数日後の部室で、勉強をしている珠輝と椎奈を横目にスケッチブックに筆を走らせている燎原は、部屋に入ってきた乃々を見るなりお手洗いにと席を外した椎奈を一瞥する。
乃々は部室から出て行く椎奈を見て、それからおもむろに口を開いた。
「村先輩って私のこと苦手ですよね」
「そうだな」
「りょ、りょーくん!」
「いえ、私メンタル防御力高いのでずばっと言われる方が助かりますからっ」
あっさりと肯定する燎原に、窘めるように声を荒らげる珠輝。そんな珠輝に乃々はそう返すと、燎原は更に続けて言う。
「お前が何を考えているのかよくわからないからだろう。そもそも単純に相性が悪い」
「なるほど~……」
ふむ、と考え込むそぶりを見せる乃々。すると彼女は、一拍置いて──服を脱いだ。
「なんで?」
「こう、包み隠さず行こうという意思表示を」
「わーっバカバカりょーくんは見ちゃ駄目!」
「ぐえぇ」
「お待たせしまし──」
ガチャリと扉を開けて部屋に戻ってきた椎奈は、最後まで言いきる前に、視界に入ってきた情報量に当然のように困惑する。
「──な、なんで……???」
何故か制服を脱いでいる下着姿の乃々、大慌てで視線を逸らさせようと燎原の頬に張り手を食らわせている珠輝、首があらぬ方向に曲がっている燎原。ほんの数分で凄まじいことになっている部室が先ほどまでの部室と合っているかの確認を咄嗟に行おうとした椎奈を責められる者は、その場に誰もいなかった。
──下着のまま堂々とソファに座る乃々をよそに、椎奈は疑問を珠輝たちに投げ掛ける。
「……今日の池谷さん、どうしたんですか」
「そ、それは……」
「炎上した時にああして耐える修行だそうです」
「なるほど…………?」
首をさすっていた燎原がそう言いつつ、開いたスケッチブックに隠した携帯で乃々とメッセージを送り合い、無言の会話を交わした。
【本当にやったら更に炎上しそうですね】
【やるなよ】
【やりませんよ。あ、ついでにそれとなく村先輩の欲しいものとか探ってくれませんか? 贈り物的なので好感度を稼ごうかと思って】
【分かりやすいほどに打算的だな】
ふ、と小さく鼻で笑い、燎原は携帯の画面を消してから珠輝に勉強を教えている椎奈に意識を向ける。会話を耳にしつつ、邪魔にならないタイミングを計ると、そういえばと切り出す。
「部長は確か、誕生日がクリスマスと同じ日付なんでしたよね」
「はい、そうですよ」
「去年は何を
「そうですね……話題になっていた同人ゲームでした。ただ、忙しくて2月末まで遊べなかったので、母には申し訳なかったです」
「なるほど──」
と言ってちらりと乃々を見やる燎原は、俯いている彼女に気になったように声をかけた。
「乃々? どうした」
「……さ、サンタさんって親なんですか!?」
「そこから!?」
思わず声をあげた珠輝と、口にせずとも眉を潜めて同じ言葉を脳裏に浮かべた燎原と椎奈。
「サンタさんっていつまで信じてました?」
「私は小五くらいまで……ですかね」
「俺の場合はよりにもよって創作家の両親が夢も希望も無いからな、小学生になる前にサンタなんか居ないと教えられていた」
「『サンタ=親』って話そのものがガセ情報だと思ってました」
「逆に凄いよそれは……」
珠輝の質問に椎奈、燎原、乃々がそう答える。乃々の
「……池谷さんなら、サンタが部屋に来るまで起きてそうなものだとばかり」
「いや~、待ってても来ないんですよね、毎回」
「え」
「毎年25日になると、親から『サンタさんからお金入ってたから好きなものを買ってね』……って感じで。実際私は良い子じゃないし、そういうもんかな~って思ってて」
「この話やめよっか!!」
薄暗い家庭の事情が滲み出てきた辺りで珠輝がドクターストップを掛け、話題を一旦中断する。このまま自分達を経由して乃々と椎奈を会話させるのも面倒になってきた燎原は、珠輝と顔を見合わせてこくりと頷き合った。
「りょーくん」
「うむ」
「やってください」
「御意」
「……? いったいなにをぉぉ……!?」
がたりと席を立った燎原は、椎奈の背後に回ると、脇に手を差し込んで猫のように持ち上げる。そのまま乃々が座っているソファに置くと、珠輝に代わってもらった。
「──なんかもうまどろっこしいので! 直接話し合ってください! 会話の花咲き乱れるSNS部植物園を開いてください!」
「だそうです。はい頑張って」
強行手段に出た珠輝と燎原に会話の場をセッティングされ、二人はポツポツと話しだす。
「え、ええ? ……えっと……き、今日は、暑い……ですね?」
「私はちょっと寒くなってきました!」
「でしょうね」
「制服は──あっちに置いたままか。いやいい、立つな。これでも着とけ」
「わぷ」
部屋の隅に畳まれた制服を見てから、燎原は脱いだワイシャツを投げつける。乃々がいそいそと羽織ると、肌着姿の燎原は、腕を通すも袖が余っている乃々を見た。
「おお……萌え袖ですね。これもウケが良さそうだな……今度の配信これでやろうかな」
「また炎上するぞ」
『【悲報】恋詩露咲るるな、彼氏匂わせでまたもや炎上!?』というフレーズが不意に脳裏を過った燎原は、いわゆる彼シャツ状態になっている乃々にそう注意する。
「ちぇ。まあいいですよ……それで、先輩って私のことどう思ってるんですか? 今日は包み隠さずトーク、しましょう!」
「う、う~~~ん……ちょっと価値観が違う所のある後輩?」
「もっとトゲのある言葉で!」
「馬の合わない後輩……」
「もっとIQ低めに!」
「つ、常に下心抱えてそう」
「ンもっとォ!!」
「ぶつかり稽古か?」
大抵のネガティブな意見は言われ慣れている乃々は、椎奈に忖度の無い意見を求める。
逆に悪口など言い慣れているはずもない椎奈は、ついに限界が訪れてソファに寝そべった。
「く、くらくらしてきた……」
「お前のパンチはその程度か村上ぃっ!!」
「悪口は言うのも疲れるんですよ……!」
頭から煙が出そうなほどに憔悴している椎奈は、それから更にもごもごと続ける。
「……別にいいじゃないですか、私と池谷さんで性格が合わない所があっても。たぶん、今後もなあなあでやっていけますし」
「──私は村先輩とは仲良くなれそうだと思ってるし、仲良くなりたいですよ。まあその……困らせちゃった事とか結構ありますし、だから……サンドバッグになればスッキリするかなって」
あまり人に踏み込まない──踏み込めない椎奈と、打算的にキャラ作りをしている乃々は、お世辞にも相性が良いとは言えない。
しかしそれでも、互いにわかろうとはしているのだと、燎原は察している。
「……でも、信頼してない人から急に凄く好意を向けられても『うぇ』ってなっちゃいますよね。村先輩のその気持ちはわかりますよ」
ふっと笑い掛けて、乃々は椎奈にそう言うと、立ち上がって体を伸ばし、自然な動作で歩きそのまま部室の扉を開け放つ。
「ちょっと私も冷静になろ。顔洗ってきますね」
「────あ、おい馬鹿戻れ」
燎原のワイシャツを着たとはいえ、あまりにも無防備な格好のまま部室を出ていった乃々。彼女がドタバタと大慌てで部室に戻ってきたのは、燎原が止めようとしたその数秒後だった。
「やっちゃったやっちゃったやっちゃった!! どうしよう撮影されてないかなネットに晒されたらまた炎上案件に──」
「気にするのはそっちか……」
「まあ大丈夫です、今日はノーガードデーなので!」
「……俺のワイシャツのせいで角度によっては穿いてないように見えるから気を付けろよ」
「えっ!!??」
視線を逸らしながら言う燎原を前にして、ワイシャツをめくり確認する乃々。
「……まあこれはこれで需要あるしいっか」
「強かだねののちゃん……はいこれ」
「あ、どうも」
ワイシャツを返してもらった燎原に代わり、部屋の隅に置いていた乃々の制服を渡す珠輝。もぞもぞと服を着込む彼女に、椎奈は言った。
「……池谷さん、確かに前にも色々とありましたけど、私はあなたを恨む気はありません。……私のコミュ力不足ゆえの問題は、あなたの責任ではありませんから」
「──そういう風に、自分のせいって思われたくないんです。先輩はゲーム制作も絵も勉強も頑張ってて、それは本当に『本当』なのに」
ボタンを留めて、スカートを払うと、乃々は椎奈を見て続ける。
「なのに、失敗したら『上手くいかないのは自分のせい』って考える。それが凄い辛いことだって、私もわかってるんです」
「────」
椎奈は、そこでようやく、ずっと乃々が本人なりに自分を心配していたのだと理解する。不器用な距離の縮め方に、しかしてお互い様かと薄く笑い、椎奈は乃々に小さく歩み寄るのだった。
「……心配してくれてありがとうございます。でも、私は大丈夫ですよ」
「そう、ですか? ここらでもういっちょるるなに鬱憤晴らしとかしときません?」
「だからしませんって!!」