終業式と冬期講習も終わり、冬コミが明後日に控えた頃、燎原たちSNS部に布田裕美音を加えた六人で藤川家に集まっていた。
「2泊2日でそのままコミマに直行……相変わらずのハードスケジュールだなこりゃ」
「素人のゲーム制作が一応は形になっているだけ幾分かマシではあるんですがね」
あやめの言葉に燎原が続く。早速とインターホンを鳴らすと、中から玄関を開けたのは、家での作業に誘った歌夜ではなく姉の奏だった。
「いらっしゃい、歌夜から話は聞いているわ。あら、犬井くんも久しぶりね」
「はい。お久しぶりです」
奏がにこやかに視線を向け、燎原もまた会釈する。部屋に通された六人は、部室の時のような形相で作業している歌夜をちらりと覗く。
「歌夜はいつも通り集中してるけど、ここに六人は狭いし、私の部屋も使っていいわよ」
「いいんですか?」
「ただ──」
歌夜の部屋にあやめと椎奈を残して、自分の部屋に燎原と珠輝、裕美音、乃々を通した奏は、自室の椅子におもむろに座ると。
「私が後ろで作業してるのを眺めるけど、そこはまあ気にしないで」
「いや、気になるだろう……」
「歌夜が曲を書いてるゲームがどんなか見たいだけよ~。あ、貴女は絵師さんなのね」
「は、はいっ」
奏の興味が珠輝に移り、後ろからイラストを描く作業風景を覗き込んでいる。珠輝はふと、気になったことを彼女に問い掛けた。
「あの、お姉さんは、先輩……歌夜さんが音楽の道に進むのを反対してるんですよね?」
「ん? ……ええ、そうね。将来的には安定した真っ当な生活をしてほしい」
一度視線を燎原に向けてから珠輝に戻すと、奏は一息ついて続けた。
「でも、青春に何かを捧げることは否定しないわ。私も当時はバンド一筋だったし。だから、相応の覚悟を一筆書かせておいたわ」
ぴらりと見せたそれには、歌夜の書いた文章に加えて拇印が押されていた。
「『SNS部の新作体験版に2曲、自サークルのミニアルバムに+1曲、落とした場合は今後音楽の道を諦めます』……あの、最悪の場合法に触れかねない誓約書を書かせるのはですね……」
「歌夜が守れば良いだけの話じゃない」
「それは……そうなんですが……」
この姉妹は……と内心で独りごちる燎原をよそに、乃々が驚いた様子で声を荒らげる。
「──って、
「言ってないのかアイツ。個人サークルの方も受かったらしいわよ……えっと、制作のスケジュール管理は誰がしてるの?」
「あ、たまき先輩に代わって私が」
乃々がそう言うと、奏は笑いかけた。
「歌夜は貴女のその可愛いお顔を困らせたくなかったのね。あまり責めないでやって?」
「──い、いやー、可愛いなんてそんな」
「妹が妹なら姉も姉か……」
燎原が乃々を無意識にたらしこむ奏に小声で言い切る。それから交互に歌夜と奏の部屋を行き来する乃々が進捗の確認をしていると、戻ってくるなり渋い表情で珠輝の絵の色塗りを手伝っている裕美音に質問を飛ばした。
「……ゲーム主人公・ユミーネちゃん(仮)は、モヤモヤしてるときはどう発散するんですか」
「私をモデルにするのそろそろやめない!?」
「お前が発案者なのもあるが『ユミーネ』って呼びやすいんだよ。なあ、池谷」
「そうですよっ」
「うぎぎ……」
乃々の言葉に乗って続けた燎原に、裕美音は唸るように威嚇する。間を置いて部屋に入ってきたあやめが、裕美音が所属しているイラスト部の部誌である漫画を片手に質問してきた。
「布田さんちょい良い?」
「あやめ先輩」
「布田さんの描いた漫画のセリフなんだけど、これどういう意図のセリフなん?」
「んにぇあ!? ……こ、これはですね」
自分の作品をあまり人に見せたがらない裕美音は、あやめの質問に恥じらいながら答える。
「や~、作中作のBLパートを自分で考えなくて良いのは楽だなぁ。布田先生さまさまだな!」
「んおおおおん!!?」
「うっ、俺に突っ込んでうっ、来るなうっ」
──裕美音の乱心をなだめてから数時間、あっという間に夜になったのち、最初に燎原が風呂に入ったあとの順番が彼女に回ってきた頃。
「ユミーネちゃんが忘れていたBL物語の欠片を1つ回収して……体験版終わりっ」
「ユミーネが『萌え』を思い出す山場だし、ここの演出はもっと印象的に出来ない?」
「ユミーネちゃんもっといい音足したいなあ」
「んぐぎぐぐご……!!」
「どうした裕美音」
着替えを手に廊下で悶えている裕美音を、燎原は疑念の表情で眺めている。それから暫くして、奏の部屋で作業をしていた燎原たちのもとに、風呂上がりの歌夜が様子を見に訪れていた。
「おーす、池谷ちゃん明日大丈夫?」
「はいっ、近所のスタジオで声を撮るんですよね? 問題ないです! あっ、あとコミマではコスプレして売り子もしますからっ」
「頼もし~。じゃ、私も今からまた集中するから。燎原くんたちもがんばー」
「…………ああ、お互いな」
言い終えて、そそくさと自室に戻る歌夜を見送った燎原は、奏を一瞥してから呆れた様子でため息をつきながら一言呟く。
「……露骨な奴め」
「アイツ、見事に
「まさかとは思うが、俺はこの姉妹の仲もどうにかしないといけないのか……?」
誰にも聞かれない声でそう言った燎原は──眠気を噛み殺すように小さくあくびをした。
──深夜、一階のリビングのソファを借りて就寝していた燎原は、トイレの方から聞こえてきた悲鳴に意識を覚醒させまぶたを開いた。
「ぴぉわぁぁぁぁああ!!??」
「……あ、池谷ちゃん」
「ししし、しぐな先輩!?」
「う、うら若き男子二人が……トイレで……なにをおおおおおお!?」
「へ、変な掛け算されてる!?」
「ナチュラルに男体化すんのやめて!?」
「……我関せず。俺は何も聞いてない」
そのままの姿勢でまぶたを閉じた燎原は、顔を背けるように寝相を変えるのだった。
──翌日も更に追い込みに追い込みを掛ける作業が続いていた。歌夜と乃々が収録してきたボイスをゲームに組み込んで完成した体験版のテストプレイをして、そのデータを空のCDにデュプリケーターで焼き付ける作業に入る。
CDを焼き終えたあやめたちは、自身の予定である曲作りを続ける歌夜を部屋に残して、リビングで寝ることを告げてその場を後にした。
「……歌夜はまだ起きてるのか」
「──あ、犬井くん」
「おや、奏さん」
真夜中に歌夜を気にして二階に上がった燎原が、奏と部屋の前で出くわす。
「……あー、歌夜のこと気にしてくれるのはありがたいけど、貴方も明日やることあるんだから早く寝なさいな?」
「確認だけしたらもう寝ますよ。それにしても……ふっ、やはり素直じゃないですね」
「うるさい」
生暖かい笑みを向けてくる燎原に、奏は短く返して歌夜の部屋の扉を開けた。
「歌夜、友達みんな寝ちゃったわよ……お?」
からかうように言う奏だが、その表情が疑問に変わる。自分の世界に入り込むように集中している歌夜が、こめかみにギターのピックをグリグリと押し当てながら作業していたからだ。
「……はっ……やった、こっちもマスターアップ……いや……まだ寝るわけには……」
ヘッドホンを外す歌夜は、眠気の限界で意識を朦朧とさせながらうわ言のように言う。
「マスターが焼けたら……複製、しなきゃ……で……姉さん……姉さんに……あの曲……ギター、もう一度……弾いて……」
「おっと」
そのままずるりと体勢が崩れた歌夜を、燎原が横合いから支える。奏が片手にデータを焼き付けたCDを持ち、空いた手を遂に眠った歌夜の頭に置いて、呆れ混じりの優しい声を向けた。
「もう弾かないって言ったろ、バカ野郎」
「歌夜はどうしますか」
「悪いんだけど、ベッドに寝かせてくれる?」
「──了解」
──歌夜が意識を覚醒させたのは、翌日の朝になってからだった。
「──はっ! 私のマスターCDは!?」
「それなら犬井くんが複製してくれてたわよ」
「マジ!? 燎原く~~ん! 天使~~!」
「…………複雑だ」
しかし正直に打ち明けたところで素直ではない姉妹の仲が余計に拗れるだけである。微妙な感情が渦巻く燎原は、そのままコミマの会場に、珠輝と乃々、歌夜との四人で向かっていた。
「やー、ありがとね燎原くん。じゃあ私も個人サークルの方に行くから」
「……ああ、頑張れ」
歌夜を見送った燎原が珠輝と乃々に振り返り、では、と続けて口を開いた。
「体験版販売は俺たちだけか。気合いを入れるぞ二人とも…………池谷?」
「うん? ののちゃん、どうしたの?」
「あ、あの……先輩……」
どこか不安そうにしている乃々を見る燎原と珠輝を前に、彼女は震える声で返す。
「──コスプレ売り子の為のセット一式、持ってくるの忘れました……」
「…………そうか……」
一難去ってまた一難。そんな言葉が、おもむろに燎原の脳裏を駆け抜けていった。