イベントが終了し、周りの人々と同じように帰宅の準備を進め、荷物を纏める燎原と珠輝。そんな二人の元に、部の先輩──歌夜が現れた。
「犬井くん、本田ちゃん。お疲れっ」
「おや、歌夜さん」
「どう? 新作は売れた?」
「そこそこですね」
「まあ、最初はそんなもんだよ」
鶏のマスクを脱いで髪を掻き上げる燎原が答え、次いで珠輝が歌夜に言う。
「藤川先輩、今日、私『すけぶかいて』っていうのを頼まれたんですっ!」
「おっ、凄いじゃん。上手く描けた?」
「はい! ちょっとバランスが気になりましたけど、なんとか描けました」
朗らかに返す珠輝に微笑を浮かべる歌夜。それからふと、辺りを見渡して口を開いた。
「それで、我らがシナリオライターさんは?」
「ああ……関さんなら、あちらで景品交換を賭けたじゃんけん大会に参加してます」
「うわぁ……目がガチじゃん」
──うぉおおじゃーんけーんぽーん!!! という怒号が響く一角で暴れているあやめを指さして、燎原があっけらかんと答える。軽く引き気味の歌夜は、すっと目を逸らしていた。
「──くっそぉ~! あそこでパーを出してたら去年買えなかったグッズが貰えたのに……」
「関さんも、そういうグッズを集めている人だったんですか。意外ですね」
「最近は隠してるけど、ボ……私も普通にオタクだからね。ほら、この髪飾りも」
「……確かに
アニメグッズだったらしい髪飾りを頭に戻すと、あやめは人混みを嫌って体調を崩し帰宅した椎奈からの電話に出る。歩みを遅らせて後ろにいる珠輝と歌夜の会話に混ざると、先日の一件について、珠輝がなにやら憤っていた。
「──それで、藤川先輩と連絡が取れないからって、音楽を差し替えようって言ったんですよ。酷いと思いませんかっ」
「あはは……あれは連絡を怠った私も悪いから。藤川さんも冷静にゲームを完成させようとしてただけだし、悪く思わないであげてよ」
からからと笑う歌夜に、おもむろに燎原が隣まで歩みを合わせて問い掛ける。
「そういえば歌夜さん、今日はこんな時間まで何をされていたんですか?」
「ん? あー、村上さんのPCに曲を送ったあとガッツリ寝てた。15時間くらい?」
「……寝過ぎでは」
「いやー張り切りすぎてさ」
なんてこと無いように語る歌夜に若干の呆れた顔を見せる燎原だが、電話を終えたあやめが振り返るとそちらに意識を向けた。
「なーなー、あいつの体調が戻ったら打ち上げしない?」
「良いと思います!」
「打ち上げかぁ。どこでやる?」
あやめの提案に珠輝と歌夜が賛同し、少し考えてから、燎原がではと口を開く。
「俺の家でやりませんか」
「犬井さんの家?」
「たまの家ほどではないですが、それなりに広いので五人で集まっても問題ありません」
「まあ……犬井さんが良いならそれで構わないけど、二人はどうよ?」
珠輝と歌夜は顔を見合わせ、あやめの言葉に同意した。珠輝は久々に犬井宅にお邪魔することを楽しみにし、歌夜は曲のインスピレーションになればと期待して。
──翌週の休日。犬井宅に集まったSNS部四人と付き添いの裕美音は、一般的な家屋よりは大きい屋敷を見上げていた。
「……なんで裕美音まで居るんだ?」
「たまちゃんだけりょうくんの家に遊びに行くなんてズルいと思って」
「そうか」
適当な返事で会話を終わらせ、燎原は自宅の敷地に入る。後ろで追従する珠輝たち五人の足音を聞きながら玄関に近づくと、不意に扉がガラガラと開けられた。
「……ん?」
「──おっ」
中から出てきたのは、燎原と似た雰囲気の、黒髪をセミロングに切り揃えた女性。
扉を開けようとした燎原と鉢合わせると、一拍置いて声を上げた。
「なんだ、家に居ないと思ったら友達呼んでたのね。背伸びた?」
「少し。それと、帰ってくるなら事前に連絡しておいてくれるか」
「したわよ~。あれ、したっけ」
「なにも来ていないが」
すらすらと会話を交わす二人を後ろから見ている彼女らだが、その中から前にいた珠輝と裕美音を見て、女性がするりと燎原の横をすり抜け──目を輝かせて二人を纏めて抱き締めた。
「──たまちゃ~ん! 裕美音ちゃんも久しぶりね~っ! んもぅいつになったら私に孫の顔を見せてくれるの~~~っ!?」
「むぎょぉ」
「ちょ……ぐるじぃ」
女性に突然抱き締められた二人を見て、呆然とする歌夜たち三人。深いため息をつくと、燎原が窘めるように口を開いて言った。
「
「なによー、あんたが何時まで経っても彼女の二人や三人作らないのが悪いんでしょ~」
「馬鹿を言うな」
珠輝と裕美音を抱いたまま左右に揺れる女性に言い返す燎原。それを見て、三人が女性と燎原を交互に見て声を荒らげた。
「──お母さん!!? 姉じゃなくて!?」
「……わ、若い……」
「ほぇー、犬井くんにも姉がいるもんかと思ったけど……お母さん。へぇ~」
「はーい、燎原のお母さんでーす。名前は犬井
あやめと椎奈、歌夜に、ようやく二人を解放した女性──燎原の母・碧が挨拶する。
「母さん、仕事が終わったのか」
「うんにゃ。一段落ついたから着替え取りに来ただけよ、ついでに机に突っ伏して寝る癖が抜けてないお父さんの尻を蹴飛ばしに来たの」
「そうか……それは親父が悪い。一日一回散歩しろとは言ってあるんだがな」
部屋に居るのだろう父の顔を思い浮かべて、燎原は呆れた顔を家の方に向ける。
「まったくよ。あとはまあ……流石に半月以上帰ってきてないと、そろそろお互いに顔忘れちゃうでしょ? いやあ今日は良い日ね」
「単純だな、たまと裕美音に会えたからだろう。会うたびにああ言って煽るのはやめろ」
「ならさっさと付き合いなさいよ~」
「ええい、さっさと仕事に戻ってくれ」
しっしっ、と手を振る燎原に、碧はやれやれとかぶりを振って敷地の外に体を向けると、すれ違い様にあやめたちを見やる。
「うちの息子をお願いね。頼まれると断れないから、あんまり無茶振りしないであげて」
「へっ、あ、はい」
それから眼前のあやめと握手をすると、ふと碧は彼女の顔を見てさらりと言い放つ。
「燎原の報告で聞いてはいたけど、ゲーム制作部だったわね。貴女がシナリオ担当?」
「──なんで分かったんですか?」
「観察するみたいに私のことを見てくるから、なんとなくね。そんで、そっちの指でリズムを取ってる金髪ちゃんが音楽担当で……一歩引いて全体を見ている暗~い子がリーダーかしら」
無意識に、指摘された通り指で太ももを叩いていた歌夜はびくりと体を震わせ、椎奈もまた暗い……と小さくショックを受けていた。そんじゃーねぇ、と言って背中越しに手を振って出て行く碧を見送って、ごほんと燎原が咳払いをする。
「台風も通りすぎたので上がりましょうか」
「りょうくん、自分の母親を台風扱いはやめよう? いやまあ8割くらい合ってるけど」
──居間に上がった五人を座らせ、お茶と菓子類を用意する燎原。
テーブルを囲むように座る中で珠輝と裕美音の間に腰を下ろし、反対に座る三人と共に王様ゲームに興じていた。椎奈の堅苦しい挨拶に微笑を浮かべつつ、裕美音の指示でやろうとしたゲームには苦い顔をする。
「うーん、自分の書いたシナリオを読まれながらはちょい恥ずかしいなあ」
「わ、私も絵を見ると気になるし……」
「……私も、修羅場の時に書いたコードにバグがあったので……」
「背景の描き込みが甘くて描き直したくなるからやめないか」
「反対意見ばかり……!」
「まあこんなもんこんなもん」
呆れる裕美音にからからと笑って歌夜が返す。三人目の王様として選ばれた彼女は、さらりと珠輝と燎原に近づいて肩を寄せる。
「本田ちゃんも犬井くんも、入部早々修羅場に巻き込んじゃってごめんね~。部室で私のこと庇おうとしてくれたんだっけ?」
「いえ、そんな……あのときはみんな切羽詰まってたし、私も先輩たちと頑張れて楽しかったんですよ? 気にしないでください」
「夏コミに落ちてさえいなければ余裕もあったんでしょうし、誰だってああなりますよ」
二人のフォローに歌夜はどことなくむず痒さを覚えつつ、笑みを浮かべて頭を撫でる。
「──いいこだなぁ二人とも~」
「こらこらこらーっ! 越権行為ですよ!」
「えー、いいじゃん。スキンシップだよ、ただのスキンシップ」
憤慨した様子の裕美音が歌夜に詰め寄り、声を荒らげて続ける。
「たまちゃんたちはそういうんじゃないんです! 小学校の頃からの付き合いである私はわかります、いいですか? たまちゃんは攻め! りょうくんは受けなんです!!」
「本人の目の前で言うな」
突如としてスイッチの入った裕美音への言葉も届かず、彼女はヒートアップした。
「男体化するとぉ、絶対……攻めキャラなんですよぉ! 藤川先輩は誘い受けです」
「男体化は必要なのか……?」
歌夜の当然の疑問も無視され、裕美音は唐突にあやめに狙いを定める。話題を振られたあやめは、ぎょっとしつつもなんとか口を開く。
「関先輩もそう思いますよね!?」
「なんでボッ……私に振るかな!?」
「直感ですが、関先輩ももしかしてこういう妄想するんじゃ!?」
「そ、そうなんかなぁ?」
あやめから同族の匂いを嗅ぎ取ったらしい裕美音を放っておき、珠輝は椎奈に問う。
「あの……『攻め』ってなんですか?」
「さあ、本田さんのようないいこを攻め呼ばわりとは失礼ですねぇまったく」
「じゃありょーくんの『受け』って?」
「それは聞かないであげてください」
知らぬが仏、言わぬが花。珍しく焦った顔で椎奈を見ながら首を振る燎原を横目で一瞥し、彼女は珠輝に適当な返しをする。
その後はそれぞれの話題が過熱し、どたばたと大騒ぎになりつつある全員を燎原が窘め、次の王様である珠輝が咄嗟に出した恋ばなトークに意識が切り替わる。
「私はりょーくんとパパが好きです! みなさんはどうですか?」
「言われてるぞ~犬井さん」
「『自分の父親と同程度に好き』と言われた思春期男子の気持ちをお答えください」
「…………すまん」
恋愛経験が無いにしてもその『むごさ』は察するにあまりある。あやめは小声で謝罪し、気にするなとばかりに燎原は茶を啜った。
美少女の類いではあるが曲への意識の高さからかあまりモテた経験のない歌夜や、気が小さいがゆえにラブレターを素直に受け取れなかった椎奈の話も聞きつつ、やがて打ち上げもお開きとなった。菓子を盛った皿と湯呑みを洗う燎原とそれを手伝うあやめと椎名が、台所で会話を交わしている。
「そういや、犬井さんのお母さんってなんの仕事をしてるんだ?」
「…………映画監督です」
「へぇ~! 言ってくれたらよかったのに」
「……あや、やめなさい」
渋い表情を作る横顔を見た椎奈があやめの言葉を遮るように口を開く。一拍おいて、仮に話していたらと想定した彼女は気まずそうにする。
「──そう、だよな。たぶん変に期待とかしちゃったかもな、ごめん」
「いえ……言わなかったのも、みなさんを信用していないからというわけではないんですよ、ただ──」
「……ご両親の職業と同じ道を辿ってほしいと、周りに期待されたことがあるんですね?」
──はい、と小さく答える燎原に、椎奈とあやめは顔を見合わせる。
大人びている所もあるが、そういう事を気にする辺りは子供らしい。
ちゃんと後輩らしい、年下の青年なのだなと、二人は内心で安心するのだった。