会議は2時間ほどで終わった。
そのころ、ミサトはちょうど仕事終わりであり、友人と飲みに行く約束を立てたばかりであった。
ところが、緊急的にネルフに呼び出される。
「ごめん、急な仕事が入っちゃったからいけない。ほんとにごめん。今度は絶対おごるから」
ミサトは友人に断りの電話を入れながらリツコのもとに急いだ。
リツコはコンピュータルームで残業にいそしんでいるところだった。
「リツコ、残業手当て出すように連絡入れといてね」
「はいはい、そう言うと思ってとっくに入れといたわ」
リツコはミサトが来る10分前からミサトの残業手当の申請を行っていた。
「で、なに? やばいこと?」
「あなたの仕事が2倍になることよ」
「うわ、聞きたくねえ」
ミサトは即座に帰りたい気分になった。
「でも出世のチャンスでもあるわ」
「聞くわ、なに」
「エヴァ初号機のメインパイロットのことよ」
「ああ、レイ結局おろすことになったの?」
「このところシンクロ率が30%未満。零号機では7割以上のスコアが出るのに不思議なものね」
「じゃあ、どうするの? 今から私に探せってこと?」
ミサトは缶ビールの代わりに缶コーヒーを開けた。
「さっきメインパイロットの決定通知が届いたんだけど、それが碇シンジ君」
「え?」
「碇シンジ君よ」
「……」
ミサトは缶コーヒーを一気に飲み干してからもう一度尋ねた。
「もう一回言ってくれる?」
「碇シンジ君よ」
「ちょっと待った。それはおかしいでしょ」
シンジはパイロットではない。パイロット候補生として徴兵されたばかりである。
エヴァ初号機はネルフ最新の兵器である。
シンジがエヴァのパイロットなんて10年早いと言ってもよかった。
「ムリよ。シンジ君はまだMK-Ⅱもまともに扱えない状況よ」
「上の決定だから逆らえないわ」
「シンクロ率が高かったってこと?」
「それもわからない。だから、明日緊急でシンクロテストを実施することになったのよ」
会議でゲンドウが発言したとおり、エヴァ初号機のパイロットにシンジが選ばれた。
「じゃあ、それが理由でシンジ君が徴兵されたってこと?」
「その可能性が濃厚ね」
「碇司令のコネにしては思い切った抜擢じゃないの。大丈夫なの?」
「私たちは上の決めたことを従うしかないわ」
「そうだけど、シンジ君がエヴァの操縦なんてとても考えられないわ」
シンジはおとなしくておっちょこちょいだ。少なくともアムロ・レイのようなニュータイプではない。
そんなシンジがコネでエヴァに乗ってもまともに操縦できるわけがない。
長いスパンで育成するにしても、他に人員はたくさんいるはずだ。
「ともかく決定事項だから、シンジ君の管理にはこれまで以上に注意を払ってね。交通事故で亡くなったなんてことになったら、あなた即日クビで、下手すると殺されるわよ」
「あんまり怖いこと言わないでくれるかしら」
ミサトはため息をつかずにはいられなかった。
「明日、シンクロテストって話だけど、もしシンクロ率が低かったらどうするの?」
「さあ、上はシンジ君の名前しかあげてないから、これにかけてるってことかもしれないわね」
「なんか危なっかしい経営するのね、ネルフは」
シンジはエヴァ初号機のパイロットに選ばれた。
そのころ、シンジは甲児らが開いてくれた歓迎パーティーに参加していた。
シンジはこういったパーティーでわいわいやる性格ではなかったが、甲児のフォローのおかげで思いがけず溶け込むことができた。
「おれの目に狂いがなければ、シンジは大物パイロットになる。間違いない」
甲児はパーティーでシンジをそのように紹介した。
「いや、僕はパイロットなんてそんな」
「間違いない。おれを信じろ」
「いやでも……」
シンジはそもそもパイロットになる気もなかった。命の危険にさらされるパイロットなんてとてもできる気がしなかった。
「まあ、パイロットなんてどうでもいいさ。うまいもんを食う機会があればいい。というわけで、みな乾杯!」
ネルフに所属するパイロットおよびパイロット候補生は約370人。
今回のパーティーには若手を中心に25人が集まった。
「よし、シンジ、いくらか仲間を紹介するぜ。カツ、来いよ」
「はい」
カツ・コバヤシ。
14歳、まだ中学生でありながらニュータイプとして徴兵され、一年戦争を戦ったパイロットである。
「カツはすげえんだぜ。14歳で一年戦争の前線で機械獣を4機も撃墜したんだ」
「14歳でパイロットなんですか?」
シンジは驚いた。自分と同じ世代でもこんなにすごい人がいるのかと。
「よろしくお願いします。僕はカツ・コバヤシです。碇君のことは聞いています。碇司令の息子さんと」
「よ、よろしく」
ゲンドウのコネでここにいるだけだと思うと恥ずかしい気分になった。
「これからぜひよろしくお願いします」
カツは礼儀正しい少年だった。
「あとはレイだな。おれたちの紅一点のお姫様だ。あれ、レイは?」
「あっちにいるよ」
誰かが指さした。
指さされた先には、誰ともかかわらず存在感を消して、ぼさっと突っ立っている少女がいた。
「レイ、相変わらず探すのに苦労するぜ。新しい仲間を紹介するから来てくれよ」
甲児がそう言うと、レイはぺこりと頭を下げて静かにやってきた。
シンジは初めてレイと向かいあった。
レイは存在感がなく地味なのだが、シンジには強く印象に残った。それには理由がある。
自分の母親に似ていたから。
「シンジだ。今日からおれたちの仲間になった」
「よろしく」
レイは表情を変えることもなく静かにそう言った。
「よ、よろしく」
「シンジは碇司令の息子さんだから、仲良くしておくとボーナスがもらえるかもしれないぜ」
甲児がそう言うと、レイは一度だけシンジと目線を合わせた。
しかし、すぐに頭を下げて既定のポジションに戻っていった。
どこか人を寄せ付けない雰囲気のある少女だった。
シンジはしばらくレイの姿を見つめていた。
見れば見るほど母親に似ていた。
「どうした、シンジ。さてはレイに一目ぼれしたな。ダメだぜ、抜け駆けはよう。レイはおれたちのアイドルなんだから」
「そうじゃないよ、ははは」
シンジは笑ってごまかしたが、シンジがこれまで出会った女性の中で最も印象付けられる相手だった。