──休憩所となっている美術室に訪れた燎原と珠輝、照は一息ついて会話を交わす。
「ふぃ~、飲み物買ってくるけど何がいい?」
「おかまいなく」
「いーのいーの、奢りだぞぉ~?」
「じゃあ私は炭酸無しで、リンゴジュースがあったらそれを」
「では俺は玉露を」
「なんて?」
「冗談です。緑茶を」
りょ! と言って、照はそそくさと駆けていった。残された二人が席につき、珠輝はおもむろにくあっと欠伸を漏らして目尻を指で擦る。
「眠いのか」
「う~~ん」
「俺もだが、あとで起こすから仮眠しておけ」
「う~~~ん……う~ん……」
うつらうつらと船を漕いでいた珠輝は、燎原の言葉に安心したのかそのまま眠りに就く。
燎原は上着を珠輝の上半身に被せ、席に戻って照の帰りを待った。少しして、照は器用に紙コップを3つ両手に掴んで戻ってくる。
「お待たせ~。『まるでゴリラが握りつぶしたような100%リンゴジュース』と『カテキン増し増しカフェイン5倍緑茶』しかなかったんだけど、いいかな? いいよねっ」
「ツッコミ処まで持ってくるのはやめてくれませんか……。まあ、ありがとうございます」
からからと笑いながら差し出されたそれを受け取って、一口。あまりの渋さに燎原の顔まで渋くなるが、苦味が眠気を覚ましてくれる。
「おりょ、たま坊はねちゃったのかな?」
「はい。疲れているみたいです」
「そっかあ…………、おっ」
「なんですか」
「りょーげんくんりょーげんくん、ちょっちテーブル退けてくれないかな」
「はあ」
照の謎の提案に首をかしげつつも、燎原は断る理由も無いからと言われた通りにする。
それから一拍置いて、照が持ってきたのは、飾られていた顔はめパネルの内の一枚だった。
「heyりょーげんくん、写真撮って☆」
「俺は音声アプリではない」
「でも撮ってはくれるんだ……」
ええ、まあ。と言いながら、燎原はパシャリとシャッターを切る。その後は勝手にパネルを持ってきた照が小言を貰っている様子を見ながら、非常に渋い緑茶をなんとか飲み干す。
「……ぅうん」
「む、起きたか」
「……あれ、私どれくらい寝てた?」
「そんな長くないよ~。それにしてもぐっすり寝てたね、顔に落書きしても気づかなかった」
「ヴェッ!?」
「じょーだんじょーだん」
あははははー、と笑う照。彼女と燎原に窘められながら、珠輝は三人で回れる場所を探すべくパンフレットをテーブルに広げる。
ならば、として早速と足を運んだ先にあったのは──否、居たのは。
「いらっしゃいませご主人……さ、ま……」
「ゴブッフォオア!!!」
「照さ──ん!?」
「む、むごい……」
「人の顔見てなに笑ってんのよ!!」
くしゃみと咳と噎せる動きが組合わさったような猛烈な勢いで噴き出した照。
それもそのはず、眼前には、茄子のコスプレをしている飯野水葉がいたのだから。
「……ふむ、よし」
「ヒ~~っ」
「りょーくん! 照さんが死んじゃうから!」
すっ……と燎原が鶏のマスクを被ると、ひきつったような甲高い声を上げた照が動かなくなった。廊下で起きた悲劇に、当の水葉は引き気味の顔をしている。
「ちょうどシフト交代のタイミングで出会すとは……お互い運が悪かったな」
「いやはや、元ジャガイモの私が不意を突かれてしまったぜぃ……」
「テルさんがジャガイモのコスプレやったの本当だったんですね……あとりょーくんはいつまでそのマスクつけてるの」
「この状態でも飯は食える」
「いや知ってるけどさ……」
何故かまだ鶏のマスクを着けたままの燎原の顔をちらりと見ては笑いそうになるのを耐えている照に視線を向けながら珠輝が問う。
「──お待たせしました~」
「……あ、裕美音! 編集長さんも」
水葉に代わって料理を持ってきた生徒は、珠輝と燎原の幼馴染こと裕美音と、編集長こと生徒会書記・槍居 智亜だった。
「たまちゃんたち、来てくれたんだ」
「おー、ちあっちもさっきぶり~!」
「……ちあっち?」
「あれ、ちゃんと紹介してなかったっけ。このお方は編集長兼生徒会書記の槍居様だよ~」
「うわぁ! 本当だっ!」
ぎょっとした様子で、珠輝は丸眼鏡を外して雰囲気ががらりと変わった智亜を見やる。
「生徒会の人が編集長だったんですね……」
「ええ、まあ、はい。今は文章担当みたいな感じですがね。ようは原作担当、でしょうか」
ほぇ~……と得心が行ったような声を漏らして、珠輝は運ばれてきたケーキセットをつまみながら、接客に戻った二人を見送ってから照たちとの会話を続けた。
「編集長さん……書記さん? なんだかイメージが違うからビックリしました」
「とげとげしてる方がいつものちあっちだよ。背高くて怖がられるから普段は猫被ってるの。
そういえば
「ほう。歌夜さんにもそういう時期が……。なんというか、あまり過去を語りたがらないので知らないことの方が多いですね」
「────!!??」
そう言って、ぐあっ、と注文したオムライスをクチバシの奥にねじ込むようにして自分の口に放り込む燎原。その様子を端から見ていた他の客が信じられないような顔で二度見していたことを本人は知らない。
「しかしだよたま坊、犬井くん。今は君たち五人でSNS部なんだよ。もしふよんちゃんたちの喧嘩の時に私を呼んだりしても、私は何も出来なかったと思う。だから……ね、お疲れ様」
「て、テルさん……」
「元部長のお言葉、痛み入ります」
「ぶっふ、鶏フェイスで真面目な返しをされるの本当に笑っちゃうからやめて……っ」
それもそうですね、とマスクを外した燎原は、ふと携帯にメールが入っているのを認識する。内容を確認して、それから席を立った。
「……すみません、呼ばれたのでちょっと」
「およよ、誰からかな?」
「ちょっとは、ちょっとですよ」
意味深にそう言いながら、燎原は財布からお札を出して机に置いて教室を出ていった。
──DTM研の室内に呼ばれた燎原は、中でパソコンに目を通してヘッドフォンをしている歌夜を視認した。近づいて肩を叩くと、一拍遅れて歌夜は燎原の接近に反応する。
「──ん、ジャスト2分」
「なにかご用ですか、歌夜さん」
「んー? ……んー、まあ、その……決意表明、的な感じ?」
「疑問系で聞かれましても」
ヘッドフォンを外して、歌夜は燎原に向き直ると、頬を指で掻いてから続ける。
「ほら、犬井くんは私の音楽関連を応援してるじゃん」
「はい」
「だからさ、ちょっと、頼みたいことがあって」
「なんですか?」
歌夜が席を立ち、少し足りない身長差ゆえに燎原を上目遣いで見ながら言った。
「──私がプロの音楽家になったらさ、CDのパケ絵とか、動画のPVで、君にイラストを担当してほしいんだけど、どうかな」
「いいですよ」
「急に言われても困るだろうけ──なんて?」
即答した燎原に、彼女は逆に聞き返す。
「俺は貴女の夢を応援する。そんな貴女は俺の絵に期待する。断る理由は無いでしょう?」
「あると思うけど……? 自分で聞いといてなんだけど、わりと無茶振りしてるじゃん」
「そうですね。俺にそう提案する以上、貴女は
「あ、そっち?」
当然のように歌夜のプロ入り自体を全く疑っていない燎原に、歌夜は少しの間を空けて、くつくつと喉を鳴らすように笑った。
「ふっ、くっくっくっ……そっかそっか、信じてるんだ。私みたいなやつのこと」
「…………、はい。貴女のような人のことは、信用に値しますよ。貴女の
あっけらかんとした態度で言い切った燎原に、むず痒そうな表情になる歌夜。
それから、目線を右往左往させて、観念したのか「よし」と決意したように──
「じゃあ、もうちょっと気安く行こうか。将来の仕事仲間だねえ、よろしく
「──気安く。気安く……。なら、ああ……お互い頑張ろうか。
二人はそっと、差し出した互いの手を握る。着々と、未来の淡いビジョンは形となり、部活で得た繋がりは徐々に複雑に絡み合う。
燎原を中心とした人と人との縁は、これからも更に増え──変化を遂げて行く。