【完結】ステラのまほう/百武照攻略実況   作:兼六園

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※小説パートのみ


STAGE 8-6

 一言で表現するなら、ママ──百武(よう)は、(わたし)に依存していました。

 

 例えば絵を描けば覗き込んできたり、授業参観の日には大きなカメラを構えてそわそわしていたり、魚の骨を喉に詰まらせると大げさに病院に電話をしてみたり。

 

 私はママの過保護がいつも恥ずかしくて、時に幼い癇癪を起こして辛く当たりました。

 ママはそういう時、たいていは俯いて、か細く「ごめんね」と呟いて自室にこもります。

 

 一人になって冷静になる私はその都度「さっきは言い過ぎた、ごめんね」とママの元へ行くのですが、ありふれた行き違いすら、ママはいつも「悪いのは私なんだから照ちゃんが謝る必要はない」と言って、誰にも許させないまま自分の中に罪の意識を押し込む人でした。

 

 ママの心の中には「悪いのは自分だ」と常に囁き続ける怪物が住み着いていて、自身への怒りや失望を最終的に自傷行為に昇華させ平静さを取り戻しているようでしたが、母はそのことは言及しないため、私も気づかないフリをしました。

 

 パパが言うには──ママは出会うずっと前からこんな感じで、お医者さんに診てもらったりお薬を飲んだりしてずっと頑張っていたとか。

 

 これはかけっこの速さみたいにママの個性の一つだから、変だと思わないであげてね──と言うのですが、子供である私にそんな大人びた気遣いなど出来る筈もなく。

 

 私は次第にこの家族が、この家が、この人生が、大嫌いになっていったのでした。

 

 

 

 

 

 ──居間のテーブルに皿を並べる珠輝と燎原は、料理を覗く照に言われる。

 

「お~、今日はお魚なんだね」

「はいっ、安かったのでまとめ買いしました」

「最近食べていなかったのでちょうどいいと思ったのですが……もしかして苦手でしたか?」

 

 一瞬表情を歪めた照の顔を見て、燎原は察した様子でそう返す。

 

「あー……実は小さい頃に骨が引っ掛かって病院に運ばれたことがあってねぇ、わりと苦手」

「そうだったんですか!? なんというか照さんって、好き嫌いとか無いんだとばかり……」

「ただの食わず嫌いだから気にしないで~」

 

 それぞれが畳に座り、注がれたお茶を飲む照に燎原が口を開く。

 

「すみません、嫌な思い出があったのに」

「まあまあ、その時も大した治療はしなかったし、二人が気にすることじゃないよ」

「で、でもっ、この前実家に戻ったときに母も食費とか光熱費とか、暮らすうえでの情報共有はした方がいいって言ってましたし」

「ああ、だからわざわざ家賃と称して二人して金を渡してきたのか」

 

 自室のタンスに仕舞ってある、二人から渡された封筒を想起して呟いた。

 

「別に金の心配をすることはないんだが」

「いやぁ、そういう訳にもいかないでしょ。受け取っておいてよ、私のお金じゃないけど」

「はあ」

「なんかルームシェアしてるのを話したら親が送ってきたからさ、それそのまま渡してるの」

「なら尚更お礼の連絡をした方が──」

「……()()()()()()()

「──さいですか」

「……??」

 

 ぴしゃりと断言する言い方に、さしもの珠輝ですら疑問符を浮かべていたが、燎原はそれ以上照に言及することはなかった。

 

 

 

 

 

 ──後日、冷蔵庫を漁っている照に、私服に着替えていた珠輝が声をかけた。

 

「すみません照さん、すぐご飯作りますね!」

「おっと……いやごめんごめん、『はよ作れ感』が出ちゃってたかな」

「大丈夫ですよ、今から作るつもりでしたし……それに今日は照さんの模試の結果が分かる日でしたよね? だからお疲れ様記念……みたいな感じで、お刺身買ってきたんですっ!」

「わお、豪華~」

「……冷蔵庫に詰めてから改めて考えてみても、やっぱり買いすぎじゃないかこれ」

「りょーくん」

 

 ひょこりと台所に顔を覗かせた燎原が、珠輝が開けた冷蔵庫の中を見てそう言う。

 

「まあ、大丈夫じゃない? それにたまたまちゃんとりょーげんくんのご飯は美味しいし、きっと採点結果くんも舞い上がっちゃうね」

「その採点の程は?」

「ボロボロでした~」

「あらら……」

 

 燎原の問いにあっけらかんとした顔で懐の用紙を見せる照に、珠輝は苦笑をこぼした。

 

「と、そんなことより、お料理はあとどれくらいで出来そうかな?」

「え? えっと……20分ぐらい?」

「了解、んじゃお風呂入っちゃうね」

「ごゆっくり。……あ、そろそろシャンプー切れ……もう居ないし」

 

 思い出したように振り返った燎原の視線の先にいた筈の照は、既にその場に居なかった。

 少ししてから浴室から聞こえてくるシャワーの音を聞いて、珠輝は恥ずかしそうに呟く。

 

「同棲生活って、なんかこういうところで恥ずかしくなるね……」

「お前が相手だとそうでもないがな」

「……そうなの?」

「そうだな。──そういえば、今は一人で浴槽に入れるのか? 昔は『足が底につかなくて怖い』と泣いて毎回俺も一緒に入っていたが」

「わーっ! わーわーわー!!」

 

 玉ねぎを取り出す燎原をガクガクと揺する珠輝。ただ……と呟いてから、燎原は珠輝の頭を片手間で掴んで揺らし返しながら言う。

 

「……風呂場の電気を消して入るのは怖いからやめてもらいたいんだよな」

「…………ああ……うん」

 

 風呂場の電気を消して湯船に浸かるのが好きな照の、そういう趣味だけは理解できないと、二人は表情を苦くしながらも調理を始めた。

 

 

 

 

 

 ──結局、半分を玉ねぎを使ったカルパッチョにして、半々で食卓にならんだ刺身を箸でつまみつつ、珠輝は気になったことを照に問う。

 

「そういえば照さんは、合格したらやりたいこととかあるんですか?」

「ないよー」

「えっ? あれっ、でも去年大学を辞めて再受験で浪人って……」

「それはごちゃごちゃに理由がかくれんぼしてたりしたなかったりでね」

 

 醤油をつけた刺身を口に放り込みながらそう言う照だが、燎原は確かに彼女の顔が心の底から虚無感を滲ませた表情になったのを視認する。

 

「──、────。ごめーん、辞めたのも気まぐれって感じだったかなっ」

「えぇっ!?」

「……んっとね、今から自分語りするけど、二人が気に病むことじゃないから、テキトーに聞いてテキトーに聞き流しちゃってね」

 

 箸を置いてお茶を飲むと、一息ついてから照は二人を見てからさらりと続ける。

 

「私が生きる理由は、ただ死ぬためなんだ」

「……?」

「────」

「私は『生き長らえて社会生活の一員エンジョイ貢献しよ~』って気持ちが全然無くってね、ただ後悔しながら自殺したくないから、やる前にこのライフを飽きるまで楽しんどこ~って」

 

 ニコニコと笑みを浮かべて語る照に、珠輝は苦笑いしながらも返した。

 

「そ、それはまあその、死ぬことを抜きにすれば……案外よくある考えなのかも?」

「おっ、いい真理の突きっぷり!」

 

 あははは、と乾いた笑い声を上げる照は、皿に残った刺身を食べ終えて自分の皿とまとめて流しに持って行く。少し遅れて自分の皿も持って行く珠輝と燎原は、ふと照に言われる。

 

「『なんでもできる』って言ってる私は行動力お化けに見えてた?」

「……見えてました」

「うん、それも体力と暇を持て余した死ぬまでの暇潰しってやつ~」

「…………、お、お風呂入ってきますね」

「ああ」

「ん。ごめんねー変な話しちゃって」

 

 逃げるようにパタパタと浴室に小走りしていった珠輝を見送る照は、それから洗い終えた皿を横で拭いている燎原に視線を向けた。

 

「怒ってる?」

「……いえ。あんな言い方でも、たまに気を遣っていたことはわかりました」

 

 ちら、と横目で照を見る燎原は、皿を洗う彼女と淡々とした会話を交わす。

 

「わあ、それはちょっと……都合の良いイメージかな? 君が思ってるほど私は『好い人』ではな「──大学を辞めた理由、色々あったんでしょう。例えば、ゼミの空気に馴染めなかった。例えば、同人ゲームを作ろうとしたけど興味を持ってくれた相手と連絡がつかなくなった。例えば、学歴に面白味がなかったから」

 

 ピクリ、と、照の口角が痙攣する。

 

「たまに言えば気にしすぎるだろう、でも生きる理由くらいは話しておこうと思った。

 それはなぜか? 簡単な話だ、貴女は……俺たちに()()()()()()()()()

「────」

 

 照の口角が歪む。笑おうとして、痙攣して、いつもの愉快なことを宣う道化を演じようとして、その表情という仮面が剥がれかける。

 

「……そ、こまで、わかるのは、なんだか怖いねえ。もしかしてエスパーだったりする?」

「まさか。ただ、少し、親の教育の賜物で機微には敏い自覚はあります」

「こわ~~~」

 

 飄々とした表情だけは取り繕うものの、照はわりと本心から燎原に()()()()

 

「……そろそろたまが上がるな。じゃあ、ここでの会話は悟られないようにあとは流れで」

「談合の相談かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 ──横合いから感じ取れる暖かさに気まずさを覚えなから、燎原は「どうしてこうなったんだ……」と内心で独りごちる。

 

 一つの敷き布団を三人で共有しながら暗くなった部屋を見上げて、照を挟んで両側に寝転がる二人。照は手を伸ばして、珠輝の頭をそっと撫でながら小声で言った。

 

「たまたまちゃん、別に、私のことを救わなきゃ! とか思わなくていいからね」

「……わかりました。──でも、照さん、私がでしゃばって良いことなんてなにもないですけど……ただ、私もりょーくんも、照さんが居なくなったら、きっと寂しいと思います」

「────。……もちろんっ、この人生はもうちょっと楽しむつもりだよ」

 

 ()()()()()()()()、と思いながらも、燎原は珠輝が完全に眠るまで黙っていた。十数分後に彼女の寝息が聞こえてくるのを待つと、それからおもむろに照に問う。

 

「──他人を巻き込む身勝手なクズ。貴女は自分のことをそんな風に思っているから、他人から向けられる感情以上に自分のことを軽蔑している。そんな自分に入れ込まないでくれ──と」

「……うん」

「たまみたいな底抜けの善人なんかは、照さんにとってはどちらかというとあまり関わりたくないタイプなんでしょうけどね」

 

 背中を向けながら、燎原は言う。

 

「そう簡単に貴女の周りから人が居なくなるとは、思わない方がいい」

「…………」

 

 照は燎原にそう言われて、天井を見上げながら思案する。隣の青年に思った以上に踏み込まれたことが、そこまで不快ではないということ。

 そして──敷き布団一枚を三人で使うのは流石に狭すぎたということ。

 

 

 

 

 

 ──燎原が完全に布団からはみ出て畳の上で寝ることになったのは、言うまでもない。

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