本日の英梨々 登山仕立て。
山吹色のキュロットに、ピンクと水色のチェック柄の長袖シャツ、軽量の登山靴をはいている。帽子はそれに合わせた茶色のものに黄色のリボンをあしらっている。
「そんなに高くないぞ?港が見える丘公園は」
「いいのよ、場所に合わせているだけだから」
「・・・合ってないけどな」
倫也と英梨々が立ち上がる。ここまで順調にデートが進んでいる。さすが、よく作り込まれたプロットだ。
「あんた、小話しなさいよ」
「ああ、そうだな・・・」
英梨々と過ごす時に、もう少し話題に困るかと思ったが、別にそうでもなかった。振り返ると何を話していたか忘れてしまうような日常のなんでもない会話でページが埋まる。倫也はそれでもよかったが、準備してきた小話を始めた。それは間違えた英梨々のための物語だ。
「昔な、中学生の男女がボートに乗った時の話なんだがな」
「カップル?」
「いや、お互いに初デート。男子の名前はJ君。女子の名前はRさん。ボートデートをするなれそめは省略しよう」
「それでいいわ」
倫也がほっとする。細かいことにこだわりすぎないのが英梨々の良いところ。
『二人の関係って大事だよ?クラスメート?幼馴染?ナンパしたの?両想いなのか、どっちかが一方的に好きなのか、どっちから誘ったのか、どうしてボートに乗ることになったのか?そういうところを省いて、男女がボートに乗ってますって言われても、ぜんぜん感情移入もできないし、読者は混乱すると思うんだけどなっ』
とか、いいはじめちゃうのが、この物語の某ヒロイン(匿名希望)
「・・・なんかまぎれこんだわね?」
「気にするな。スルーすれば問題ない」
「あっそ」
2人は綺麗なタイルで舗装された階段を上っていく。
「初デートで緊張していたJ君なんだけどな。ボートに2人で乗るまでは良かった。でも、ボートを漕ぐのが自分で思っていた以上に下手くそだった」
「初めてボートを漕いだのね」
「そう、誰からも教わっていなかった。春先で花が咲いているし、ボートに乗るが定番だと思っていた。でも、ボートに乗ったら漕ぐということは考えてなかった。そこまでの余裕はなかった」
「うん。わかるわね」
「ボートは同じ場所から動かせず、風が強いせいもあって、ボート置き場に流れ戻ってしまう。次のカップルのボートとぶつかって、『すみません』の一言も言えず、イライラがつのっていく」
「あせるわねぇ・・・」
階段を上っていくと、両側には様々な植物が見える。木々も立派で木陰だと涼しい。
「女の子・・・えっと・・・」
「Rさん?」
「そそ、Rさん。特に何も言わずにじっと見ていた、なんて声をかけていいのかわからなかった。『がんばれ』とか『落ち着いて』とか、そんな余裕はRさんにもなくって、ただJ君をみていた。J君なんだけどな、そこで堪らなくなって立ち上がった。そこから並んでいるボートに飛び移った。それも軽快にトントンと二つのボートを乗り継ぎながら」
「えっ?女の子は」
「激しく揺れるボートにしがみついてた」
「・・・」
「J君はけっこう運動神経がよかったのだろう。そのままボート乗り場に飛びうつると、後ろも振り向かずに走って逃げかえった」
「うわぁ・・・最低じゃない」
「そうだな。そう思うよな」
「女の子が心配ね」
英梨々が木陰にあったベンチに座る。倫也も座る。
リュックからのみかけのペットボトルを出して2人で休憩する。
遠くで虫の鳴き声も聴こえる。夏を演出する蝉の声。
「Rさんはその後、周りの助けを借りて乗り場に戻ってくる。事情をみていたボートスタッフは返金してくれた。周りの人から声をかけてもらったと思うが、それはもう忘れてしまっている」
「なんか忘れてしまいたい思い出なんじゃないの?」
「そう、都合よく忘れることができるならな」
「そうね」
英梨々が手足を伸ばして、空に見ている。夏らしい白い大きな雲が流れている。
「その子の反応というか、感想が面白くてな。『かっこいい』って思ったそうだ」
「ちょっとずれた感想ね」
「もちろん、驚いただろうし、とまどいもあっただろう。ただボートをトントンと飛び移っていくとこだけ切り取れば、確かにかっこいいのかもしれない」
「いやぁ、それはないわぁ」
英梨々が眉間にしわを寄せる。
「さらに、ずれていることにな。『わたし、今、青春してる!』って思ったんだと」
そこで英梨々が吹き出して笑う。
「ないない」
倫也は水を飲む。英梨々が収まるのを待つ。
「内心は傷ついていたんだと思う。それが中三の春の出来事。だからRさんは高校時代にデートをすることがなかった」
「うん、まぁ・・・そうよね」
「優しい子でさ。その失敗談を誰かに言ってしまえば楽になれたんだと思う。友達とか家族にさ、そして一緒に怒ったり、同情してもらったりして、笑い話にしてしまえばよかった。でもそれはJ君に恥をかかせるだろ。だから、誰にも言わなかった」
「じゃあ、なんてあんたが知っているのよ?」
「ふむ。この話には続きあってな」
「じゃあ、本日はここまで!」
「そうだな」
「次回は登り切ったところから始めましょ」
「さぼるなよ・・・」
英梨々が笑う。
それから次の衣装と行動を考えていた。
エピローグが上手くいっているかわからない。でも、とても楽しい。
英梨々はそれで満足だった。
(つづく)