プロット『7月クラスメートB』⑩
※※※
倫也の部屋に倫也と恵。
恵はフラットな表情でいつも通りだった。もうさっきまでの教室のメンヘラ恵とは違う。
倫也はその様子を見て、やはりダメだったかと思った。
恵はチェックリストを手に倫也の部屋を点検する。
棚に飾ってあるフィギュアを確認する。置いてある場所を微調整した。
それから本棚のラノベを指さしながら確認していく。
収納庫や机の引き出しも細かくチェックしていった。
「倫也くん。今ならよくわかる」
「ん?何が?」
「害虫は駆除すべきって感情が」
恵が足で絨毯をこする。
「ここ、テーブルの後が残っている。こんなところにテーブル置いてなかったのにね」
「・・・」
もはや倫也は一言も発しない。
「絨毯、取り換えといてね」
倫也はうなずく。
「あと、壁とか棚の画びょうの跡が気になるんだけど」
「それは気のせいじゃないか・・・」
「そう・・・? わたしは別に壁紙を替えてくれればよかったんだけど、気のせいだっていうんだね?」
「気のせいだよ」
「だって・・・ここ・・・」
恵が指さす。
「画びょうのあとが四か所ある。ポスターでも貼ってあったんじゃないの?」
「昔、貼っていたあとじゃないかな?」
「そう?白を切るんだね? でも、ここの部分、壁紙の色の変色が違うし、最近まで貼ってあったんじゃないかな?」
「ちょっとした光の具合だよ」
「指紋とろうかな」
倫也が土下座する。
「壁紙も全部取り換えさせてもらいます」
「・・・なんで、こんなバレバレの嘘をついたのかな?」
「・・・」
恵がベッドに座る。それから掛布団を手にもって匂いを嗅ぐ。
「あのさー、倫也くん。こんなに害虫女の匂いを残した布団をそのままでさー」
「言い過ぎなのでは・・・」
「ごめん。害虫に失礼だった」
「・・・」
恵がため息をつく。倫也は座りなおす。
「布団も新調しておくよ」
「どうして?」
「えっ?」
「どうして布団を新調する必要があるの?」
「だって、匂いがするんだろ?」
「・・・」
恵は表情を抑える。声のトーンも抑える。
「そうなんだ?匂いがしていること認めるんだ?」
「・・・」
倫也は恵の追及をかわせなかった。
「前回、『変な夢でもみていたんじゃないか?』って言ったよね」
「・・・」
「わたしは何も気が付かない方が良かった?倫也くんの『優しい嘘』を信じたふりすべきだったかな?その方が『物語が面白く』なったのかな?」
「・・・」
「何か言ってよ・・・ひとりは嫌だよ」
「・・・」
倫也は自分の頭を抱えた。
「恵・・・確認させてくれ」
「・・・いいよ。倫也くんがそれを望むなら最後ぐらい付き合うよ」
「・・・長くなりそうだし・・・(つづく)にしないか?」
「しない」
「8月の霞ヶ丘シナリオにしないのか?」
「しない」
「9月以降は?」
「しない」
「フィーネは?」
「しない」
「クラスメートBは?」
「しない」
「メインヒロインは?」
「しない」
「英梨々の応援は」
「しない」
「俺を送り出すことは?」
「しない」
「俺のこと好き?」
「大好き」
倫也はここで恵が物語を無理やりでも終わらせようとしていることがわかった。
「なぁ恵。こんな物語でも読者がいる。『冴えカノ』のファンがいて、お前のファンがいる。何もかも投げ出すわけにはいかないだろう?」
「投げ出すんじゃない。できないだけだよ」
「何ができないんだよ」
「倫也くんと楽しく過ごすことができない」
倫也が大きく息を吐きだした。
「楽しく過ごせただろ・・・」
「楽しくない。楽しいとつらくなる。英梨々ルートのわたしはつらいだけだよ・・・」
「だから、楽しく過ごせる方法を考えるんだろ?」
「違う!倫也くんは英梨々を選ぶもん!」
「そんなのことない、そのための『霞ヶ丘シナリオ』だろ」
「・・・そんなチープなループの中に閉じ込めないでよ・・・もう嫌だよ」
恵は下を向く。泣くのを我慢している。最後は泣きたくない。
「わたし・・・倫也くんにふられること、何度何度も考えたよ。どんな演出がいいか考えた。笑顔で送り出す方法も、泣いて引き止める方法も、茶化す方法も・・・」
「・・・」
倫也の部屋の扉の外に美智留が待機して中の声をじっと聞いている。
どのタイミングで救済に行くか考えていた。倫也を殴って『加藤ちゃんをちゃんとふってやれ!』というべきか?おかしい。最後ぐらい、さよならをちゃんと言うように言えばいいのか?それとも加藤ちゃんを抱きしめる?どれもきっとダメだ。恵の邪魔はできない。
いや、このシナリオ部分がすでに邪魔か・・・それでも間をとるのに必要だからあるのだろう。
「・・・だから、わたしは英梨々ルートを認めない。倫也くんはわたしを選ぶんだと信じている。物語も伏線も読者の期待も英梨々も投げ出して、わたしを『今』選んでくれるのだと信じている」
「恵っ・・・」
※※※
下のリビングでは、英梨々が身動き取れなかった。伊織が動くことを許さない。
「離しなさいよ!伊織」
「別に僕は澤村さんを物理的に抑えてなんかいないんだけど」
「理屈なんていいのよ!あたしを上にいかせなさい!」
伊織は涼しい顔でソファーに座って足を組んでいる。
「上にいってどうするんだい?」
「・・・あたしがふられにいくに決まってるでしょ!」
「倫也くんの一番になるんじゃなかったのかい?」
「それは・・・」
「一番になった上で倫也くんをふるというシナリオもありなのかな?」
「それよ!それでいくわ」
「まぁどっちもボツだね。つまらない話だ」
「つまらなくてもいいじゃない・・・恵が幸せなら」
「それは・・・『逃げ』だよ澤村さん。この負け犬シリーズを終わらすのは・・・主役の澤村さんの役目だからね」
「・・・そんなのあたしには無理よ・・・」
出海が英梨々の肩に手を置く。
「澤村先輩ならできますよ・・・恵先輩は『エピローグ丸投げ』でも、なんとかまとめたじゃないですか」
「何?どういうこと?」
「次回から、エピローグですよ」
「えっ??どうして、なんで?ぜんぜん話がわからないのだけど」
「そうですか?だって、恵先輩が限界ですよ。潮時なんです」
※※※
恵も倫也も向かいあって立っている。
「ごめんね。最後までちゃんとできなくて、こんな形で投げ出して・・・」
「そうだよ!ちゃんと最後まで・・・」
「その最後のない物語が『霞ヶ丘シナリオ』なんだよね。そんなのずるい・・・」
「俺、どうしていいかわからない」
「わたしを選んでくれればいいんだよ?」
倫也は英梨々のことを考えた英梨々と過ごした時間と英梨々の笑顔を。
でも、優しい英梨々は俺を許してくれるだろう。頼めば・・・俺をふってくれただろう。
だから、俺は恵を選べばいい。それでオールハッピー・・・
「ひどい考えだよ。それは」
もちろん、恵は倫也の考えもすべてお見通しだ。
「なぁ・・・恵・・・」
「そんな倫也くんのことは嫌い」
「まってくれ」
「わたしの好きな倫也くんは、このひどい物語をなんとかしようと一生懸命な倫也くんだよ」
「・・・」
「信じているから。わたしがいなくなっても、ちゃんといい物語にしてくれるって信じている。もう会えないけど。倫也くんならできる」
「できねぇよ・・・お前のいない物語でハッピーエンドなんて」
恵が笑顔を作る。とびっきりの作った笑顔。
「最後に演出するから。わたしのセリフを繰り返して?」
「いやだ」
倫也の声が震える。
「好き」
「・・・好き」
「大好き」
「大好き!」
「君に会えてよかった」
「君に会えてよかった」
「君とこの物語を過ごせて楽しかった」
「君とこの物語を過ごせて楽しかった」
「さよなら」
「・・・恵っ!」
倫也が恵を捕まえようとしたが、消えていなくなった。
倫也はその場に座り込んだ。目の前に分厚いレポートの束がおいてあった。
それを一緒に見てくれる恵は、もうこの物語のどこにもいなくなっていた。
(つづく)