PM7時ちょうどに、ギガノス帝国は全世界に向けて、ネオホンコンならびに、ネオホンコンとの連携を強めていた欧州諸国およびアジア諸国、合計14の国や地域に宣戦布告を宣言した。
以下はギガノス帝国の皇帝による声明文である。
「一年戦争が終わり、戦争の渦は世界中から消えつつある。しかし、それはこの戦争を悪魔的な思想によって戦い、正義の殺戮を掲げた者たちによるプロパガンダに過ぎない。現在もなお、悪魔の殺戮の手にかかり苦しむ者がいる。彼らは故郷を失い、家族を失い、自尊心もまた捨てなければならなくなった。悪魔的な思想に駆り立てられた為政者には彼らの声は聞こえない。当然のごとく、彼らこそが世界平和を乱す悪魔であると語る。しかし、我々には彼らの魂の嘆きが聞こえた。我々は彼らが失ってしまったものを取り戻し、彼らが人生道の先に一筋の光を見出す使命を受け取った。悪魔的に奪われたものを取り戻す真の正義の名のもとに立ち上がった。現在、EUは身勝手な都合で結束し、その鎖が解かれた今もなお、身勝手な都合で国および地域を差別し、経済圏ならびに軍事同盟を促進しようとしている。その都合は先に述べた悪魔的思想であり、彼らの目的は我々にその思想を植え付け、経済的に、そして人種的に支配し、己たちにとってのみ理想とする世界を形成すること。そのために、多くの人命、秩序が失われようとしている。我々はこの悪魔の蹂躙を黙視するわけにはいかない。今日、我々は奪われた魂、それは当たり前の日常を夢として語る罪なき者たちのこと、それを取り戻すために戦うと宣言した」
ギガノス帝国の宣戦布告はマスコミによって大々的に世界に送り届けられた。
これを受けて、名指しを受けた国や地域はすぐさま、さまざまな声明文を繰り出した。
「ギガノス帝国は侵略を正当化するために、虚実だけで作り上げた妄想を利用している」
「ギガノス帝国にとって、欧州発のアジア経済圏は面白くないだろう。これ以上にわかりやすい卑しい戦争理由はない」
しかし、EU崩壊で求心力を失った欧州諸国にとって、ギガノス帝国の軍事侵攻は大きな脅威であった。
ギガノスがネオホンコンを攻めるのは時間の問題と言われていた。一年戦争の末期に、ギガノスが「停戦合意の条件は、ネオホンコンの主権を国際的に認めること」と条件を提示しており、最終的にアメリカとの妥協案「ネオホンコンがEU軍事同盟へ加入できない条約を締結する」という結果を受けて、最終的に一年戦争の停戦合意が受け入れられた。
この妥協案は、戦争によってギガノス帝国が抱えていた「宇宙産業の大赤字」という問題を火消しするために呑まれたが、戦争が終結し、資源価格が下落してくると、ギガノス帝国は再び、ネオホンコンを手中に収めたくなったようである。
今回の宣戦布告の規模をアメリカは次のように予測した。
「ネオホンコンの独立を死守したいアジア諸国や欧州諸国が抵抗するだろう。一年戦争以上の大きな戦争になる可能性がある。我々はネオホンコンが独立地域であることが維持されることを願う」
アメリカはネオホンコンの独立を支持していたが、介入に消極的なようだった。
ネオホンコンがギガノス帝国に併合された場合、最も大きな影響を受けるのはアジア諸国と欧州諸国である。アメリカにとってはどちらに転んでも大きな打撃があるわけではなかった。
日本の反応はアメリカに追従している。
岸田総理は「力による現状変更は受け入れられない」とする一方で、「日本の立場として、双方に対しても軍事的な介入を行うことはない」とした。
加えて、防衛省の筆頭組織であるネルフも声明を出した。
ゲンドウが珍しく記者団を前にして機械的な文言を伝えた。
「我々はネオホンコンの独立が維持されることが望ましいという立場である。同時に軍事同盟を締結していないネオホンコンに対する軍事介入はありえない。ネルフはネオホンコン諸地域の邦人の保護に努めるだけである」
ゲンドウはあらかじめ用意されたであろう文言を伝えた。
マスコミから色々な質問が上がった。
「ネオホンコンの戦火が拡大して、邦人が戦火に巻き込まれた場合、使徒殲滅のために配置されているエヴァンゲリオンを邦人救出の名目のために紛争地域に送り込むことはありうるか?」
「あらゆる選択肢はテーブルの上にある。状況を踏まえて適宜判断することになる」
ゲンドウは断定的なことは言わなかった。
「使徒がギガノス帝国から送り込まれたという情報も流れています。今回の事件との関連性について伺いたいと思います」
「使徒がギガノス帝国由来であるという認識はない」
質疑は淡々と進み、特に波風立つこともなく終了した。
◇◇◇
ギガノス帝国によるネオホンコン侵攻は日本よりも欧州諸国のほうが影響が大きかった。
日本はアメリカ経済圏であり、宇宙航路もアメリカの息がかかっている。
ところが、欧州地域はネオホンコンと多くの経済圏、宇宙航路を共有しているから、ギガノス帝国がネオホンコンの主権を獲得すると大きな影響が出る。
EU諸国の筆頭であるイギリスとドイツは特にこの侵攻に影響される。
ドイツトップのメルカリは以下の声明を出した。
「今回の宣戦布告は国際法で解決された数々の問題を力で変更しようとするものであり、国際平和の理念を大きく捻じ曲げることであり、受け入れられない。我々はネオホンコンの独立を明確なものとするために、身勝手な宣戦布告に対して抵抗することになる」
事実上の軍事的対抗姿勢を示す形になった。
ドイツ空軍もすぐにこの軍事侵攻に対して、緊急会議を起こした。
ギガノス帝国がネオホンコンを攻撃することはある程度想定されていた。今回、主力部隊をコロニーに上げたのも、この問題を念頭に置いていたということでもある。
今回の戦争は、宇宙、地上の両面で展開されると予想されている。
ネオホンコンの実体は、地上よりもむしろ宇宙にあると言われているため、ギガノス帝国も主戦場を宇宙と理解していた。
一年戦争末期から、ギガノス帝国は宇宙戦を想定してドラグナー開発を進めていた。
ギガノスの強力な部隊も一年戦争末期から宇宙に上がっていた。
コロニーを巡る激しい交戦が予想された。
アスカはこの宣戦布告を輸送機の護衛任務の途中で聞いていた。
ギガノス帝国の皇帝が声明を終えると、アスカは言った。
「なーに言ってんの、このハゲは」
アスカはそう言うと、脱力した。
「でも、私に宣戦布告するなんていい度胸じゃないの。せいぜいたっぷり生命保険を積んで待ってなさいよ」
アスカは戦争と聞いて怖がるどころか、気力を高めた。
アスカに思想はない。
もともと、そんなことを気にして生きる環境になかった。
ただ生きるためだけに実力を高めてきた。
優秀でなければ生き残ることが許されなかったのだ。
その実力がどう使われるべきかなどというものは辞書に載っていなかった。
ベクトルの方向性などどうでもいい。その力が突出していて、それを認める者がいれば、アスカはミケーネだろうがギガノスだろうがどこへでも行くつもりだった。
アラドがアスカに通信を入れた。
「アスカ、聞いたか、さっきの声明文」
「聞いたわよ。燃える展開になったわね」
「何が燃えるだよ。あの皇帝はほんとに戦争が好きだな。困ったもんだぜ」
「あんたバカ? 戦争が嫌いで軍人がやれるわけないでしょ」
「はあ……相変わらず戦争好きだな、お前も」
アラドはそう言ったが、自分も否定できなかった。
戦争は好きだった。戦争で名を上げて、名将になりたいと思っていた。引退後は立派な家を建て、コロニーの経営者になって、大好きな人と暮らしたいと夢を見ていた。
あの戦争の惨劇に出会うまでは。
アラドはあの惨劇の前まで、ある思い人にさんざん語っていた。
「あと20機撃墜すれば、おれの年収は4万ユーロ上がる。年金も250ユーロ上がる。まずはそれが目標だ」
アラドがそう言うと、思い人はいつも同じような返しをした。
「はいはい、せいぜい犬死しないように頑張りなさい」
それは遠まわしに、アラドにそんな実力がないと言っていた。アラドはその遠まわしの意味を理解していた。
だが、それはあまりに深読みしすぎた意見だったのかもしれない。
思い人は純粋に「出世なんていいから、自分の命を大事にしろ」と言っていたのかもしれない。
アラドはその純粋な思いを知らないまま、出世を目指した。
アラドは出世できなかったが、思い人が言ったとおり犬死せずに生き残った。
思い人は24機を撃墜して出世したが、その勲章だけを残していなくなってしまった。
アラドはそのとき、自分の夢を捨てた。
「ちょっと聞いてんの?」
「え?」
アラドは我に返った。
「何の話だったっけ?」
「あんた、そんなんじゃいくつ命があっても足りないわよ。今度こそ仲間の仇を取れるんだから、気合入れろつってんのよ。わかった?」
「あ、ああ」
アラドは答えたが、アスカのように復讐心に駆り立てられることはなかった。
ただ生きて帰りたいと思った。
ならば、軍隊などやめるべきなのかもしれない。
だが、ここにいなければ可能性を追いかけられない。
思い人が生きているという可能性……。