真っ白い部屋に訪れる前、オレはある事件が起こった。
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ーーーガタゴトーーーガタゴト
様々な木々が生い茂る緑豊な地にて、それは揺れ動いていた。回りの風景に溶け込んでない、異物そのものである。
鉄の塊にして、人という知恵が技術を積み重ねた結果、成した人を運ぶ物体。
”電車”
鉄の塊が自然に溶け込めということに無理があると思うが。
その二両編成の電車に乗車する人の数は少ない物だ。こんなに空きスペースがあるなら、もう少し小さくすればいいのに、と思ってしまう人は思ってしまうだろう。燃料の消費。この鉄の塊を制作するコスト。
「削減できた事でまた新たにできることが増える!」そう思えるだろう。
平日ましてやこんな真上に日が昇ったお昼の時間でなければ、利用者は倍どころか電車に収まらないほど人であふれる状況を見て、それが言えるのはバカを通りこして、一種の天才だろう。
だがこの電車は朝も昼も夜も。どの時間帯にしても利用者は少ない。都会からでる未開地と言っていいも言いほどの自然が溢れかえっている。
9割の利用者が登山や旅行などの観光客だろう。
じゃあ、残りの1割は?
それはこれから向かう山奥に唯一、存在する施設へ向かうものたちだ。
”伊集院医院”
”い”が非常に多く読みにくいと印象を持つだろう、ここ数年で精神科、脳神経外科によって爆発的に有名になった施設だ。ニュースでも取り上げられ、実際に脳にかかわる病気や、記憶障害さえ治している実績もある。
だが最近は別の意味でも有名になりつつあるのも事実。
植物人間などと言った手の施しようのない患者や精神障害者、犯罪を犯したものなど異常ときたす者たちを嬉々として請け負っているのだ。
そう嬉々にだ。挙句の果てに”異常者のための病院”とまで呼ばれ始めている。
そんな施設がある山奥に向かう電車の中は実に暗いものだ。明るいと思われるのは一両車目に乗っている親子だけだろう。女の子は目まぐるしく変わる風景に喜び、満面な笑みを浮かべている。
二両車目など天と地ほどの差。
警察官に囲まれて、ほけーと阿保面で外を眺める青年、携帯ゲーム機を必死に睨みひたすらピコピコと指をせかせか動かす少女。様々だが皆が皆言葉を発していない。
とくにこの少年。”楓雅(ふうが)敦人(あつと)”は顔が絶望の端へと立たされている様に真っ黒だ。感情すら皆無。
『なんで…。なんでオレがこんな目にあってるんだろ…』
目に力さえ宿ってないこの黒髪のごく普通の容姿である少年がなぜ活力がないか、その原因はこれから向かうことになった伊集院病院であるが他にもいくつも彼を支える精神を砕いた原因はある。
まず一つはこの彼が座る車椅子。彼は歩くこと、一人で立つことさえできない体なのだ。幼少の頃より歩けなかった彼は物心ついた当たりから絶望を感じていた。
他の子供の様に駆け回りボールを蹴ったり、鬼ごっこをしたりと普通の生活にまで支障をきたす彼はどん底スタートだった。
これが第一の挫折。
だが、そんな彼にも活路があった。
車椅子で行うバスケットボール。小学校二年生の頃に出会ったそれはまさに運命だった。運動をしたことのない彼なわけで最初のうちはついていけなかったものの、彼の目はかつてないほど輝いていた。そんな彼だ。苦しさより楽しさが勝る彼の生き甲斐となり、彼のバスケットボールの腕は瞬く間に伸びていった。
だが今年、彼が高校二年生にあがる春。第二の挫折が訪れた。
試合での転倒。利き手である右腕の負傷。医師から受ける宣告。
『気の毒が…もうスポーツは辞めた方がいいじゃろう…』
自分は何一つ悪いことをしていないのになんだこの仕打ちは、なんだこの展開は。彼は自分の運命を恨み、その夜静かに枕を濡らした。
彼の楽しみはなくなった。だけどその程度だ。この時点(・・)で彼の心はまだ壊れていなかった。
そして家族がいなくなった。
彼を置いて、夜逃げしたのである。唯でさえ足が不自由な彼が利き腕まで駄目になった。
面倒をみれなくなったのだろう。
あの温かい家族が。
厳しかったが自分とまっすぐ付き合ってくれていた父が。
面倒をいつも見てくれていた母が。
活気のあった姉が。
一晩の中に裏切りという行為によってすべて無くなり崩れた。
その崩壊とともに彼の心も壊れた。
今では気のいい祖父と祖母の配慮で同じ屋根の下で暮らしているのだが、彼は一度も笑顔を見せなかったという。
壊れた彼をどうにかしようと、祖父と祖母が一生懸命に考えた末、異端とよばれる病院に運ばれる自分を心の中で笑ったのはつい最近だ。
なぜか。祖父たちも結局は自分が異端者、どうしようもない人物に見えたのだろう。いやそうとしか考えられない。卑屈なことしか考えられない。それが例え善良な思考をもっての行動だとしても。
結局迷惑に思われている。
彼は情けない自分に笑ったのだ。
この病院に同席している敦人の幼馴染である”櫻田(さくらだ)鈴(すず)”にさえ、卑屈な感情を向けていた。その証拠に自宅からここまでの間に会話がないのが事実だ。
『彼女もどうせ離れていくんだ。どうせ…』
どうせ…という言葉が妙に頭に響く。何度も頭の中をグルグルと駆け巡る。彼女は回りから見れば美少女。和を体現した、艶やかな腰まで伸びる黒髪に整った容姿なのだ。出るとこは出て引っ込んでるところは引っ込んでいる。そんな彼女を放っている男がいないはずがない。
その中の一人であった自分だがそんな気持ちは当の昔に捨てた。こんな体が不自由な男のどこに惚れるのかと心がまだ壊れていないときの自分が思ったのだ。今では寧ろ前よりマイナスだろう。
だがなぜだろう。その時ふと彼女を見上げる敦人の姿があった。
そして彼女と目が合った。
彼は知らない。電車に乗車する前からちらちら自分の方を見ていたことを。電車に乗車して彼女がずっと自分のことを見続けていたことを知らないのだ。
無理もない、彼は振り返りもせず、力のない瞳で前方しか視界に入れてなかったのだから。
数秒に渡り、二人は視線を合わせたままだ。
彼女はただ自分と視線をぶつけている。不思議でたまらなかった。なんでこんな俺を見ているんだ。
「だ」
遂に彼女の口が開こうとした。その時だった。
異変は起きた。
ーーーーガタガタガタッ!
「---ッ?!」
「うあああああああどうなってんーー」
『皆様落ち着いてくだーーー』
電車が急激に大きく揺れたのだ。電車にとって揺れは普通に起きるものだが、例えレールをまがったところでこんな大きな揺れましてや縦に揺さぶるような揺れはこない。
つまり。
ドドドドドドッ!!
彼がそこまで考えたところで、トンネルの中で土砂崩れが電車を飲み込んだ。