「夏らしいことをしよう」
──というあやめの声が、夏休みの登校日の燎原達がいる部室にこだました。
「夏らしいことならもう昨日の夏コミで堪能したよ……私まだ寝不足でさぁ」
「そうじゃなーい! 夏休みの高校生ってこう……キラキラ充実してるだろぉ!?」
「……と言いますと」
荒れた様子のあやめに燎原が問う。
「例えば……海で打ち上げとか?」
「海ですか? 私は良いと思いますっ」
「乗り気だねえ本田ちゃん」
「はい、部のみんなと合宿したり泳いだり……ご飯食べたりっていうのが憧れで」
「へぇ~、犬井くんは?」
歌夜の言葉に、燎原は眉を上げて珠輝をちらりと一瞥してから答える。
「良いと思いますよ。とはいえ……水着が無いので、行くとしたらまず買いませんと」
「だってさ、関さん」
「よしっ、あとは……しーも行くんだぞ、たまにゃあアウトドアも悪くないだろ?」
あやめに言われて椎奈もまた、そうねと頷いて意外にも好感触で返す。
「いいですよね、海……大自然の美しさは心を癒してくれるようで……」
「賑やかで楽しい海だといいですねっ」
「ですね……巨大クラゲに深海魚……」
──想定しているイメージが違う、と呟いて、それから改めて燎原が口を開く。
「では、俺は水着を買いに行きますが……皆さんは水着を持っているんですか?」
「ううん。あ、良かったら皆で行かない?」
「………………、ちょっと待ってください」
歌夜の提案に一瞬硬直した燎原が、一拍置いて携帯を取り出すと、おもむろに電話する。
「──ああ、親父。実は今度、部の面子で海に行くことになってな……家にあるのはもう入らないだろうし、新しく買いに行くから……ああ。帰りは少し遅れると思う。
……いや、母さんには言わなくていい。言うな。いいか、絶対に言うな。……じゃあ」
「犬井くん、なんでそんなに念押ししてるの」
「以前会ったときになんとなく分かったと思いますが……母さんは俺の女性関係に対して凄まじい行動力と嗅覚を持っているので、その」
「……あ、ふーん」
燎原の母、犬井 碧は幼少期から幼馴染が居る息子の女性関係に過敏である。そんな碧に部員と全員で海に行くと言えばどうなるか。
「──あの人なら仕事を片付けてでも参加してきますよ。ついでに言うと歌夜さんたちで水着ファッションショーを開催します」
「なんか分かるなぁ」
脳裏に行動力の化身である碧の仁王立ちを思い浮かべ、燎原はややげんなりとした。
──翌日、早速と海にやって来たSNS部の面々は、水着に着替えて砂浜に立っていた。
「ほらー、村上さんも出て」
「むむむっ無理です帰ります──」
最後の一人である椎奈を引っ張ってきた歌夜は、後ろに隠れる彼女を前に押し出すと、恥ずかしげに体をよじる姿を見せる。
「おお~」
「似合ってますよ部長! 昨日みんなでコーディネートした甲斐がありましたねっ」
「~~~っ」
目線を右往左往させる椎奈は、ふと黙ったままの燎原と顔を合わせる。
「っ、顔から火が出そう。犬井さん……どうせなら、何か言ってください」
「……あまり肌を晒したくないだろうと思ったのでパレオがあるタイプをチョイスしましたが……ええ、はい。とてもよく似合っていますよ。月並みな意見ですけど」
「────」
いよいよをもって顔を赤くした椎奈はしゃがみこむ。シンプルなビキニの上に上着を羽織った歌夜が、その傍らで燎原に視線を向けた。
「えー、犬井くん私は~?」
「はあ。歌夜さんも似合っていますが……」
「ざ、雑……!」
燎原からすれば歌夜も椎奈も可愛らしい類いの少女であると思っているため、褒めろと言われても椎奈に言った以上の言葉は出てこない。
「や、やっぱり着替えますっ、私は藤川さんのように人当たり良くも大胆でもないので」
「……うーん、あっそうだ!」
あしらわれたと思っている歌夜をよそに、ふと珠輝がとある提案を椎奈にする。
「じゃあ藤川さんの真似をして会話するっていうのはどうでしょう?」
「ぅ……じゃあ、なんとかやってみます」
内気な椎名に向けるにはややサディスティックな提案だが、彼女は了承する。この行動が椎奈を苦しめるまで、あと一分。
「それ~っ!」
「よっと! 楽しいねー村上さん!」
「てやっ! やった! 上手く返せた──うっ」
ビニールボールでバレーをしていた椎奈だが、無理をして明るく振る舞った反動から、開始一分で勢いよく砂浜に倒れ込んだ。
「部長さ──ん!?」
ズシャアッ! と倒れた彼女に、観戦していた燎原が駆け寄る。珠輝もそれに追い付き、燎原が助け起こした椎奈を心配した。
「だ、大丈夫ですか!?」
「藤川さんっぽく演じてみましたが……一生分のコミュ力を使い果たしました……」
「そんなっ……夏コミ朝の藤川先輩よりは顔色いいから大丈夫ですよ部長さん!」
「それフォローじゃないよね!?」
引き合いに出された歌夜の突っ込みも虚しく、椎奈はがくりと項垂れた。
「たまちゃん、やっぱり『攻め』だよね~」
「いや君はなんで居るのさ……」
「すみません、俺が誘いました」
「あー……じゃあしょうがないか」
しれっと参加していた裕美音が珠輝の行動に感嘆し、なぜ居るのかと疑問符を浮かべたあやめが燎原の返しに納得する。それより──と続けた燎原は、脳裏に水葉を思い浮かべた。
「……部員じゃないからと水葉の提案を蹴ったのは失敗だったか、裕美音を連れてきたなら不誠実だものな……」
おそらく善意だっただろう『ビーチのある別荘を借りられるかも』という言葉。あれはきっと水葉なりの誘い文句だったのかもしれない、と考え、若干の申し訳なさにかぶりを振る。
「……部長、体調が優れないなら、休めそうなところを探しますが」
「いえ、まだ大丈夫……っ」
立とうとしてふらつく椎奈は、肩を抱いて支える燎原の腕の中でびくりと一瞬震えると、借りてきた猫のように大人しくなる。
「たま、その辺で休めそうなところがあるか見てきてくれ。日陰があると助かる」
「うんっ! ちょっと待ってて」
びしっと背筋を立てて、それから珠輝は行動する。燎原もまた裕美音と歌夜に昼食になるものと飲み物を頼み、残ったあやめと二人で椎奈を診るが──燎原はあやめに問いかけた。
「ところで関さん、なんで水着を選んだのに、学校指定のスク水を着てきたんですか?」
「…………あー、いや、まあ……その…………やっぱ恥ずかしくて?」
「部長は頑張ったのに」
「うぐ──っ」
直球の返しに、あやめは胸を痛めながらもわざとらしく広げたシートにへたりこむ。
──だが、燎原の言葉に違和感を覚え、おもむろに口を開くと更に返した。
「もしかして、私の水着、見たかった?」
「ええ、はい。否定はしません」
「…………ぉぉ~、そっ、かあ……!?」
「俺も男なので、そういったところは誤魔化したところでバレますでしょう」
もたれ掛かる椎奈を見て、ほんの一瞬水着が作る谷間に視線を向け、わかりやすく上に逸らす。──だからこそ、と続け。
「なるべく、誠実でいるつもりです」
「ははぁ……紳士だねぇ」
──そりゃ、うちの部女所帯だしなあ。
と、内心で独りごちて、あやめは視界の端でそれとなく燎原の割れた腹筋を見た。あまり、人のことは言えないだろう。
その後、裕美音と歌夜が戻ってくるも、中々珠輝が戻ってこない。
そろそろ探しに行こうかと燎原が提案してから、ようやくと彼女は帰って来た。
「たま、遅かったな。大丈夫か?」
「──大丈夫じゃないよ! わ、私すごく大事なこと……部に入った初心というかなんかそう言うのを忘れてたよっ!!」
「……そうか。ところで休めそうな所は?」
「紙とペンないかなっ!」
「部長が休めそうな所は?」
興奮冷めやらぬ様子の珠輝を落ち着かせる燎原は、なにやら洞穴の中で謎の存在から発破をかけられたことを知る。
怪現象に眉をひそめながらも、その近場の岩陰に部長を連れていって休ませる燎原だが、珠輝の説明が気になって洞穴に近づく。
──すると、中から悲鳴。それから悲鳴の主──飯野水葉が飛び出してきた。
「……お前が謎の存在か」
「は──っ!? そんなわけっ、じゃなくて中! 中になんかいた!!」
「そうか」
勢いそのままに腕にしがみつく水葉に顔をしかめながらも、燎原は渋々中を確認する。なにかいる、とは言われたが──特に気配はしない。
「……暑いからな、変なものの1つや2つ見てしまうのだろう。向こうにたま達も集まっているから、一緒に涼まないか?」
「同情されてる……!?」
哀れみの表情で水葉を慈しむように見やる燎原は、水葉を連れて引き返す。
「……ところで、誘いを断ってすまなかったな。裕美音を連れてきたんだ、水葉を連れてきたって大して変わりやしないというのに」
「別にいいわよ……」
口を尖らせ不満げに、だが仕方ないとばかりに水葉の語気は柔らかい。横から見上げるように燎原を見て、水葉は言った。
「あんた、結構鍛えてるのね」
「趣味には体力が居るからな。それに、泊まり込みで遊びに来るたまが寝落ちしては俺が布団に運んでいたから自然と鍛えるようになった」
「幼馴染なんだっけ」
「たまと……裕美音もそうだ」
ふうん。と返して、水葉はイラスト部の部室でBLの話題ばかりを口にする裕美音を思い返して、げんなりとした顔で逆に燎原に同情する。
「……よくアレと幼馴染やれてるわね」
「なにを考えてそう言ったのかは察しがつくが、昔は
「マジ……?」
「マジだ」
嘘でしょ……と呟く水葉。燎原は砂浜を歩きながら、水平線を見通しながら言う。
「──絵を描くだけではな」
「なに?」
「絵を描いているだけで絵が上手くなるとは限らない。満遍なく才能を磨いて──そう、ボキャブラリーを増やすべきだと思ってな」
「……そう」
「もっと腕を上げて……そうしたらまた、俺やたま、他の誰かと、ゲームを作ろう」
水葉を見てそう言い切る燎原に、彼女は見上げながら逡巡して──
「……ま、悪くないんじゃない?」
──そう言って笑った。
「ところで冬コミの申し込みの〆切明日までだけど、大丈夫なの?」
『──あ!』
──裕美音の心配に全員ですっとんきょうな声をあげたのは、また別の話。