公園を登り切った倫也と英梨々は港を眺めていた。
英梨々は茶色の帽子に黒ぶちメガネ。白いシャツの上にオレンジ色のおしゃれなサロペットを着ていた。服は絵の具であちこち汚れている。
「あそこに見えるのがガンダム」
倫也が指でしめす。
「うん」
「赤いドレスを着た英梨々が強いフラグを立てた場所」
「あははっ。やっぱ本家は強いわね」
「まぁなぁ・・・」
英梨々はイゼールを組み、スケッチブックを置く。
日陰のベンチに座って、絵を描く準備をしていた。
「ん?今日は絵を描くのか」
「うん。どっかで描こう思っていたの」
「ふむ」
「あんたは小話の続きでも話しなさいよ」
「そんなたいした話でもないのだけど」
「あたし達のデートも別にたいした話じゃないでしょ」
「うーん」
英梨々が八重歯を見せて少しだけ笑う。
だいぶ物語になれたようで、緊張も警戒もしていない。
画用紙に鉛筆で下書きをしていく。
目が真剣になる。
※※※
『倫也君。大丈夫そうじゃない?今の澤村さんなら物語をちゃんと終えられると思う』
『伊織、待て。念のため過去へ行くフラグもあるし準備だけはしておいてくれよ』
『ん~、なるほどね。準備だけはしておくけど・・・『負け犬8』や、反省会の名目の続編はしない』
『わかった』
『倫也先輩。いい感じですよ~』
『ははっ、ありがと』
※※※
倫也は英梨々の邪魔にならないように離れて座った。
「ラジオでも聴くつもりで気楽に聞いてくれ」
「うん」
「Rさんはその後、デートは下準備をしっかりする子になった。というよりは、シミュレートを繰り返すようになった。現地に下見もする」
「それ、やっぱりトラウマになってない?」
「そういうことが好きなだけなんじゃない?結局、旅行代理店に就職して、窓口でお客の相談にのって旅行計画を立てる仕事をした」
「おおっ、禍を転じて・・・ってやつね」
「この話だけを聞くと、きっかけにはなったかもしれないけど・・・いろんなことがあって仕事を決めたのだと思う。そこで、ついに運命の人と出会う」
「まさかのJ君との再会?」
「いや、ただのもの静かな独身男性。一人旅行をしようと窓口にやってきた。一回だけならそこまで印象には残らなかった。ただ、お礼にと旅行のお土産をもってきた」
「気があるわけね」
英梨々は手を止めない。鉛筆の下書きが終わると、パレットに水彩絵の具を順番にだしてく。
倫也は水彩用のバケツに水を汲みに行った。
あまり邪魔しないほうがいいかな?と考えながら戻る。
「それで?」
「二回目の旅行の相談にきた」
「それはもう、確定的ね」
「そうとも限らないだろうけど、Rさんの同僚がこっそり教えるわけだ。こないだも来ていたけれど、Rさんが窓口にいないから帰ったわよって」
「同僚もよく見てたわね」
「そういうのって、傍から見た方がわかるものだよ。いい雰囲気の2人だなぁって」
「あんたと恵みたいなものね」
倫也がため息をつく。
「そこは、あたしと倫也みたいなものねっていうべきだろ?」
「そこまで自惚れてないわよ?あなたがそういってくれれば悪い気はしないけどね」
英梨々がいじわるに笑う。倫也と恵には敵わない。でも、これはあたしの物語なのだ。
「2回目の旅行計画も楽しく進めることができたけれど、だからと言って2人の間は発展しない。お客を誘うわけにもいかないし、男の方も物静かな紳士だしな」
「ああ、だれかおせっかいな人がいてくれれば」
「でも、そういうのって、他人にはどうこうできないんじゃないか」
「そうね。それに一目ぼれみたいのと違うようだし、恋愛には発展しにくいのかも。大人ってどんな風に恋愛をするのだろう?」
英梨々が筆を走らせる。水彩画は手前のものから塗っていく。
「ここで『転』が起きる。中学校の同窓会だ」
「J君との運命的な再開ね」
「そうだな。あのデートを放り出した痛い子のJ君。高校も別だった。あれいらい口もきいていない。でもやっぱり同窓会に参加するかどうか迷った理由は、J君のことが気になったからだ。Rさんにとって、やっぱり一番の青春の思い出だったんだろうな」
「でも、悪い思い出なのよね」
「どうかな」
筆をバケツの水で洗う。ベンチに結び付けたタオルでふく。
「休憩」
「ああ、そうだな」
倫也が英梨々の絵をじっと見る。上手い人が描く水彩画。すべてを描かず水彩のまざるボカしや、白い紙をいかした光の表現。
階段を上まで上がってきた人が英梨々の絵を見て感心する。地味なかっこうの英梨々に見惚れる人はいない。
倫也がケータイをカメラモードにして構える。
「英梨々。笑って」
英梨々が振り向く。口を大きく開けて笑顔を作る。風が吹くがまとめられた髪はそんなには揺れない。
※※※
『大丈夫そう?』
『おまえは』
『うん』
※※※
英梨々は今、この瞬間を過ごす。気分がとても良かった。絵を描いていて楽しい。そんな素敵なことって他にある?
(つづく)