元町にある喫茶店にて、倫也と英梨々はお茶を飲んでいる。
高級なカップに良い茶葉の紅茶。
英梨々はキャッスルトンの春摘みダージリン。倫也が軽くひきつるような価格。ポットッサービスとはいえ、お茶がなんで千円を超えるのか理解できない。
倫也は店のブレンドコーヒー。
それから、おすすめデザートを頼んだ。
「ちょっと、本日の英梨々が抜けているわよ」
「スタッフさんが気の毒だよ。衣装ケースでも抱えているのか?」
「そんな細かい設定あるわけないじゃない」
本日の英梨々。元町仕立て。
白のだぶついた長袖のシャツの上に、ベージュのVネックのオールインワン。倫也からするとオシャレなつなぎ服にしか見えない。
胸元のシャツとワンピースの間が離れすぎていて、つっこむべきか迷う。
「なにか言いなさいよ」
「かわいいよ英梨々」
「はぁ?あんたバカなの?そんなとってつけたような誉め言葉で女の子喜ぶとでもおもってるの?」
「顔はにやけてるじゃねーか」
英梨々が咳払いして表情を整える。
「じゃ、もう一度。真面目に褒めなさいよ」
「ハードル高いなぁ」
「キャラ崩壊も認めるわ」
「もう、原型なんてお互いわからないだろ・・・」
倫也がため息をつく。
「元町が霞むほどに、今日も英梨々は綺麗だよ」
「ん~もうひと声」
「どんなパリのオシャレなカフェよりも、英梨々のいる喫茶店の方が輝いて見える」
「もういっちょ!」
「胸だけが残念だ」
パーンッ!
英梨々がハリセンで倫也の頭をなぐる。
※※※
「外人墓地イベントを省略した変わりだからね」
「そうだよ!さぼるなよ」
「そういうこという?あたしが選べるんじゃなかったの?」
「さようでござるな」
港が見える丘公園から元町まで間には外人墓地がある。関係者以外は立ち入り禁止だけど、ちょっと素敵な場所だ。
ウエイトレスがデザートを運んできた。
英梨々には綺麗な平皿にガレットとフルーツ。
倫也の皿には、ザッハトルテに生クリームがかかっている。
「・・・おい、英梨々・・・ザッハトルテがでてきたぞ・・・」
「あんたが頼んだんでしょ?」
「俺が頼んだのは、本日のおすすめデザートだ」
ザッハトルテはウイーンのチョコレートケーキ。伝統的な技法で作るのは大変だ。
英梨々が銀のナイフとフォークを使ってガレットを口に運ぶ。
倫也右手を顎にあてて考える。
「これはずるいだろ・・・」
「なんのことよ?」
倫也が立ち上がる。
「いいわよ。厨房へいって、会ってきても」
「・・・くっ」
倫也が唇をかむ。そして耐える。
座りなおした。
「邪魔するならもっとわかりやすく邪魔しろよ。止めるなら堂々と止めろよ・・・」
「・・・倫也、それは違うと思うわ」
「何がだよ」
「まず、とてもわかりやすい。それと邪魔をするつもりも、止めるつもりもないのよ」
「お前に何がわかる?」
倫也の目が怖い。
英梨々は落ち着いている。
「2月まで・・・イベントがちゃんと行われていれば、あなたが受け取る『誰が見ても義理チョコとわかる手作りのザッハトルテ』が食べられるはずだった」
「そうだな・・・そんな設定に矛盾したチョコケーキがな」
「何もかも伏線が回収されるわけじゃないし、どうしようもないこともあるけれど、ただあんたにケーキを食べてもらいたかった。ケーキを焼きたかった。それだけのことでしょ?ずっと練習してきたケーキだもの。」
「・・・」
「今は恵が、詩羽が、みんなが影で支えてくれているのを感じる。ずっとそばにいるのを感じる。だからね、あたしはあたしの物語を選ぶけれど、それでも倫也があたしをふる選択は受け入れるわよ?まぁ、あなたが厨房にいったら殺されるでしょうけど」
「あのなぁ・・・」
英梨々は笑わない。真剣な表情だった。
物語ための可愛い笑顔は見せなかった。
「ちょっと、あんたの持ってるプロット出しなさいよ」
「・・・ねぇよそんなの」
「嘘つく必要なんて、どこにもない」
倫也がリュックからクリアケースに入ったプロットの束を渡す。
・・・最後に恵が置いていったものだ。
「あたしはこれを読んでいるから、あなたは最後のケーキでも味わってなさいよ」
※※※
英梨々は丁寧にプロットを読んでいく。エピローグ用の横浜周遊コース。現在の段階で1/3ぐらいしか消化できていない。その詳細な設定と演出。分岐の多さに圧倒される、どこまでいっても釈迦の掌で踊る道化のようだ。きっと楽しいデートだろう。笑顔もたえないと思う。中華街で食事をして、散策をする。山下公園に戻るころには夕方になる。そこからクルーズで沈む夕日を眺めながらレンガ倉庫までいく。そこでウィンドショッピングする。ライトアップされた観覧車が夜の浮かぶのを見ながらそこを目指して歩いていく。
観覧車に揺られながらキスをして、物語を終える。
どこまでいっても恵らしい。メルヘンと現実がまじったデート。
恵と倫也がこのデートを過ごしていたら、もっと幸せな話ができあがったんじゃないの?
隕石も落ちないし、誰も傷つかない。読者が読んでほっこりする物語。
倫也は黙々とケーキを食べている。
英梨々はその倫也を見つめている。
(これがあたしの物語なら・・・あたしは恵にルートを任せるわけにはいかない)
倫也がケーキを食べ終わって、立ち上がる。
半ばやけ気味に、叫ぶようにして言った。
「ごちそうさま!くそ、うまかったよ!」
※※※
恋は難しい。
英梨々は心底思う。ラブコメヒロインは本当に大変だと。
だいたい主人公の倫也からして、ハーレム型主人公どころか、ずっと恵に一途なのだ。こんなバカな恋人役を自分でもよくやってきたと思っている。普通ならやらない。
英梨々は自分が泣いているのを気が付いていなかった。
ふられてもしかたない。物語のためのヒロインなんてできない。
こんなに綺麗に物語が進んじゃいけない。
こんな無理やりな英梨々ルートなんて・・・いらない。
英梨々は倫也を見上げて静かに言った。
「ねぇ倫也。このプロット・・・破棄して」
倫也が固まる。ひきつった顔で英梨々を見下ろす。その顔は悲痛なまでに困惑そのものだった。
みんなで考えてくれた綺麗な物語なんどもなんども書き換えてきた。
『フィーネ』も『霞ヶ丘シナリオ』も『3月のわたしの誕生日』も全部ボツにしよう。
あたしはあたしの物語を選ぶ。倫也が納得しなかったら、それで終わり。
厨房の方で盛大に食器が床に落ちて割れる音がした。
(つづく)