負け犬ヒロインの育て方 6 (ラスト)   作:きりぼー

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プロット『7月クラスメートB』⑨

 

※※※

 

 恵が倫也を後ろから抱きかかえて、おでこを倫也の頭にくっつけている。

 

「ねぇ倫也くん。ここから始まるのは恥ずかしいのだけど」

 

そういいながら恵が倫也をより強く抱きしめる。

 

「苦しい・・・恵。死んじゃうから・・・」

「・・・誰かにとられるぐらいなら殺したい」

 

恵が手を離す。

倫也が呼吸を整える。それから苦笑いをした。

恵のために死ぬのは構わない、でもそれはハッピーエンドにつながらないといけない。

 

「わたしヤンデレなのかな?」

「そんなフラグを自分で立てていただろ?」

「そうだけどさぁ・・・わたしとしては普通の感情なんだけどなぁ・・・」

「恵は真面目で一途で不器用なだけだよ」

「重くない?」

「重いよ」

「・・・もう」

 

恵がそっぽを向く。窓の外からはいつもの景色が見える。ただ、校庭には誰もいない。

モブはだいたい溶けて消えてしまったから。

 

4限目終了のチャイムが鳴った。

 

「お昼だけど、パンか何か買ってこようか?」

「ううん。・・・倫也くん、お弁当を作ってきてみたんだけど、一緒に食べてくれる?」

「喜んで」

 

 倫也が立ち上がって、机を向かい合わせに並べ直す。

 

恵が弁当箱を机の上に並べる。

自分で落ち着いているように感じた。それとも自分の感情がわからなくなっている?

 

「いただきます」

 

倫也が手を合わせる。

それから弁当箱の蓋をとった。見事なキャラ弁だった。

キャラクターは映画が大ヒットした少年向け作品の主人公だった。

 

「ネットで調べて再現してみた」

「すごいよ。正直、驚いてしまって嬉しいっていうのとは違うかもしれない」

「そう?でも、気にせず食べてね」

 

倫也がどこから箸をつけるべきか悩む。

 

恵は自分のお弁当箱を開ける。

 

「わたしのはね。卵焼きとタコさんウインナーのはいった定番のお弁当だよ」

 

恵がハニカムように笑顔を作ろうとしたが、顔はこわばったまま動かすことができない。

それから箸でウインナーをつまもうとする。これを倫也くんの顔の側にもっていけば、なんとかしてくれる。楽しいイベントになる。だけど、もう自分の体があるのかどうかもわからない。

 

「ごめんね。倫也くん」

 

絞り出すように言った。その声は震えている。

恵はそれから口を堅く閉じた。続く言葉が頭の中で反復される。自分が倫也を好きなことを。大好きなこと。それから、英梨々と仲良くされることがすごく辛いこと。応援なんてぜんぜんできないってこと。物語をどうしていいかもわからないし、何がハッピーエンドなのかもわからなかった。

 それらを口にしたら、きっと泣いてしまう。楽しいはずのランチイベントが失敗していしまう。いや、すでに失敗している?

 

「恵。口を開けてくれる?」

 

恵が視線を倫也に戻す。目の前にタコさんウインナーを掴んでいる箸がある。

恵は口を開ける。ウインナーが口の中に入った。

 

「喰え。口を閉じて噛め。どんな時も食うんだよ。楽しくなくていい、辛い時も悲しい時も食うんだよ」

 

恵は倫也の言っていることがよくわからない。頭がぼんやりしている。

 

「口を開けろ」

 

卵焼きが放りこまれた。恵はそれを食べる。味はよくわからない。

 

「どんな時も食べる。疲れたら寝る。上手くいかない時も寝る」

 

恵は小さくうなずく。

 

「今日は疲れた。怒るイベントはまた今度だ」

「うん」

「帰ろう。恵」

「わたしの帰りたいところはもうないよ」

「ん?どうした?」

「英梨々の場所になったもんね?」

「なんか恵・・・変な夢でも見ていたんじゃないか?」

 

倫也が恵の手を取る。そして2人は教室から消えた。

 

※※※

 

クラスメートAが教室に入ってきて掃除を始める。また新しいモブを集めて、いつもの学園生活を送りたいと願いながら。でも、もうそれは叶わない。これが最後の仕事でセリフはなかった。

 

 出海もその教室に入った。それから空いている椅子にへたりこむ。

味噌汁のはいった魔法瓶を机に置く。そしてケータイで伊織に電話をかける。

 

「お兄ちゃん・・・二人は消えたよ」

「それなら問題ない」

「あと、どのタイミングで味噌汁を運べばいいのかわからなかった」

「それは出海が・・・成長したってことなんじゃないか」

「褒めてくれているの?」

「つまらない大人になっていくってことだよ」

「ひどっ!」

 

 出海はケータイを切る。

 

(もし、わたしが以前のように空気を読まずに乱入していたら・・・恵先輩は崩れてしまったのではいないか?

変な物語だと思う。一貫性もないし、ストーリーもおかしい。それでも、恵先輩の想いだけは本物のように思える。とても強い想い。

ここにある教室の机や椅子、あるいは学校そのものなんかよりも、もっと確固たるもののように感じた。

 あんな風に誰かを恋することができるだろうか?愛せるだろうか?今のわたしにはわからない。

だからせめて・・・この物語がハッピーエンドになるように、静かに祈ろうと思う)

 

(つづく)

 


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