翌日の朝、英梨々が倫也の部屋まで迎えにきた。
今更だがこの負け犬シリーズに倫也の両親が家にいることはない。
英梨々はベッドで寝ている倫也を見下ろす。一呼吸落いてから倫也を起こす。
「ほら、倫也起きなさいよ・・・」
「・・・って、普通に起こしにきた!?」
「それどういう意味よ?」
「いや、もっと・・・こう・・・耳元でバズーカーとか・・・」
「あんた、あたしのことなんだと思っているのよ!?」
英梨々がため息をつく。確かにどう起こすべきか迷った。いろんなパターンがある。でも、奇をてらわず正攻法を選択した。
「いい?この近所の幼馴染が朝起こしに来る。これほど強いフラグはそうそうないのよ?そんなところにわざわざ変化つけてもしょうがないでしょ」
「けっこうちゃんと考えてる!?」
「早く起きて着替えなさいよ。下で朝食作っておくから」
「ん・・・わかった」
倫也はまだ眠たいが起き上がる。
英梨々は軽快に階段を降りて行った。
※※※
制服に着替えてから、倫也がリビングに降りてきた。
「で。これ何?」
「見ればわかるでしょ」
目の前にはカップ焼きそばが完成して置かれていた。
「で。英梨々は食べないの?」
「あたしは家でイングリッシュ・ブレックファスト食べてきたわよ」
「一つ確認したいのだけど、なんでこれ?」
「こういうところを原作に忠実にしないと、もう名前以外にあたしらしいところがないからよ・・・」
「切実だなぁ・・・」
倫也は文句言いたいことを押し殺して焼きそばを食べ始める。
「これ、もしかして毎日やるつもり?」
「もちろんよ」
「朝食は自分で作るよ・・・」
「もう少し、こう強くツッこめないの?」
「朝だしなぁ・・・」
「そうよね・・・あたしも正直、無理な気がする」
「だいたい0時過ぎぐらいからテンションあがってマンガ描くような人種に、早朝イベントとか相性悪いだろ?」
「いっそ、同棲したらどうかしら?」
「まだ高校二年生なんですけど?」
「細かいわね・・・」
「細かくはないだろ・・・」
英梨々はこのまま日常に流されないようにけじめをつける。
「ああ、そうだ。約束は守ってよね」
なんでもないことのようにさりげなく切り出した。
「わかってる。でもほんと、お前の悪いくせだよな」
「何がよ」
「物語進行のためにフラグだけを回収する癖さ」
「それはちょっと想像力にかけるんじゃないの?明け方までマンガを描いて、仮眠とって、朝食食べて、あなたを起こしてにきてまでフラグ回収するあたしの努力もわかってほしいのだけど」
「ああ、そりゃどうも」
倫也が頭をかいて照れを隠す。英梨々なりに一生懸命のようだった。
こうして、2人は正式に付き合うことになった。
そして気が付く・・・
一緒に登校するのが自然な流れだよなぁっと・・・
※※※
倫也と英梨々が並んで登校する。
「なんか英梨々緊張してないか?」
「ほっといてよ・・・あんたは気楽で(記憶が消えていて)いいわよね・・・」
「ん?」
倫也には英梨々が何を言っているのかわからない。
通り過ぎるモブが二人に挨拶をしていく。
「倫也はコンタクトにしたの?」
「ああ、眼鏡だとまた壊されそうな予感がしたんでな」
「そう・・・コンタクトもはずした方がいいんじゃないの?」
「なんでだよ!」
「・・・見えないほうがいいものも、世の中にはあるのよ・・・」
「そんな霊的なものが見えるようなコンタクトじゃないんですけど?」
「まぁいいわ・・・もうすぐ正門ね。あそこで少し立って談笑するわよ」
「なんで?」
「それが2人の関係を一番自然にアピールできるからよ」
倫也と英梨々が正門の脇で談笑する。
内容は深夜アニメのことだが、こういう時間を過ごすことが英梨々は楽しかった。
けれど、内心だんだんとあせりがでてくる。倫也にはわかってもらえない。
「倫也、ちょっとあたしは先にいくから、あんたはここで待ってなさい」
「ん?何を?」
英梨々はそのまま逃げるように校舎へと入っていった。倫也には事情がまったくわからない。
倫也はぼんやりと道行くモブたちの登校をみていた。
モブらしい平凡な女子生徒が両手で鞄を前に持って歩いている。とても静かな佇まいだった。
倫也はその子のなんの特徴もない雰囲気に気を取られて見つめていた。そして、その女子生徒が倫也のところへとだんだんと近づいてきた。
「おはよう。安芸くん」
少しだけトーンの高い透き通った声には抑揚がまったくついていなかった。
倫也の目の前に立っている女の子は優しい瞳をしていて、頬はほんのりと赤くなっている。
倫也は誰だかわからず、戸惑いながら首をかしげる。
「安芸くん?」
「・・・えっと、誰だっけ・・・?」
少しの間があく。モブたちの雑談する声が消えてあたりが静かになる。
「うわぁ・・・さすがにそれはショックだよ」
「・・・ごめん」
倫也が俯いて目をそらす。
恵は顔を傾け倫也の顔を覗き込む。
「加藤だよ。加藤恵」
「ああ、加藤!?ごめん、昨日は眼鏡かけてなくて・・・」
「そんなこと言ってたね。・・・なら、しょうがないか・・・な」
加藤がくすくす笑う。倫也もほっとして笑った。
春らしい少し強い風が吹くと、もうほとんど散りかけた桜の花が少しだけ舞った。
「で、こんなところで何しているの?」
「ん、たぶん・・・加藤を待っていたんだと思う」
倫也が歩きだすと、恵が少し後ろをついていく、それから躊躇いながらも倫也の横に並んで歩きだした。
「・・・えっと、そうやってハーレム型主人公になっていくの?」
「いや、そんなつもりはないのだけど・・・ほら、今日は『日直』だろ」
「うん。なんか台本ないんだけど」
「もう、加藤に台本はほとんどないよ。名前付きキャラだしな」
「そうなの?プロットをこなせばいいのかな?」
「ああ、あんまり気にするな。加藤は加藤の思うままでいいんだよ」
「うん。わからないことがいっぱいあるから、いろいろ教えてね。主人公くん」
「ああ」
「で、日直ってなにするんだろ?」
「さぁ、黒板消したり、ノート集めて職員室にもっていったりじゃないか。詳しくはクラスメートAにでも聞いてくれ」
「わかった。楽しみだね、日直」
「そうか?」
2人が笑う。倫也も少しだけ顔が赤くなる。
(普通に可愛いな)
その何気なく言うべきセリフが言えなかった。
下駄箱で靴を変えているときに、男子モブが倫也に挨拶をする。
恵はそれを見て、静かに手を振ってから教室へと向かった。
(ヒロインだったら、何かフラグが立つのかな?)
そんなことを考えてニヤつく顔を、誰にも見られないようにフラットに戻して教室へと入っていった。
自分達の行動や会話が物語の進むべき方向をどんどん変えていく。その事実を知るすべは倫也にも恵になかった。もちろん英梨々にも。
(つづく)