内に」
「不確定性原理。神のみぞ知る世界に、人間の知恵なんて役に立たないわ」
リツコはそう言いながら、さっそくいくつかのプログラムを立ち上げて、色々な数値をコンピュータに入力し始めた。
「簡易的なモデルだけど、完ぺきに銃身を合わせて射出できた場合で、コアを捉える確率は約16パーセントね。実際は多少前後するけれど」
「16パー……」
ミサトはなぜか机の上に置かれていた6面サイコロを手に取って振った。4の目が出た。
「イカサマサイコロがあればね」
「でも他に有力な方法はないんでしょ?」
「一応、理論上はマジンガーを特攻させるって言う手もあるけど、100%パイロットが死ぬ作戦になる。いえ、甲児君なら生還してくれるかもしれないけど」
人命が確実に失われる作戦は取れない。
ミサトはエヴァ初号機によるポジトロンライフル射撃を軸に作戦を組み立てることに決めた。
この作戦はヤシマ作戦と名付けられて、ゲンドウにも計画の要綱が提出された。
ミサトはゲンドウに作戦要綱を伝えた。
「成功確率はおよそ16%。しかし、他に有力な作戦がありません。この作戦に全力を注ぎたいと思います」
「良かろう。存分にやりたまえ」
ゲンドウはまったく動じることなく淡々とそう言った。
◇◇◇
ヤシマ作戦による第三使徒殲滅が実行に移されることになった。
この大規模な作戦を行うには綿密な準備が必要となる。
すべての者がこの作戦に全力を注ぐ必要があった。
リツコらの科学班はポジトロンライフルをできるだけ高い確率で使徒のコアを捉えられるように、さまざまなシミュレーションデータを構築した。
あらゆる想定が足早に進められた。
リツコはミサトに伝えた。
「成功率は15%。でも2度目があれば50%以上まで精度が上げられそうなんだけど」
「2度目? どういうこと?」
「第一撃で決まればベストだけど、それが外れた場合、そのデータを取り込めば、第二撃はより精度が上げられるってこと」
「なるほど。でも冷却と充填をどんなに急いでも、第二撃には18秒以上かかるわ。その間に初号機が狙われるのは必至。チャンスは一度しかないわよ」
「いま、光子力研究所からあるものを取り寄せているの。それがあれば2度目のチャンスをもらえる可能性があるわ」
「あるものって?」
「超合金ニューZ」
「ニューZってまだ開発途上なんじゃなかったの?」
「ええ、でもこの前、超合金ニューZの盾の熱耐久実権を行ったの。それによると、理論上使徒の粒子砲を12秒耐えてくれるわ」
「12秒も? ってことは……」
ミサトは手元の資料に目を通した。
「第一撃が外れたあと、ニューZの盾で敵の攻撃を防ぐ。そして第二撃」
「そういうこと。かなり忙しい作戦になるけど、理論上は第二のチャンスを得られるかもしれないわ」
「理論上か……でもその理論にすがるしかないわね。すぐに届くの?」
「国の指定軍事物資だから、防衛相の認可がいるわ。国会で承認して、審議に3か月はかかるでしょうね」
「とっくにあの世じゃないの。役人になんて任せてられないわよ」
「というわけで、無断使用。あなたの責任で。オッケー?」
リツコはそう言うと笑みを浮かべた。
「私の責任?」
「この作戦はあなたが考えたのだから当然よ。葛城三佐が無断で超合金ニューZを持ち出して軍事利用した。そういうシナリオですでに進めているわ」
「嫌なシナリオ。まあでもいいわ。それで日本を守れるならね」
ミサトは自分の立場を守ることよりも、日本を守ることを優先した。
◇◇◇
超合金ニューZは光子力研究所が次世代のマジンガーの開発に際して生み出した最新の金属である。
格子結晶の研究の中で、ダイヤモンドの10の14乗倍の強度で分子間力が結びつく配列が発見された。その格子配列を人為的に生み出した金属が超合金ニューZになる。
この発見はまだ実戦に投入されていない。
世界で初めて、超合金ニューZが使用されることになる。
超合金ニューZを作戦地点まで移動させるために、マジンガーZが出撃した。
「弓博士、ただいま帰還しました」
長らく欧州で戦い、後にネルフ本部で使徒殲滅作戦に参加していたマジンガーZだったが、久方ぶりに光子力研究所に戻ってきた。
「甲児君、ご苦労様だった。君の活躍は耳にしているよ」
「ですが、今回はマジンガーでもやべえやつが襲来したみたいですよ」
第三使徒と戦うため、弓博士は超合金ニューZの盾を用意していた。もともとは超合金ニューZの性能を確かめるためのサンプルだったが、このような形で利用されるようになるには実に運命的だった。
「すげえ、これが超合金ニューZか。弓博士、マジンガーもいずれニューZ仕様になるんですか?」
「いま、次世代のマジンガー、グレートマジンガーを科学要塞研究所と合同で開発しておるところだよ」
グレートマジンガーはまだ開発が始まったばかりなので、完成はずっと先のことである。
グレートマジンガーが完成すれば、第三使徒の攻撃を20秒以上も耐える鉄壁のマジンガーになる予定だった。いま、グレートマジンガーがいれば、第三使徒を苦なく倒すことができたのかもしれない。
甲児は超合金ニューZの盾を背中に装着すると、ネルフ本部に戻るためマジンガーZを発射させた。
そのころ、ポジトロンライフルを最大出力で射出するための準備も進められていた。
東京中の電力を結集するため、東京電力と協力して、巨大な送電管の準備が進められた。
使徒の攻撃を耐えなければならないため、地下に送電管が通された。そのため、作業は煩雑なものになっていた。
「うりゃうりゃうりゃ」
送電管のつなぎ合わせの作業にはボス・ボロットが参加していた。
ボロットは地下での器用な作業も難なくこなすことができた。
特に、リニアが通過できない場所から引っ張ってきた送電管をつなぐのは難しい。送電管は数トンにも及ぶものをいくつもつなぎ合わせていくことになる。リニアが通過していれば、専用の作業ロボットが担当できるが、そうではない場所へはボス・ボロットが入って行って、作業に当たった。
「ボス君、そっちの作業は順調?」
作戦開始まであと5時間。ミサトはボスに作業の進み具合を尋ねた。この作業が完成しなければ、ヤシマ作戦は絵に描いた餅に終わってしまう。
「おうおう、順調に進んでるぜ。1時間後には終わるだわさ」
「速くて助かるわ」
「こっちは問題ねえ。それよりシンジのやつは大丈夫なのか? 大役を任されてんだろ」
「そうね、そっちが一番心配」
この作戦の最大の懸念点は、シンジが第三使徒のコアを撃ちぬくことができるかにかかっていた。
成功率は第二のチャンスまでつながった場合、50%を超えてくるとはいえ、それでも日本の国防を決める戦いがコイン投げのようなものにゆだねられるのはかなり酷だった。
その要を任されたシンジが平常心でこの作戦に臨めるかが問題だった。
ミサトはシンジの待機室を訪れた。
シンジは落ち着いた様子で待っていた。ミサトがやってくると立ち上がって会釈した。
「もうまもなく……と言ってもまだ4時間あるけど、気持ちはどう?」
「ええ、いまは落ち着いています」
シンジはそう言ったが、緊張感を感じているのが見てとれた。
「バニング大佐から最後は気持ちだと教わりました。気持ちでは決して負けません」
だが、シンジの実戦は決して多いわけではない。それに、シンジが携わった作戦はすべて甲児やボスと連携したものである。今回はマジンガーのいない孤独な戦いになりそうだった。
今回の作戦は多くの人の力が込められているので、厳密には孤独というわけではないが、シンジは強い孤独感を覚えていた。
「まだ4時間あるなら、もう一度練習してもいいですか?」
「ええ」
今回の作戦のために、シンジは何度もシミュレーションしていた。ミッション自体は難しくない。コンピュータが計算した照準にポジトロンライフルを撃つだけ。
シンジは作戦決行までの時間、孤独にシミュレーションに向き合った。シミュレーション上では完ぺきにミッションをこなすことができた。
あとは実戦で練習の成果を出すだけ。
ミサトも最後はシンジにすべてを託して見守ることしかできなかった。
ヤシマ作戦決行の時間は刻々と迫ってきた。
午後7時6分になった。作戦開始まで残り3時間を切った。
あたりは暗くなり、同時にあちこちで大規模停電が生じ始めた。
東京中の電力がヤシマ作戦につぎ込まれようとしていた。
シンジは一人作戦決行場の外に出て来た。隣にはエヴァ初号機がすでに待機状態になっていた。
見上げると、すでに星空が広がっていた。
静かで神聖な夜だった。
この静かな夜に戦いが生じるなんて想像もできなかった。
静かな夜に包まれていると、さらに強い孤独感に襲われた。
作戦に伴い、環境の影響を最小限度にするため、あらゆる通信機器が遮断されている。
甲児やボスから熱い言葉をもらうこともできなかった。
ミサトも仕事のためいまは近くにいない。
一人で戦いに向けてボルテージを上げるほかなかった。
「僕がやらなきゃいけないんだ。怯えるな……」
シンジは自らで自らを叱咤激励した。けれども、シンジは何度も弱気に押しつぶされそうになった。
その時、シンジの近くで大きな音がしてリフトが地下からのぼってきた。
シンジはその方向に目を向けて思わず声をあげた。
「零号機?」
リフトを昇ってきたのはエヴァ零号機だった。今回の作戦には入っていないはずの零号機だが、たしかにリフトを昇ってきた。
疑問に思っていると、シンジの後ろで大きな声が上がった。
「シンジ君!」
「日向さん」
「はあはあ、いやいや疲れた。作戦が途中で少し変更になってね。それを伝えに来たんだ」
「変更?」
「盾が不安定で、どうしても固定しきれなかったんだ。どうしてもそれを構える対象が必要で、あれこれ思案してたんだけど、零号機が盾役をすることになったんだ」
日向はそう言いながら、零号機のほうを指さした。
「零号機がシンジ君の前に出て盾を構える。いや、けっこう大変な役目だよ。縦と言っても10秒ちょっとしか持たないわけで、最悪死ぬことになる。でも、レイがやると言ってくれてね」
「綾波さんが?」
「いや、彼女のセリフかっこよかったよ。シンジ君も隣にいたら惚れること間違いなしだぜ。「初号機を必ず守ります」って女の子があんなに堂々と言えるのはたいしたもんだよ」
シンジはレイがそう言ったところを想像してみたが、想像しきれなかった。ただ、おそらく無表情にそう言ったのだろう。
「というわけで、零号機が盾役をする。シンジ君は射撃に集中してくれれば大丈夫だ」
「はい」
「頼んだぜ、日本のヒーロー。っと、おれはまだ仕事があるから、んじゃ戻るわ」
「はい、頑張ってください」
シンジは走り出した日向の背中をしばらく見ていた。