一子相伝という言葉を知っているだろうか。意味としては己の子供にのみ奥義などを教えることを指すのだが、この黒圓無躰流は1から10までの全てを一子相伝として、生まれた己の子供にのみ技を教える、非常に閉鎖的な流派である。
そしてこの超閉鎖的な流派の特徴として、飛び道具の一切を使わず、近接格闘術を主として戦うという特徴がある。例え相手が銃を使おうが、大砲を使おうが、矢を射ようが関係無い。全て躱して逸らして近付いて殺る。正しく脳筋の鑑。ゴリラ流派であった。
そしてこの黒圓無躰流の総師範代……
「──────良いか
「はぁ……。あなたったら、生まれたばかりの子に何を言っているのです……」
「黒圓無躰流は生まれた瞬間から稽古が始まっているッ!生まれたばかりだからなんていう、そんな甘ったれた事はこの俺が許さんッ!!」
「あぁう……っ」
「……かわいい……ハッ!?ん゙ん゙ッ!!いかんいかんッ!!良し、龍已よッ!退院したら早速稽古に入るからな!!」
「はぁ……甘いのか厳しいのかどっちかにして下さいな」
顔に傷がある厳つい筋骨隆々の男が、我が子を抱えて微笑んでいる女性の傍で話し掛けていた。漸く生まれた我が子は確かに可愛い。可愛いが代々受け継いできた黒圓無躰流を次世代へ引き継がせなければならない。なのでここは心を鬼にして、我が子に厳しく当たらなければならないのだ。
黒圓無躰流は生まれた瞬間から稽古をし、稽古を重ねなければ技を修得しきる事が出来ない。なので、厳しいかも知れないが、本当に小さい頃からある意味超英才教育が始められる。
黒圓忠胤の妻である黒圓
しかし、龍已の母である弥生も忠胤も直ぐに驚く事になる。歩く事すら出来ない、ハイハイも碌に出来ない幼児の手を取って型の稽古をつけたり、端から見ていれば遊んであげているようにしか見えない絵面であろうと、忠胤は龍已に黒圓無躰流を教えていった。幼児の頃はキャッキャと楽しそうにしており、一歳二歳と歳を重ねていくごとに型は体に覚え込まれていき、5歳の時には基本の型をものにした。恐るべき吸収力であった。
確かに幼児から稽古を始めるが、それにしたって覚えるのが早すぎる。例え覚えたとしても、筋肉なども未発達なのでそこまで動きは儘ならない筈が、龍已は苦もなく教えられた通りの動きをしていた。忠胤は大いに感動した。それこそ妻がドン引きするほどバカクソ泣いた。黒圓無躰流の天才が生まれたと。我が子は本物の天才で、恵まれた肉体を持っていると。
龍已は並外れた吸収力を持ち、並外れた身体能力をも手にしていた。齢5つにして、抱える程の石を、素手で粉々にした。力が強い。瞬発力がある。バネが良い。持続力もある。これ程の逸材を、神は黒圓無躰流に与えた。正しく完成させよと言わんばかりの子である。しかし、忠胤はこれ幸いと稽古をつけすぎた事で、龍已があまり笑わなくなった事に気が付かなかった。
母であり、嫁入りをしたことで黒圓無躰流を修めている訳では無い弥生。つまり感性が普通の弥生は、龍已が全く笑わなくなった事に気が付いた。だから稽古が終わった後、父の忠胤との組み手でボロボロになった龍已を精一杯優しくした。傷の手当ても率先してやってあげたし、優しく微笑みながら慈しんだ。しかし、龍已は笑わなかった。その顔に笑みを浮かべることが無かった。何時からこうなってしまったのだろうと嘆いた。
「龍已、今日は何が食べたい?」
「……今日は野菜の気分です」
「あら、じゃあサラダいっぱい食べる?」
「……はい。ドレッシングはいらないです」
「えぇ…?そのまま?」
「はい。そのままでいいです。今日はそんな気分なので」
弥生は我が子が言う『気分』というものに着目した。その日その日によって違ってくる気分。ある日は熱いもの。ある日は冷たいもの。ある日は甘いもの。規則性は無く、本当にその日の気分によって食べたいものが決まり、稽古以外でやってみたいという事も決まった。気分でトランプをやりたいと言ったり、UNOをやりたいと言ったり。
弥生は日々を稽古で彩っている龍已の為にと、その『気分』を出来るだけ叶えてあげた。するとどうだろう。龍已はその日の気分で決まった食べ物を口にしたり、行為をしたりすると、無表情ながら満足そうな雰囲気を作る事を察した。今も晩ご飯として出された味付けのされていないサラダを無表情でもっさもっさ食べているが、何となく雰囲気がご機嫌でほんわかしていた。
基本無表情で、眉を顰めたり等といった簡単な表情の変化しか見られない龍已だったが、満足そうにしている事を察せられるようになった弥生は泣いた。それはもう風呂から上がって晩ご飯を食べようとやって来た忠胤がドン引きするぐらいガチ泣きした。龍已はそれでもサラダを食べていた。因みにその後、龍已が無表情で過ごすようになったのは稽古ばかりさせている忠胤の所為だと考えが至った弥生は忠胤を追いかけ回した。
「龍已、今日は何の気分?」
「……今日は麺の気分です」
「じゃあうどんをやりましょっか!……ねぇ、龍已?」
「うどん……麺……楽しみ。はい、何ですか?」
「んんっ、かわい……じゃなくて、小学校はどう?楽しい?友達は出来た?」
「友達……よくわからないですが、いつも話す子達は居ます。教室に居ると、いつも俺のところに来て、何か話します」
「まあ!それは龍已の友達で良いのよ?お話ししていて楽しいでしょう?」
「……はい。楽しいです。俺がやったこと無いゲームとか、マンガ等の話をしてくれて、新鮮で楽しいです」
「……ねぇ龍已?友達のお家に遊びに行った事ってあったかしら?」
「……?父様との稽古があるので、まっすぐ帰って来てます。父様からはまっすぐ帰って来るように言われているので」
「……ふぅ……ごめんね龍已。お母さんちょっとあの人をしばき……んんっ、お話ししてくるわね?龍已はお湯が溢れないか見ておいてくれる?」
「はい。わかりました」
無表情で淡々と会話をしている龍已と、何だか雲行きが怪しくなってきたことを察知している弥生。龍已は今小学校2年生の7歳である。普通その頃の小学校といったら、学校から帰ってきたらすぐに遊びに行くだろう。しかし龍已は何処にも寄り道をせず、帰り道をも稽古として全速力で走って帰ってくる。そして帰ってきたら学校の宿題をして、さっさと道場に入って稽古となる。つまり遊んでいる時が無いのだ。
それを初めて自覚した弥生は、忠胤の元へと走っていった。干している布団を叩く時に使う布団叩きを持って。
「……ん?弥生、そんな足音を立ててどうし……え゙っ?」
「龍已に稽古ばかりさせないでって言ったでしょッ!!あの子友達の家で遊んだこと無いのよ!?」
「いや、だが……稽古は大事痛ッ!?」
「──────ぶっ飛ばすわよ?」
「ちょっ…待っ──────い゙っだッ!?」
この日以降、龍已は毎日とまではいかないが、友達と放課後遊んでも良いという事になった。別に龍已は稽古が嫌なんて事は無く、寧ろ楽しみながら率先してやっているだけなのだが、子供なのだから遊ぶことも大事と弥生に言われたので、誘われれば行くようになった。
龍已は基本無表情である。それは何もかもに面白さを見出していない……という訳では無く、唯単純に表情が動いていないだけである。なので美味しいものを食べればご機嫌であるし、良いことがあれば喜ぶ。嫌なことがあれば心が沈むし、道を歩く猫に触れようとして逃げられれば落ち込む。唯それらが無表情であるだけだ。だが忘れてはいけないのは、無表情と言っても人形みたいな訳では無く、眉を顰めたり、目を細めたり、少し瞠目したりもするということだ。
「なーなー龍已!昼休み鬼ごっこしよーぜ!」
「ケンちゃん、まーた鬼ごっこぉ?そればっかりじゃん!」
「いいじゃん!楽しいじゃん!カンちゃんだって最後はマジでやるだろ!」
「たまには隠れんぼでもよくね?ケンちゃん足はえーんだもん」
「キョウちゃんだってスキあらば隠れんぼじゃん!」
「てか、ケンちゃんいっつも龍已チョウハツして5秒で捕まってるよね?」
「は?オレは力を残してるんだよ。今日は負けねー!な、だから鬼ごっこやろうぜ龍已!」
「……分かった。いいぞ」
「うっし、やりぃ!」
「うへぇ……また鬼ごっこかよマジでぇ……」
「まあまあ。どうせ本気で走るケンちゃんと手加減してる龍已の勝負になるんだからいいじゃん。……オレは龍已が5秒で捕まえるにうまい棒2本」
「じゃあオレは龍已が3秒で捕まえるにうまい棒3本!」
「「うわっ……勝負にならねぇ……」」
「何でお前らはオレが負けるゼンテイなんだよ!おかしいだろ!」
龍已が自分の席に座っていると話し掛けてくる3人の男子が居た。この3人は幼稚園からの幼馴染みであり、龍已は小学校に入ってから初めて出会った。運良く3人とも1年生の時に同じクラスとなり、何時ものように喋ったり遊んだりしていると、クラスの中で誰とも話さず、自分の席で黙々と本を読んでいる龍已を見つけた。
3人は一人で居る龍已が独りになってしまった訳を知っている。小学校に入って一週間が経った頃、教室の天井の隅を指差して
龍已も何かを思ったのだろう。それからクラス中を冷たい空気にした時のような発言はしなくなった。しかしもう誰も話し掛けなくなっていたので、3人が龍已に話し掛けるようになったのだ。最初は無表情で会話をする龍已に頬を引き攣らせていたが、別に会話が出来ないという訳では無く、ノリが悪いという訳でも無い、唯単に表情が変わらなく、他の子供と比べて異様に落ち着いているだけなんだと思った。
そして3人は龍已と一緒に居る時には、あの時のような変な発言をしても大丈夫だと言った。確かに驚いたけれど、他の奴等は気にしなくていいと。それを聞いた龍已はパチパチと瞬きをすると、一度だけ頷いた。そして、龍已の奇妙な発言を良く聞くようになる。
「……ケンは今右肩、痛くないか」
「ん?おー、今日はなんか調子わりぃんだよなー。あ、もしかしてアレか?ならよろしくな!」
「分かった」
ケンちゃんと呼ばれている活発そうな男子の右肩を見ながら問い掛けると、ケンはニッと笑いながら龍已に頼み事をした。それを了承した龍已は椅子から立ち上がってケンの右肩に手を伸ばし、虚空へデコピンをした。するとケンは右腕をグルグルと回して肩の調子を確かめると、治ったと思ったのか、また龍已にニッと笑いかけた。
「うーっし!治った治った!サンキューな龍已!」
「ケンちゃんまたかよ。これで今週何回目?5回目くらい?」
「呪われてんのかな?うえー……ケンちゃんちょっとはなれて」
「えんがちょ……」
「ひどくね!?……おいやめろ、ホントにえんがちょすんな」
「……呪い」
龍已には生まれてから変なモノが見えていた。この世のものとは思えない悍ましい形をした、生物のようなナニカである。それがケンの肩にくっついていた。だからデコピンで消し飛ばした。体の内から溢れてくる不思議な力を手に纏わせて。
この不思議な力の使い方は誰かに教えられた訳では無かった。唯、体の内側に
まだまだ小さい子供である龍已であるが、そこら辺に居るナニカに対する対処法を発見したのだ。それからは襲い掛かってくるナニカに対してだけ対処することを決めている。下手に刺激しなくても良いと考えたからだ。教室での発言は失敗したと直感した。反応を見る限り、見えているのは自分だけだったらしかったからだ。それからは誰にも何も言わずに過ごしていた。
しかしそんなある日、龍已はある3人の男子から話し掛けられ、良く行動を共にする事となった。それに“あの時”のように、何かあったら教えてくれとも言われたのだ。表情は変わらなかったが内心驚いていた。気味が悪いとバカにされなかった。教えて欲しいとも言われた。だから龍已は3人の前だけでは隠すことはしなくなった。偶にナニカをくっ付けてくる時は消してあげた。そうすると、ありがとうと言ってくれるのだ。
「──────だぁあああああああああっ!また龍已にやられた!!」
「カンちゃん、何秒だった?」
「んー、2秒くらいかな」
「「ははっ、ケンちゃんざっこぉっ」」
「うるさいわ!フツー走り出したら捕まる!?ゼッテーおかしいって!」
「……走り出す時の初動を見ているから、走り出す瞬間が分かるから捕まえられる」
「イミがわからないんだが??」
「つぅまぁりぃ……」
「ケンちゃんがクソザコってこと♡」
「お前らケンカ売ってんな??」
ギャーギャー言い合いながら別の鬼ごっこが始まったのを静かに見守る龍已。表情が変わらなくとも、楽しいと感じていた。傍目から見れば無表情で突っ立っているように見える龍已が、本当は楽しんでいることを知っている3人の男子達は、顔を見合わせて笑った。
そうして数ヶ月後……日本の湿気の多さでムシムシとした暑さを出す夏の季節、龍已はある遊びに誘われる事となる。
「なーなー龍已──────肝試ししようぜ?」
その日が……龍已が初めて“自覚する日”となった。
小学2年生。とても落ち着いた性格でありながら殆ど無表情で過ごしているので、クラスではなんか変という評価を受けて孤立気味。
身体能力がズバ抜けて高く、父曰く1000年以上の歴史を持つ黒圓無躰流の中でも天才。既に4割近くの黒圓無躰流を技を修得している。
マジで身体能力高すぎるので小学校にしてゴリラ。なのに普通に勉強できる。文武両道の頑張り屋さん。
黒圓無躰流
平安時代中期あたりから生み出され、人知れず1000年以上の歴史を持つ一子相伝の超閉鎖的武術流派。
その全容は誰も掴めておらず、どれだけ武に愛された存在であろうと弟子に取ることは無い。稽古方法等は一子相伝なので門外不出。但し、その目で見て模倣したりされた場合は、技の一部分を修得する者が現れる。
銃等の飛び道具を一切使用しない、超近接型流派。ゴリラ流派ともいう。
黒圓忠胤、黒圓弥生
龍已の父親と母親。
父親の忠胤は飛び道具がクソほど嫌い。絶対使うな興味を持つなと口酸っぱく言ってくる。筋骨隆々強面父親。
母の弥生は稽古ばかりの龍已が心配なので甘やかし担当。龍已の『気分』を叶えてあげるのは主にこの人。あまり言っていないがとても龍已から好かれている。大好きです母様。筋骨隆々強面父親をしばき倒す豪胆さを持つ。
ケンちゃん、カンちゃん、キョウちゃん。
幼稚園からの幼馴染み3人組。小学校で唯一龍已に話し掛けたり、遊びに誘ったりするとても良い子達。大丈夫、ちゃんと友達認定されてるよ。