ボーっとしながらぼんやりと後ろをついてくる照を尻目に廊下を歩く燎原は、部室の近くに立つ小柄な少女の姿を見つけた。
「会長殿」
「ん、まってた」
「……あなたは?」
「ひゃくたけ先輩、お噂はかねがね」
「ああ……確か、生徒会副会長だったいぬちゃんの妹さん?」
こくりと頷いて、少女──狗瓦蓮は照の無機質な目を見て続ける。
「けど、個人的にあなたと話をしてみたかった。部室明け渡しの最終確認に立ち会ったのは……まあ、そういうこと」
「へえ」
「──おっと、すみません会長殿、別件で呼ばれました。照……さんを頼みます」
「ん? うん。わかった」
すると、おもむろに携帯を見た燎原が、そう言ってそそくさとその場を後にする。
残された二人がわずかに怪訝そうな顔をしながらも、部室の鍵を開けて扉を開く。
「…………ふっ。意趣返し、かな」
「人形……?」
中には何もなく、ポツンと段ボールが一つだけ置かれ、傍らには猫の人形が置かれていた。
「テル1800って言ってね、SNS部を立ち上げてすぐの頃に部室に飾るものが欲しくて、クレーンゲームで私が持ち金全部溶かしたあとにしいなんが1800円かけて取ったんだって」
照はするりと傍を歩くみたらしを横目に箱の前で屈み、段ボールを開いて中を見る。
中にはそれぞれの私物が纏められ、開いた蓋側には2枚の手紙が貼り付いていた。
「お手紙……本田珠輝──』
『照さんへ
2学期の始めの打ち合わせで、SNS部の解散が決まりました。照さんはこう言われるとプレッシャーを感じるかもしれませんが、私の心を落ち着かせるためにここで書いちゃいます。
照さんのお部屋が空っぽになってた時は本当にびっくりして、背中に氷柱を刺されたような気持ちになりました。何度か照さんが出てくる夢だって見たんですからね!
このお手紙が、卒業式の日に生徒会の人と一緒に照さんに読まれていることを信じてます。この片付けられた部屋を見て、照さんもびっくりしてください!
まだ言いたいことはありますけど、燎原くんの文も残したいし、残りは次に会ったときに伝えようと思います。これからもお元気で。
本田珠輝』
読み終えて封筒に仕舞い直す照は、珠輝の相変わらずの明るさを文字からも感じ取って、無感情に冷めていた表情を緩ませる。
「……たまたまちゃん、こういうツンデレなところもあったなぁ。さてもう一枚は──」
ぺらりとひっくり返し、書いた人間を確認する。そうして、『犬井燎原』と書かれている文字を見つけて先程まで居た青年を想起した。
「だからさっき居なくなったのか……」
ふ、と息を吐くように笑い、それからおもむろに手紙を開けて中から紙を取り出す。
『百武照様へ
と書き出したはいいが、かしこまった書き方は嫌だろうから適当に書かせてもらう。この手紙はたまと同じ頃に書いているから、内容が被っているかもしれないが気にしないでほしい。
本当は歌夜に書いてもらおうと思ったのだが、「こういうのは身近な人にやられるのが堪えるだろうから」と断られてしまった。
とはいえ手紙の件とは別に、SNS部の部室を空っぽにするドッキリを仕掛けてもらっているから、これを読んでいる頃のお前はさぞ驚いたことだろう。心配させた罰だ、ざまあみろ。
それと、9月頃に歌夜からSNS部を解散させることを伝えられていると思うが、それを聞いてどう感じた? きっと、もう二度と自分の気まぐれの名残りに巻き込まれる者が出ないのだと安堵したことだろう。だがそんなことにはならない。
お前が作ったSNS部という深い爪痕は消えることはない。歌夜も関さんも部長も、卒業してもきっと親友のままだ。たまも、裕美音も、乃々も、俺も、その繋がりが途切れることはない。
いつまでも、お前の耳に声を届かせ、視界に姿を映してやる。だから──逃げないでくれ」
「────」
ガチャリと扉を開けて、手紙の言葉を引き継いで、照の背後から燎原が話す。
「自分の人生がエゴだと断じるのも、価値の無い人生だったと嘆くのも自由だ。でも、ここで終わらせたなら、あんたは必ず後悔する。
知っているか? 部長は大学に合格したし、関さんも資格を取るために頑張ってる。歌夜も受験を突破して今は商業の話を詰めている最中だ。……このSNS部で、百武照と出会ったから、みんなはこうしてそれぞれの道を歩めている」
「……燎原くん」
「自分の
こんなに楽しい
カツカツと歩み寄り、燎原は椅子に座る照の前で膝をつくと、そっと手を伸ばして垂れ下がっていた手紙を握る手に手のひらを添える。
「どれだけ照が自分を嫌いでも、俺たちみんなはあんたが好きだ」
「────」
「大丈夫だよ、照」
手紙ごと包むように、手のひらで照をの手を撫でて、燎原は彼女を見上げて言った。
「いつかきっと、君の中の
「……そうかな」
「来るさ。約束でもするか?」
「──しないよ、約束なんて」
手が上に伸び、照の頬を撫でる。
じんわりと、暖かさが染み込んで──彼女の目尻から一滴の雫がこぼれ落ちた。
自分のことが大嫌いな少女は、自分以外のみんなから愛されていて。ずっと前からそうだったのに、見なかった振りをして。溜め込んでいた想いが、今、青年の胸元で決壊した。
「一昨年に私がごり押しで部室を貰った件、生徒会で悪く言われたりしてた?」
「それはもう」
生徒会長、狗瓦蓮は一瞬だけげんなりとした顔をするが、取り繕って頬を緩ませて笑う。
「でも、部室255は、今日この日のために必要だったんじゃないかな」
「……うへ、うん。そうだね。本当に……今までありがとうございました」
目元を赤く腫れさせて、照は90度のお辞儀をする。蓮と別れて、みたらしを抱きながら歩く照は、隣を歩く燎原に問いかけた。
「屋上行っていい?」
「『みんなの思い出作り~!』とか言って飛び降りるつもりじゃないならいいぞ」
「あははー流石にやらないよ……たぶん」
「は?」
じとっとした目で見られて、照は視線を横に逸らす。そんな彼女に、ため息をつきながらも、燎原はふいにとある提案をする。
「照、実家に帰らないか?」
「────」
「どちらにせよ荷物全部送り返しちゃったんだからお前の私物ほとんど無いだろ」
「うっ……でも、ううん……それはまだ、無理、かも。今はママに会いたくない」
腕に力を入れそうになる照からみたらしを取り上げる燎原は、腕の中でゴロゴロと喉を鳴らすみたらしをあやすように揺らしながら続けた。
「怖がらなくてもいいんだよ、ただ家に帰るだけだ。大丈夫、俺も一緒に行くから」
にゃあと鳴くみたらしを下ろして、燎原は足を止めて照に向き直り、すっと腕を伸ばして手を差し出す。彼女もまた、足を止めると、窓から射し込む光に目尻を細めて燎原を見返した。
「帰ろう、照」
「…………」
柔らかく笑みを浮かべる燎原に、照は緊張するようにぐっと固めていた拳を解いて、おずおずと指を伸ばしてゆっくりと手を握り返す。
「…………うん、帰る」
熱いほどに暖かい手が、照と燎原を繋ぐ。心臓の高鳴りがバレてはいないかと、要らぬ心配をしながら、二人は人混みに紛れて帰路を歩く。
──先輩の卒業、部活の終焉。少女は終わらせようとした人生を、もう少しだけ続けてみようと決意して。青年はこれからも続く少女の人生が、ほんの少しでも幸福であれと内心で願って。
「今日は、久しぶりに照の料理でも食べたい気分だな。帰りにスーパーに寄るか」
「えーっ、カレーでいい?」
「ああ。母さんは辛口派だから、鍋二つ用意しないといけないな」
──これは、とある学校で繰り広げられた、少年少女が少しだけ大人になった物語。
次回、Final Chapter After
完走した感想ですが、この
みんなも闇がマイルドなアニメから入って原作(1~10巻)、買おう!ウチも買ったんだからさ!