流星のロックマン Arrange The Original 3   作:悲傷

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第12話.その名はアシッド

 スピカモールの混雑ぶりは予想以上で、前に進むほど人口密度が上がっていく。ウェーブバトル大会の会場近くになるとそれはより顕著になった。

 

「うわ、凄い人……」

「ゴン太、出番よ」

「おう、任せろ!」

 

 一番大きな、質量でいうなら大人にも負けないゴン太が先頭に立った。人ごみをかき分けながら、ルナ、スバル、キザマロという順番で進んでいく。ちょうど身長が高い順に並ぶ形となった。

 

「スバルくん、絶対に手を離さないでください!」

「任せて!」

 

 小柄なキザマロにとっては激流に飲まれている気分だろう。スバルはがっしりと掴んで、ルナの後についていく。

 

「委員長、時間は大丈夫かな?」

「少し遅れたけれど、10分くらいだから、大丈夫よ」

『計算完了! 参加者の数と、戦闘にかかる時間を考えると、約2時間くらいはかかると思う』

「それなら余裕ですね!」

 

 スバルの腕を命綱のように掴んでくるキザマロ。彼に気をとられていたため、スバルは気づかなかった。ルナの手に少し力が込められたことに。

 

「……ねえ、スバルくん。暁さんって強いのかしら?」

 

 スバルはキザマロの手を引きながら答えた。

 

「たぶん強いと思うよ。凄い自信があったし」

 

 暁シドウと会話した時間は10分程度だったと思う。それでも、あの燃える様な目は忘れられない。

 

「ねえ、スバルくん。危なくなったら……」

 

 ルナが言いかけた時、先頭のゴン太が振り返った。

 

「着いたぜ」

 

 ルナの手を引いて引っ張ってくれる。スバルはキザマロの手を握ったままそれに続き、人の密集地帯を抜けた。

 会場の2階……会場を上から見下ろせる場所だった。手すりから身を乗り出すと、大勢の参加者たちが整列していた。戦いは行われていない。

 

「良かった。まだ開会式の途中みたいね」

 

 参加者が一同に並ぶのは開会式と閉会式だけだ。時間を考えると開会式だろう。

 

「10分も続く開会式って長いな。俺だったら腹減って牛丼食いに行くな」

「ゴン太くんは行列に並べないタイプですね」

「なんだと、牛丼屋になら並ぶぞ!」

「……ですか」

 

 2人が会話している間に、参加者たちの前に立った女性司会者がマイクを手に取った。

 

「は~い、というわけで。数々の猛者たちが集った、このウェーブバトル大会。見事優勝したのは、アシッドのオペレーター、暁シドウさんでーす!」

 

 参加者の列の一番前に立っていた暁シドウが前に出て、女性司会者の横に並んだ。優勝記念のトロフィーと賞状を受け取る。

 この一連の流れを前に、スバルは言葉を失っていた。

 

「え……終わって……いるの? これ、閉会式?」

 

 呟くように言うルナの目は丸く開かれていた。

 

「だ、だってよ……電車一本だろ? まだ10分くらいしか……」

「ぺ、ペディア?」

『ま、待ってキザマロくん……今、データベースにアクセスするから』

 

 0.5秒ほどでペディアは解析を終えた。

 

『し、信じられない……』

「何が?」

『あの暁シドウとアシッドっていうウィザード……60体のウィザードと戦って、全ての対戦相手を5秒以内で倒しているよ』

「5……秒?」

 

 スバルがロックマンになって、電波ウイルスを倒すまでの時間。種類や状況にもよるが、5秒はなかなか出せる数値ではない。それを電波ウイルスよりも強いウィザード相手に、60回連続でやって見せたというのだ。

 戦慄で身を震わせるスバル。だが相棒の方は違った。

 

『ほう……どうやら普通じゃねえみてえだな……』

 

 獰猛な獣を思わせる声だった。紛うことなき強者を前にして、彼の闘争本能が騒いでいるらしい。

 落ち着かせようかと思ったが、それは次の言葉で阻まれた。

 

「それでは、本日のメインイベント。優勝者の暁シドウさんとアシッドのペアと、世界を救ったヒーロー、ロックマンとのスペシャルバトルでーす!」

 

 いや油を注がれた。ウォーロックのみならず、大会を見ていた観客全員にだ。

 

「ロックマンだって!?」

「あの世界を救った?」

「ムー大陸を落とした、あのロックマンが!?」

「いや、FM星人の襲来を止めたのもロックマンだろ?」

「来るの? ここに!?」

 

 スバルの周囲にいる観客たちもザワザワと騒ぎ出す。静かに固まっているのはスバルたちだけだ。

 

『ヘヘヘ。やってくれるじゃねえか。こっちの逃げ道を塞いで来やがったぜ、あいつ』

 

 スバルとウォーロックの視線の先では、暁シドウがサクサクサクとうまい棒を食べていた。「本当に来るのだろうか?」と不安そうな隣の女性司会者と違って、楽しそうな笑顔をしている。

 

「スバル、あいつらヤバいんじゃねえのか?」

 

 いつも呑気なゴン太が、珍しく不安な顔をしていた。

 

「紛れもなくヤバいね……」

 

 スバルは今まで、電波人間のみならず、強い電波体と戦ったこともある。その良い例がオリヒメの腹心だったエンプティーだろう。電波人間に勝るとも劣らぬ強敵だった。

 暁シドウのウィザードとして名前の挙がったアシッド。もしかしたら、エンプティーに匹敵する力があるのかもしれない。

 

「どうするの、スバルくん?」

 

 ルナが顔を覗き込むように尋ねてきた。そんなの決まっている。

 

「行くしかないよ」

 

 期待に満ちている観客たちを見渡す。会場に出て行けば、この人たちの視線が一斉に向けられることになる。無数の銃口を向けられるような気分だ。想像しただけで、胸の奥が痛くなる。

 だがそれ以上にマナブ部長の顔が浮かんだ。昨日の展望台での会話が脳裏に浮かぶ。あの思いを胸に秘めれば、臆する理由は無くなっていた。

 そんなスバルの腕をルナの手が掴んだ。小さくて細い指は少し震えていた。

 

「あ、危なくなったら逃げるのよ。ギガエナジーカードは確かに大切だけれど……私」

 

 ルナは唇を少しだけ噛んだ。

 

「あなたは私の大切なブラザーなの。あなたが私の為に戦って、傷ついて怪我して……そんなことされて生徒会長になれても、私、嬉しくなんてないわ」

 

 すぐに怒るし人使いの粗い彼女だが、根っこはこれである。だからこそ、スバルたちは彼女についていくのだ。

 

「大丈夫、何とかなるよ。任せておいてよ。委員長の為にも、ギガエナジーカードを貰ってくるから」

 

 彼女の不安をかき消すために、笑って応えておいた。

 

『へっ、俺たちがあんな奴らに負けるかってんだ』

 

 ウォーロックの言う通りだ。この相棒と一緒に、今まで数々の強敵と戦ってきたではないか。慎重になることはあれど、臆する理由などない。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

 

 スバルはザワザワと騒ぐ人ごみへと戻り、一度会場から離れた。人目のつかない場所を選んでハンターVGを取り出した。

 

「トランスコード! シューティングスターロックマン!!」

 

 電波人間になれば、後はすぐの出来事だった。

 一度ウェーブロードに上がり、駆け抜けて会場の真ん中……暁シドウの前に降り立った。

 その瞬間、会場がひっくり返るような歓声に満ちた。

 

「うおおお、ロックマンだ!!」

「見ろよ、動画で見たとおりだ!」

「本当に来た!!」

 

 世界を2度救った英雄。そのうちの一度は世界に生中継されたのだ。この盛り上がりは仕方のない事だった。

 それでも、スバルの恥ずかしいという気持ちは変わらない。

 

「うう……すごく目立ってる……」

「お前なあ、さっきの威勢はどうしたよ?」

「いや、それとこれとは話が別で……」

 

 いざ人前に出ると羞恥心が勝ってしまったらしい。めんどくさいとウォーロックはため息をついた。

 

「ったく、ピースぐらいしてやったらどうだ?」

「嫌だよ恥ずかしい!」

 

 小さく縮こまるロックマン。そんな彼の前に歩み寄ってくる人物……暁シドウだ。

 

「君なら来てくれると信じていたよ……」

 

「ほ、ほほほ本当に来てくれたーー!」と騒いでいる女性司会者の方が遥かに声が大きい筈。なのに、スバルには彼の言葉が不気味なくらいはっきりと聞き取れた。

 今も彼の口はサクサクサクとうまい棒を齧っている。戦いの前とは思えない気の抜けた態度。なのになぜだろう。こうも息苦しく感じるのは。スバルの頬に一滴の汗が浮かんだ。

 シドウは食べ終わったうまい棒の袋をポケットにしまうと、白いジャケットを翻すようにしてハンターVGを手に取った。

 

「さあ、早速バトルと行こうか!」

「ま、待ってください!」

 

 慌てて手を振った。羞恥心を振り払うためにも一度落ち着きたい。

 なにより訊きたいことがあった。

 

「なんでこんなことをするんですか!?」

 

 昨日、暁シドウはこの場所で戦いたいと申し出てきた。

 理由は何故なのだろう。面白いとか、盛り上がるとか、本当にそれだけの理由なのだろうか。

 

「なんでこの大会に僕を呼んだんです?」

「え、面白いだろう?」

 

 あっさりと、そしてけろっとした顔での返答だった。

 スバルは理解した。本当に、ただそれだけの理由で彼はこの場を選んだのだろう。

 

「ヘヘヘ、良いじゃねえか。俺は好きだぜ、そう言うの」

「ロック……」

 

 ウォーロックはスバルと違って騒がしくて目立つことが大好きだ。彼の予想通りの反応に肩を竦めると、スバルはもう一つの問いを口にした。

 

「そもそも、なんで僕と戦いたいんですか?」

 

 この質問に、暁シドウはすぐには答えなかった。

 口は笑みを作り、ハンターVGを手にして佇んだまま。だがなぜだろう。彼の纏う雰囲気が変わったのを、スバルは感じた。

 

「夢があるんだ……」

 

 小さくて、それでもしっかりと耳に届いてくる。そんな言葉だった。

 

「……え?」

「ああ、叶えたい夢があってね……」

「それと今日の大会と、何か関係が?」

「まあ、布石みたいなものさ」

 

 暁の夢と、スバルと戦うことがどう関係するのだろう。

 

「まあ、いずれ分かるさ」

 

 質問時間はそこまでだった。暁シドウは左手を大きく振るい、再び白いジャケットをなびかせた。

 

「さあ、構えるんだロックマン!」

「……分かりました!」

 

 暁の夢がなにかは分からない。だがスバルの両肩にも夢が載せられているのだ。

 

「僕には負けられない理由があります!」

「ああ、分かるとも!」

 

 ロックマンは左手のバスターを向けた。暁がハンターVGを前に掲げる。2人に呼応するように会場からヒートアップした歓声が上がる。

 

「行くぞロックマン!」

「ウェーブバトル! ライド・オン!」

 

 ロックマンが叫ぶのと同時だった。ジリリリリリリとけたたましい音が周囲に鳴り響いた。

 

「な、なに!?」

 

 シドウと同じく、ロックマンも動きを止めて辺りに目を走らせた。動揺する観客たちの頭上からアナウンスが流れてきた。

 

―― ピカモールのお客様にご連絡いたします         ――

―― 現在、スピカモール内にてウィザードが暴走しております ――

―― お客様は係員の誘導に従い、速やかに避難してください  ――

―― 繰り返します                     ――

 

 同様に悲鳴が混じりだした。パニックの前兆だ。女性司会者が慌てて落ち着くよう声を上げる。

 

「ウィザードが暴走?」

 

 聞いたことのない話だ。だが事件が起きているというのなら、スバルとウォーロックがとる行動は一つだ。

 

「暁さん、勝負は後で!」

 

 それだけ言い残して、スバルはウェーブロードへと飛び上がった。ウェーブロードではたくさんのデンパくんとデンパちゃんが逃げまどっていた。一見バラバラに動いているように見えるが、彼らが落ちのびてくる方角がある。そちらに向かって走りだした。

 デンパくんたちの集団を抜ければ目的地はすぐそこだった。眼下の現実世界には一体の電波体がいた。

 目を疑った。あれは本当にウィザードなのだろうか。穏やかだったであろう目からは瞳が消え、何を映しているのか分からない。体から漂わせていた青い電波粒子は、燃え上がる炎のように激しく噴き出している。そして左手にはバトルカードのマッドバルカンが、右手にはソードが召喚されている。

 

「あれ、ウィザードなの?」

「本当に暴走してやがるな」

 

 ウィザードの形に似た別の何かだと思いたいが、見た目の特徴は量産型ウィザードのものだ。

 

「聞いたことないよ、こんな事件……」

 

 スバルとウォーロックが戸惑う時間はここで終わりだった。

 既に人は避難していて、周りに人影は無い。この位置からだと死角になっていた。なので気づくのが遅れてしまったのだ。道の角に、まだ人が残っていることに。

 

「どうしたんだよ、俺の相棒!」

 

 1人の男性がいた。いや、戻ってきてしまったのだろう。自分のウィザードを取り戻そうと考えてしまったらしい。そんな彼の背中を掴んで、慌てて引き戻そうとしている女性がいた。

 

「何してるんだよあの2人、早く避難させないと……」

 

 スバルが危惧していたことが起きた。

 暴走ウィザードの顔がぐるりと先ほどの男女に向けられた。そして発せられる不快な声。

 

「グ、オオオオオ!!」

 

 暴走ウィザードは声にならない声を上げて、主人とその女性に体を向けた。後ずさる男性と女性。

 

「まずい!」

 

 素早く飛び降りた。予想通り、暴走ウィザードは主人と隣の女性に向かってソードを振り上げ、斬りかかっていく。上がる二つの悲鳴。その間に体を滑り込ませた。

 

「シールド!」

 

 ロックマンは左手を自分の顔の前に掲げた。ハンターVGと一体化している左手から緑色の電波粒子が放出され、硬質化した。腕と一体化した盾だ。暴走ウィザードのソードをそれで受け止めた。

 

「下がってください!」

 

 女性を庇っていた男性が顔を上げ、女性が遅れて続く。

 

「え、あ、ろ、ロックマン……?」

「早く!!」

 

 2人は慌てて立ち上がると、脱兎のごとく逃げ出した。だが男性だけが途中で立ち止まった。

 

「俺の大切な相棒なんだ。頼む、殺さないでくれ!」

「分かりました!」

 

 答えながら全体重をかけて、暴走ウィザードを突き飛ばした。相手がよろめく間に、バトルカードを使用した。

 

「ブラックインク!」

 

 ロックマンの銃口から墨のような黒い弾丸が発射された。威力こそ低いものの、この弾丸にはある妨害プログラムが組み込まれている。命中した相手の視覚情報に侵食し、短時間ではあるが暗闇に閉ざすことができる。

 簡単に言うと目潰しだ。

 ブラックインクは暴走ウィザードの胸に命中した。最初こそはロックマンを見ていたが、すぐに慌てたように頭を右に左にと動かし、右手のソードを振り回している。

 

「スバル、どう戦う?」

「どうって……」

 

 スバルは先ほど受け止めた攻撃を思い出した。量産型のウィザードとは思えないほど重い一撃だった。あれはどう考えても、本来設計された規格を超えている。

 

「そう手加減できないよ?」

 

 相手が強ければ、その分生かして捕えるのは難しくなる。加減を間違えれば、怪我をするのは自分の方だ。

 だが考えている時間は無かった。暴走ウィザードが左手のマッドバルカンを乱射し始めたからだ。まだブラックインクの効果は残っているようで、狙いを定めることなく、周囲に弾丸をばら撒いていく。店の窓ガラスが割れ、新築されたばかりの壁や床に傷がついていく。

 

「いけない!」

 

 このままでは周囲に被害が及んでしまう。暴走ウィザードの左手に組みつき、銃口を下に向けた。床が穴だらけになってしまうが、天井に穴が空くよりかはマシだろう。

 だがこれで暴走ウィザードはロックマンの位置を把握してしまった。自分のすぐ傍にいるロックマンに向かってソードを振った。

 

「させるか!」

 

 ウォーロックが飛び出した。自慢の爪でソードを受け止める。

 

「ありがとう、ロック!」

「かまいやしねえ。だがどうするよ、ここから」

 

 マッドバルカンの乱射は止まったが、またいつどこに向かって銃弾をぶっ放すか分かったものではない。抑えておくしかない。

 もう片方のソードはウォーロックが抑えてくれている。

 相手の攻撃には対処ができた。だがそれだけだ。ここから動きようがない。

 この暴走ウィザードを倒すだけなら幾らでも手がある……というか、とっくの昔に倒している。だがあの男性の為にも生かしておかなくてはならない。

 暴走ウィザードの両腕を斬りおとすべきだろうか。ウォーロックに頼めば一瞬でやってくれるだろう。可愛そうではあるが、相手はウィザードだ。修理すれば元通りになるだろう。

 だが本当に大丈夫なのだろうか。この異常状態では何が起きるか分からない。ちょっとした事が原因で体が崩壊してしまったりないだろうか。

 

「ど、どうしよう……?」

「どうしようって、お前……どうすんだ?」

 

 こうしている間にも、暴走ウィザードは怒号のようなものを上げて、スバルとウォーロックの拘束から抜け出そうとする。

 攻撃できない。打つ手がない。八方ふさがりだ。

 打開策が思い浮かばないまま膠着するしかないロックマン。そんな彼の耳に、場違いな音が混じって来た。サクサクサクという軽快な音だ。

 

「うん、実にヒーローらしいな」

 

 うまい棒を食べ歩きしている男性が1人。言うまでもなく暁シドウだ。

 

「あ、暁さん。何してるんですか!?」

「見てのとおり、見学さ」

 

 まるで「公園を散歩しています」と言うかのような返答だった。渦中の真っただ中にいるというのに、その足取りに動揺は見られない。焦って早くなることもなければ、緊張で遅くなることもない。

 加えてまた別のうまい棒を食べ始めるというのだから、緊張感の欠片も見受けられない。

 

「どうした、続けて良いんだぞ?」

「続けろって……いや、続けますけれど……」

「てめえ、冷やかしにきたのか!」

「ハハハ、だから言っただろう。見学だよ」

 

 何一つ悪気のない笑み。それがウォーロックの神経を逆なでしたらしい。彼の気がシドウに向けられてしまった。だから一瞬だけ隙が生まれてしまった。暴走ウィザードが突然激しく体を動かした。

 ウォーロックの顔に向かってソードが振られた。慌てて飛びのくウォーロック。その反動で、スバルの腕から暴走ウィザードの手がすり抜けてしまった。

 

「あ!」

 

 気づいたときには、暴走ウィザードは標的を変えていた。この場で最も無防備な人間……暁シドウへと向かって行ったのだ。

 

「逃げて暁さん!」

 

 ロックバスターを構えるスバル。走って追いつけるとは思えない。暁が横に飛んでくれればバスターで倒せる。あの男性には悪いが、人命第一だ。

 だがスバルの期待は外れた。逃げるどころか、シドウはうまい棒を口いっぱいにほお張って、幸せそうな顔をしている。それをごくりと飲み込むと、整った目と眉を吊り上げた。

 

「逃げる? そんなの……かっこ悪いだろう!」

 

 そう言うと、シドウは腰に手を回した。取り出したのはハンターVGだ。白いジャケットが横に靡く。そしてそれを急速接近して来る暴走ウィザードに向けた。

 

「ウィザード・オン! やれアシッド!」

『了解しました』

 

 シドウの掛け声と異なり、ハンターVGから静かな返答があった。次の瞬間には全てが終わっていた。

 ハンターVGから放出された白い電波粒子。一瞬で形が整えられ、一体のウィザードに変わる。そして暴走ウィザードの側をすり抜けて、いつの間にかその背後へと回り込んでいた。

 

「……え?」

 

 スバルが瞬きをすると、暴走ウィザードは線が切れた人形のように、バタリとうつむけに倒れた。背中から一枚の、トランプのようなカードが剥がれ落ちる。体の崩壊は起きていない。止めはさしていない。殺さぬよう手加減をしたのだ。

 

「い、一瞬で?」

 

 見えなかった。暴走ウィザードがいつ倒されたのか、スバルには全く分からなかった。

 

「対象の沈黙を確認。ミッション・コンプリートです、シドウ」

「ご苦労、アシッド。これで事件解決だな」

 

 振り返ってシドウに報告するアシッド。スバルとウォーロックはそのウィザードを無言で見つめていた。

 全体的に白いボディ。だがところどころが黒や灰色になっている。二の腕は赤い電波が点線のように連なっており、その先には白い腕と5本の黒い爪。

 なぜだろう。スバルにはウォーロックと似ている気がした。そして生き物と言うよりは、なぜか機械のように思えた。事実、アシッドの顔には口が無く、表情の変化はほとんど見られそうになかった。

 

「どうだい。これが俺とアシッドの力だ」

「まあ、大したことはしておりませんが」

 

 スバルとウォーロックは何も言えなかった。自分たちができなかったことを、この2人はいとも簡単にやってのけたのだから。




○エンプティー
 ムー大陸の復活を目論んだ、ドクターオリヒメの腹心。
 その正体はマテリアルウェーブ。
 姿はオリヒメの亡き婚約者、ヒコのものである。
 ヒコを生き返らせようとした彼女によって作られた、世界初のマテリアルウェーブである。
 しかし、生前のヒコの記憶は持ち合わせておらず、人格は全くの別物である。
 名前の意味は「空っぽ」。
 ロックマンに敗れ、ヒコになれなかった事をオリヒメに詫びながら消滅した。

○マテリアルウェーブ
 リアルウェーブの前身。
 世界初、実体化ができる電波。元はムー大陸の技術である。
 電波体のように意志を持つものもあり、ウィザードの元となった。
 開発者はムー大陸の復活を試みたドクター・オリヒメである。

 
 参照.ヨイリーレポートより抜粋
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