プロット『加藤家にて、ヒロイン集合』⑥
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日が沈み、夕焼けで街が朱く染まる時間になった。恵ママは晩御飯の準備で外に買い物にでかけた。恵の部屋に5人は手狭なのでリビングに移動し、恵は自分で焼いたチーズケーキと紅茶を振る舞う。
「おいしい紅茶ね」
英梨々が言う。
「Her Majesty’s Blendだよ」
ハー・マジェスティ・ブレンド。“女王陛下のブレンド”として英国王室御用達の栄誉とともに世界にリッジウェイの名をとどろかせた傑作ブレンドだ。ウェッジウッドのピーターラビットシリーズのカップ&ソーサーでいただくと、ずいぶんと華やかな印象になる。
「恵先輩はケーキ焼いて準備してから、相合傘イベントをしていたんですね」
「うん。安芸くんは断固として家にあがらなかったけどね!」
これは昨日の相合傘イベントのボツの話。
恵は濡れた倫也にバスタオルで乾かすように促し、ケーキも食べてもらうつもりだった。そういう楽しいイベントにしたかった。
「そういうところ、妙に義理難いのよね。倫也は」
「それって、澤村さんが散々釘を刺したからじゃないかしら?」
「どうかな。ただの『ヘタレ』なんじゃないの?」
「理由はなんであれ、倫也くんがわたしとのフラグを立てないようにしているのは事実みたい」
「恵はあんなに部屋いっぱいフラグだらけにしていたのに?」
美智留は嬉しそうにチーズケーキを食べている。この無邪気な笑顔に救われる。
正妻戦争には参加しない。穏やかに時間が流れている時は、茶化すことも、ふざけて場をなごまされる必要もない。役割を自覚している。
「結局さ、フラグなんて自分でどう捉えるかってことなんじゃないかな?」
「それを言ったら身も蓋もないわね?」
「あたしも恵の言いたいことわかる気がする。要するに倫也は恵を好きだって認めていないし、恵が倫也を好きだという事も分ってないのよね?」
「英梨々・・・何いってるの?」
恵の目が真剣になり、英梨々を突き刺すように見つめる。倫也の事となると怖い。
「ちがうの?」
「倫也くんはわたしのことを好きだし、わたしが倫也くんのことを好きだってことも知っているよ?」
「たいした自信よね?だって、告白したり、されたりしているわけじゃなんでしょ?」
「そんなうわべのイベントにどんな意味があるの?『負け犬4』の英梨々の結婚式がその最たるものじゃないのかな?」
恵の毒舌がまっすぐ英梨々を貫く。
「・・・」
「ねぇ英梨々、わたしたちはずっと問いかけてきたよね?英梨々はどうしたいのって?この『負け犬6』は『英梨々ルートのハッピーエンド』を目指すものなんだよね?英梨々にその覚悟がないと・・・どうにもならないよ?それはやっぱりわたしを傷つけることはさけられないし、何もかもハッピーエンドにはならないよね?」
「ちょっと加藤さん・・・落ち着いて」
「・・・ごめん」
恵がお茶を飲む。が、やっぱり気持ちが収まらない。
「あのね、英梨々。倫也くんはいつだって一生懸命だよ?そりゃあ原作とは違う、なんか落ち着いているし、理屈っぽいし、一途だし・・・でも、ちゃんと英梨々のことを考えている。どうすれば英梨々ルートになるかなんていう小さい話じゃなかった。負け犬シリーズ全体を通して英梨々の物語にしようとしてくれている。でも、苦しいんだよ。わたしを傷つけることがさ・・・そんな倫也くんの優しさをさ!『ヘタレ』なんて言われたら・・・さすがのわたしも本気で怒れてきちゃうんだけどなっ!」
恵の目から涙がこぼれおちる。倫也に協力したい、でも気持ちが追いつかない。
英梨々ルートの物語が紡げない。サブヒロインにはなれない。
「だったら・・・だったら『英梨々ルート』じゃないオチでいいじゃない・・・」
「もう手遅れなのよ、澤村さん・・・『負け犬7』の投稿が先に行われている以上は・・・あなたは走りぬける義務があるわ。倫理君のことを好きになって、好きになってもらって、それで『加藤恵』を踏み越えて幸せになるの」
詩羽が諭した。
なんどもくじける英梨々を励ましてきた。もう終わりが見えてきている。あと少しだ。
「だからね、倫也君がわたしにフラグを立てないのも、クラスメートBでいてくれっていうのも、『英梨々ルート』を完成させるためなんだよ?わたしにわかってもらいたかったんだよ・・・」
「加藤ちゃん、ケーキおいしかったよ!」
美智留が言った。ちょっとシリアスすぎる。
「よくわからないけど、今回の加藤ちゃんの絶望フラグは何かの転換なのでしょう?これからどうすすむの?」
「うん。・・・わたしが協力するよ」
「えっ?」
詩羽は紅茶をすする。これで予定調和だ。これで8月の『霞ヶ丘シナリオ』に進める。
それで自分の役割が完全に終わるはずだ。この『負け犬6』には、詩羽が伏線を引いてある。恵さえ役割を果たしてくれればキレイに終われる。
「そう、加藤さんは覚悟を決めたのね」
「もう、それしか方法がないんだと思う」
「どういうことよ、恵?」
英梨々はいまいちわかっていなかった。
「倫也くんは英梨々ルートを進めたくても、進めないんだよ。わたしがいるから。でもわたしがいない物語も進められない。だったら、わたしが倫也くんの背中を押すしかないよね?わたしと倫也くんで『英梨々ルート』を考えるよ。ゲームを作る時みたいに『英梨々ルート』を作るよ。そうやって、わたしと倫也くんで2人の時間を楽しく過ごす。それって、この『負け犬6』のテーマでもあるよね?」
「恵・・・それって、あたしのために倫也をゆずるってこと?」
「別に英梨々のためじゃない。わたしはこれ以上、倫也くんが苦しんでいるのを見たくないんだよ・・・倫也くんはわたしか英梨々かなんて選べないんだよ・・・だって、『ヘタレ』だもん・・・」
「ぶっ・・・」
英梨々が紅茶をふいた。
「ちょっと、あんたそれさっき否定していなかった!?」
「人に言われたら頭にくるんだよぉー!!」
英梨々には恵の気持ちがよくわからなかった。
しかし美智留は少しだけわかる。
(加藤ちゃんは要するにあたしの悟りに近づいた。トモをサポートして笑顔で過ごす。でも・・・それはあたしだからできたことで、加藤ちゃんにできるかな?きっとできないだろうな・・・)
美智留は不安が募る。
雨の中に飛び出していった恵の顔を思い出すだけで、心が痛んだ。
(つづく)