プロット「それぞれの相合傘」
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5月で英梨々との関係は一段と良くなった。一緒に漫画を描く話は撤回され、英梨々は同人の仕事量も少し減らして無理はしていない。倫也の部屋でくつろぐ時間も増え、一緒にのんびりとゲームをして過ごすことも多い。一方で倫也にゲーム制作を促し、倫也も乗り気でないながらもシナリオを自分で書いてはスクリプトを組んだ。もっとも内容は英梨々が決めて『幼馴染との恋愛』という、ほんわかしたものだった。大作も傑作も作らなくていい、自分達の会話を残すつもりで綴って欲しいと英梨々は言った。
倫也は素直に従い、まるで日記のような・・・ゲームとはいいがたいものを作っていた。それでも少しだけ以前よりは前へ進んでいる気分になれた。
加藤恵との距離は相変わらずだった。挨拶こそするものの日常会話をすることもなかった。だから未だにチョコレートのお礼を言えていない。なんというか話かけるタイミングがない。ときどき朝の下駄箱で合うと、恵はフラットな顔に少しだけ微笑みを浮かべて、
「おはよう、安芸くん」
と、あの透き通った声で言った。
そういう日は目で少し追ってしまう。でも、そこには背景モブと変わらない恵が静かに授業を受けているだけだった。
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6月。雨が朝からずっと振っている。夏の制服に変わったが湿度は高く、気が滅入る。
倫也は今日の『相合傘』イベントの進行予定表を確認する。放課後に加藤と『相合傘イベント』の質問を受けて、その後、英梨々と相合傘で一緒に帰る。
もっとも英梨々と一緒に過ごすと『予定通り』になることは少ないから、帰り道にはどこか寄り道をするかもしれない。
キャラクターが自立してくると進行表の指示も少なくなってくる。物語が順調に進んでいる証拠で、大きな修正を今は必要としていない。
放課後。教室には倫也と恵だけ残る。倫也は窓の外をぼんやりと見て、イベントがはじまるのを待っていた。
恵は後方の自分の席で窓の外を見ている倫也を見て、腹立たしさを感じている自分を必死に落ち着けようとしていた。そもそも腹立たしさを感じる理由が自分でもわからない。
だいたい、こちらから話かけると思っていることからしてイライラする。『6月のイベント』っていったい何よ?クラスメートBって何?今こちらから話かけたら、きっと堰を切ったかのように問い詰めてしまいそうだ。だから、じっと待つ。放課後はまだある。
倫也はなかなか恵から話かけてこないので、気になって後ろを見た。そこには恵は席に座っていて、こちらを見ている。なんか雰囲気が怖い。
(何か怒ってるのか?心当たりがない・・・)
倫也は立ち上がると恵の方へ近づいていく。恵の目線がまっすぐ倫也の顔を捉える。
「えっと、前にすわっていいか?」
「だめ」
「えっと、横でいいか?」
「だめ」
倫也がため息をつく。
「ごめんな加藤。なんか怒らせたみたいで」
「別に怒ってなんかない」
「そっか」
倫也は恵の側に立ったまま話す。
「お礼いいそびれちゃって・・・ごめんな」
「なんの?」
「北海道のお土産。チョコ、すげぇうまかったよ」
「ああ・・・あれね」
「有名なの?」
「うん」
「ボンボンも食べたかったなぁ・・・」
「そう?」
「もう食べちゃった?」
「食べてなかったら?」
「学校外ならいいんだろ、どっかでもらいたかったかな」
倫也は会話の糸口を見つけると、慎重に会話を発展させていく。
恵も少しずつ緊張がほぐれてきて話し出す。
倫也はその様子をみて、何もいわずに前の席に座り体を後ろにむける。
北海道の旅行のことをたくさん聞いた。話がそれて思わぬ方向へ行っても気にせずに会話を進める。話題が途切れたら、北海道の名産や食事についてまた話はじめる。そこから発展して、恵が料理をすることやお菓子作りをすることも話始めた。
倫也の質問は恵に対してのものになっていて、恵はついつい自分のことを話してしまう。恵は自分が苛立っていたことを忘れ、倫也との会話を楽しんでいる。恵自身はそのことに気が付かなかった。
「安芸くんは、どんなケーキが好き?」
「なんでも好きだよ」
「それは一番よくない答えかただと思うんだけど」
「うーん。ザッハトルテって知ってる?」
「うん?」
「知っているけど食べたことないんだよなぁ」
「ウイーンのお菓子だっけ?」
「そうそう。なんか響きに憧れる」
恵が口を軽く押さえて吹き出すように笑う。倫也もつられて笑う。
「作れるかなぁ・・・」
「作るんだ・・・?」
「レシピぐらいは見てみるよ」
「加藤がザッハトルテ作ったらさ・・・試食ぐらいする権利はあるのかな?」
「ふーん・・・なるほどねぇ」
「なるほど?」
「そうやって、あたりかまわずフラグを立てるんだね。ハーレム型主人公くんは」
「いや、ちょっとまって・・・そんなつもりは・・・」
その時、5時のチャイムが鳴った。
「もうこんな時間・・・」
恵は驚いた。一時間ぐらい倫也と何気ない会話をしていた。楽しい時間であり、自分が素直でいられた時間。クラスメートBであることを忘れてしまっていた。
「あっ、そうだ。『相合傘イベント』についてなんだけど・・・」
恵が倫也に話かけたが、倫也は真剣な顔をしていた。
「ごめん。加藤。その話はまた今度な」
倫也が教室の後ろの扉を開けて慌てて廊下へ出ていくと・・・
そこには、教室の壁に背中をつけて体育座りをしていた英梨々が膝に顔うずめていた。
(つづく)