プロット『倫也と恵』⑥
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恵はお風呂からでると春物のルームウェアに着替えた。淡いピンクと白のボーダーで長袖だが生地はそれほど厚くない。真新しい衣装に気分が少し明るくなる。倫也の家には恵の着替えが置いてあった。理由を問い詰めてはいけない。
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リビングで2人がカレーを食べている。
「冷蔵庫に食材があって良かったよ」
「スーパーで買い物するイベントをはしょったんだろ。きっと」
「全体的に設定いい加減なのに、細かいところにこだわるね」
恵がプチトマトをフォークでさす。
それを倫也の口元に差し出す。
「あーんしてみてくれる?」
「ん?・・・あーん」
倫也がプチトマトを食べる。
音楽はならない。
「ふむ。当たり前のことが嬉しいよ。わたしは」
「そうだなぁ・・・」
「あんな立ち上がりにしないでさ、こういう物語をもう少し普通の世界観ではじめていたら・・・もう少し読者がいたんじゃないの?」
「そしたら、今のお前がいないし・・・大事なのは読んだ人の数だけじゃないだろ?」
「そうだけどね」
2人がカレーを食べる。
「ほっとする」
「俺も」
「我が家みたい」
「それもどうかと思うけどな」
「なんでよー」
「それって、彼氏の家にきたドキドキがまったくないってことだろ?」
「彼氏じゃなくて、ただのクラスメートだけどね」
「もう前提が破綻してる!?」
2人が笑う。
「それで、サスペンス調にするの?」
「いや、しない」
「で、どうするの?」
「今度、詩羽先輩に聞いてみるよ」
「それで解決するかな?」
「すると思う」
「しないよ」
「お前・・・何か知っているの?」
「ん~」
恵が考え込む。自分の推論がたぶん正しい。でも確かに記憶を失っている。それが何かわからない。今は性格も戻ってきたし、負け犬シリーズのことも覚えている。
その失った記憶を思い出しても、おそらく解決しないだろう。解決するならサスペンス調の物語になっていて、それで終わるはずだ。
「さっき、安芸くん、『お前、何周してるんだよ?』って、言ったよね」
「そんなこといったか?」
「安芸くんも記憶を消されているんだよね」
「ああ、そういうことか。うん。たぶんな。もうだいぶ戻ったけど」
「わたしの『総ボツ』もさ、すごく巻き戻るけど、覚えている人といない人がいたよね」
「ああ」
「あれってさ、ご都合主義とはいえ、物語がスムーズに進むからだよね」
「うん」
「じゃあさ、作中人物が全員覚えていなかったとしたら・・・誰がそれを『やり直している』と把握できるんだろう?」
「『記憶』は詩羽先輩の能力だろ?」
「詩羽先輩も作中人物だから・・・自分自身も含めて繰り返していたら・・・気が付けないんじゃないの?」
倫也がカレーを食べ終わる。
「なぁ加藤・・・、この話はやめにしないか。すぐには解決できないし・・・せっかく、こうして2人で過ごせるんだし」
「うん。倫也くんがそのほうがいいなら、そうするよ」
「あと、確認するけど・・・泊まっていくよな?」
「もう遅いし、雨が強いし・・・そうさせてもらうと助かるけど・・・『英梨々の彼氏』だからって理由で断ってくれてもいいよ?」
「そしたらお前は・・・」
「どこでもドアでも出すよ」
倫也が苦笑いをする。恵は笑わなかった。ちゃんとしたラブコメならどこでもドアはいらない。ラブコメができないからふざけてしまう、その方がずっと楽だからだ。隕石を落とし、空を飛び、どこでもドアで逃げる。すべてを茶番にしてしまえば、恵は傷つかないですむ。
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8月でこの物語は終わる。そして4月から始まる。理由はわからない。霞ヶ丘先輩ならわかるだろう。『霞ヶ丘シナリオ』ならやってのけるのだろう。
でも、本質的な問題は別のところにある。それは・・・
倫也が『恵』か『英梨々』を選びきれないことにあるのだろう。
英梨々も同じだ。『倫也の恋人』か『恵の友人』を選びきれない。
そして、恵自身もそうだった。『クラスメートB』に徹してきれない自分をいつも感じていた。
※※※
食器を片付け、歯を磨き、2人は少ない会話をしながらリビングで過ごした。
「なぁ、加藤。どういったらいいのか・・・上手く口にできないのだけど」
「うん?」
「カレーうまかったよ。ごちそうさま」
「ん?そう。ありがと」
「俺さ、お前のカレーも好きだけどさ、お前がカレーを食べている姿を見るのも好きだよ」
「どうしたの?」
「エプロン姿で料理作っているお前も好きだし、楽しそうに話しているお前も好きだ。照れながら笑うお前は可愛いし、フラットに付き離すお前も好きだ」
「それはどうかと思うけど」
「加藤の・・・恵の・・・」
「分別・・・つけるんじゃなかったの?」
「お前の!一挙手一投足が、一言一句が・・・俺にとってフラグなんだよ・・・」
「・・・っ!」
「失敗しても、喧嘩しても、次のフラグが立つように感じるから・・・」
「・・・同じだよ」
「恵ことがずっと好きで、この負け犬シリーズを通して、恵が『メインヒロイン』でなくなったとしても、俺にとっては『メインヒロイン』なんだよ」
「・・・うん」
「でも・・・この物語に必要なのは・・・『クラスメートB』のお前だ」
「・・・それもわかってきたよ」
倫也ソファーに座って床を見つめている。悲痛な表情を見ているだけで恵の胸が痛くなる。
倫也が震える指で天井を指した。
恵が上を見上げる。
「倫也くんの部屋?」
「ああ」
「わかった・・・いってくる」
「恵・・・一つだけ誓ってくれ」
「わかった。なんでも誓うよ」
「逃げずに、どこでもドアもつかわずに、ここに戻ってきてくれ。大事な話がある」
「わかった」
抑揚のない少し高い澄んだ声。意図的に『クラスメートB』を演じる時の声。そして、どこか寂し気な声が部屋に響いて消えた。
(つづく)