藤川歌夜の爆弾発言に、事前に知っていた燎原を除く全員が驚愕していた。
「か、解散って……?」
「私たちは~~~~受験生です。星辻祭に~、ゲームの保守に~、と未練があったら流石に受験勉強が疎かになってしまうんですね~。
照先輩の残響──っていうのか、それも解放してやった方がいいかもって思ってね、まあ燎原くんには先に言っといたんだよ」
「要は、俺達の青春の1ページとしては十分に濃い経験をしたのだから、潮時をここにしようという話なんですが…………」
歌夜に続いてそう言った燎原は、一度区切って彼女の背後から足にしがみつく珠輝を見る。
「せやかて私はぁうぶぶばぁああ」
「とりあえず歌夜の尻で喋るのをやめろ」
歌夜から引き剥がして座らせ直し、泣き止むのを待ってから、燎原は珠輝の言葉を聞く。
「……た、確かに先輩方が卒業したらどないすんのって話ですけど、ゆうて星辻祭で部員来てくれはるかもしれんし……」
「私は文化祭の時までこの部の存在知りませんでしたけどね」
「うっ、先輩方もなにか──」
乃々にバッサリと突っ込まれつつも、あやめと椎奈に目線を向ける珠輝だったが、それぞれが顔を見合わせて控えめに答えた。
「まー、確かにもう二学期だしなあ。そろそろ私も勉強に集中したいし……」
「私としても、夏コミの時は珠輝さんが心配で結局プログラミング面で口出しし過ぎたという自省があって……あっもちろん珠輝さんが悪いという意味ではなく……」
「これはノーマルエンドかな~? たまちゃんの攻め
「エンドってなに!?」
しれっと部室に混ざっていた裕美音の言葉に返す珠輝に、椎奈は少し考えるそぶりを見せ、それから控えめに口を開く。
「じゃあ、こう考えてみてはどうでしょう。私たちはSNS部で色々なものを作りました。〆切が辛いときも、試行錯誤していたときも、どれも全てが素敵な時間で──作品の規模は小さくても、たくさん遊んでもらえたりしました」
一呼吸置いて、椎奈は続ける。
「私は、やりたいことはやり遂げたかな、と思ってます。珠輝さんに心残りはありますか?」
「………………。バグ取りですね」
「由々しき事態ですね……」
現実的な問題を前につい真顔になる二人。それを見て、あやめはソファに座りながら足を伸ばしてだらりとしつつも言った。
「心残りと言やあ、正直私も一個ある!」
「なんです」
「夏コミのゲームで、私的にはシナリオに照先輩に対する感謝的なのを込めたつもりだったんだけど──なんか伝わってなくてさあ」
すると、あやめはまだ入院していた頃の照との会話を想起させた。
『これ夏コミの新作です、暇な時に遊んでください。これ遊ぶ用の端末です』
『わーありがとう、気になってたんだ!』
~翌日~
『†──届きましたか、私のMessage†』
『え、シナリオ? 普通に良かったけど』
「ってな感じ。表現がちょっと分かりにくかったかな~もうちょっとこうなんか~~」
「……手紙書けばいいのでは」
燎原の指摘を聞き流して、あやめは席を立ち、だから──と言って更に言う。
「たまちゃんが最後にラスト悪あがきがしたいなら、もう3肌くらい脱ぐよ私。星辻祭に向けてバグフィックス&アペンド版! よな」
「私もテストプレイ手伝うよー」
「わっ、私も演出のスクリプティングとかの雑用とかなら出来ますし」
あやめに続き裕美音と乃々が挙手し、最後のゲーム制作にと立ち上がる。珠輝は再び涙腺を緩めながらも声を出した。
「え、へへ。私照さんに諦め悪いって言われて、それでもいいやって思えたんだ。もう少しだけ──聞き分けの無い子でもいいですか?」
「諦め悪くてけっこう! チームSNS悪あがき支部、再始動だなっ!」
「語録わるっ……」
そう言って笑い合う珠輝たちを見て、燎原は静かに微笑を浮かべる。その隣で、おもむろに歌夜が質問を投げ掛ける。
「そういや燎原くん、先輩はどうしてる?」
「……まあ、一応生きてはいる」
「死んでないのに安心するレベルなんだ……」
最低限の家事手伝いはしてくれてはいるが、それ以外に時は日がな一日脱け殻のように縁側でボーッとしている照の姿を思い返しながら、燎原はどうしたものかと苦い表情をしていた。
──時は早くも一ヶ月、気づけば星辻祭も当日。SNS部──正式名称『死んだ魚の目 日照不足 シャトルラン部』に顔を覗かせる少女は、呪詛を吐きながら項垂れている学生と、その隣で退屈そうに腕を組んでいる鶏のマスクを被った学生を視界に納めて僅かに引いた。
「うわ……」
「──ん。たま、関さん、客だ」
「あのー、ここはなんの部活なんですか?」
「わわ、えっと、自分達でゲームを作る部活──いや同好会、でした」
パソコンを向けながらそう説明するウサギのカチューシャを付けた珠輝。
その横で考え込むそぶりを見せる燎原、マスク越しに少女の顔を見て言った。
「……どこかで会ったことがあるか?」
「え、いや、鳥人間とは会ったことないです」
「俺は純然たるヒューマンだ。……なら、姉妹か? 去年にここでゲームを買っていった子が居たから、恐らくその子かもしれんな」
「あ──妹が買ったゲームってここのだったんですか? すごいですね……アレをここで」
ほう……と感嘆の声をあげて、少女はパソコンの前に座り早速と遊ぶ。
手慣れた様子で遊ぶ少女は、一通りプレイし終えてから口を開いた。
「絵とかプログラムも自分で……って、ほんとに凄いですね」
「いえ、私たちも見よう見まねで」
「じゃあ買っていきます。一つください」
少女がゲームのパッケージを手に取り、『SNS部解散前 最終作!』と書かれた付箋を見る。
「解散、するんですか」
「ええ、まあ。……元々、この部を立ち上げた人が凄かっただけで」
「いやーとんでもなかったよ。勢いだけに見えてゲーム1作作っちゃうんだから」
あっはっは、とカラカラと笑うあやめを尻目に、珠輝はぽつぽつと呟くように言う。
「部活立ち上げたのも照さん的にはただの暇潰しで、優しく見守ってるかと思ったらふらっと居なくなったりして。解散の前に、私は先輩たちに感謝の気持ちを伝えられたのかな? とか、不安なところもあるんですけど……」
「いや、意思疏通なんて完璧には無理なもんでしょうよ」
「せやけど……」
「そもそも照さんの攻略はりょうくんのお仕事だしね~。あっごめんね置いてきぼりで、攻略っていうのはこういう凹凸を」
「加減しろ馬鹿」
そんな珠輝に横合いからひょいと顔を覗かせて返した乃々とそれに便乗する裕美音。
買ったゲームを手に立ち往生している少女に容赦なくBLを布教しようとした彼女の頭を、燎原が曲げた指の関節で強めに殴った。
「すまないな、内輪のノリで」
「いえ、濃密な時間を過ごされたみたいで」
マスクのズレを直しながら少女に声を掛ける燎原に後ろで、慌ただしく会話が流れて行く。今日で部室を明け渡すことになっているのもあって、どんどんと部員が席を離れて行く。
珠輝が最後にカチューシャを取って荷物の箱に納めると、名残惜しむように、ゆっくりとガムテープで開かないように蓋をした。
「りょーくん、このあとの予定は?」
「ヤツ……が来てるかどうかわからんから確認してくる、先に行っててくれ」
「わかった」
帰るつもりの少女と共に部屋を出て、燎原はマスクを外して素顔をさらす。
「ほんとに人間だったんだ……」
「君は大物になるな」
「あ、あはは。そうだ、ゲームは妹と遊んでみますね。──じゃあまたどこかで」
「ああ、またな。ここに進学するなら、イラスト部をオススメしておくぞ」
ふっと笑い、少女と手を振って別れる燎原。がやがやと喧騒の絶えない廊下を歩いている途中、見覚えのある黒猫が、記憶の片隅に残る幼い少女から離れてこちらに近づいてくるのを確認する。
「あの子……ああ、さっき言っていた妹か。やはりあのときゲームを買った子だな」
遠巻きに先程の少女と合流する光景を見届けて、こちらを視認して改めて振られた手に振り返し、黒猫──みたらしを抱き上げて肩に乗せると、燎原は校門の方へと歩を進める。
カツカツと歩いて数分、ふと、眼前に立つ女性を視界に納めて口角を緩めた。
「来ないと思っていた」
「……うん、まあ、そうだね。来いって言われなかったら、来なかったかも」
「実際のところは?」
「お母様にタクシー呼ばれたから逃げ道塞がれちゃって……」
「ふん、母さんらしいな」
清々しいほどに長かった髪を短く切り揃えていた女性──百武照が、そう言われてぎこちなく笑う。燎原に顔をクイッと校舎に向けるジェスチャーをされて、無言ながらについてこいと促され、彼女は踵を返した燎原の後ろを歩く。
──それは全てが終わった、言うなれば、魔王を倒したその後の話。
何もかもが冷めきったような、悪い意味で明るい顔色の照を見て、燎原は静かに──自殺でもされないようにと内心で祈るのだった。