「デジタル中心で絵を描く人がプレゼントされて嬉しい物ってありますか?」
「どしたの急に」
「いえ……実は友達の誕生日祝いをすっかり忘れていたので」
犬井家で食卓を囲む珠輝が、おもむろにそんなことを問いかけてくる。
反応した照の横で味噌汁を啜っていた燎原もまた一拍置いて声を出した。
「誰の──ああ、水葉か」
「うん」
「ペンタブの替芯でいいんじゃないか」
「消耗品は……もうちょっとこう、プレゼント感あるといいなあ」
「某社の加工ソフトライセンスクーポンとか、年間フォントライセンスとか?」
「ガチ過ぎませんか!?」
無難な提案をする燎原の隣であっけらかんとそう言い放つ照に驚愕する珠輝に、燎原は沢庵をつまみながら続けて言った。
「消耗品が嫌なら、バースデーカードでも描いてやったらどうだ」
「絵描きとしてライバルでもあるし、複雑だけど……そうしようかな。──そういえば、照さんの誕生日はいつなんですか?」
「んー? 12月22日だよ~、まあ今年は受験でひりひりのひりだろうね~」
そう言って厚焼き玉子を口に放り込む照に、珠輝は「あっ」と言い続ける。
「部長さんの
「さすたま! よく覚えてるね~」
「一昨年の11月に前祝いしたって言ってましたよ。その時照さんは何を貰ったんです?」
「えっ? そりゃあもう、素敵な素敵な
「要らねえ……」
横で燎原が、ボソリと言っていた。
──登校し、通学路に向かう傍ら。住宅街の間を歩いている燎原と珠輝は、当然ように星ノ辻の制服を身に纏う照に言われる。
「ちなみに一昨年の件で祝ったのはしいなんの誕生日だけだよ」
「えっ?」
「しいなん達には……ていうか、高校の頃は誰かに誕生日を教えたことないなあ」
「どうしてです?」
「自分から言うのはがめついなぁって」
「あー、それわかります」
わかるー? と言ってからからと笑う照に、燎原はふと声をかけた。
「──貴女の場合は、誕生日を
「さすりょう! なぜなら私は誕生したくなかったからね!」
そんな本音を前にして、珠輝がえげつないモノを見る顔をしていたのは言うまでもない。
──その後、図書室で受験勉強をしている照に付き合っている燎原は、偶然訪れてきていた歌夜と鉢合わせて相席させた。
「今日はこっちで勉強スか」
「ふよんちゃんやっほー」
「……まあ燎原くんも居るしちょうど良いか。今、新曲用の絵をたまちゃんにお願いしてるんスよね「おっ聴かせて!」イヤです」
バッサリと切り捨てつつ、歌夜は続ける。
「で、相談なんスけど、このラフ二種類ならどっちがいいと思いますか」
そう言いながら見せてきたのは、二つの絵。『A』と書かれている方は虹を背景に少女がこちらを見ている構図で、『B』と書かれている方は、遠くの虹を見上げる背中の構図となっていた。
「俺はBがいいと思う」
「ふよんちゃんの曲はシャープでカッコいいイメージ多いし、Aが良いかな~」
「ども。じゃあBにします」
「りょーげんくん贔屓!」
「後悔しないように自分の直感を信じただけであって贔屓ではないっス」
「最初からBのつもりだったならなんでわざわざ相談してきたんだお前は」
「あははは」
ほぼほぼ茶番となっていた会話を切り上げて、歌夜は少ししてから話題を変える。
「そういえば、燎原くんの所にたまちゃんと二人で泊まり込んでるってマジです?」
「マジだよ~」
「へえ」
「おっ、ふよんちゃんもりょーげんくんの所にお泊まりしたいのかな?」
ニヤニヤとしながら返す照に、僅かにイラッとしながらも燎原の言葉に歌夜は続けた。
「俺は別に構わんが」
「……いや、プライベートとか大丈夫なのかなと思って。二人も増えたら狭いんじゃ?」
「二人には居間で寝かせているからな。とはいえ……二人の間に仕切りはないからなぁ」
燎原にそう言われながら顔をちらりと横目で見られ、照はあっけらかんと言う。
「いやいや……着替えを覗いたりとかはしないからへーきだって。たまちゃんの荷物の下着チェックなら一回だけやったけど」
「うわ」
「次やったら通学路付近の川に沈めますよ」
「ひえ……」
眉をひそめながらの言葉に一切の冗談も混ざっていないことに、照は本気でビビるのだった。
──放課後から数時間過ぎた夜、珠輝の作業を邪魔しないようにと散歩に出ていた照と燎原。
燎原は、外をうろついていた飼い猫のみたらしが声をかけた照の肩に乗る様子を見ていた。
「猫はいいね~。何者にも縛られず、気ままに放浪する……憧れちゃうよねぇ」
「はあ」
「……誰かと居るとさ、自分の存在が……合わないパズルのピースみたいに不協和音を鳴らしているのがよくわかっちゃうから」
肩に乗るみたらしの喉を指で撫でると、照は伸びる足元の影を見ながら続ける。
「きっと、自分が嵌まる位置なんてないってわかっているのに、私はそれでも──まだ盤面の上に居たい、なんてエゴを抱えている」
「さいですか……ん、みたらし?」
「おっと」
ぴょんと肩から降りたみたらしが、路地裏の野生の猫たちの元に向かう。それを見て、照と燎原は微笑を浮かべながら顔を見合わせた。
「あの子ですら上手く嵌まってるのにね」
「照さんの過干渉が半野良化の原因ですよ」
「グサッ。傷つくな~」
よよよ、とわざとらしくふらついてから、照はおもむろに燎原へとイヤホンを繋いだ携帯を取り出して片方を渡した。
「たまから歌夜の曲のデモを聴きたいと言っていたヤツですか。まだ持ってたのか……」
「返しそびれちゃった。ってことで、りょーげんくんも聴いてみる?」
「……まあ、いいでしょう」
──歌夜には言わなければいいだけだ。と独りごちると、燎原はイヤホンを耳に入れる。
再生ボタンをタップした照の動きの数瞬後に、イントロののちに歌詞が流れた。
【虹の端を 指でなぞったら
君の小指に ぶつかってさ
約束は嫌いだよ って知ってるけど
僕に笑顔をくれた君の
細い透明な指を 糸で縛ったら
離れていても 繋がってるんだって
七色の根本でまた会おうって いつの日か
歩き出した 僕ら
見えないよ 見えないよ
糸の反対 まだ居るのかい?
絡めた小指 覚えているかい?
透明な君を きっと照らせる
あの虹の根本で、一緒にさ
もう一度 笑い合える日へ】
「──わかりやすくて、残酷だなあ」
「……思っていたよりも、眩しいな」
目尻を細めて、曲の終わりを待つ。自動で停止した画面から目を離し、イヤホンを外した燎原は、戻ってきたみたらしを抱き上げながらそう呟いて、表情を歪める照からそっと顔を逸らした。
にゃあと呑気に鳴き声を上げるみたらしの重さを腕に感じながら、曲の余韻に浸るように。
──数日後、水葉用に印刷してきたバースデーカードを見せてきた珠輝は、気恥ずかしそうな顔でもう一枚を照に渡した。
「……歌夜の曲に使わなかった方のラフを使ったのか。悪くない」
「んーと、これはもしや私へのバースデーカードでもある感じ?」
横合いから覗き込む燎原は、カードに書かれた『Happy Birthday for 照さん』の文字を照と共に確認すると、珠輝に視線を向ける。
「こ、ここ、これはただの、日頃のアドバイスとかのありがとうカードです! 誕生日とかをお祝いする気はこれっぽっちもありません!」
「そういう感じか~」
誕生日を祝われたくない照への、天の邪鬼めいた対応に、二人は笑みを浮かべる。そんな燎原と照に、珠輝はふと口を開くと続けた。
「──これは自分勝手な押し付けになるんですけど、イラストはテマワリさんみたいに上手くないし、それでも……私の絵で誰かに笑顔を届けられたら、私は嬉しいって感じるから……。それができるSNS部が大好きだし、これからも、そういう風になにかを創れたら素敵だなって」
珠輝は頬を指で掻いて、むず痒そうにもごもごと表情を緩めると。
「なので! 間違い探しゲームにもなっています! 文字以外で4つ!」
「うえっ!?」
「じゃあそんなわけでお風呂行ってきます!」
言い逃げる形でその場をあとにした珠輝を見送って、燎原たちは顔を見合わせる。
「……ちなみに、りょーげんくんは照さんに何かくれたりするの?」
「祝われたくないけど何かは欲しいそのがめつさ、嫌いじゃないですよ。──えーっと、じゃあ…………チータラあげます」
「わ~~~……ありがと?」
つまんでいた徳用のそれを渡されて何とも言えない顔をする照だったが、それはそれとして普通に二人で食べたのは、余談である。