勤務中、一人で思いふけっていたアラドの頭にげんこつが落ちた。
「痛い」
「ったく、一人でふらふらと。連帯責任になるのよ。わかってんの?」
「マリ姉さん……不意打ちはひどいですよ」
「マリ少尉」
「マリ少尉、申し訳ありませんでした」
アラドは姿勢を正して謝った。
マリ・イラストリアスはアラドの上官である。階級は少尉。
若くして、ドイツ空軍ナンバーワンのモビルスーツ操縦士になると、エヴァ開発計画が立ち上がった際には、弐号機のメインパイロットとして登録されていた。
その後、EUの諸問題があり、弐号機のパイロットは、EUの若手パイロットから選出するということでまとまり、弐号機のメインパイロットはアスカに決まった。マリはサブパイロットとして登録される予定になっている。
一年戦争では「悪夢の激戦区」となったジャブローで戦績を残し、その後は少尉の称号を与えられ、ドイツ空軍の若手を指揮する小隊長になった。
マリの部下には、アラド以外にも弐号機のメインパイロットになったアスカも含まれている。また、数日後に帰還予定の06小隊の若手もマリの部隊に合流する予定になっていた。
「ところで、浮かない顔して何を考えてたの?」
「いえ、個人的なつまらないことですよ」
アラドはそう答えながら、ゼオラに思いをはせた。ゼオラと最後に会った日から、3か月以上が経過していた。時が経つにつれ、ゼオラがいない日常が当たり前になってきていたが、アラドはその日常に大きな空白を覚えていた。軍の訓練にも身が入らず、何度も軍をやめることも考えた。
しかし、軍を出てもどこへ行けばわからなかった。それに、もしゼオラが生きているなら、軍にいなければ探すこともできない。アラドは惰性で軍にしがみついているが、自分でも兵士としての適性がないことはわかっていた。
アラドは誰よりも自分がバカであることをわかっていた。細かいことを器用にこなせない。切羽詰まると、兄も考えず、直観だけで動いてしまう。
軍の仲間とは連携できず、いつもはぐれ者。下手な鉄砲はいくら撃っても当たらない。そんな人間が軍にいるのはあまりに場違いだった。
そんなアラドにも長所はあった。
アラドは軍の落ちこぼれであるが、シミュレーション訓練では、軍ナンバーワンのアスカに何度も勝っている。
「アラドのまぐれ体当たり」と仲間内では言われている。
アラドは覚悟を決めて心を無にして飛び込んだとき、まるでニュータイプのパイロットのように異次元の反応速度と的確なショートレンジ攻撃を仕掛けることができた。
アラドには、ヒュッケバインmk-Ⅱが与えられているが、ビームソードを振り回せば、軍の超ベテランをも撃墜することがあった。
しかし、基本はド素人の操縦テクニックであり、アスカはアラドに負けた3度のシミュレーション対戦を黒歴史だと考えていた。
マリはジャブローから戻ってきてからアラドを自分の部隊に向かい入れた。
マリは小隊長として、隊員の特徴を取りまとめた書類を司令部に提出していた。アラドの欄には以下のように書かれていた。
編隊行動についてこれない。
ビームライフルの照準は毎回ぶれ、何度教えても改善しない。
命令を与えても、聞こえていないことが多い。
補給任務の適正なし。
モビルアーマーの操縦に難あり。
猪突猛進。
さんざんなことが書かれていたが、最後に一言付け加えられていた。
誰よりも勇敢な心の持ち主。
見た目はまったくダメ。しかし、あらゆる軍関係者が、アラドから特別な才能を感じ取っていた。
◇◇◇
弐号機の実験はうまくいき、世界中に弐号機の優秀さが伝わった。
米国も、弐号機の完成度が想像以上だったのか、嫉妬を交えた次のような文書が届いた。
「エヴァンゲリオン弐号機の性能は認められるが、同時に量産に適さない。見世物として通用しても、戦争で通用する兵器としては認められない。もし、エヴァンゲリオン弐号機の設計データをくれれば、我々が量産技術の向上のために協力してよい」
ドイツ軍はその提案を拒んだ。
米国は基本的に量産ビジネスで軍事産業を支えて来た。だから、量より質に特化した極上の兵器が注目されると、時に嫉妬心をむき出しにした。
米国の金儲け第一主義はヒュッケバインやゲシュペンストの量産体制を生み出したが、高質な兵器の開発では大きく後れを取ることになった。
日本がコンバトラーVなどの強力兵器の完成を進めているのに対して、米軍はかたくなに兵器の量産体制を進めた。
ドイツ軍は今後の指針を固めるために、大規模な会議を開いた。
その会議の議論の論題は以下の2つ。
1、エヴァンゲリオン弐号機の活用指針
2、ジオン軍に対する姿勢
いま、世界の課題は、一年戦争後のいざこざをどう解決するかだった。
一年戦争は国連軍が力ずくでジオニズムを封じ込めることで終結したが、力で抑え込んだだけなので、無理やりの停戦合意に過ぎず、各地域はいまだに荒れ模様だった。
戦争は戦っているときより、その後のケアのほうが神経を使う。
ドイツもかつて、百鬼帝国として世界大戦に向かったヒドラ―の支配下に置かれ、その後遺症で「反ヒドラ―」を露骨にむき出しにするしかなかった。
そうした力ずくで1つの思想を封じ込めると、どうしても分断が進む。西ドイツと東ドイツが和解するためには多くの時間がかかった。いや、和解したのは表向きだけで、いまだにドイツの対立は解けていない。
一年戦争では、ジオニズムを力で封じ込めたが、ジオニズムにとりつかれた人々は今でも、反体制の立場を貫いている。
もっとも、大国はいずれも話し合いで解決しようとした。
しかし、話し合いに意味はない。そのことは歴史が証明していた。
ジオン残党を封じ込めるには、もう力で抑え続けるしかない。軍の人間はそのことをよくわかっていた。
加治もその会議に参加した。
会議は粛々と形式的に進み、司令部の頭でっかちが次のようなペーパー文章を読み上げた。
「諸君もご存知の通り、世界は混乱期にある。ジオン残党はティターンズとして独立し、火星の実効支配を目論んでいる。ギガノス帝国はいまだにジャブローのジオン残党を支援している。ネオホンコンはギガノス帝国からの独立戦争を始めようとしている。ミケーネも軍事強化に再び舵を切った。木星連合は世界平和への取り組みにやる気がないし、EUの再結束は不可能。日本もアメリカも保身に一生懸命。もはや、世界を率先できるのは我々しかいない」
司令部は威勢のいいことを言って盛り上げようとしたが、会議に参加した者たちの士気は決して高くなかった。
「少なくとも、ティターンズの隆盛を阻止しなければならない。火星はドイツ国民の資源の生命線。ティターンズの実効支配が進めば、再び、我々は天然ガスをギガノス帝国に依存することになる。連中は足元を見てくるだろう。ティターンズ抗戦のため、我々は国連軍の指揮に全力を尽くす」
司令部は課題として、ティターンズの殲滅を取り上げた。だが、日本やアメリカなど国連軍の中心がティターンズ抗戦には消極的だった。
日本とアメリカはまだティターンズを様子見している。ジオンから独立して間もないから、彼らの思想が見えない。このままティターンズが隆盛すれば、ジオン軍の弱体化につながるかもしれないという理由で、日本とアメリカは様子見を続けている。
現在、ティターンズ抗戦の主戦場は、イギリスを中心とした勢力だった。ドイツ軍司令部はその勢力を支持する立場を決めた。
会議が終わると、司令部の者が加治に直接伝えた。
「加治、弐号機を火星コロニーp25に送る」
「いいんですか? エヴァを送り込むとなるとビッグニュースになります。二度と引き返せなくなります」
「これ以上、わが国がコケにされたままでいるわけにはいかないのだ」
「メンツが優先ですか……それは人間らしい決断ですね」
加治は独り言のようにつぶやいた。ジオン軍だのティターンズだのは大義名分。一年戦争にとどまらず、戦争というものの本音は「支配者のメンツ」だった。
自分の存在感を誇示したい、世界中からすごいやつと思われたい。ちょうど、再生数目的で過激な動画を公開する愚か者と性質はまったく同じだった。
司令部の決定は絶対。即日、ドイツ軍の部隊編成が行われた。
01小隊、03小隊、04小隊、05小隊が火星コロニーp25へ配属されることになった。
火星のドイツ領は火星全体の25%近くを占め、約600個あるコロニーのうち、73個がドイツ所有のものとなっている。
火星は資源の宝庫であり、それゆえ、かつてはその領土分割で各国揉め合った。
◇◇◇
マリの率いる04小隊はコロニーp25ほの配属が決定した。p25はドイツ軍最大の軍事コロニーである。ティターンズと戦ううえで、最大の拠点になる。
「また宇宙? 加治さん、私、宇宙嫌いなんだけど」
マリは決定を不服に思い、加治に訴えた。
「おれに文句を言うなよ。決めてるのは上の連中なんだからよ。おれはただの伝言係だよ」
「特別手当てを要求します」
「ほら、新しいハロでも持ってけ。これがマリ、こっちがアラド、こっちがアスカ用な」
加治は軍から支給された新型のハロを机に置いた。
04小隊には、エヴァ弐号機も入っている。前々から計画されていたように、エヴァを宇宙で活躍させてドイツ軍の求心力をさらに高める狙いがあると見て間違いなかった。
マリは自分の部隊を招集する前に、個人的にアスカに会った。
アスカは弐号機の操縦が楽しいようで、連日幸せそうな顔をしていた。
今日も午後からエヴァ弐号機のシミュレーション訓練が約4時間予定されていて、アスカはそれに向けて調整に余念がなかった。
アスカは訓練前の準備体操として跳んだり跳ねたりしていた。どこかのサーカス団の一員のように華麗に体を動かしていた。
弐号機の操縦を始めてまだ数日だというのに、もはや弐号機のスペシャリストに育っていた。
マリとしては、優秀な部下を感心する一方で、負担でもあった。弐号機はドイツ軍の星だから、それを指揮する立場はプレッシャーも小さくなかった。
「アスカ、左遷の知らせよ」
「左遷?」
アスカは逆立ちしたまま尋ねた。
「宇宙逝きの片道切符よ」
「やっぱ宇宙なんだ。当然、想定済みで調整してたけどね」
アスカは華麗に着地すると、マリのもとに向かった。
「ちょうどいいわ。引力に縛り付けられる生活で窮屈してたところよ」
「そりゃ頼もしいことで」
マリは宇宙任務を嫌っていたが、アスカは昔から地上より宇宙のほうを好んだ。
ドイツ軍では、宇宙での任務の場合、地上での任務に比べて、賞与に特別手当がつくので、軍人にとって、宇宙任務は光栄なことであるが、その分、宇宙のほうが危険な任務になる。
宇宙での任務は無重力に適応しなければならない。機体の操縦に際しても、地上と宇宙では大きく異なる。
基本的に、軍人は地上戦を基本に教わる。宇宙での訓練はベテランでも決して多くない。しかし、アスカには、地上より宇宙のほうが性に合うようだった。
「で、どこのコロニー? p23? p25?」
「シャワー室が連日故障するところ」
それだけで、コロニーp25だとわかった。
「これから加治さんと話し合って決めるけど、あんたをどうやってフォーメーションに組み込むか考えなきゃなんないのよね」
「そんなのどこでもいいわよ。私を誰だと思ってんの? 私はどこだってこなせるのよ」
「じゃあ、424トライアングルのレフトセントラル、アラドと組むって形でもいいわけ?」
「嫌味? なんでバカのサポートなのよ。仮にもエヴァが」
「どこでもいいって言ったじゃん」
「バカはお断り。というか、なんであいつが上位ランクの部隊に入ってるわけ?」
アスカは不服を訴えた。たしかに、総合的な成績だけ見ると、アラドが0単位の部隊にいることは不思議なことだった。
ドイツ軍では、0がつく小隊は上位ランクの部隊であり、04小隊は事実上最高の部隊の1つと定義されている。アラドはそこに所属していた。
所属理由としては、「才能あふれる若手」ということになっている。司令部もアラドの特別な才能に期待しているところがあった。
「アラドは時にアスカを超える。たぐいまれな金の卵なんだから大切に育てなきゃ」
「そんなのまぐれよ。まぐれ」
アスカはアラドに負けたことを黒歴史に捉えていたから全力でアラドの実力を否定した。
「そうかしら?」
「補給機の着艦もできないバカに負けたなんて、まぐれ以外の何があるっての?」
「天才とバカは紙一重って言うじゃない。それに、私からアスカに教えられることはもうないから。過去の自分をちゃんと認めて、素直にアラドから学んだら?」
「……」
アスカは黙りこんだ。たしかに、まぐれとはいえ、アラドが時折見せる天才的な操縦力は、アスカからしても学ぶ余地が十分にあった。