ミンは隊長のグン・ジェムから招集の連絡を受けたが、「すぐ行く」と答えた者の、しばらくデッキの特等席に腰かけたまま星空を眺めていた。
ちょうど、ミンを呼びにここにやってきていたゼオラはちらちらとミンの様子を伺い、やがて尋ねた。
「大尉、行かなくてよろしいのですか?」
「兵士は山ほどいるんだ。一人や二人欠勤してもばれやしないよ」
「ですが……」
「いいから、あたいに任せときな」
ミンは立ち上がろうとしたゼオラの頭を押さえて座らせた。
ミンは女性離れした体格と力を持っている。ゼオラと比較すると、大人と子供ほどの差があった。
「あんた、どういう経緯で軍人になったんだい? このご時世に可愛い娘を軍に出す親はいないだろ」
ミンが尋ねた。
すると、ゼオラはあらかじめ強く植え付けられていたのか、機械的に説明した。
「身元のわからなかった私を保護してくださった方々への恩返しのためです。同時に、この世界に戦火をもたらしている連邦軍をうち滅ぼすためです。連邦軍は一方的なエゴイズムを打ち立てて、戦争を繰り返していると聞きますから。そのような輩を生かしておくわけにはいきませんからね」
ゼオラは確固たる決意を持っているかのように語った。
ミンはゼオラのその発言に違和感を覚えた。
時折見せるゼオラの態度はちょうどその年頃の少女のものだった。ところが、連邦軍との戦いに接するゼオラはまるで氷魚が変わったようになった。
その意志の強さは狂信的だった。
「それは立派な心掛けだな。しかし、その責任感のためにかけがえのない青春時代を犠牲にしているんだ。辛いと思うことはないのかい?」
「どうして辛いのですか? 正義のために戦うことができるのです。これ以上ない喜びではないですか。それ以上の喜びがどこにあると言うのでしょう?」
「……」
ミンは横目でしばらくゼオラの様子を見ていた。
狂信的な思想は植え付けられたものであり、ゼオラの真心はそうではない。
ミンはそう確信していた。
ミンもこれまで多くの兵士と関わって来た。いずれの兵士も必ず狂信的な正義心の後ろ側に真心を隠し持っていた。
ミンは8人の部下を抱えているが、そのいずれもそうだった。
一年戦争が勃発してまもなくのころだった。
少年が一人兵士としてミンの傘下にやってきた。
まだ幼い顔をした少年だった。
「よろしくお願いします」
まだ無垢な少年だったが、どことなく殺気立っているようにも見えた。
ミンは訓練の面倒を見るかたわらその少年に尋ねた。
「あんた、なんで軍に参加したんだい?」
「ずっと学校に通っていたのですが……」
少年は何かを思い出すように顔を落とした。それから取り直して語った。
「両親が務めていた工房が空襲に遭って亡くなってしまいました。それでどうしても復讐がしたかったんです。でも、今の僕は無力。軍人になれば復讐ができると思ったんです」
「……」
「命に代えても空襲を仕掛けた連邦軍を全滅させてみせます」
「命に代えても……それで両親が喜ぶと思ったのかい?」
「わかりません。ですが、いまのぼくにはそれ以外のことを考えて生きていくなんて考えられないんです」
「……」
ミンはそれ以上少年には何も言わなかった。
きれいごとをいくら並べても野暮だと思った。両親の復讐のため。それが生命力になるのなら、それも悪いことではないのかもしれない。
ちょうど、あのときの少年とゼオラの様子は似ていた。
結局、あの少年は一年戦争時代、ミケーネ帝国の援軍として参加し、ミケーネのずさんな作戦に参加させられ命を落とした。
ミンは少年の死に際のメッセージを傍受していた。
「ミン大尉、僕はいま太陽になろうとしています。最高の気分なんです」
その後、少年は母艦の砲撃で命を落とした。
あれから1年が経過して、ゼオラが同じような目をして自分の前に現れた。
「グンの無能な作戦に参加させられるんだ。命の保証はないよ。それでも戦いに出ることにためらいはないのかい?」
ミンがそう尋ねると、ゼオラは一瞬だけ遠い目をしたが、すぐにピントの合った強い目で答えた。
「この名誉の戦いで亡くなるのだとすると、大変喜ばしいことです」
「そうかい、わかったよ」
ミンは少年のときと同じようにそれ以上干渉はしなかった。
ミンはゆっくりと重たい腰を上げた。
干渉しないつもりだったが、1つだけ言葉が心の底から浮上してきたから、ゼオラに伝えた。
「見な。宇宙はとても広いんだ。この世界のどかにあんたを本当に愛しているやつがいるかもしれないよ」
「……?」
ゼオラはよくわからない様子で宇宙の星空のほうに目を向けていた。
ミンは例の少年にもその言葉を伝えるべきだったのかもしれないと少し後悔した。
◇◇◇
アラドはコアブースターに乗り込むと、これから前線に出る部隊の小隊長から指令を受けた。
「へい、ボーイ。任務を与えるぜ。受け取りな」
「了解、チボデー小隊長」
アラドは小隊長のチボデーが搭乗するガンダム・マックスターから任務データを受け取った。
チボデーはガンダムファイトで名を上げたガンダムファイターである。アラドもチボデーの試合を何度か見たことがあり、存在は良く知っていた。
こうして名ガンダムファイターと共に戦えるのはとても光栄なことだった。
「あんたがアラドか?」
「あ、はい。あの、どうして僕の名前を?」
「ボーイのガールフレンドが心配していたよ。生き残らせてやってほしいってね」
「え? えーっと、アスカのことですか?」
「そうだよ。いいガールフレンドを持ったな、ボーイ。全力で生き残りな」
「は、はい」
アラドは少し驚いた。アスカが自分のことを心配するというのは意外だった。
なお、アスカはドラグナーⅠ型で出撃するようである。
アスカは通信キーをアラドに送って来なかった。
アラドはアスカが自分のことなどどうでもいいと思っているから送って来なかったのだと思っていたが、もう少し別の意味だったのかもしれない。
アラドはとっさにチボデーにお願いをした。
「あのチボデー小隊長、アスカの通信キーを教えていただけませんでしょうか?」
「おんや? 受け取ってなかったのかい?」
「はい」
「それはガールフレンドの優しさだったかもしれないね。ほらよ、受け取っときな」
チボデーからアスカの搭乗する通信キーの番号が送られてきた。
キーは2種類ある。
衛星経由の通信システムとメインコロニーの管制電波によるもの。
衛星を経由する場合は傍受されやすいが、コロニーの管制電波の場合は傍受されず、しかも安定する。
通信キーは一般的にコロニーの管制電波のものである。
この通信キーは通信内容がすべてコロニーのシステムデータに残る。
アスカはそれを嫌ってアラドに通信キーを教えなかったのかもしれない。
通信キーは前線部隊、砲撃部隊で共有されるが、兵站部隊とは切り離される。
これは、兵站部隊が母艦指揮官の命令で動くためである。
前線部隊や砲撃部隊はいずれもその部隊の隊長クラスが部隊を主導するが、兵站部隊は母艦の指揮官が主導する。その性質の違いから、兵站部隊とは隊長クラスの者としか通信キーを共有しなかった。
アラドは特別にアスカのキーを手に入れた。
前線部隊は約40分後に出撃することになる。
アスカは前線部隊なので、いまは戦いに向けてボルテージを上げているところだろう。
いま通信を入れても、アスカの気合に水を差すだけになると思ったので、アラドは通信を入れなかった。
しかし、何度も入れようと思った。
下手すると、二度とアスカと会話をする機会がなくなるかもしれないのだ。
アスカは一流のパイロットだが、どんなパイロットでも戦争では完全ではない。
一応、かなり保守的な作戦が組まれており、犠牲者が出にくいと言われているが、それでも100%はない。
しかし、結局アラドは通信を入れなかった。
「おれの心配より自分の心配しろよな。一応女なんだからよ」
アラドは誰も聞いていない中でそうつぶやいた。
ゼオラは最後の最後まで女らしいところを見せることなくいなくなった。アスカにはその二の舞になってほしくなかった。
◇◇◇
アラドの部隊には5人の兵士が参加している。
特に隊長などと言った序列はない。
アラドの任務は指定された補給ポッドにエネルギーを送り届けることだ。敵との交戦がない安全な場所での任務なので、トラック運転業務の延長線みたいなものである。
アラドは補給任務の経歴が長いので慣れたものだった。
アラドは場所を確認した。
「WWU9119、WWU7845、WWU8108の順番だな」
アラドはマップデータをモニターしてルートを指定した。ある程度オートパイロットで航路を移動してくれるので、比較的楽な任務となる。
「WWU7845はアスカが利用する補給ポッドだな」
アラドは今回の作戦から逆算して、アスカが利用しそうな補給ポッドを割り出した。
「このルートで帰ってきて、こっちの06部隊と合流してという感じかな」
アラドは一応シミュレーションした。
万が一、コアブースターが敵機に狙われたときは、攻撃部隊のほうに逃げていく必要があるから最低限のことは把握しておく必要がある。
「バルカン砲よし、粒子砲よし。いつでもいけるな」
アラドは準備が整っていることを再確認すると、出撃の時を待った。
今回の作戦はコロニー奪還。アスカは前線部隊として参加している。アスカの仕事はコロニーを包囲して、ネオホンコン直属の部隊がコロニーに潜入するのを助けることである。
コロニーに接近すると、当然ギガノス軍とティターンズから参加している部隊と交戦になる。
いまやギガノス軍は若手が多く実力者は少ないとされているが、今回はグン・ジェム部隊が参加しており、手ごわいと言われている。
さらに、ティターンズから手強い助っ人が入っていて、宇宙戦は地上戦と比べ、ネオホンコン側が手を焼いていた。
アラドには楽観的に伝えられていたが、この任務はかなり厳しい戦いになる可能性があった。
「そろそろアスカ、出撃したな」
アラドは時刻を確認した。
「おれもそろそろか。実戦は一年戦争のとき以来か。気合入れてくか」
アラドも出撃を前に気合を込めた。