ドイツ火星衛星領にあるp25コロニーにドイツ空軍の主力戦力を送り込む計画は当初の予定通りに実行された。
04小隊に所属しているアスカやアラドは地上を離れ、火星コロニーで任務に当たることになる。
宇宙任務に当たる者は2週間前から、宇宙滞在を想定した訓練を受けることになっている。
アスカとアラドは2週間前から、ゼログラビティルームに隔離されて、宇宙任務に向けて訓練を重ねた。
アラドは初日から不調を訴えたが、アスカは初日から地上よりも生き生きと動くことができた。
その間、宇宙船にはエヴァ弐号機やヒュッケバインMK-Ⅲなどが搭載された。
ドイツのメルカリ首相も視察にやってきた。
メルカリはドイツ最大の首相として知られ、先の一年戦争を勝利に導いたとして、国民からの支持も大きかった。
とはいえ、今後の世界情勢は不安定で、どの国のトップもピリピリとしていた。
最近、ドイツ軍の主要施設にテロ行為があり、ラミア・ラヴレスというエクアドル出身のエージェントと思われる人物が身柄を拘束された。
諜報機関は今日まで調査を積み重ね、ラミア・ラヴレスの大まかな詳細を掴んでいた。
視察の場で、諜報部の者がメルカリにその情報を話した。
「先月のテロ事件の主導者のラミア・ラヴレスの件ですが、彼女はジオン軍の者と見て間違いなさそうです」
「そうですか。ティターンズとの関連は?」
「ティターンズとの関りの形跡はありません。つい最近、ジャブローで拘束されたジオン軍の捕虜が吐きました。ジオン軍はある組織と強い関りがあると」
「ある組織とは?」
「シャドウミラーです」
「シャドウミラー……ボアザン北方の独立軍組織のですか?」
「はい」
「そうですか。それは世界が……時代が大きく動くことになるかもしれませんね」
メルカリは努めて冷静にそう言った。
◇◇◇
アスカとアラドはp25コロニー行きの宇宙船に乗り込んだ。
「すげえ体がだるい。足が地についてないみたいだ」
アラドの足取りは重たかった。ゼログラビティの生活が続いて、引力に縛り付けられた地球の空気が重く感じているようだった。
「情けないわね。そんなんでまともな任務がこなせると思ってんの?」
アスカもアラドと同じ条件のはずだったが、アスカは体の不調を感じさせなかった。
「アスカは何で平気なんだよ。マリ姉さんもピンピンしてたけど」
「あんたがグズなだけよ。いいわね、絶対に足手まといになるんじゃないわよ」
アスカはアラドの頭を押さえつけた。軽く抑えただけでアラドは地面に膝をついてしまった。
宇宙船は「宇宙エレベーター」を用いて、宇宙ステーションまで上昇し、そこから宇宙用のモジュールへの換装が行われ、そこからコロニーへと向かう。
宇宙は地球とは比較にならないほど広大だ。しかし、地球上よりも厳密に領土が細分化されている。
ドイツが領土を主張する宇宙航路は現在91航路ある。
どの国も利用できる国際的航路が約830航路ある。
アメリカが229航路、ロシアが173航路、イギリスが86航路、ギガノス帝国が81航路、スイスが66航路、ブラジルが65航路、ネオホンコンが60航路、日本が58航路、フランスが52航路、ミケーネ帝国が49航路、韓国が46航路をそれぞれ所有している。
なお、ジオン軍は57航路の所有を主張しているが、そのうち国連で認めているものは16航路であり、残りは国際的航路として定義されている。
宇宙航路は特に厳密な規定がなされているわけではない。地球上の空域のように、四六時中すべてを監視するのは不可能であるから、多くの航路が宇宙海賊によって不正に利用されているところがある。
一応、無断で航路に侵入した場合はその航路を所有する国の法で罰せられる。
侵入者は一発死刑というより、その場でモビルスーツによって迎撃する方針を取っているのがロシア、ギガノス帝国、ミケーネ帝国であり、罰金で対応することが多いのがアメリカ、日本となっている。
とはいえ、末端の航路はどこも監視ができないので、その航路で密輸が横行する。
航路を不正に利用する者はならず者だけとは限らない。
アメリカでは、上院議員がモビルスーツ7機を不正に輸送したなどで検挙される事件がこれまでに3件起こっており、ギガノス帝国では航路を利用して他国への亡命を図る者もいた。
宇宙航路の中には岩礁地帯も多く、そのあたりは航路として危険極まりない。あえてそのあたりを利用する者も少なくないようだ。
宇宙航路は蜘蛛の巣のように散らばり、さまざまなコロニーにアクセスしている。
地球から火星に向けて、複雑に成り立っている。
航路を詳細に記憶している者は少なく、宇宙航路の専門家でも把握していない航路が多く存在する。
アスカらが利用する宇宙航路は軍が厳密に管理するものであり、そのあたりはネズミ一匹の侵入も難しい。
宇宙船は宇宙エレベーターで宇宙ステーションまで上昇した。
ドイツの宇宙ステーションはドイツ大手の工業会社であるフォルクスワルケン社が建造したものだ。
フォルクスワルケン社は同盟国の宇宙ステーションも手掛けており、宇宙ステーション産業だけでかなりの売り上げを上げている。
ただ、フォルクスワルケン社はコロニー事業からは早々と撤退している。これは、コロニー事業の場合、国が強く関与してしまうためだ。
所得税の高いEU諸国では、経営者が政府に不信感を持つことが多く、国に管理されてしまうコロニー事業には後ろ向きだった。
そのため、ドイツコロニー事業にはかなりの外資企業が参加している。日本、ネオホンコンなどアジア諸国が参加している。p25コロニーは日本のミツビシ社が手がけている。
ミツビシ製のコロニーは世界一頑丈であるとされる一方、快適さに欠けるため、住民からは不評である。
アスカはこう言っている。
「部屋が狭い、地味、お湯が出ない。だから、日本人の心は狭いのよ」
民族性の差もあるのかもしれないが、コンパクトな日本人の気質は欧米人とは相いれないようであった。
宇宙ステーションでの換装は約1時間で完了した。
宇宙船は宇宙ステーションから切り離され、p25コロニーに向けて発進した。
あっという間に地球から離れていった。
ところで、今回の任務には加治は参加していない。参加する予定だったが、例のテロ事件があり、加治はその事件の調査をする任務のほうにつくことになった。
加治が任務から抜けたことを、アスカは残念がっていた。
◇◇◇
宇宙船はp25コロニーに到着した。
宇宙船がコロニーに入国するためには、コロニーステーションを利用する。
強い電磁気力で宇宙船がコロニーステーションにドッキングされ、そのまま、スライドする形でコロニーに収納された。
p25コロニーはドイツ領のコロニーの中でも最も大きなコロニーの1つだ。
数千人がコロニーで生活している。
主な任務は火星と地球の貿易管理および、宇宙および軍事研究である。
ギガノス帝国などは新兵器の実験を宇宙で頻繁に行っている。
国際法では、宇宙での軍事実験には大きな制約がかかっているが、ならず者国家はお構いなしだった。
アラドは久しぶりにp25コロニーの地に立った。
コロニー内の重力は地球上の約4分の3である。そのため、地球上よりも体がふわふわしている。
コロニー内はパイロットスーツを外すこともできる。
ただ、体質によってはコロニー生活で胃腸に不調を訴える者は少なくない。
アラドはその一人だった。
「アラド、大丈夫?」
マリが尋ねると、アラドはその場にうずくまった。
「ず、頭痛が……」
「あんた、いっつもそうなるの?」
「初日だけ……そのうち慣れますんで」
「本部に報告しとかなきゃいけないわね」
アラドは宇宙環境に適性なし。とはいえ、別に宇宙に限ったことではなかった。
「アスカ、アラドを医務室に送ってきて。他の隊員はエリア8に集合」
「なんで私が」
「隊長命令。さっさと行け」
マリはアラドの介抱をアスカに任せた。
アスカはうんざりした様子を見せながら、アラドの手を強引に引っ張り上げた。
「立て」
「おい、病人を乱暴に扱うなよ。ぐぅ……胃が圧迫される……」
「こんなんでよく一年戦争を生き延びたわね、ったく」
アスカは任務初日から、ため息が尽きなかった。