「──今日は2月14日。皆さん、なんの日かわかってますよね?」
スケジュール管理兼声優担当の乃々がそう言うと、部長である椎奈が言葉を返した。
「即売会は明後日ですから、今日ゲームを完成させるために部室に泊まり込み……ですね」
「それもありますが……大事なことを忘れていませんか?」
「──! はい! お夜食の食物繊維!」
元気良く返事をしながら手作りのきんぴらごぼうを取り出す珠輝。彼女に対して、乃々は受け取りながらツッコミを入れる。
「流石たまき先輩っ、暖かい家庭料理で徹夜の疲労も……じゃなくて!」
「お前も愉快な人間になってきたな」
「りょうげん先輩は黙る! いいですか? 私は夜には帰りたいんです、17時には作業中断して通しプレイして完成ですよ!」
しれっときんぴらを食べる乃々は、それを机に置くと空いたスペースに鞄をどさりと乗せて中から大量のチョコレートを出した。
「それはさておき、14日といえばバレンタインデーですのでどうぞ」
「随分と大量にあるな……」
「池谷さんの手作り?」
呆れたように呟く燎原。その横に座る裕美音が乃々に問いかけると、彼女はどことなく気まずそうな表情で否定しながら言う。
「いえ……フリマアプリで手作りチョコを買って、自分が買った体でクラスのみんなに配ったらお返しでこんなことに……」
「定期的に闇を垣間見せるのはやめろ。しかし、17時に終わらせると言っても、まだ背景の描き込みが甘い部分があるんだが」
「私もあと半日くらいあると思ってて仮置きの絵が……」
「ちょっとボスの調整の甘いところが残っててなあ……」
「シャラーップ! 夜更かしはお肌に悪いし、あと多少の粗があるくらいが話題性出るので! 見てくださいよ私の消えないニキビを!」
進行役としての強気の声に返す言葉もなくなってくると、暫くして燎原が、乃々から押し付けられた大量のチョコレートを齧りながら裕美音に意識を向ける。
「どうした」
「りょうくん……いや、その……」
「──ああ、いつぞやの件を気にしてるのか」
「…………うん」
裕美音は幼い頃に何気ない言葉で珠輝に強い言葉を向けてしまった罪悪感がいまだに残っており、その一件の謝罪が出来ていないことを気にしていた。
「そうか」
「あの……ところでりょうくん」
「なんだ?」
「さっきから凄いチョコ詰め込まれてるけど大丈夫? 鼻血出ない?」
ペンタブを弄りながら裕美音と話をする傍らで、わんこそばのようにチョコレートを口に放り込まれている燎原に、彼女は心配そうに問う。
「チョコを食べ過ぎて鼻血というのは誇張した表現であって実際にそうなるわけではない。──それと池谷、いい加減にしろ、ちゃんと男もニキビが出来るんだぞ」
「知ってますよ」
「そう言いながら手を止めないのはなんだ」
「いえいえ遠慮なさらずに」
ポイポイとチョコを口に投げ込んでくる乃々に対し、ついに顔を片手で締め上げる燎原は、片手間で残りの僅かな修正を済ませて自分の分の作業を終了させる。
燎原にアイアンクローを食らいながらも、乃々もまた時計の時間を見て手から逃れながら全員に聞こえるように声高らかに言った。
「はい17時です、終了ですよ!」
「あ、あと5分だけ……っ」
「たまき先輩もそこまで!」
「みんながチェックしてる横でやるから~」
「駄目です! 致命的なバグ以外は後日に修正パッチで! ……どうせ『まだ時間あるから今やろうとしてたAの他にBとCも出来るじゃん?』って! 一つ直すと時間の限り他も直したくなっちゃうでしょ! 時間の借金ダメ絶対!」
「つ、強い──!」
椎奈の進行ではまずやれない鬼嫁がごとき強制力に、さしもの珠輝たちも言い返せず、全員の作業はここで終了となる。
さっそくと通しのテストプレイを開始し、パソコンから乃々演じる
「ののちゃん、自分の声恥ずかしくないの?」
「これはまあお芝居ですし。『ユミーネ嬢お戻りを! その沼に踏み入ってはなりませぬ!』」
「────!!??」
「ふふ。お供の
からかい混じりの表情で、乃々は笑みを作りそう言った。突然呼ばれた裕美音はびくりと肩を跳ねさせ、珠輝と燎原は苦笑を浮かべる。
「裕美音。自分が元ネタなんだから、いい加減慣れたらどうなんだ」
「それはそうなんだけど……」
恥ずかしそうに頬を掻くと、ゲームの音声と乃々のアフレコの会話が耳に届く。
「『ユミーネ嬢! こちらに『カップリング』のマナが転がっていますぞ!』」
『これは……逆カプだわ。私たちの探す『物語』じゃない。でも──妙ね』
「『お嬢が受け攻め逆なのに興味を持たれるとは……明日は雪ですかな』」
壁まで下がり、ゲームで遊んでいる乃々たちを見て、燎原は呟いた。
「冷静に考え直すと、このゲームなんなんだろうな……という感想が脳裏を過るな」
「同人ゲーム作りでやっちゃいけないのは『正気に戻ること』だよ燎原くん」
あはは、と乾いた笑い声をこぼしながら、どこか表情が大人びたような気のする歌夜が隣に立ってそう返す。ひとしきり裕美音で遊び終えた乃々の操作するゲームの音を聴いていた歌夜は、違和感を覚えたのか彼女に近づく。
「──池谷ちゃん、ちょっと」
「はいっ?」
「今のシーンの効果音、私が別の音に差し替えてた筈なんだけど」
「えっ……私てっきり誰かがミスで書き換えたのかと思って元に戻して……」
「──そっか。んん……いや、BGMとSEの音域被りが気になったからさ。致命的じゃないし、あとでパッチで直しとくよ」
「ひぇぇ……」
燎原は歌夜の相変わらずの表情を見て、ため息をつく。その様子を横目で見た歌夜は、自分の言動を思い返して質問を投げ掛けた。
「あっ、ごめん……また私プレッシャー掛けてる顔になってた?」
「それなりに」
「大丈夫だよ、報告せずにスクリプト弄った私も良くなかったよね」
「さ、晒しませんか……?」
「晒さない晒さない」
怯え方が配信者のそれである乃々を慰めるようにそう言った歌夜。そんな彼女に、珠輝はおもむろに口を開くと興奮気味に言う。
「藤川先輩! ギターの音、すごく格好いいですよ。最初に聞いたときも本物のギターの音かと思ってビックリしちゃいました」
「……! そっか。ねえ、
「はい──それ、は?」
歌夜に改まって呼ばれた珠輝は、差し出されたラッピングされた箱を受け取る。
「手作りとか無理だから買ったやつだけど、まあ……バレンタイン的なやつ。
私……いつも気を遣わせたり茶化したりしてさ──謝ろうと思ってたんだ。それと……そろそろ名前で呼びたいとか思ってる。燎原くんのことも名前呼び出しさ。いいかな」
「……えっと、歌夜先輩……でいいんですよね」
「改まって呼ばなくてもいーよ」
「いきなり改まってきたの歌夜先輩ですよ!?」
二人は顔を見合わせて、不意に笑みをこぼす。和気藹々とした雰囲気を尻目に、心底居心地悪そうにする裕美音を見て、燎原は肩に手を置く。
「タイミング……最っっっっっ悪……!」
「この流れで謝罪は無理だな。今日は諦めて、また後日にした方がいい」
「…………りょうく~~ん」
「俺にうっ、八つ当たりうっ、うっ、するな」
立っている自分の腹にドムドムと頭突きをする裕美音のもやもやを受け止める燎原は──真っ先に音声バグを直す乃々が「人にはああ言っておいて」と歌夜たちにもみくちゃにされている光景を、静かに見守るのだった。