Hallo, our Hallownest!! 作:無間ノ海
「儂は旅人、放浪者だ。自慢ではないが、この世界のことをそれなりに永く見てきたし、君の疑問にもある程度は応えられるだろう。」
私の第一の知人は、そう言ってカラカラと笑う。
エルヴェと名乗った彼からは、色々な話を聞くことができた。
言葉が自然と通じたのは、本当に僥倖である。
彼は生まれついた故郷を離れ、死期が迫るまでずっと旅をしていたという。若々しい容姿もそういう特性をもつというだけで、実際はもう寿命のせまった老人なんだとか。
私の鬱陶しいであろう質問の数々にも、嫌な顔一つせずに答えてくれたのだ。
そのおかげで、私はこの世界について最低限の知識を手に入れることができた。
まず、この世界は『虫』の世界であるということ。
前世界における昆虫というわけではなく、人間を含めた『動物』の全てが、やはり虫の要素を持っているようだ。この世界では、それが常識ということなのだろう。
これで、ここが異世界と呼ぶべき場所であるということが、本格的に確定した。
そして虫にも、種類がある。
私や彼のように知能を持ち、言語を操れるようなものは、総じて『ムシ』と呼ぶそうだ。ポジションとしては人間である。
対して、知能を持たず本能のままに生きる連中は、『獣』という。行きすがら見てきた彼らも、獣側の存在で間違いないだろう。
またムシや獣には総じて種族がある。現代人なら生物種としてはホモ・サピエンスで確定だが、こちらではそんなことはなく、様々な生態をもつ種族たちが共存しているのだ。
そして、私とエルヴェは偶然ながらも。
「『蛾』……ですか。」
「そうだな、儂ら蛾の一族は皆同じような体と意匠を持つ。君もまた、我らの同族でほぼ間違いない。」
そう、彼と私は同種族なのだ。
すなわち、『蛾』の氏族である。
蛾、英語でいうならMOTH。
言われてみれば、身に纏っていたローブのような服も、その派手さは蛾の羽根をモチーフにしたようにも見える。
前の世界では人間に鬱陶しがられる羽虫であったのに……こちらでは、れっきとした知性体の一種だ。なんとも変わるものである。
そして私も、その一員。
「しかし、記憶喪失の同胞とは尚更放っておけん。どうせ儂も戻るつもりだったんだ、ついでに儂らの町に案内しよう。」
「ありがとうございます。」
何はともあれ、こうして私は、ムシ達の営みの場へ行く権利を得たのだ。
暗闇の中から、光の中へと。
洞窟の中を、潜る、潜る、潜る。
時には、荒っぽく壁をぶっ壊しながら。
行き慣れた者にしか分からない隠れた道を、彼はスイスイと探り当て、通って行った。慣れない身体の私には、付いていくので精一杯。
その健脚ぶりは、到底寿命の近いご老体には見えない。
その道中、彼は面白いことを語ってくれた。
「儂らは、とある高貴なものの光から生み出された。この世界に生きる全ての者たちは、形は違えどそうして産み落とされたのだ。」
「なるほど……」
――――『高貴なもの』。
それは、ある意味でこの世界の核といえる者達。
途方もない古より生きる、無限の存在。生物種として根幹からムシとは異なる、単一で完成した古代の者。ムシが『人』なら、彼らは『神』だ。
そのどれもが、強大で想像もつかないような力を持った、偉大なる者であるのだとか。
そしてそのうちの一人、それが蛾の女神。
「……私もまた、その御方から生まれたと?」
「無論だ。彼女は全ての蛾の母にして女神。儂らは皆、彼女の光の内より産まれた。そこに須らく例外はない。本来なら、儂らは光の中から、ある程度の知識を有した状態で出現するんだがな。」
彼女は、なんと私達の母にあたる存在なのだという。
『高貴なもの』は、大体が一つの生物種の始祖、あるいは信仰対象であることが多い。
たとえば、緑深き森林地帯に住まう生物たちは、その全てが酸の湖底に住む、ある高貴なものの夢から生まれた。
またこの洞窟には至る所に『根』が張られており、その大本は一人の高貴なものであるという。
そして、蛾の始祖にして彼らを護る女神――それが彼女だ。
「私は、その方に会えるのでしょうか。記憶について、私自身について……聞かなければ。」
「あの方は、自らを崇めるものを決してないがしろにはされない。運が良ければ会えるだろう。」
少なくとも、自分に起きた不可解極まるこの事象について、なんとか聞かなければならない。記憶喪失だけならまだしも、なぜか別の世界の記憶を宿す謎現象。
事情を知っていそうな相手と言えば、それこそ神ぐらいのものだろう。
そうこうと話していると。
穴を抜けて。
「そら、着いたよ。ここが儂ら―――蛾の部族の村だ。」
「……凄い……!!」
――そこは、堅牢な石造りによって造られた、広大な街だった。
外の原始的な世界とはまるで違う、かといって自分のいた機械文明のそれでもない。
例えるなら、息づいた遺跡。それはそれは、見事な街並みであった。
「そして、これからの君の村でもある。」
晴れているのに、雨が降っている。太陽のない青空を、ざあざあ、ざあざあと。
それは、遠く虹が描かれているのも相まって、天上人が笑い泣きをしているようにも見えた。
遠目にしか見えないが、何人もの蛾の氏族と思われる人々がせわしなく行きかっている。
荷をせっせと運んだり、集まって和やかに会話している様子も見られた。
その内のひとりが、こちらに気づく。
「ん?おお、あんたエルヴェじゃないか!」
「あ、ほんとだー!お帰りなさい!」
「久しぶりだな、今度の旅はどうだった。」
次々に声をかけてくる、蛾の人々。
彼らは皆、この老人と顔見知りのようだった。
「ああ、ただいま。なあに、そうそう変わりやせんよ。人も、儂もな。」
エルヴェは声をかけられたそばから話に加わる。
放浪人でありながら、彼は故郷の人々に好かれていたようだ。
きっとそれは、彼の人柄も、そしてこの人たちの人柄もあるのだろう。
それはさておき。
(私、置いてきぼり……)
待ちぼうけを喰らわされた哀れな異邦人は、どうすれば良いのであろうか。
「いやすまんすまん!置き去りにしてしもうたな。」
結局、その場にいた女の子が「その人だあれ?」と指摘してくれるまで、私はボケーと立ち尽くしていた。めっちゃ奇異の視線がぶっ刺さってくるのは、ちょっと心にクる。
まあ、珍しい街並みもじっくり眺められたし、気にしてはいないけれど。
「いえ、大丈夫です。皆さん、初めまして。」
「お兄ちゃん、こんにちは!」
「大変だったんだねえ。出来合いのスープがあるけど、飲むかい?」
事情はエルヴェが説明してくれたので、警戒の目は向けられなかった。
やっぱりこの部族は温厚な人々が多いようで、得体の知れない私を温かく受け入れてくれた。あ、スープはありがたくいただきます。
そんななか、エルヴェと親し気に話していた男性が、声をかけてくれた。
「俺はデイクという。歓迎しよう、新たなる同胞よ。ようこそ、我らの国へ。」
「こいつは儂の古い友人だ。他の部族の取引を握っている大店の商人でもあるから、何かあったら頼るといい。」
デイクと名乗った彼に、会釈を返す。
こういう時、名乗る名前が無いのは不便だ。
「しかし、名前が無いのは不便だな……一時的にでも名が欲しいところだが。」
それはデイクも同じことを思ったらしい。とそこに、エルヴェが口をはさんだ。
「ああ、そのことなんだが。デイクよ、『光輝』はいらっしゃるか?」
「なにっ?確かに今はちょうど神殿におわすが……なるほど、そういうことか。」
何やら話しているが、はてどういうことか。疑問符を浮かべていると、エルヴェに手招きされた。
「おいで。どうせ名を戴くならば、あの御方から頂戴するがいいだろう。街の紹介はその後でいい。」
「ああ、よい名をつけてもらえよ。」
……どういう経緯でそうなったかは、分からないけれど。
どうやら私は、今から名前を貰えるらしい。
ぐんぐん進む若作りマスターに慌てて付いていく。
「エルヴェ、いったい何処へ?それに先ほどの『光輝』とは……」
「儂らは基本、女神を真の名ではなく光輝と呼ぶ。記憶がないと言えど、君も蛾、つまり我らの女神より生み出された身だ。ならば、あの方から名前を戴くといい。」
つまり、この体を生んでくれた人が、名付け親にもなってくれるという。
光輝とは、光の女神のことだったようだ。
「名づけまでしてくださるのですか。」
「あの御方は、かなり積極的に儂らに関わりなさる。光のより近くに生まれた際は、名付けをして下さることもあった。」
進みに進み、街の奥深く、人もまばらな場所に、それはあった。
それは、これまでとは一線を画す、謎の建物。
―――黄金と水晶の神殿。
そう形容すべき、見事な建造物。水晶の柱と壁を金で編まれた装飾が覆っている。
黄金が輝き、水晶がその光で目を焼く、豪奢な建物。
「ここは……」
「女神のおわす、夢見の神殿。これより深くは、許可ある者しか入ることを許されない。」
エルヴェが振り返り、告げた。
「君は今回に限り、一度だけ入殿を許されている。さあ、中へ。」
ここより先は、私一人。
うっすらと空恐ろしく感じながらも、門をくぐった。
中は意外にもすっからかんだった。
外と同じく、金色の壁に覆われているが、本当にそれだけ。青空の光が天井近くの小窓から垂れ、薄暗がりを照らしている。
(神とやらは何処に?)
一瞬だけそう思った。その直後。
――――太陽が現れた。
「!?」
強大な力と共に、眼前に巨大な光球が出現したのだ。思わず目を閉じても、なお視界を焼く圧倒的な光量。
じわじわとその光が収まり、ようやく目が慣れてくる。
瞳を開けた。
「……あなた、だあれ?」
そこにいたのは、ムシとも獣とも一線を画す傑物。
陽光を人型にしたような一人の少女だった。
王冠、あるいはティアラのような三本の触角。
翼のようにふわっふわでもこもこの大きなコート。
その下の、ぴったりと身体に張りついた衣。
ペン先のように尖った金属に包まれた足。
末広がりの綺麗な長い金の髪。
そして、黒く染まった白目に浮かぶ、黄金に輝く瞳。
女性として、人型として完璧すぎる顔や肢体。
『美しい』という言葉を絵に描いたような美少女だった。
―――そして、彼女の輝きを目にして。
私は、
この世界が何であるか。
眼前に立つ少女の正体。
いずれ辿る未来。
悲劇に次ぐ悲劇。
蒼白の王の覚醒。
王国の栄光。
汚染と不死化。
とめどない凋落。
生み出される空洞の騎士。
虚無の心。
そう、ここは―――『ハロウネスト』だ。
(そういうことか。)
――――ああ、全く。
「……拝名を。我が名を戴きに参りました。」
これが使命で、そのために私がいるとするなら。
これが天の遣わした悪戯であるならば。
「どうか記憶のない私に、新たなる名をお授けください。」
『神様』は、よほど私のことがお嫌いなのだろう。
「―――ラディアンス様。」
転生系って本当に書くの難しいですね。面白く書ける人、ホントに尊敬します。