「ああいうのをハニートラップって言うのよ」
「ハニートーストが何だって?」
「うるさい! あんたに言ってんじゃないわよ!」
翌日、アスカは朝から不機嫌だった。アラドは触らぬ神に祟りなしということで、アスカから離れた。
翌日のテロから一夜明けて、当事者は軍の本部に招集されて、当日の状況の報告をすることになった。
アラドとアスカも当事者だったので、本部にやってきて、あれこれと昨日あったことを司令部に話した。
アスカが代表になって報告したのだが、昨日のことを思い出して、機嫌が悪くなったらしかった。
ちょうど、事件を聞きつけて、アラドとアスカを束ねているマリも本部に来ていた。
マリはアラドとアスカの無事を確認すると、ひとまずホッとした。
そうなると、マリの心配事はアラドとアスカの不仲だった。
もともと、アラドとアスカがテロに巻き込まれた背景には、小隊内での配置についての軋轢があった。
アスカとアラドは共に連携する配置だったが、アラドの猪突猛進な性質に嫌気がさして、アスカが加治に配置転換を求めて直談判した。
その際にテロに巻き込まれる形になった。
小隊長を任されているマリにとって、この軋轢は大きな心配事だった。
今日本部に来ると、アラドとアスカの不仲はさらに深刻になっているように見えた。
「昨日何かあった?」
「な、何もないですよ。あるわけないじゃないですか」
マリの質問に、アラドはややごまかすようにそう答えた。
「何でもいいけど、仲良くやりなさいよ。同い年でしょ、あんたたち」
「歳なんて関係ない。だいたい、私に責任はないわ。私は完ぺきにやってる。バカアラドが勝手に突進するから、いつも私が介抱することになるのよ」
アスカはアラドをはっきりとバカと言った。
アラドは言い返せなかった。アスカの言う通り、自分が足を引っ張っていることには間違いなかった。
「すみません、マリ姉さん。おれが悪いんです」
二人の関係は常に、アスカが上手、アラドが下手だった。
マリはそれを見て、どちらかというとアラドの味方についた。
「そりゃ、アスカは完ぺきだろうけど、でもチームでやってんだから、少しはアラドを理解する姿勢を持ちなさいよ」
「何よ。マリは私が悪いっての? 間違ってるほうに合わせろっていうの?」
「チームでやるからにはそういうことも必要ってことよ」
「だったら、アラドを外せばいいだけでしょ」
アスカは引っ込むということを知らなかった。
「アラドだって不慣れなMK3で一生懸命やってんだから」
「こっちはより難しいエヴァで頑張ってるんだけど?」
「あー言えばこう言う。あんたはいつも」
「なによ。そっちだっていつもアラドの肩ばかり持って。まるで私が悪者みたいな雰囲気じゃないの。私は何も間違ってないでしょ」
マリのほうが階級は上なのだが、アスカのほうが上から目線で言いまくった。
「アラドもゼオラと組んでるときはうまくやってたって報告を受けてるのよ。ということは、アスカにも非があるのは明らかでしょ。それは認めなさいよ」
「はあ? なんでいきなりゼオラを持ち出してくんのよ? 関係ないでしょ」
「関係大ありよ。少なくともあんたの協調性っていうステータスは軍の中でも下の下ってことよ。あんた、そんなに一人でやりたいんなら、一人で月でも火星でも行ってきなさいよ」
「協調性ってバカに合わせることなの?」
「そのバカに負けたことあるくせに、あんたがバカでしょうが」
「負けてないわよ。総合力では私が格上でしょうが。スコアも見れないの? バカね、マリは」
「上官によくバカバカ言えるわね」
「何度でも言ってやるわ。バカバカバーカ」
「あの……そろそろ終わりにしませんか?」
女同士の言い争いを聞いているアラドが仲介しようとしたが、その後もしばらく罵り合いが続いた。アラドのことでも話題だったのだが、アラドは蚊帳の外だった。
◇◇◇
昨夜のテロの主犯格として、ラミア・ラヴレスという記者がドイツ軍によって拘束された。
すぐにラミア・ラヴレスの詳細が調べられた。
諜報部は、ラミア・ラヴレスが国境無き記者団に所属する記者ということから、その方面を探った。
しかし、記者団にはラミアに関する詳細なデータがなかった。
「どういうことだね? 君たちは国籍さえもわからない者を組織の一員に加えていたのかね?」
諜報部は記者団の代表を責めた。
「いえ、こちらはエクアドル外務省より身分を保証するという名目で採用したのです。ですが、エクアドル外務省がラミア・ラヴレスに関する資料を紛失したと言ってきてるんです」
「なんだその怠慢は。エクアドルはそんなずさんな管理体制を取っているのかね?」
「我々に言われても困ります。エクアドルに直接言ってください。我々はエクアドルから身分証明を受けて採用したまでです」
「どうせ金をつかまされたのだろう?」
「そのような事実は一切ございません」
突けば、色々とボロが出て来そうだったが、諜報部はこれ以上詮索しなかった。
エクアドルは一年戦争中に財政破綻を経験している。
もともと、南アメリカの中では唯一軍事産業の縮小を発表していたのだが、それが裏目に出たようである。
その後、ブラジルやコロンビアの支援を受けて立ち直ることになるが、その際に、政治基盤が外資系の既得権益によって取り込まれてしまったところがあった。
おそらく、ラミア・ラヴレスもそのいざこざの中に入り込んだ影だったと思われる。
エクアドル政府を突いても、関係が悪化するだけ。
ドイツはエクアドルに対して、戦闘機の取引を決めている。その額は300億ユーロ以上。ということもあり、あまり強気に出られないところがあった。
「こうなったら、本人にすべて自白させるしかないな」
諜報部はラミア・ラヴレス本人に対して、直接情報を聞き出そうとした。
拘束されたラミア・ラヴレスは特に抵抗することもなく、おとなしくしていた。
ラミアは東ドイツの軍用拘置所に入れられている。肩を損傷していたので、医師の治療を受け、いまは落ち着いていた。
一言もしゃべらず、ただジッとしているばかりだった。
諜報部はさっそくラミアに尋問した。
「君の名前はラミア・ラヴレス。国籍はエクアドル。その情報に間違いはないか?」
「記憶にございません」
「エクアドルには君の戸籍が残っていないようだが、エクアドルで暮らしていたのかね?」
「記憶にございません」
「エクアドルは財政危機を迎えたとき、コロンビアから約40万人の技術者をはじめとした人材が流入している。そのとき、多くの組織の裏取引があったと聞いている。君はその際に入国したのではないかね?」
「記憶にございません」
「君の背後にいる組織名は?」
「ナチス政権」
「ちっ」
諜報部は舌打ちした。ラミアにまともな返答を期待することはとうていできない状態だった。
ラミアの雰囲気から察して、ラミアは明らかに訓練されたエージェントである。おそらく、拷問にかけても情報を吐き出すことはないだろうと考えられた。
「どうしますか?」
「拷問にかけても無駄だろう。だが、殺すわけにもいかん。やつの背後には何かがいる」
「何か?」
「ああ、相当巨大な組織が絡んでいるかもしれん」
諜報部はそのように見当をつけたが、ラミアが口を割ることは決してなかった。
◇◇◇
翌日、加治はラミアが収容されている拘置所を訪れた。
加治はラミアと一戦交えた身であり、ある意味でラミアの情報を最もよく知る身でもある。
加治は一応諜報部に当時のことを話したが、特にラミアの個人情報に当たるものは何もなかった。
加治はゆっくりと拘置所を進み、身分証明などを済ませて、スタッフの案内を受けた。
「彼女はいまどうしている?」
「おとなしくしていますよ。何も話してくれません」
「奥手なのかな。おれにはとてもそうは見えなかったが」
「加治さん、なりふり構わずナンパとかしないでくださいね。仮にもスパイかもしれないんですから」
「大丈夫だよ。おれも加減ぐらい心得てるさ」
加治の女癖の悪さはどこでも有名なようだった。
加治はラミアと窓越しに面会した。
加治は笑顔でラミアと向かい合ったが、ラミアは無表情のままジッと、加治のほうを見ていた。
「しばらくぶりだな。肩はもう大丈夫なのか?」
「……」
「ここの飯はどうだ? 地中海の魚が毎日のように運ばれてきてるだろ。捕虜の間では飯がうまいって有名な話なんだぜ」
「……」
ラミアは何もしゃべらず、表情も変えなかった。
「そういえば、あの時は隊長がどうとか言ってたな。軍に所属していたのか?」
「……」
その方面になると、ラミアの表情はより引き締まり、口が裂けてもしゃべらないという意志が見て取れた。
加治は少し話題の矛先を変えた。
「隊長からは暴れ馬と言われてるって話だったな。どうなんだい? 隊長は君を満足させられない男なのか?」
「……」
「おれだったら、そんな君も満足させられる自信があるんだけどな。どうだい、今夜あたり秘密のカケオチってのは?」
「……」
「今日は美しい夜空が広がるだろう。コロニーから大型輸送機が発射する光景は美しいもんだぜ」
「……」
「しかし、君の美しさの前ではすべてはただの石ころだけどな」
「……クスクスクスクス」
加治が色々と口説き文句を続けていると、先ほどまで無表情を続けていたラミアが唐突に笑い始めた。
「殿方はいつもそのようにして女性を口説かれるでございますですか?」
ラミアはおかしな丁寧語を紡ぎ始めた。壊れた機械が何かの拍子に動き出したような感じだった。
「そんなことないさ。君が特別だからさ」
「おかしいでございますことですわ。わたくしはあなたの敵かもしれませんことでございますですのに」
「愛に敵も味方もないさ。そうだろう?」
「それは……そういうこともあるかもしれませんですわ。おほほほほ」
ラミアはそう言うと、またおかしな笑い方をし始めた。
「わたくしに愛なんてございませんことですわ。わたくしはつくりものでございますですのだから」
「愛を知らないなら覚えればいいさ。愛を知るのに歳は関係ないさ」
「おほほほほほ」
その後、ラミアは狂ったかのように笑い続けた。
それが何か狙いを持った演技なのか、それとも本当におかしくなっているのか、加治は心の中で冷静に分析していたが、作為にしてはあまりにおかしすぎる気がした。