翌日、ミサトはシンジを迎えに行った。
「おはよう、シンジ君。昨日はよく眠れた?」
「あ、はい」
言いながら、シンジは眠そうな顔をした。
昨日は歓迎のパーティーで夜遅くまで出かけていたので、寮初日から徹夜をすることになっていた。
「眠そうね、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
ミサトはさっそくシンジがエヴァのメインパイロットに任命されたことを伝えるために話を始めた。
「シンジ君、エヴァンゲリオンって知ってる?」
「はい、聞いたことはあります」
エヴァンゲリオンはマスコミにも何度も取り上げられているので、シンジも知っていた。
「いまネルフでは、エヴァンゲリオン初号機の起動実験に向けて話が進んでるんだけど、どう、シンジ君もエヴァンゲリオンに乗ってみたいと思わない?」
「思わないです」
シンジは即答した。
「そんな即答しないでよ」
「僕にそんなことできるわけないじゃないですか」
思った以上に、シンジはパイロットの世界に拒絶反応を示した。
しかし、シンジがエヴァ初号機のメインパイロットということは決定事項だから伝えるしかない。
「あのさ、シンジ君、悪いんだけど……エヴァ初号機のメインパイロットがシンジ君に決定しちゃったみたいなの」
「え?」
「つまり、シンジ君がエヴァ初号機のパイロットなんだけど……」
「嫌です」
シンジはさえぎるようにそう言った。
「なんですか、それは。僕、そんなのできませんから」
「まあまあ、落ち着いて。とりあえず座ってるだけでいいからさ」
「嫌です。なんでそんなこと勝手に決めるんですか?」
シンジは本当に嫌がった。
「いや、私が決めたわけじゃないし」
「だいたい話が違うじゃないですか」
「ともかく!」
ミサトは大きな声で遮った。
「決定事項だから。受け入れてね」
「そ、そんなの卑怯だ……」
しかし、シンジがいくら拒絶しても、ネルフではシンジのシンクロテストに向けて準備が進んでいた。
ネルフの軍事工場では、エヴァンゲリオン初号機の整備が進められていた。
エヴァンゲリオンはネルフがテスラ・ライヒ研究所およびヨーロッパ軍事同盟の合同開発によって生み出された。
最新鋭の技術が使われたと同時に、エヴァの所有を巡っては一悶着あった。
米国は他国が軍事力を高めることに後ろ向きで、テスラ・ライヒ研究所はエヴァ開発に対して、「各国がエヴァンゲリオンを保有できる数は2機まで」と制限をかけていた。
エヴァは核兵器より強力と言われており、同盟国同士であったとしてもその開発は危険視されるものだった。
防衛省は限度までエヴァンゲリオンを保有する方針を打ち出し、エヴァ零号機を開発後、エヴァ初号機の開発を進めた。ドイツではエヴァ弐号機の開発が進められている。
ミサトはシンジにエヴァ初号機を見せるためにシンジを軍事工場に連れて行った。
工場に入るなり、大きな機械音が耳に入ってきた。
「シンジ君、こっちからよ」
ミサトはシンジを2階に誘導した。
エヴァの工場は100度を超える熱気にさらされている。
そのため防護ガラスで覆われた外側から工場を見学することになる。
防護ガラスの向こう側は騒音も遮断される。
シンジは防護ガラス越しにエヴァ初号機に出会った。
「あれがエヴァ初号機よ」
「あれがエヴァ……」
距離が離れているにも関わらず、エヴァ初号機は強い威圧感を放っていた。
エヴァ初号機のパイロットを務めることの怖さを覚えると同時に、どこか誇らしさのようなものを感じた。
「ミサトさん、僕はいまからあれを操縦するんですか?」
「そうよ、あれがシンジ君の新しい世界」
「……」
「大丈夫。あなたならきっとできるわ」
できるとは思わなかったが、シンジはできる限りやってみようと決心した。
エヴァ初号機のシンクロテストに向けて科学者たちも最終調整に入っていた。
ミサトは少し早めにシンジをリツコのところに連れて行った。
「リツコ、準備は進んでんの?」
「あら、早いわね。まだ2時間はかかるわよ」
「この怖そうなお姉さんは赤城リツコ博士よ。マジンガーからエヴァンゲリオンまで発明した危ないお姉さんだから気をつけてね」
「子供におかしなことを吹き込むのはやめてくれるかしら」
リツコはミサトを制止してシンジと向かい合った。
「よろしく、碇シンジ君。赤城リツコです」
「よろしくお願いします」
「少し早いけど、シンクロテストの行程について説明するわね」
エヴァンゲリオンが他のロボットと違うところは、人の神経をエヴァンゲリオンと接続して動かすということだ。
この方法を取ることで、パイロットの意思の通りにエヴァを動かすことができるようになる。
そうなると、非常に繊細な操縦が可能となり、単に弾道ミサイルを撃つことでは対応できないあらゆる任務に適応することができるようになる。
しかし、誰しもが自由にエヴァンゲリオンを操ることができるわけではない。
思ったとおりにエヴァンゲリオンを動かせるかどうかはシンクロ率で決まる。
シンクロ率が100%であれば、エヴァを自分の手足のように動かすことができる。
シンクロ率が50%だと、水の中に入ったような不自由さが生まれ、シンクロ率が10%以下になると、金縛りにあったようにエヴァは動かなくなる。
エヴァンゲリオンの力を発揮するためには、高いシンクロ率が必要となる。
このシンクロ率が高くなるパイロットが必要になるが、そのパイロットにシンジが選ばれた。
選ばれたからには、シンジに高シンクロ率が期待できるということだろう。
エヴァンゲリオン初号機の調整が最終段階に差し掛かったころ、シンジはパイロットスーツを身に着けた。
マグマの高温、銃弾にも耐えることができるパイロットスーツであり、それを身に着けると嫌でも緊張感が高まった。
シンジはエヴァ初号機の前にやってきた。
見上げる先にはエヴァ初号機がそびえている。これを自分が操縦することになるなんて今でも信じられなかった。
「エントリープラグ解放」
音声アナウンスに呼応して、エヴァ初号機の背中からプラグが出現した。
「今からエントリープラグへ案内します。こちらへどうぞ」
シンジは案内員について、エレベーターに乗った。
エレベーターはゆっくりと移動し、エントリープラグの前に到達した。
エントリープラグには一台の椅子が設置しており、シンジはそこに座った。
「エントリープラグ注入します」
エントリープラグのパッチが閉まると、あたりは真っ暗になった。エントリープラグはゆっくりとエヴァの体内に入っていった。
しばらくすると、明かりが灯り周囲がよく見えるようになった。
「シンジ君、聞こえる? 聞こえたら応答して」
ミサトの声がコクピットに響いた。
「聞こえます」
「オッケー、今からLCLを注入するわ。リツコが説明してくれたように、大きく息を吐いて、ゆっくりと息を吸う感じ。濃度はこっちで調整するけど、苦しかったら教えてね」
「はい」
「じゃあ、注入するわね。大きく息を吸って、落ち着いてゆっくり息を吐くのよ。LCLに満たされたらゆっくり息を吸ってね。一応、練習しときましょうか。やってみて」
シンジは言われたとおり、大きく息を吐いてゆっくりと息を吐いた。
そのころ、シンクロテストの話を聞きつけた甲児とボスもミサトのもとにやってきた。
「おっ、やってるな。シンジ、頑張れよー」
「しっかし、シンジにエヴァの操縦なんてできるのか? 俺様は不安だぜ」
ボスは腕を組んで首を傾げた。
「私も正直不安だけど、上の命令だから」
「大丈夫だ。シンジなら絶対できるぜ」
甲児はポジティブだった。
「LCL注入開始、LCL注入開始」
アナウンスと共にエントリープラグの中に水が入ってきた。
事前に言われてはいたが、シンジは狼狽した。