ラミア・ラヴレスはとある任務のために、ドイツ空軍基地を訪れている。
ラミアは記者であることを示すバッジを胸につけているので、表向きは記者として通っている。
しかし、彼女がここに来た理由は他にあった。
何者かがラミアに指令を与えた。
「エヴァンゲリオン弐号機の設計図が保管してある機密文書保管庫のパスワードをこれより暗号化して伝える」
何者かは謎の電子記号を流した。波長の短い音波が15秒ほど流れた。
「任務了解」
ラミアはそれだけ伝えると通信機を切って、それを地面に置いた。
目の前には大きな池がある。この池は軍の研究施設の1つで、水中にはさまざまな水陸両用のモビルスーツが眠っている。
監視は厳戒である。
第一に基地の周辺には、警備員がうろついている。
ラミアは自分の耳に手を当てた。
遠くをうろつく警備員の足音が鮮明に聞こえて来た。
人間の監視をかいくぐるのは容易だ。
問題は機械化された監視網をどう潜り抜けるか。
しかし、ラミアは機械化された監視網のほうが楽な相手だと考えていた。
「機械はたやすい。従順だからな。しつけのなっていない人間のほうがずっと難敵だ」
ラミアはささやくようにそう言うと歩き出した。
ラミアは記者バッジを提示して、研究施設前にいた警備員に話しかけた。
「こういう者です。今日、関係者への取材の予定が入っているのですが」
「国境無き記者団の者か。確かにそのような予定が入っていると聞いている」
「ご案内いただけますか?」
「案内するが、セキュリティを抜けてもらう必要がある。少々手間を取るよ」
「かまいません」
「ではこちらへ」
ラミアは警備員について、施設の中に入った。
その後はさまざまなセキュリティを突破する必要があった。
初歩的な金属探知機を抜けた。これは赤外線により、体の内部まで調べることができるようになっていた。
「問題なし」
続いて、不審物のチェック。
これも詳細に調べられたが、昔のような人間が細部までチェックするのではなく、これも機械が用いられた。
薬物やナノマシンも見抜く機械もラミアは通過した。
最後に手荷物をすべて預けて手帳などの筆記用具もすべて没収された。
ようやく、ラミアは施設の先の面会室に入ることができた。
「まもなく所長がやってくる。それまでここで待機しているように」
「わかりました」
ラミアは椅子に腰かけた。
警備員は所長を呼ぶために、部屋を後にした。
すぐにラミアは耳に手を当てて、小さく「バルス」と唱えた。
すると、施設のすべての電源が落ちて、あたりが真っ暗になった。
「なんだ? 何も見えないぞ?」
警備員たちは突然真っ暗になったことに驚いた。警備員は施設の電源のことなどよく理解していないから、この停電の特殊性に気づかなかった。
しかし、施設に勤めている科学者の幾人かはこの停電の不審さをすぐ理解した。
「モードBの電源も反応しません。おかしいです」
真っ暗な中、女性の従業員が慌てた様子で声を上げた。
パソコンモニターも真っ暗だった。
「内部電源がリセットされています。モードBの回路にハッキングがあったかもしれません」
科学者はそう推測した。
そんな中、しごく落ち着いている男がいた。
男は懐をまさぐると、ライターを取り出した。そして、一服するように、たばこに火をつけた。
「これはとんでもないネズミが入り込んだみたいだな。ちっと様子を見てくるよ」
「加治さん、危険です。モードBがハッキングされたとなると、警備システムもハッキングされている可能性が」
「しかし、ここにいても仕方ないだろう。外への扉も閉まっちまってるだろうしな。本部のボンボンがやってくるのはそうだな……3時間後だろうな」
「しかし」
「なーに、いらずら好きなネズミがかじっただけだろう。すぐに戻るよ」
加治はそう言うと、たばこの火をろうそくにつけた。このような状況では、原始的な発明品のほうが役に立った。
相手の顔も確認できない状態だったが、ろうそくの火は周囲の様子を確実に照らし出した。
「加治さん、おれも行きます」
少年の声が入ってきた。
「おう、ちょうどいい。お供にはアラドが適任だ」
「ちょっと待った。機械音痴のアラドが行ったって、しょうがないでしょ。私が行くわよ。ねえ、加治さん、いいでしょ?」
続いて、少女の声も入ってきた。
少女は暗闇の中を身軽に渡ってきて、加治の手前までやってきて顔をのぞかせた。
「アラド、あんたは待機してなさいよ。足手まといになるんだから」
「バカ野郎。テロリストがいるかもしれねえんだぞ。アスカだけ行かせられっかよ」
そう言うと、アラドは懐に携帯していた銃を取り出してロックを解除した。
それに対して、アスカは文句をつけた。
「そんなもんしまいなさいよ。どうせ当たりゃしないし、こっちに当たったらどうすんのよ」
「おれはそんなに下手じゃねえよ」
「あんたがまともな射撃なんて一度も見たことないけど?」
アスカはそう言うと、アラドと同じように携帯していた銃を取り出した。
アラドは反論できなかった。たしかに、射撃の腕前が評価されたことはなかった。
「ねえ、加治さん。アラドなんて放っておいて二人で行きましょ」
アスカは嬉しそうな顔で加治に提案した。アラドの射撃の腕云々以前に、加治と二人きりになることが目的だったようであった。
しかし、加治はアスカの期待を裏切る決定をした。
「3人で行こう。電源が落ちている。力仕事も必要になるだろうからな」
「……」
「安心しろって。足手まといにはならないっての」
アラドはそう言ったが、アスカが残念がったのはそういうことではなかった。
◇◇◇
アラドとアスカはたまたま、ここの施設に来ていた。
今日の訓練で、アスカは同じ小隊でしかも隣り合っているポジション同士のアラドと馬が合わず、アスカがポジションの転換を加治に訴えるために、この施設にやってきていた。
本来、ここはパイロットが出入りする施設ではなかったが、この日は偶然だった。
加治はろうそくの火を掲げると、まっすぐ前を見つめた。その様子はしごく落ち着いていて、警戒心などはどこにもなかった。
「とりあえず電源室を目指そう。こういう時、階段は便利だな」
加治は文明の利器ではないものばかりを用いて道を切り開いた。
人の気配はなく、特に集団のテロリストが入り込んだわけではなかった。
しかし、モードBの電源が落ちるということは、相当やり手のハッカーがからんだ犯行と見て間違いなかった。
電源室までの道中、特に何か不審な者が見つかることはなかった。
電源室にやってきた加治はアラドにろうそくを渡して、あちこちまさぐった。
それから、加治は懐から何かを取り出した。
「加治さん、それは?」
「乾電池だよ」
加治は最新テクノロジーから遅れた産物ばかりを用いた。しかし、この状況ではそれだけが有効だった。
加治は乾電池で簡易的な電源を作ると、コンピュータを起動した。
「なるほど……」
加治はすぐにどのようなハッキングが行われたのかを理解した。
「りっちゃんがいれば回路情報をいじれるんだが、おれにはさっぱりだ。仕方ねえ。とりあえず、生きている電源にザクを無理やりつなぐか」
加治はその時できる応急処置で格納庫に収納されているザクを起動して、このコンピュータの電源からザクを遠隔操作した。
ザクのコックピットからのカメラ映像がコンピュータに映し出された。
アラドとアスカはその画面をのぞき込んだ。
「誰かいる」
アラドは画面を見るなり、すぐに人影を見つけた。アスカより早い発見だった。
アスカも加治も人影を見つけることができなかった。
「ここです、ここ」
「やるな、アラド。たいした索敵能力だぜ」
「いや、万年索敵業務ばかりの経験が活きました」
アラドはそう言って嬉しそうにした。アスカはそんなアラドを横目で見ながらくやしそうな表情を作った。加治に褒められたアラドにいくばくかの妬みを覚えたようだった。
「あれがネズミか。なかなか可愛らしいネズミだな」
加治はそう言うと、コンピュータ画面に背中を向けた。
「ちょっと見てくる」
「私も行きます」
「いや、お前たちはここで留守番だ。その代わりに重大任務を与える。非常電源がまだ生きているから、接続の回復作業を頼む。重要任務だ。アラド一人じゃ荷が重いだろうから、手伝ってやってくれ」
そう言われると、アスカは仕方なくうなずいた。
加治はコックピットに映った人影のもとに向かうようにゆっくりと歩きだした。