ドイツ空軍はティターンズの隆盛を阻止するという名目で、火星領の軍事増強を発表した。
世界中から批判が押し寄せたが、「国防上の重要なプロセスだ」の一点張りで増強を押し通した。
この増強を受けて、04小隊も火星ドイツ領のコロニーp25へと異動することになった。
p25は火星拠点で最も重要な軍事拠点の1つとなっている。
ギガノス帝国の天然ガス依存からいち早く脱却する方針を取ったドイツにとって、火星は唯一信頼できる資源地である。
ドイツ国内の電力の約85%は火星で発掘されたガス資源で賄われている。
これらのガスは極めて効率が良く、天然ガスを供給するため、毎日のように輸送機が火星と地球とを行き来している。
一年戦争の最中もそうだったが、混乱期はこれらの輸送機を狙う宇宙海賊が跳梁跋扈する。
先月も、輸送機がジオン軍のならず者によって攻撃を受け、最終的に輸送機は大破。約20人の乗組員が亡くなるという被害を出している。
これらの海賊行為を阻止するためという名目でも、火星の軍事力増強は必要悪と言えた。
とはいえ、現状でも宇宙海賊に立ち向かうだけの軍事力は展開されている。追加で増強を行う背景には、積極的にジオン軍の隆盛にケリをつけたいという上層部の狙いが見て取れた。
EU崩壊後、求心力を失ってしまったドイツにとって、自らの力でジオン軍を押しとどめることができれば、再び存在感を取り戻せる。結局最後は上層部のプライドが軍事力増強を踏み切らせた。
04小隊の小隊長を任されているマリはp25への異動に向けて、小隊長や空軍の重役たちが集まる会議に参加した。
04小隊の任務については、「ジオン軍の主要コロニー、スペースコロニー3377および3391の監視および、宇宙航路33番の輸送機の護衛」と発表された。
04小隊がどちらかというと、守衛的な立場に置かれた理由は、おそらくエヴァ弐号機の宇宙適応のデータを取るため。上層部もエヴァ弐号機を大切にしているようであった。
エヴァ弐号機がうまくいけば、参号機の開発に向けて勢いづく。
大まかな流れが決まった後は、隊員の配列を決めることになる。
マリは指揮官の立場である加治らと共に隊員の配列を決めた。
「アラドの扱いは毎回頭を悩ませるのよね。仮にもエヴァを預かる身だから余計に」
マリは今回の小隊編成で特に頭を悩ませた。ドイツ空軍の星とも言えるエヴァ弐号機を連れ歩くわけだから、責任は重大である。
弐号機を任されているだけでも慎重になるところに、アラドという厄介者もいる。
アラドもまた、上層部は「ニュータイプ」として才能を評価しているようで、事実上の金の卵を2つも抱えている状態である。
04小隊にはベテランが少ない。若手中心のメンバーであるため、心配事は多かった。
「アラドは猪突猛進だからな。ベテランのマクレーガー軍曹の隣につけてやるのがいいんじゃないか?」
加治が提案した。
「マクレーガー軍曹も難しい人なんですよ。もう目立つのは懲り懲りだから、責任の小さいところに配置させろと言ってきてるんですよ」
マクレーガーは1年戦争時代も活躍したベテランの一人で現在35歳。04小隊では最長だ。
しかし、過去のいずれの戦争でも九死に一生を得た経験があるうえ、最近、奥方が第二子を出産したということで、一時期は軍隊を引退して輸送機の運転手に転向する考えを示していた。
マリやアスカの説得もあり、マクレーガーは部隊に残ったが、本来小隊長を任されるはずだったものを、その座をマリに渡して、重要ポストから外れることが条件での残留だった。
「ウェーバー軍曹は?」
「補給機任務に移りたいと申し出がありました。誰もかれも責任感がなくて困ります」
ウェーバーも息の長い軍人だったが、彼もまた戦争に懲りたらしく一年戦争後はモビルスーツの操縦免許を返納して補給機担当に落ち着いた。
マクレーガーとウェーバーを除くと、他の隊員は全員10代の若手となる。
「だったら同級のアスカとアラドを組ませるしかないよな」
「アスカは絶対お断りと全否定してましたけど」
「そういう年ごろだからな。逆に言うと、将来性があるってもんだ」
加治はのん気に構えていた。
「アスカも加治さんの命令なら聞きますから、それじゃあ加治さんの命令ということで言い聞かせます」
加治はアスカからずいぶんと気に入られている。
加治はもともと女性から受けが良かったが、アスカがスクールで訓練を受けていたころから指導していたので、アスカからは特別に気に入られるようになった。
スクール時代は、加治の隣に強力な監視者であるミサトがいて、加治の女癖の悪さを鉄拳制裁で封じ込めていた。
しかし、アスカには加治とミサトの仲が良好であるというふうに映ったらしく、その嫉妬心がよりアスカの恋心を高めていた。
ミサトがネルフへの異動を命じられると、アスカのアプローチも積極的になっていた。
「あと、ヒュッケバインMKⅢの件ですけど、メインパイロットにアラドにしてほしいって上層部から要求来てるんですけど、それでいいと思いますか?」
「そうか、ヒュッケⅢも今回から実戦配備だったな」
加治は慌ててヒュッケバインMKⅢの資料を探した。
ヒュッケバインMKⅢはドイツとアメリカの共同開発で生み出されたヒュッケバインの最新型だった。
テスラ研究所お得意のスラスターモジュールとアポジモーターの超機動性が売りの強力モビルスーツの1つである。
開発はテスラ研究所が主導したので、約20億ドルという高額な値段でドイツ軍に送られてきた。
性能は本物であるが、新兵器だけに、メインパイロットを誰にするべきかは悩ましい。
ヒュッケバインMKⅢのメインパイロットについては現場の意見が重視されるということで、エヴァの時と違い、上層部だけの決定では動かなかった。
「長い目で育てるのがドイツ流だ。おれもアラドが適任だと思うけどな」
「でも岩礁飛行もろくにできないんですよ。新兵器が翌日にはスクラップですよ」
「かえって修理屋の技術が上がっていいじゃないか」
加治はのん気に答えた。
「じゃあ、これも加治さんの責任で決定ということで」
ヒュッケバインMKⅢのメインパイロットはアラドに決まった。
◇◇◇
ティターンズの独立を受けて、ジオン陣営も忙しくなっていた。
一年戦争の終結の功労者であるシャア・アズナブルは輸送機の中から宇宙空間を見ていた。シャアの先には青く輝く美しい地球が映っていた。
シャアのもとに一人の男がやってきた。
「大佐」
「私はクワトロ・バジーナ中尉だよ」
シャアは目を閉じて訂正した。
「失礼しました、クワトロ中尉。連邦軍から正式に亡命の許可証が発行されました。こちらです」
シャアは男から亡命許可証を受け取った。
それは新たな人生の幕開けを示していた。
「クワトロ中尉、我々は本当に正しい選択をしたのでしょうか?」
男は黙り込んでいたシャアに質問した。
「正しくはないが、博愛的な選択だ。あのまま戦争が続けば、我々は今頃地獄にたどり着いていただろう。美しい星も血の色に染まっていた」
シャアは再び地球を見つめた。
「そうですね」
「むろん、大義に反する決断だっただろう。兵士たちは裏切られたのだ」
シャアはサングラスを取り出すと、目にかけた。
「人は肉体だけでは生きられない。すべからず心のよりどころを探している。それは国家のため、愛する家族のため、あるいは全能なる神のため……私利私欲だけでは生きられないものだ。我々の決断は彼らから魂を引きちぎることになった。彼らは亡霊になってしまった」
シャアは静かな声で淡々と答えた。
「ティターンズは魂を失った亡霊たちなのでしょうか?」
シャアは小さくうなずいた。
「彼らは……探している。見失った神を、国家を、自分自身を」
「ハマーン総統はティターンズをどう捉えているのでしょうか?」
「ハマーン……」
シャアは青い地球をにらみつけた。
シャアは倒れたジオンの主に代わって、悪夢の一年戦争を終結するため、国連の代表と「終戦合意」を交わした。
これは戦争の終わり、平和の訪れを意味していた。
だが、平和というには奇妙な平和だった。
ジオン陣営におけるシャアの終戦合意の支持率は2%。ジオン国の民意に反する決断だった。
結果、シャアはジオン国から追放された。
シャアは処刑されることに決まっていたが、側近の支援によってアメリカに亡命することになった。
シャアの亡命に最も尽力したのがハマーンだった。
ハマーンはシャアをジオン国の拘束から解放すると言った。
「シャア、必ず戻って来い。時代が進めば、いつか愚民たちもお前の思想を理解する日が来よう」
「……」
対象を石化しようというほどのハマーンの強い目を見ながらも何もしゃべらなかった。それから、シャアは無言のまま輸送機に乗り込んだ。
ハマーンのあの時の強い目は今でも忘れられずにいた。あの目は大義と志に篤い目ではなく、人を想う目だった。
シャアがジオン国から消えた後、ハマーンがジオン国を治める立場になり、シャアの宣言を引き継いで、正式に一年戦争の終戦合意を実行した。
ハマーンは「必ず戻って来い」と言った。
だが、シャアは理解していた。
二度と、ジオン国に戻ることはないだろうと。
シャアは大義を捨て、自らの命を延命させた。自分の命のためにジオンの魂を裏切った。
裏切り者に居場所はない。シャアの人生はジオニズムの大義ではなく、先ほどシャア自身が言ったように「亡霊」として続くことになる。
シャアを乗せた輸送機はまもなくアメリカ領のコロニーに到着する。ジョーカー大統領によって、シャアは正式にアメリカ人として迎えられることになる。